リアクション
●パトニー盗賊団をぶっつぶせ! 2
大荒野を、今、大集団が歩いていた。その数、およそ400人超。
わいわいがやがやうるさい彼らは、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)によって町で集められてきた、我こそは王子の運命の相手という有志たちだった。
演説台がわりに盛った木箱の上で立ったトマスいわく。
「いいですか? これは皆さん全員にとってチャンスなんです! お金持ちだとか貧乏だとか、年上だとか年下だとか一切関係ない! だれにだって運命は平等です! 王子の運命の人である可能性があるんです! そしてそれを試みるための門戸は開かれています! このおふれがきによって!」
彼はその演説を、主に町の貧困層に向かって行ったのだが、今この町は王子不在による不況真っ只中だったので、ほぼ町民全員の注目と関心を集めることになった。
「あなたたちも、王子には目覚めてほしいでしょう? 王子に戻ってきてもらいたいと思うのであれば、この町の全男性が塔に向かうべきです!「僕であるはずがない」とか言っていては駄目です。王子で実際に試さなければ分からないことなんですから!」
「けどよぅ。荒野には略奪者たちがいるし、塔の周りには人に襲いかかってくるいばらがあるっていうじゃねーか」
「そうだそうだ。そんなおそろしい所へ行けっかよ! 死んだら責任とってくれるのかぁ?」
「あんたバカだねぇ。死んだらどうでもいいじゃないか」
見るからに夫婦といった2人の会話に、わははと笑いが起きる。
その笑いが静まるまで待ってから、トマスは続けた。
「もちろんです。先ほどの彼が言ったように、そこにいたるまでの道は険しい! 大荒野が広がり、塔の周囲には魔法のいばらの森が張り巡らされています! あなたたち個人個人が向かったとすれば、到底塔の最上階までたどり着くのは不可能でしょう!
ですが、ここにいる全員で向かったとすれば、どうでしょう? 1人ひとりの力は小さくても、大勢の力であればどのようなことも恐るるに足りません! 塔にたどり着くまで、全員で協力して道をひらきましょう! 抜けがけなどありません。これは、先着順ではないのですから。
王子の元にたどり着いたら、順番にキスをして、可能性をたしかめましょう!」
「でもさ、それだけやっても、アタリを引くのは1人だけなんだろ? 確率どんだけ低いんだよ!」
「そんなののために命賭けるなんて、俺嫌だぜ!」
「大荒野歩くなんて、メンドクセー」
さらに不満の声が上がる。なかにはトマスに賛成する者もいたが、うさんくさがる者もいた。
賛否両論。
口々に話し始めた彼らがなかなか静まらないのを見て、それまでトマスの横に無言で立っていた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が、いきなりブロードアックスで足元の石畳を砕いた。
突然の暴力にビックリして言葉を失った町民の前、子敬はにっこり笑う。
「さあトマス、話の続きを」
「あ、ああ…」
余波でぐらんぐらん揺れる木箱の上、なんとかバランスをとったトマスは、こほん、と空咳をして、演説を再開した。
「先ほども言いましたが、これは皆さん全員にとってのチャンスなのです! もちろん王子の運命の相手は1人ですが、王子の運命の相手には王子が与えられる……つまり、この王国が与えられるということです! その富は莫大です! それで、その当選者は、協力して塔に向かってくれた全員に、平等に富を分配するのです。
そうですね……半分というのはどうでしょうか? さすがに国庫をカラにするわけにはいきませんからね」
トマスの具体的な話に、全員が目を輝かせた。
そして、塔を目指す一団が、こうしてできたというわけだった。
年齢関係なしなので、中には結構なお年寄りもいたりする。女性も混じっているが、問題なし! 外見性別:男ならOKなのだ。
王子の運命の相手でなくても、大荒野を往復するだけで報酬が手に入るとくれば、そりゃあ参加者は増えるだろう。
「王子が目覚めて帰ってきてくれりゃあ、また観光客も戻ってくるだろうし」
「ああ! そりゃあ運命の相手ができちまったことでガッカリする者もいるかもしれねーが、もともと王子は客寄せパンダだしなっ。まっさか王子と結婚できると思って見学ツアーに参加してた女はいねーよなぁ」
「それどころかよぉ、王子とその運命の相手がベタベタしてりゃあ、別のたぐいの観光客が増えるかもなぁ」
「腐女子さまさまってわけかぁ?」
わははー、と笑いながら大荒野を歩いていく。
楽天的集団の先頭を歩きながら、子敬は心配げに後ろを振り返った。
「本当に大丈夫ですかぁ? なんか、結構中には風呂と縁の遠いような人も混じって来てるんですが…」
しんがりを務めたくなかった理由はそこだった。彼らの通り過ぎたあとには耐え難い悪臭がしている。
「やっぱり演説場所はもうちょっと裕福な町の通りに絞った方がよかったのでは?」
「うーん、困ったなぁ…。でも、美しい真珠は醜い牡蠣の中に隠れているとも言うし、可能性はだれにもあると言った以上、拒む理由もないし…」
トマスも、想像以上の集団になってしまったことに、天を仰いでしまう。
しかも彼らは目立ちすぎた。
一応、略奪者対策として何かしら武器となる物を手にしていたが、何の訓練も受けていない物見遊山な一般人は、大荒野では格好の餌食。
案の定、塔へ向かっている途中のパトニー盗賊団とばったり出くわし、目をつけられてしまった。
「おいおい。こりゃまたうまそーな連中があるってるじゃねーか」
先頭で腕組みをした頭領のシレンが、ギラギラした目でねめつける。
その背後には、武装した略奪者たち数百。いずれも屈強な男たちばかりだ。
「町のモンが、こんな所で何してんだよ。オレらにカモられてーのかぁ?」
ケッケッケ。
「シレン親分! きっとこいつら、塔の王子が目当てですぜ!」
横についたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が叫んだ。
彼は大荒野に入って早々、パトニー盗賊団を見つけ出し、仲間にしてくれるようシレンに頼んでいたのだ。
ウチの学校のイエニチェリと同姓同名のまぎらわしいヤツは売り飛ばす。それが彼の目的である。
「王子が目当てだとぉ?」
ぎろり。
シレンの目が険しさを増した。さっきまでは、有り金全部置いていけ、と言わんばかりだったのだが、そこにさらに殺気が加わっている。
「てめぇら…」
「――ひっ」
気圧され、町民たちはジリジリ後退する。
「このオレの獲物を横取りしようたぁ、ふてぇ連中だ。
おい、ヤロウども、二度とそんな気を起こさねぇよう、徹底的にやっちまえ!!」
「へい! おかしら!!」
シレンの号令で、わっと後ろの盗賊たちが前に出る。
「ひいいっ! 命ばかりはお助けええぇぇっ」
「あ、おいっ…」
トマスたちが止める暇があらばこそ。
全員回れ右をして、町へ逃げ帰るべく脱兎のごとく走り出してしまった。
「かかかっ。なっさけねぇやつらだなぁ、おい!」
「ええ、まったくです! シレン親分!」
シレンの真似をして同じように腕組みをしたスレヴィが、一緒になって高笑う。
「よーし! ヤロウども! 1人残さずひんむいちまえ!! 逃がすんじゃねーぞ!!」
ぱちん。
シレンの指が鳴り、それを合図としてウィザードたちがワンドを突き出す。
パリパリという音とともに、白光が走ろうとしたとき。
「――むっ」
シレンが、前方を見て眉をひそめた。
「おいっ! てめーら、それ以上進むなッ!!」
……多分、このかけ声がまずかったんだと思うー。
「えっ?」
シレンの怒声に思わず振り返った彼らの足元で、いきなり地面がなくなった。
落とし穴だ。
「やったぁ!」
少し離れた岩山の上で様子を伺っていたセルマ・アリス(せるま・ありす)が、ひと知れずガッツポーズを決めた。
「うそぉ……あんなあからさまな罠にかかるなんて」
隣のミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は、半信半疑といった声だ。
それもそのはず。パトニー盗賊団にまぎれ込んだ佑一たちと綿密に連絡を取り合い、襲撃ポイントを割り出した彼らがあの落とし穴を掘ったわけだが、あれはフェイクというか、おとりのつもりで設置していたやつだったのだ。
「あからさまに「これは落とし穴です」ってふうにしてたのに…」
「あ、ほら、ミリィ。ミリィの設置したブービートラップにも次々引っかかってるよ」
セルマが笑いながら指差す。
そりゃー、穴に千切った草と土かぶせただけのあんなチャチな罠にかかるぐらいだから、足が引っかかるだけのロープトラップにも引っかかるわな。
「彼らに足りないのって集中力かな? それともビタミン?」
自分の設置した罠で、ばったばった倒れていく彼らを見て、ミリィは真剣に心配していた。
「うーん……こんな所で生活してるくらいだから、やっぱ、ビタミンが不足してるのかもー」
そう言ってる間にも、彼らはさらに次の罠、本命の落とし穴にハマっていく。
どうもがいても1人じゃ出れない、ふかーーーーい落とし穴だ。
「さあ、俺たちも行くよ! ミリィ!」
先頭集団が落とし穴に落ちたのを合図に、仲間たちがパトニー盗賊団へ向かっていくのを見たセルマは、岩山をくだり始める。
「まさか足りないのっておつむかなぁ」とか、ぶつぶつつぶやきながら、ミリィも後ろに続いた。
★ ★ ★
セルマたちの仕掛けた罠3連続で、逃げ帰る町民たちと盗賊団の間には、かなりの差が開いていた。
その間に立ちふさがるように割り入った、盗賊団討伐チーム。
霞憐のかけた各種プロテクト系スキルで、その身は燦然と輝いている。
「傭兵さん、きみの出番ですよ。報酬分、きっちり働いてもらいますからね」
「アイアイサー」
凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)からの言葉に、新しいダンゴの串を口に突っ込んで、
月谷 要(つきたに・かなめ)は前方の盗賊たちに向かって両手を突き出した。
「さぁ来い、毒虫達ーっ」
毒虫の群れ発動。呼び寄せられていた毒蛾たちが、黒鞭のようにしなりながら広がって、雲霞のごとく盗賊たちに襲いかかる。
「うわああああっ!!」
突然の蛾の襲来と燐粉攻撃にとまどう彼らに、さらに機巧光学砲がうなりを上げてレーザーの雨を撃ち込んでいく。
完全に盗賊たちの足が止まった。
「今です!!」
砂煙を蹴立てて、全員が一斉に突っ込んだ。
「ち、ちくしょお……なんでこんなのが大荒野にあるんだよ…」
深い落とし穴を、人間はしごでなんとかよじのぼった盗賊が、穴のふちで両手両足をついたまま愚痴る。
その鼻先に突きつけられたのは、天秤棒だった。
長い棒を伝って視線を上げる。
水玉ハッピに黒い帯、頭にはまめしぼり手ぬぐいのねじり鉢巻。
そこにいたのは、どこからどう見ても魚屋だった。
町の者はみんな逃げたんじゃなかったのか?
「おまえ…」
その前に、でっかいお魚ドン!
「弁償しろ」
「え?」
そのとき風がぴゅうと吹いて、風下だった盗賊の鼻に、つーんと据えついた臭いが漂った。
「ぷわ、くせっ」
思わず鼻を覆ってしまう。
「く……腐ってんじゃねーか!」
「そうだ。塔に王子が閉じ込められてから、町の景気が急激に悪化した。そのせいでこっちの売上げもあがったりだ」
「え? それって俺らのせい?」
塔に閉じ込めた女王と魔女のせいなんじゃ…?
「だがおまえたちはさらに王子を売り飛ばして、この国の景気を悪化させるつもりなんだろう。そうしたら魚は売れずに腐るわけだ。このようにな。先の魚が腐るのがおまえらのせいなら、この魚が今腐っているのもおまえらのせいだ」
「はぁ!? どういう理屈だそりゃ!!」
盗賊激怒! 怒りのパワーでパッと立ち上がる。
そうすると、相手の魚屋が意外と小さかったことに気づいた。自分より頭ひとつ小さいことに、とたん盗賊の態度が横柄になる。
「このガキが。ナマ言ってっとシメっぞ! ぁあ?」
その言葉に、きらん、と
笹野 冬月(ささの・ふゆつき)の目が光った。
次の瞬間、目にも止まらぬ早業で、天秤棒によるソニックブレードを叩き込む。
「シメるのはこっちの十八番だ」
なにしろ魚屋ですから。
きゅうっとなってうつぶせに倒れた盗賊の顔の横に、天秤棒をどんっ! と立てる。
「弁償しろ」
「は……はい…」
盗賊の差し出したサイフを受け取った冬月は、地面に転がしておいた魚を彼の顔の横まで持ってきて、ビュビュッと解体した。
「一つ言っておく。……解体はサービスだ。金は取らん」
――いや、よけい臭いがひどくなったんですけどー。
「さすが冬月さん、盗賊からカツアゲですかー」
人間ばしごでのぼってこようとしている盗賊に、シルバーのティーポットに入った熱い紅茶をとぽとぽそそぎかけていた朔夜が、にこにこ笑った。
「あちっ……あちィ、あちィってば!!」
降りそそぐ紅茶に人間はしご崩壊。七転八倒している盗賊には目もくれない。
「カツアゲじゃない。これは立派な弁済だ。証拠の品も渡している。
それに、回収した代金はまとめて町の者に渡す」
向かってくる盗賊の攻撃はスウェーで回避。ソニックブレードで脳天攻撃、きゅうっとなったところでサイフを奪うとツインスラッシュで2枚におろす。
そして枕元に解体済みの腐った魚をそっと置いて、その場を立ち去るのだ。
もちろん、移動先は風上と決まっている。
「こういうやつらは頭が悪いからな。自分で体験しないと分からん。痛い思いをしたあげく財産を奪われる者の気持ちをこうして体に叩き込んでやっているんだ」
「そうですか。なるほど、一理ありますね」
ふんふんと納得した朔夜の手にあるのは、白い絵皿に乗ったホールケーキ。
「じゃあ僕も、このケーキを弁償していただきましょう」
にこにこ笑ってそれを、向かってくる盗賊の顔にカウンターで叩きつけた。
「……へぶっ!?」
「弁償してください。これはあなたたちのせいでカビが生えたケーキです――」
ケーキまみれで仰向けになった盗賊を、満面の笑顔で見下ろしながら言っている朔夜の声を背に、冬月はさらに別の盗賊へツインスラッシュをかける。
――3枚におろせないのがかえすがえすも残念だ。
「チクショーッ、なんだってんだ? こいつらッ!!」
突然町の者たちとの間に立ちふさがり、戦いを挑んできた者たちに、シレンが歯をむき出した。
気がつけば、すっかり混戦状態になっている。
「おい、ヤロウども! 一発お見舞いしてやれッ!」
シレンの号令で、近くにいたウィザードがワンドを突き出した。
その先から、雷術、氷術、火術といった魔法が次々と放たれていく。
「うわっ!」
寸前まで盗賊と斬り合っていたセルマは反射的、歴戦の防御術を発動させ、あやういところで氷術をかわした。
だが続く雷術はかわせず、レッドラインシールドを手からはじき飛ばされてしまう。
「ルーマ、あぶない!」
すかさずミリィが機晶ロケットランチャーをウィザードたちに向かって撃ち込み、着弾している隙に混戦の砂煙にまぎれ込んだ。
2人を追撃するべく、ロケットを回避したウィザードが詠唱を始める。
「させねーよ!」
そんな言葉とともに、側面からファイアストームが打ち込まれた。
ごう、と音を立てて燃え盛る火炎が通りすぎる。
その出所にいたのは、不敵に笑う
ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)。
「…ッ…!」
彼に向け、ウィザードがなんらかの魔法を放とうとしたとき。
「おまえたちの相手は僕がするよ」
超感覚等スキル発動で距離を詰めていた
清泉 北都(いずみ・ほくと)が、背後からウィザードに則天去私を叩き込んだ。
先のファイアストームが彼らの気を引くためのものだったと彼らが知ることはなかっただろう。
「ウィザードは詠唱が終わる前に倒すのがセオリーだよね」
「てめェっ…!!」
仲間がやられたのを見て、即座に数人の盗賊が北都に向かってきた。
相手は北都よりも巨躯だ。真正面から斬りかかってくる2人の動きから視線をそらさず、間をすり抜けるようにしてかわしたあと、ひざの裏側を狙って蹴りを放つ。
どんな体格をしていようと、弱点はある。ここもそのひとつ。
体勢が崩れたところへ則天去私を入れようとしたのだが。
「――はっ!」
北都は敏感にそれと察知して、瞬時に攻撃をやめて宮殿用飛行翼で空に飛んだ。一瞬遅れて、彼が先までいた場所に他方向から剣が一斉に突き込まれる。
危ういところを逃れられたと思った一瞬の隙をつくように、下のウィザードからファイアストームが飛んできた。
「しまった!」
上空にいる彼は恰好の標的だ。
これはかわせない。
ウィザードを主目的として戦うと決めてきたから魔法防御力は上げている。受ける覚悟で、いくらかでも衝撃を防ごうと両手を前で交差させ、相打ち覚悟で下のウィザードに向け、天の刃を放とうとしたときだった。
突然右足に重い負荷がかかった。奈落の鉄鎖だ。
「なっ…!?」
パートナーからの攻撃に驚く北都の体がガクンと揺れ、下に引っ張られる。それにより、北都の体はファイアストームの進路からギリギリはずれることができた。
通り過ぎた火炎にあぶられたが、それでも直撃をくらうよりマシだ。
「ソーマっ」
礼を言おうと下にいる彼を探す。
砂煙の中、ソーマは北都を狙ったウィザードの首に後ろから牙を突き立てていた。
吸精幻夜――……
「行け」
己の忠実なしもべへと変えたウィザードに命令をくだす。
ウィザードはふらふらと酩酊状態のまま、砂煙の中へ消えていった。