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リアクション
●消灯
涼司の合図で、すべての電灯が落とされた。
大半の明かりは一斉に切られ、個別灯も速やかに、本郷翔が回って消していく。
かわりに、銀河が頭上に輝いた。
それまでも輝いていたというのに、満天の、空から降るような星々が、その存在を競い合うかのように輝きを増したのだ。
空にかかっていた薄い透明なベールが、一気に引き剥がされたかのようだった。
芝生に寝転び、清泉 北都(いずみ・ほくと)は、魅入られたように空を眺めていた。
北都は浴衣姿、どさっ、と寝転んだものだから、少々胸元がはだけているが気にしない。
どうせ、地上は灯が落ちて真っ暗なのだ。
夜空について何を言おう。何も言うことはない。
ただただ、美しい。
だから北都は、しばらく言葉を忘れた。
ただただ、美しいものを鑑賞する。
去年の七夕、また来年も見られるといいね、と北都は言ったものだ。
場所は違えど、七夕飾りもそれに願いをかける人々も見ることができた。
さきほどまでの数時間、北都はクナイ・アヤシ(くない・あやし)と屋台を巡った。
北都は短冊をつるさなかった。そういうことはしないのだ。けれど……けれど、クナイも短冊を書いていなかった。少なくとも自分は見ていない。
「クナイは願い事しなくてもよかったの?」
ふと大切なことを、思い出したかのように北都は言った。僕に気を使わなくてもいいのに、と思う。
ところが、
「願い事は去年しましたから」
すぐ隣に寝転ぶ、クナイの声が返ってきた。
「その願いは継続中で、今も叶っていますから必要はないでしょう?」
クナイは昨年、『愛する人とずっと共に……』と願い、誓ったのだった。
北都は無言で、左手を伸ばした。
クナイが右手でそれをつかんだ。
重なり合う手と手が、じわりとお互いの熱をお互いに伝える。
(「僕は、自分の願い事はしない」)北都は想う。(「自分が願わなければ、願いも逃げて行かないだろうから」)
ちょっとズルいかも、と思わないでもない。でも、思う事は同じだからいいはずだ。
『死が二人を分かつまで』共に。
すべてを言葉にはせずに、気持ちだけでも伝わるように。
(「この星は地球から見える星と同じなのでしょうか?」)クナイは黙考する。(「二つの世界が繋がって。出会って。例え二つの世界が離れても、私はこの手を離したりしません」)
つながれた手に、力を込めた。
北都とクナイはたがいの命を、結んだ手と手で感じあった。
(「北都とクナイはうまくいってるかな……うまくいってるといいな」)
小高い丘を登りながら、久途 侘助(くず・わびすけ)は思うのだった。
消灯され暗闇が訪れている。
とはいえ空は満天の星灯り、同行者の顔も、よく近づけば見える。
「ソーマ、ソーマ」
呼びかけて、
「ん? 何──」
と言いかけたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)を、侘助はしっかりと抱きしめていた。
「……おい」
彼の頬に、触れるくらい顔を寄せて侘助は囁いた。
「暑いとか野暮なことは言うなよ?」
ふっ、とソーマが苦笑するのが聞こえた。
「言わんよ。冬場、寒いからと言う理由で抱き締めあったが、それは抱く為の方便だし……」
「俺が子供体温のせいか、ソーマはひんやりしてる気もするな。吸血鬼だからか?」
「どうだかな……」
「……」
「……」
しばし会話が、途切れた。
こんな風にして抱き合うのは、実に久しぶりの二人なのだった。
それを意識し始めると、どうにも侘助は照れくさくなり、
「えーと、あの、星が綺麗だな!」
などと言って、頬を紅潮させていた。視線は無意味に星に向けられている。
まったく、と、ソーマは内心苦笑する。
自分から抱きついておいて顔赤くとは……なんとも……侘助らしい。
侘助がいとおしくなり、ソーマは彼の横顔をじっと見た。気づいて、
「こ、こっちは見なくていい!」
と言う侘助の頭を、思わずなでてしまう。口元がほころんだ。
「愛してるぞ、ソーマ」
急に顔を向けて、侘助が言った。
もつれ合うようにして二人は、丘に身を横たえた。
侘助の吐息がソーマの首をなでる。ソーマはその感覚に鼓動を早め、息を荒くして、彼を組み伏せるようにして耳元に唇を寄せた。
「俺もだ」
このまま求め合うのか、それとも、照れくさげに寝転ぶに止めるか――。
いずれにせよ見ているのは、天の河だけだ。