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リアクション
●By for now, from now on
消灯前に風祭 隼人(かざまつり・はやと)が、笹にかけた短冊には、『大好きな人(ルミーナ)の願いを叶えられますように』という言葉が書いてある。
それが風に揺れている。
揺れるその先に、ずっと視線を延ばせば丘があり、そこにルミーナ・レバレッジと、隼人が並んで腰を下ろしている。
ほのかな星灯りが照らすルミーナの横顔は、月並みな表現だが女神のようだ。慈愛に満ちており、まちがいなく神々しい。
彼女が昏睡していた時期を、隼人は思わずにはいられない。それは、身を切られるより辛い日々だった。
(「……ようやく大好きなルミーナさんを取り戻せたんだ……出来ればもう離れ離れにはなりたくはないし、これからまたルミーナさんと素敵な思い出をつくっていきたいぜ」)
黙って星を見ていた二人だが、やがて隼人が口を開いた。
「お帰りなさい」
短く、けれど万感の想いを込めて言う。
彼女が学園に帰還を果たした――うぬぼれかもしれないが、ついでに言えば自分の元に帰ってくれたことを祝したのだ。
「ありがとうございます」
ルミーナも短く答えた。
彼女は自分のことをどう思っているのだろう……隼人がずっと抱いている疑問だ。
以前、彼はルミーナに自分の心を伝えている。
しかし彼女は言ったのだ。
「でも、だからといって、これは恋でしょうか? 私は、違う気がするのです」
「時間をください、隼人さん。このことは真剣に考えさせていただきます」
「これこそが私の心の奥底からの思いという答えが見つかったら、そのときは、真っ先にあなたに聞いていただきたいと思います」
答えを急くつもりはない。
けれど不安だ。いつまで待てばいいのか。
その間に誰かが、彼女の心を浚ってしまうのではないのか。
「ルミーナさん、あの……」
つい一歩、近寄ろうとする彼を、
「綺麗な星々ですね、隼人さん。ずっと静かに見ていたいですね」
そっと、ルミーナはかわした。
隼人は口を閉ざした。
これでいいのかもしれない。
今は、帰還した彼女の近くにいられるだけで幸せだ。
レオン・ダンドリオンと天海北斗は、照れくさいような、それでいて皆に知らせてやりたいような、そんな相反する気持ちをかかえながら、並んで真っ暗な芝地を歩いていた。
「……ぉ、オレ、レオンとずっと一緒に居たい……な………」
北斗がつぶやいた。
するとレオンは返事の代わりに、手を伸ばしてくれたのだ。
手と手を探り合い、指を絡めてしっかりと握る。
「そうしようか……?」
うわずった声でレオンは告げた。
星空の下、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が讃岐 赫映(さぬき・かぐや)に語って聞かせている。
「ここで見える月も、日本で見るのと姿は変わらないんだよ。いくら上空にあるパラミタだからといって、月の見え方が変わるほどの距離じゃない……ってことなのかなぁ」
二人は星空というスクリーンを楽しむため、ビニールシートを敷いてそこに寝転んでいた。
そうやって星を数える。
「ちょっと行儀悪いかもしれないけど、こうした方が満天の星を楽しめるよね」
今日は、消灯になるまでは手もち花火をして二人で遊んだ。
赤や黄色、青まで飛びだす変色花火は楽しかったけれど、白いばかりの恒星の光に満ちた、夜空を満喫するのはまた別格の楽しさがあった。
知っている星座を見つけて、のぞみは指でなぞってみる。
「あそこにも星座がありますわよ」
赫映が天の一角を指した。
「どれ?」
「ほら、あのあたり。大きいです」
「えー? なんだろう」
こういう形? とのぞみが空の点、つまり星を指でつないでいく。
「とても有名な星座ですわ。あなたのような素敵な乙女は、知っておくべきかと思いますけど?」
のぞみは、これでピンときた。
「わかった、ヒントだね、それ! 乙女座?」
「そう。ほら、こういうかたちです」
赫映はのぞみの手を取り、指で星々を結んでいくのだった。
大空に横たわる女性の姿を。
くすくすとのぞみが笑う。
つられて赫映も笑う。
乙女二人、彼女たちは、天空の星座に匹敵する愛らしさなのである。
意志は固いのか、と山葉凉司は問うた。
「ああ」
樹月刀真は答えた。
「俺にとって環菜は『特別』だ、好きとか愛していると言う意味でね……そんな俺が傍にいても、あいつが今を幸せに過ごしていく邪魔にしかならないよ。それに、アクリト・シーカーのパートナー、パルメーラ・アガスティアを殺そうとした俺がこのまま蒼学にいるのは、今後も彼と協力してゆく上で都合が悪いだろう?」
凉司はそれでも引き下がらなかった。
「環菜の件は、ともかくとしてだ。アクリト前学長のことなら、理解を求めることはできる。彼は話せばわかる人間だ……」
しかし刀真の決意は揺るがない。
「色々良い機会なんだよ、だからさようならだ」
「待てよ。俺だって」
刀真の腕を、涼司はつかんでいた。
「俺は友人のつもりだ。刀真、お前が去るのは……寂しい」
「気持ちは、ありがたく思う」
刀真はゆっくりと首を振った。
軽く振り払って涼司に手を放させ、
「帰るぞ」
彼は、パートナーの漆髪月夜に呼びかけた。
なおも引き留めようとする涼司であったが、火村加夜が腕を引くので名残惜しげに離れた。
(「あの時ちゃんと、環菜を護れていたら、違う今があったよね……」)
刀真がさげていた短冊、そして、退学という彼の決断について、月夜は血が出るような痛みを感じずにはおれなかった。
歴史に「もしも」はないという。
しかし考えてしまう。
あのとき――環菜殺害の瞬間、自分はなにか、できなかっただろうか、と。
刀真に従って歩みつつ、月夜は思った。
剣の花嫁は契約者の大切な人の姿を取る……だが月夜の姿は、刀真に封印を解かれた時から今まで変わってないのだ。
つまり刀真にとって、月夜はは大切な人だということ。
………月夜はこのことを誰にも言ってない。これからも言う気はない。
けれども、嬉しい。
(「私は刀真の剣でパートナーだから、剣士の命である剣として、環菜とは違う想われ方なんだろうなぁ」)
一度訊いてみたいものだ、刀真に。
「でも私も女の子として見てくれても良いよね?」
と。
当分は、そんなこと訊けないだろうけど。