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序章 始まりの夜

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は森のなかを歩いていた。
「うはー……薄暗くて変な形の木ばっかり……不気味な森だねー」
 言葉とは裏腹に、彼女は明るげに一人ごとをつぶやいた。歩調も、鬱蒼とした森のなかであるにもかかわらず、おどおどと進むというよりは、どちらかと言えば散歩がてらに立ち寄ったというリズムだった。
 そんな彼女に、パートナーのミア・マハ(みあ・まは)が呆れている。
「そう言うわりには、ずいぶんと楽しそうではないか」
「ふっふ〜ん、女は度胸ってね。そう簡単には驚いてやらないんだよ」
 横目で自分を見つめるミアに、レキは得意げに言った。
「第一、こんな薄暗い森を歩くってだけじゃあ、ボクは怖がれないよ」
「……ほほう」
 ミアの目が怪しく光った。
 ずんずんと進むレキを先頭として彼女たちが目指すのは、森の奥にある社に置かれているとされる、一つの蝋燭であった。ただ森のなかに入ってそれを取ってくるだけではない。
 今回の催しは『肝試し』である。
 季節外れ感の否めないこの行事では、やはりメインとなるのは進行ルートに待ち構えているお化けだ。
 レキには悪いが、多少は怖がってもらわないと面白みがない――と、ミアは思っていた。
「レキ、妙な気配がする。感じぬか?」
「またまたミア〜、そんな風に驚かそうとして〜」
 レキはミアの言葉を軽く笑い飛ばした。またいつものように冗談でも言っているのだろうと、彼女の肩をからかうようにつつく。
 だが、ミアの顔はいつものような楽天家のそれではなかった。
「……感じぬか?」
 あえて多くを語らず、神妙な顔で彼女は告げる。
「…………ま、まさか〜」
 レキは先ほどの同じようにそれを笑い飛ばして、さらに先へと進んだ。だが、彼女をよく見てみると、頬は引きつって、乾いた笑い声が重なり、心なしか太ももが震えているようにも見える。
 内心、ミアはガッツポーズを掲げていた。
「も、もー、やだなぁ、ヘンな事言わないでよー。どうせ気のせいでしょ?」
「だと、いいのじゃがな〜」
「はは……ははは……」
 乾いた笑い声が尻すぼみし始める。空気は重くなり、気のせいか薄暗さが増したような気がした。
 そのとき。
「ヒッ――――」
 いかにも幽霊ですと言わんばかりの白布を被ったお化けが、茂みの奥の暗闇からゆらりと現れた。こんな子供騙しに引っかかる奴がいるのか……? と、ミアは不安になった。
 が。
「イヤアアアアアアアァァァ!!」
「…………」
 ミアの演出の効果があってか、あるいは茂みの暗闇によって白布が過剰なまでの寒気を誘ったのか……いずれにせよ、レキは盛大な悲鳴をあげた。
 抱きしめられたミアは、ふくよかな谷間の間に挟まれてオッサンのような恍惚の顔になっていた。役得とはこのことである。
 だが。
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
「こな……ッ、こない……こないでえええええぇぇぇッ!?」
 数体になったお化けが近づいてきて、自分の身体を触ったせいだろう。パニックが最高潮に達したレキの手や足が、お化け目がけてロケットのように飛び出した。
「くるなくるなくるなあああぁぁ! レキパーンチッ! キーック! アッパーカットォォォ!!」
「や、ちが……げぶっ、がふっ、ゴハアアァッ!」
 サンドバックよろしく、殴る蹴るの応酬を受けたお化けは、白布がはがれてしまってその顔を露にした。
「ハァ……ハァ……ア、アレ?」
 しかし、バタリと倒れたお化けたちの顔は、あまりに殴られまくったため岩のように凸凹になってしまっている。反撃を受けなかった幸運な他のお化けたちは、すでに逃げてしまったようだ。
 レキはしばしその顔をじっと見つめながら、困った表情を浮かべていた。
「えーと…………まあそのなんだ……」
 が、色々考えたあげく、
「……許せ!」
 ビシッと片手をあげた、勘弁願いますのポーズをとると、彼女はミアの手を掴んで風のようにその場を立ち去っていった。
 後に残されたお化けに吹いたのは、夜の肌寒い風だった。



 蒼空学園生徒会を主なメンバーにした肝試し運営委員会は、校舎一階のとある教室に本部を設置していた。
 そこで、メンバーによるとある話題が持ちあがっていた。
「肝試しに不穏な影がある?」
「なんだそりゃ?」
 メンバーの上級生二人が首をかしげる。話を切り出しに彼らのもとまでやってきた下級生の男子生徒は、素直に報告を続けた。
「噂だと、なんでもあの夢安京太郎が動いてるらしいです」
「……またあいつか」
 上級生の一人がげんなりとした顔になった。
 卑怯、卑劣、悪辣といった三拍子の揃ったお金儲け大好きの生徒。一年生の頃からなにかと金もうけの手段を思いついては、事件を引き起こしている問題児。それこそが、夢安京太郎(むあん・きょうたろう)なのである。
 彼が関わっているとなると、厄介なことになりかねない危険性がある。
「肝試しの森の中ではシャッター音を聞いたとか、カメラらしきフラッシュを見たっていう生徒もいますし……中止か、もしくはしばらく中断したほうがいいんじゃないですか?」
 下級生も夢安の噂は知っているのか、懸念してそんなことを提案した。
 だが、上級生はしばし思案顔になったあと、首を振った。
「まあ、心配ないさ。あの七枷やイルミンスールの博季さんにだって警備を頼んであるし……他の学校からも色々と協力してくれる人たちがいるからな。大事にはならんだろうよ。それよりも、せっかく盛り上がってきてるところなんだ。わざわざそれに水を差すことはないだろ?」
「んー…………たしかに、それもそうですね」
「そーゆーことだ」
 一度、始まってしまった肝試し。それをいまさら中断にすると、せっかくの楽しさが興ざめしてしまうかもしれない。
「まあ、それに――」
 上級生のひとりは遠い目をした。
「――由美子ちゃんの写真、買えるかもしれないしなぁ」
「先輩?」
「あ、いや、なんでもない」
 怪訝そうに首をかしげた下級生に、上級生は誤魔化すよう手を振った。もう一人の上級生は、それを苦笑して見ている。
 上級生は下級生の視線から逃れるように、話題を変えることにした。
「……ところで、会長は?」
「あれ、先輩が頼んだんじゃないんですか?」
「……なにがだ?」
「……『生徒会長は平和を愛する鎧武者なのさ。あっはっはっは』とか言って、先ほど肝試しの巡回に行きましたけど」
「………………」
 前言撤回。もしかしたら、大事なことになるかもしれない。
 と――上級生の男子生徒は思ったのだった。