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こちらツァンダ公園前ゲームセンター

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こちらツァンダ公園前ゲームセンター

リアクション


<part1 いよいよ開店!>


 午前九時。
 ゲームセンター『プレーランドツァンダ』の店員たちは、開店前の準備に大忙しだった。
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)は店の奥で、小柄な彼女には幾分大きすぎるホウキを抱えてフロアの掃除をしている。見回りに来た店長のアユナがアルティアに声をかけた。
「ここはなんの筐体が入るのかしら?」
「おはようございます、店長さん。『ブロゥクン・フィールド』でございます」
「聞いたことないわね。どんなゲーム?」
「ロボットを自由に改造して対戦するゲームでございます。通信対戦にも対応しておりまして、シャンバラ中の方たちと遊ぶことができます」
「へー。で、そのゲームはまだ来ないの?」
「もうすぐ届くはずですが……」
 アルティアは心配そうな顔で入り口の方を見やった。
 その頃、店の前には猫のマークがプリントされた大型トラックが停車していた。緑の帽子を被った配送業者の青年が受領書を差し出す。
「これに印鑑かサインをお願いします」
「確かに受領したのだよ」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は受領書にサインして業者に返した。傍らには、二百キロはあろうかと思われるゲームの筐体が段ボールに詰められたまま置かれている。
「でも、大丈夫ですか? 運ぶお手伝いをしなくても。その……、女の方一人じゃ大変かと……」
「気遣いは無用。このぐらい朝飯前だ」
 イグナはどでかい段ボールを軽々と持ち上げた。仰天する業者に会釈し、自動ドアをくぐって店内に入っていく。近くで皆に設置の指示をしている店員に尋ねる。
「これはどこに運び込めば良いのだよ? ブロゥクン・フィールドの筐体なのだが」
 店員はホッチキスで留めたコピー紙をめくってレイアウト表を確認した。
「ブロゥクン・フィールドはこちらですね。ついてきてください」
「うむ」
 イグナは店員に案内されて店の奥に進んだ。
 アルティアがちょうど掃除を終え、ほっとしてイグナに手を振る。
「イグナさーん、こっちですよ。間に合わないかと思いました」
「近頃の業者はたるんでいるようだな。早く設置しよう」
 イグナはアルティナと協力し、段ボールから筐体を取り出す。ガムテープで巻かれたプチプチのシートも剥がすと、ツヤのある筐体が姿を現した。
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は筐体を壁のコンセントに繋いだ。持参したノートパソコンに接続して、設定画面を起動する。筐体のモニタに、デフォルトの機体がずらりと表示された。
「随分たくさん機体があるんですのね」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)がモニタを眺めて言った。
「これだけじゃありませんよ。普通のパソコンで簡単に自分の好きな機体を作れるんです。ほら、こんなのとか」
 近遠はあらかじめ作っておいた機体のデータをパソコンから筐体に移した。モニタに新しい機体が表示されていく。ユーリカは感嘆の声を上げた。
「わー、これ全部、近遠ちゃんが作ったんですの!? イーグリット、コームラントに、イーグリット・アサルトまでありますわ! アルマインはないんですの?」
「ああいう生物的なフォルムの機体は無駄に容量を食うので、このゲームの仕様上、設定できないんですよ。プログラムから書き換えればなんとかなるんですが、オンライン対戦したければそこまで改造できませんしね」
「まあ、今回は時間もありませんもの。これだけたくさんあれば十分だと思いますわ」
「そうですね」
 近遠はうなずき、筐体の設定を進めた。

 その近くでは、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が改造した筐体を店長のアユナに見せていた。ブラッディグラップル3、フラワシの達人、プリント棍棒。どれも最初から店にあった筐体だ。
「見よ! 店長! 俺が改良したブラッディグラップル3を! リアルな血しぶきというアイディアを一歩推し進め、負けた客にリアルの血が発射されるようにした!」
 天才科学者を自認するハデスだが、その技術はともかく、発想があまりに残念なのだった。既に彼は白衣を血まみれにし、頬をタコ殴りにされていた。つまりは負け続けていた。
 普通の店長ならこんな凶悪な筐体、認めるはずもない。が、アユナはアユナでだいぶ残念な発想の持ち主なので、感心して筐体を眺める。
「なかなかいいじゃない。でも、いっぺんに全部変えるのも冒険だから、まずは一台だけ改造機に変えておきましょう」
「承知した! ならば、こっちはどうだ!?」
 ハデスはプリント棍棒にコインを入れてスイッチを押した。筐体から蟹のハサミが伸び、ハデスの首をぎりぎりと締め付ける。
「こ、これぞ、プリント棍棒?! ハサミが客を挟んで逃がさず、より苦悶に満ちた表情が撮れるというわけだ! 死なない程度に握力は調整してある!」
「いいわね! 採用! あなた見所あるじゃない!」
「そうだろう、そうだろう、はーはっはっはっはっ!」
 とても残念な二人組が盛り上がる様子を、他の店員たちはサーカスでも見るような眼差しで眺めた。


 午前十時。開店の時刻である。宣伝の甲斐あってか、店先には大勢の客が待ち構えていた。
「お待たせしましたっ! いよいよ開店でーす!」
 アユナが閉じておいた自動ドアを開けると、客がどやどやと店内に入ってきた。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)、友人のマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)小谷 愛美(こたに・まなみ)と肩を並べて意気揚々と入店する。
「今日は太鼓の鉄人をやり込もうと思って、自作のバチを持ってきたんだよ! マリエルにも貸したげるね!」
「自分で作ったの!? バチを!?」
 マリエルは目を丸くした。
 美羽はファンシーなバチ袋(これも自作)からバチを取り出し、高々と掲げて見せる。
「そうだよー。ハイスコアを狙うためには、軽くて持ちやすい自作バチが絶対要るもん。森に入って丈夫な木を捜して、乾燥させて、七日七晩かけて削り上げて、って大変だったんだから!」
「木から選んだの!? 凄い気合入ってるねぇ」
「まーね! プリントシールも撮りたくて、可愛いコスチューム持ってきたんだよ。マリエルの分もあるから、向こうで一緒に着替えよ!」
「うん!」
 マリエルは美羽に連れられてトイレに入った。アイドルのステージ衣装のような服に着替えて出てくる。美羽の趣味を反映してスカートの裾がかなり短い。太腿どころか下手したらその上まで見えそうなきわどさである。
「ちょ、ちょっとそれは短すぎじゃないのかなー」
 コハクは二人のスカートを直視しないようにしながら、顔を赤くして言った。
「なんのなんの、このくらい! スカートは短い方が可愛いんだから! 行くよ!」
 美羽はみんなの前に立って店内を巡った。
 だが、ない。どこまで行っても、お目当てのアレがない。
「もー! なんで太鼓の鉄人がないのよー! 普通ゲームセンターにはあるでしょ!?」
「美羽、あっちにフラワシの達人ってのがあるよ?」
「あ、ホントだ!」
 コハクに教えられ、美羽はフラワシの達人に駆け寄った。ゲーム機の上に貼られた説明書を読む。
「えーと、ルールは同じなのかな……、って! 『このゲームはフラワシが必要なのでコンジュラーの方にしかプレイできません』!? なによそれ! 客の需要考えてよ!」
 美羽は腹を立てながら、さらに店内を捜し回った。
 バチの置いてあるゲーム機を発見。リズムゲームかと思って近づくが。
「プリント棍棒ってなによ!? この店、絶対おかしいよ! あーもういい! プリント棍棒でもなんでも、とにかくなんか殴りたい気分!」
 美羽はコイン投入口に硬貨を突っ込むと、バチを掴んで振り上げた。
 マリエルにいいとこを見せようと思っていたのに上手くいかなかった恨み。久々に楽しもうと思っていたのに裏切られた屈辱。可愛い写真を撮れなかった怨念。それらのすべてをバチに込め、プリント棍棒の画面に叩きつける。
「てやあああああああっ!」
 ギャアアアアアアアアと凄まじい悲鳴が画面から響き渡り、写った美羽の顔が壮絶に歪んだ。続いておどろおどろしいファンファーレが鳴る。
『ハイスコア更新ですだ……おめでとうごぜえます……』
 しわがれた声がささやき、画面にただれた血文字で80000ポイントと表示された。
「ふう……、むなしい勝利ね……」
 ため息をついてバチを台に置き、壁際のベンチに腰を下ろして燃え尽きる美羽。
 コハクがバチを持ち上げる。
「え、えっと、僕たちもハイスコア狙ってみようか?」
「そうね! せっかくだもんね!」
 愛美がコハクの横に並んだ。
 そこへゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)がやって来る。
「なんだぁー? プリント棍棒? 面白そうじゃねーか! おい、そこのひょろいの! 俺様と勝負しようぜ!」
「えっ、ぼ、僕!?」
 コハクはゲブーに指差されて血の気を失った。それもそのはず、ゲブーの髪型はモヒカン、手にはトゲつきのグローブをはめ、どう見てもヒャッハーなお方にしか見えないのである。ひ弱なコハクにとっては天敵だ。
 コハクが怯えていると、二人のあいだに愛美が割って入った。
「私が相手になるわ。負けたらコハクに手を出さないって約束して」
「はあ? 男に手を出す趣味はねーぜ? まー、勝負ってなら大歓迎だ。言っとくが、俺様は相手が女子供だろうが手加減はしねーからな!」
 ゲブーは勇んでバチを握った。
「じゃあ、まずは俺様の番だな。見てろよ!」
 力いっぱい画面を殴りつける。地の底から沸き上がるような悲鳴が響いた。60000ポイントとスコアが表示される。
「今度は私ね。一発で蹴りをつけるわ」
「おうよ! 全力でいけ!」
 どうして敵なのに応援するのだろう、と愛美は首を傾げながら画面を殴った。悲鳴が響き、30000ポイントと表示される。愛美はうなだれた。
「ま、負けたわ……。そっちの要求はなに? 幾ら欲しいの?」
「金なんか要らねえっての。俺様はその坊主と勝負したかっただけだぜ?」
「なんだ……。それならそうと最初に言いなさいよ」
 ゲブーは肩をすくめる。
「最初から言ってるぜ。つーかあれだ、要求ってんなら、もっと勝負してくれると嬉しいがな」
「望むところよ! こんなスコアじゃ納得できないし!」
 愛美は拳を握り締めた。マリエルが二人に歩み寄る。
「あたしもするー!」
「じゃ、じゃあ、僕も……」
 コハクも参加し、四人での対戦が始める。真っ白に燃え尽きた美羽だけはなおもベンチでぼんやりしている。コハクは非力なのに80000ポイントを叩き出し、美羽とタイでハイスコアを獲得した。
「あらー、盛り上がってるじゃない! 来てたのね、マナ、マリエルさん!」
 朝野 未沙(あさの・みさ)が通りがかった。マリエルは顔を輝かせる。
「あーっ、未沙も来てたんだ! ねぇねぇ、一緒にこれしない?」
「プリント棍棒? ここって変なゲームばっかりね……。あたしはマリエルたちと普通のプリクラ撮りたいな」
「プリクラはないのよ!」
 急に美羽が立ち上がって叫んだ。未沙はその顔を見てたじろぐ。
「血涙!? 凄い年老いてるし……。なにがあったの!?」
 愛美が失笑する。
「まあ、ちょっとね。このプリント棍棒、強く殴るほど顔が歪むから、軽く叩けば普通の撮れるんじゃないかしら。やってみない?」
「うん、それならここでもいいわ。どうせならみんなで撮ろ?」
 未沙が提案すると、美羽も歩み寄ってきた。一台のプリント棍棒の前に、未沙、愛美、マリエル、美羽、コハクの五人がぎゅう詰めになる。
「ほら、マリエル、マナ、もっと近づいて。じゃないと見切れちゃうわよ」
 と言いつつ、未沙は自分の前にしゃがんでいる愛美に抱きついた。愛美が笑って見上げる。
「ちょっと、未沙? くっつきすぎ!」
「しょうがないじゃない、狭いんだし。あー、マナって柔らかくていいにおーい。脚もスラッとしてるし、肌もスベスベで羨ましいよー」
 未沙は愛美の頭に鼻を擦りつけ、猫可愛がりするように愛美のほっぺたを手の平でさすった。
「未沙あー、くすぐったいってばー」
 クスクス笑う愛美。
「くうっ……、俺様はなんで女に生まれなかったんだ! 畜生!」
「だ、だね……」
 ゲブーとコハクは羨望の眼差しで愛美たちを眺めた。
 マリエルがプリント棍棒の投入口に硬貨を入れ、スイッチを押す。五人の写真が撮影され、モニタに映った。『デコレーションを選んでね!』と蛍光色で表示される。
「一応、デコもあるのね……」
 未沙は画面のデコレーション一覧を見るが、やはり普通のはない。背後霊フレームやら、火の玉、一万本の手、百鬼夜行など、不気味なものばかりだ。
「どうする、未沙?」
「マナに任せるわ」
 できれば『デコレーションなし』が良かったが、そんな選択肢はなかった。

 開店したときからずっと、大きなウサギがプリント棍棒のコーナーに立っていた。白い毛皮、長い耳にチェックのリボン、スカーフを首に絞めて、ベストには立派な時計。空京万博の公式マスコット、たいむちゃんである。
 しかし、ここは万博ではない。それに、身長二メートルのウサギがのっそりとたたずんでいるというのはなんとも異様だった。その近づきがたいオーラに、せっかくプリント棍棒にやって来た客の多くが怖がって逃げていく始末。
「まったく……、本当にこの店は趣味がおかしいですね。なんでこんなぬいぐるみ置いておくんでしょう……」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)はたいむちゃんを人目につかない場所に移動させようとして掴んだ。すると、やにわにたいむちゃんが動き始める。さすがに叫びはしないものの、風天はびくっとした。
「悪いが俺はぬいぐるみではない」
 たいむちゃんの着ぐるみの中から、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)が声を出した。
「あなたもバイトさんでしたか。ですが、どうしてまたそんな不気味な格好を? 店が用意していた着ぐるみはクマだけでしたが」
 そう言う風天はクマの着ぐるみを被っている。ゲームセンターの一角でぼそぼそと言葉を交わす巨大ウサギとクマ。そんな奇怪な光景が繰り広げられていた。
「これは俺の手作りだ。顔を見せにくい事情があってな……」
「なるほど、見るに堪えない顔だと。ご同情申し上げます」
 本当はお尋ね者だからなのだが、それを正直に告げるわけにもいかない。
「いや、まあ……、そんなとこだ」
 ロイは若干屈辱を覚えながらもうなずいた。風天はロイの隣に並んで壁際に立つ。
「で、あなたの担当は?」
「警備だ」
「ボクもです。でも、意外と平和なものですね。あのピンクモヒカンは和気あいあいと遊んでますし。ボクたちは要らない子なのでは?」
「そうでもないぞ。ほら、おいでなすった」
 ロイが顎をしゃくって示した。
 見ると、ゴミ捨て場で拾ってきたような服を着たモヒカンたちが、けたたましい笑い声を上げながら歩いてきている。髪の色は蛍光オレンジ、蛍光パープル、蛍光イエロー。もはや人間の、いや生物の色ではない。
 モヒカンたちは愛美やマリエルに近づいていく。
「ひゃっはー! いい女がいるじゃねーか!」「金、女、ゲーム! ここにはすべてが揃っている! ここは地球のパラライズだぜ!」「なーなー、嬢ちゃん、俺らとこのパラライズを楽しまねーか?」
「パラライズってなによパラライズって! 脳筋男ども! この二人はあたしがとっくに売約済みなのよ!」
 未沙が愛美たちを背中にかばってモヒカン連中を睨みつけた。モヒカン連中は大笑いしてにじり寄っていく。
「出番だな、行くぞ!」
「はい」
 ロイと風天はモヒカンたちに向かって走った。モヒカンたちはぎょっとして後じさる。
「な、なんだてめえらは!」
「見ての通りのウサギさんとクマさんだ。とりあえず死ね」
 ロイは左腕の義手に格納した擲弾銃バルバロスを取り出し、モヒカンの足元に撃った。マリエルが悲鳴を上げ、周囲の客たちが騒ぎ始める。風天がたしなめた。
「店内で武器はまずいですよ。こんな雑魚相手に弾がもったいないですし」
「それもそうだな」
 ロイは小さく笑った。
「な、舐めんじゃねえ! 野郎ども、畳んじまえ!」
 モヒカンたちが突進してくる。風天は手近のモヒカンの腹に着ぐるみ鉄拳を叩き込んだ。宙に吹き飛ばされるモヒカン。店に被害を出さないよう、風天はもう片方の手でモヒカンの体をキャッチする。
 ロイはモヒカンのあいだを駆け抜け、バルバロスの銃身でモヒカンたちを次々と昏倒させた。あっという間にモヒカンたちは沈黙する。
「相手が悪かったですね。店の外に放り出しておきましょう」
「さっきもらった薬を試してみないか? ぬいぐるみに変化するという」
「それもいいですね。さくらんぼキャッチャーに入れて、彼らにも店に貢献するチャンスをあげましょう」
 ロイと風天は気絶したモヒカンの口に錠剤を含ませた。