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こちらツァンダ公園前ゲームセンター

リアクション


<part4 制作者の意図が読めない>


 フラワシの達人のコーナーには、コンジュラーしかプレイできないゲームなのに結構な人数が集まっていた。
 人気者のフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の周りには、友人たちが人垣を成している。店内をぶらついていた閃崎 静麻(せんざき・しずま)はフリューネの姿を認めて近づいたが、フリューネは友達とのお喋りに夢中でこっちに気付いていなかった。
 邪魔をするのもなんなので、静麻はひとまずその場を離れてカウンターの方に行く。並んでいる自販機でジュースを買い求める。フリューネの友人たちの分も含めて大目に買っておいた。
 フラワシの達人のところに戻るが、やはりフリューネは気付かない。静麻は黙って冷たいジュースの缶をフリューネの首に押しつけた。
「ひゃっ!?」
 凛々しい普段の様子からは想像できない可愛らしい声を上げ、フリューネが驚いて振り返る。
「びっくりしたー! 銃口を突きつけられたかと思ったわ!」
「どんだけ気を張って生きてるんだよ。ほら飲め。というかお前、なんでコンジュラーしかプレイできないゲームの前にいるんだ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が軽く吹き出す。
「ねえ、おかしいわよね! ゲームセンターの中で待ち合わせしようって言ってたんだけど、フリューネってばこのゲームの前で待ってたのよ。どうやったら操作できるんだろうって必死に台の上をペタペタ触りながら」
「もう、言わなくていいでしょ。説明が目に入らなかったのよ」
 フリューネは顔を赤くした。
 画面の前は平べったい台になっており、色とりどりの円形パネルが描かれている。そのパネルがボタンなのだが、コンジュラー以外が触っても反応しないのだ。
「制作者の意図が理解できないわよね。私はコンジュラーだからプレイできるけど……。他のとこ行く?」
「なあ、リネンの手を掴んで間接的に操作するようにすれば、他の奴でもプレイできるんじゃないか!?」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が声を弾ませた。リネンは唇に拳を添えてうなずく。
「確かにそうね。コンジュラーの手を握れば」
「そうだろ! 『リネンの手』を握れば! な! な!」
 すっごいきらきらした瞳でリネンを見つめる。心なしか息も荒くなっていた。
 リネンはフェイミィから目をそらす。
「じゃあフリューネ、一緒にやろ?」
「なんでオレじゃないんだ……!」
 フェイミィはがっくりとうなだれた。
「ええ、お願い、リネン」
「任せて」
 フリューネがリネンの背後に回り、リネンの手を取ってゲームのパネルを操作し始める。二人の体は密着し、端からは恋人同士のようにすら見える。パートナーのように息はしっかり合っていて、次々と曲をクリアしていく。
「リネンのパートナーはオレだ……オレのはずなのに……」
 フェイミィはしゃがみこみ、いじいじと指で床に円を描いた。
「まあ、飲め」
 静麻がコーラの缶を手渡すと、フェイミィは蓋を開け、一気にやけ飲みする。これが飲まずにいられるか、という気分だった。

 広告に釣られてプレーランドツァンダにやってきた紅護 理依(こうご・りい)は、物珍しげに店内を見て回っていた。なんだか変なゲーム機ばっかり置いてあって、集まっている客も一癖ありそうな人が多い。
「あ、フリューネさん」
 理依はフラワシの達人のコーナーにいるフリューネを見つけて駆け寄る。フリューネは休憩して皆とジュースを飲んでいた。
「あら、理依じゃない」
「フリューネさんも来てたんだ。このゲーム、どうやって遊ぶの?」
「右からマークが流れてくるからね、線に重なったらタイミングを合わせてボタンを押すのよ。でも、コンジュラーじゃないとボタンを押せないのよね」
「そうなんだ……」
 理依は声を沈ませた。フリューネは小さく笑う。
「大丈夫、方法はあるから。リネン、手を貸してあげてくれない?」
「お安いご用よ。よろしくね」
 リネンは喜んで承諾し、理依に会釈する。コンジュラーが不足しているため、さっきから友人たちの手の代りとして引っ張りだこだった。
「今度こそオレの番だと思ったのによう……」
 フェイミィはさらに落ち込んでしまう。
 理依は筐体の前に立ち、リネンの手を借りてゲームを始めた。なかなか慣れない理依に、フリューネが横で指示する。
「ほら、そこで押すの! あー! 次のが来たわ!」
「うう……難しい……。わ。また途中で終わっちゃった……」
 理依はしょんぼりする。
「平気平気、そのうちできるようになるわ! 私もだいぶできるようになってきたもの。それに、クリアしなくても面白いじゃない。みんなと騒いでいるだけで」
「うん……、それもそうかも」
 フリューネに励ましてもらい、理依はやる気を出した。

 ある客の周りにいるギャラリーからどよめきが起こった。その客、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は堅気とは思えない技術でフラワシの達人をプレイしている。
 筐体の画面の隅には、今演奏されている曲の楽譜が立てかけてあった。描画のフラワシに描かせたものである。それを視界の端にとらえながら、詩穂は行動予測と実践的錯覚を駆使してボタンを押していく。実践的錯覚のせいで、周囲の者には詩穂の動作がわずかに遅れて見える。
「タイミングがずれているのに合っているー!? どうなってるんだあれはー!」
 リネンに放って置かれて寂しすぎたのか、フェイミィがバトル漫画の実況みたいなことをやり出した。リネンはちょっと心配になる。
 詩穂はくすっと笑う。
「これが本当のフラワシの達人だよ。コンジュラーの能力をフルに使ってこそ、その本領が発揮されるの」
 そう喋っているあいだも、指は流れるような動きで画面の音符を消していく。コンボは既に三百も続き、右端のスコアは等比級数的に増えている。
 詩穂はラストスパートの音符を弾き抜き、最後にその場で華々しく跳躍した。着地するや両脚をクールな角度で開き、三本の指を顔の前にかざして決める。メンタルアサルトである。
「なんかよく分からないポーズだー!?」
 フェイミィも含め、ギャラリーのほとんどが混乱した。
 モニタにリザルト画面が映り、『Congratulations! Hiscore!』と表示される。
「よしっ」
 詩穂は拳を握った。

 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は店長のアユナに相談を持ちかけていた。
「壁の大型スクリーンをしばらく貸してくれないか? フラワシの達人と接続して、みんなで音楽を楽しめるようにしたい。コンジュラーだけしかプレイできないのではもったいないから」
 アユナは意表を突かれたようにちょっと目を見開いた後、笑った。
「それはいいわね。うちの従業員に接続させるわ」
「ありがとう」
 二十分くらいかかって、配線作業は終わった。
 レンがフラワシの達人を操作し、昔懐かしいリズムゲームの名曲をステージに選ぶ。ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)はスクリーンとフラワシの達人を繋いでいるノートパソコンのタッチパッドに触れた。
「いいですか、レン?」
「ああ」
 タッチパッドを擦り、接続をオンにする。スクリーンの脇のスピーカーから、ヒップホップ調でノリノリの曲が流れ始めた。他のゲームをしていた客たちも、驚いてスクリーンに注目する。
 筐体に固定したマイクを通して、レンの声が響く。
「やぁみんな! パーティーの時間だ。気分はどうだい? じゃあ始めよう、チェック・ディス・アウト!」
 レンはフラワシの達人のパネルを叩いてプレイを始めた。昔から親しんでいた曲なので、リズムは完璧。
 陽気なビートに、思わず客たちの体が左右にシェイクし出す。
 リズムに乗って、レンが歌う。ノアも歌う。彼女の美声に誰もが聞き惚れてしまいそうになる。
 ノアがフリューネの肩を抱いて促す。
「フリューネさんも歌いましょうよ!」
「え、でも、歌詞知らないし」
「いいんですよ、細かい歌詞なんて。音楽は音を楽しむって書くんです。楽しんだ者勝ちですよ。らーらーらーでいいんです!」
「らーらーらー?」
 フリューネはくすっと笑って聞いた。
「そうです、らーらーらーです!」
「ちょっと恥ずかしいけど、それもいいかもね」
 淡く赤面して、自由な歌詞で歌い始める。フリューネが歌うとなっては他の者も様子見はできない。どんどん参加者は増え、ゲームセンター全体がポップな音楽に包まれた。

 そのときである。唐突に店内にオートバイが突入した。
「ヒャッハー! 盛り上がってるじゃねーか! 俺らがもっと盛り上げてやるぜー!」
 オートバイには二体のモヒカン。フラワシの達人コーナーまで疾走すると、後部座席のモヒカンがレンからマイクを奪い取る。オートバイで店内を走り回りながら激唱する。
 この夜のものとは思えぬ酷い声。酷いリズム。酷い音程。客たちは吐き気を催し、何人もが倒れた。
 狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)が頭を振りながら苦々しげにため息をつく。
「……ったく、人が気持ち良く歌ってるってのに、存在自体が公害みたいな奴らだな。おらっ、待ちな! 警察に突き出してやる!」
 走ってモヒカンを追いかけるものの、人の足と自動二輪では釣り合うはずもない。距離は少しも縮まらず、モヒカンだけは気持ち良さそうな歌声に、乱世まで具合が悪くなってくる。
「待てって言ってんだろ!」
 乱世は奈落の鉄鎖をオートバイに使った。重力がかかって速度が落ちる。座席のモヒカンたちが騒ぐ。
「うお!? なんだ!? 急にクルマが重く……」「もっと吹かせ! 吹かせ!」
 エンジン音が破裂し、排気口から煙が吹き出して、オートバイが速度を増した。また距離が開いていく。
 乱世は歯ぎしりして、悪魔の尾瀬 皆無(おせ・かいむ)を召喚する。
「くそっ! 皆無来い!」
「はぁーい? 呼んだランちゃーぶぐあ!」
 オートバイの真ん前に召喚された皆無は、見事に弾き飛ばされて壁に激突した。オートバイも衝撃で転倒し、乗っていたモヒカンたちが床に転がる。
「いててて……、酷いぜランちゃーん、こんなタイミングで召喚するなんてー」
 皆無は体をさすりながら起き上がった。
 乱世はモヒカンたちの前に仁王立ちする。
「てめえら、覚悟はできてんだろうなーおい。えぇ?」
「ひぃぃぃぃ……」
 その鬼のような形相に、モヒカンたちは抱き合って震えた。

 パトカーのサイレンが店から遠ざかっていく。
 目の前で起きた小捕物に、レンは気を呑まれてしまい、手も止まってしまっていた。
 フリューネがレンの隣に歩み寄る。
「レン? 続きは歌わないの?」
「あ、ああ」
 レンの手が再びパネルを叩き初め、フリューネは楽しそうに歌う。店内も元の空気に戻った。フリューネやみんなが笑顔になってくれているなら、ひとまず自分の目的は成功だなとレンは満足した。