|
|
リアクション
◆
ウォウルたちの元に北都、リオンの両名がやって来たのは、綾瀬によってウォウルが怒られた後、すぐの事である。
「ウォウルさん!」
「大丈夫なんですか?」
「これはこれは、ご心配、お掛けしましたねぇ………」
お世辞にも無事には見えないウォウルへと近づいてきた二人は、やはり心配そうに彼を見詰める。
「ごめんね、もっと早くにつくはずだったんだけど………」
「いえ、こうやって来ていただけただけでも嬉しいですから。それに――」
「それに――何です?」
含みを持たせたウォウルの言葉に、リオンが首を傾げた。
「お二人とも、どうやら僕のメールを見てくれて、それを実行していただけたようなので。僕としては有難い事、この上ないですよ」
無理矢理に言い切った彼に、ルカルカ、ダリル、セラエノ断章、綾瀬が冷ややかな目線を向けていた。
「んーと………それは」
北都が相変わらず、要領を得ないと言った風に尋ねると、ウォウルは笑顔で北都の上着のポケットを指した。
「それ、貴方の物ではないでしょう?」
ふと目をやる、彼のポケットには小さな熊のぬいぐるみがひょっこり顔を出している。
「僕がお願いしたのは『避難し遅れた人の救助』です。そして貴方たちはそれを行った後で、此処に来てくれたわけだ」
「あぁ……………さっきの男の子の――」
「確かに彼、逃げるときずっと持ってましたね」
成る程、と言う顔をした二人は、そこではっと気付く。
「そうだ、そうだ。みんな、此処から出なきゃだよね。悠長に話している場合じゃないか」
「そ、そうですね」
ウォウルが苦笑を浮かべる。
「ほら、みたことですか。皆様普通はそうお考えになりますのよ」
「…………?」
「心を決めたらどうだ」
「そうそ、こんな貴方の事、皆が心配してるんだから、いい加減病院行こうよ」
綾瀬の言葉に首を傾げる二人よそに、ダリル、ルカルカがこれでもか、とばかりに畳み掛けた。
「ほら、そしたら皆でどうやって彼を運ぶか決めましょうよ」
話題を逸らすべく、リカインが慌てて話を切り出す。
「ルイが運べば良いんじゃないかな」
「否、彼には護衛を続けていただいた方が良いのではないかと。まぁ、いっそラナロックとやらの前に差しだし、手をかけていただければ、パートナーロストで犯人も弱体化、それを討ち落として一件落着、でも良いとは思いますがね、手前としては」
「それ駄目じゃん。意味ないし」
セラエノ断章の提案を狐樹廊が反対し、その物騒な発言にリカインがツッコミを入れた。
「んと、たしかあっちの方に台車があったから、僕が取ってくるよ」
「ならば私も行きますよ、北都」
「私が箒で運ぶって手もあるよね?」
「駄目ですわ。貴女様と、貴女様のパートナーの彼には、ウォウル様の手綱をしっかり握って頂かないと。命の手綱を――うふふ」
「………案外黒いな、お嬢さん」
一番物騒な事を言う綾瀬に対し、驚いたようにダリルが口を開く。
「兎に角行ってくるね」
言い残し、北都とリオンが台車を持って来るべく一同の輪の中から離れていった。
「皆様も、そろそろこの場をお暇する支度をなされた方が良いのではないですの?」
「じゃ、じゃあ! 僕は周りを警戒してくれている二人を呼び戻してきますよ!」
「僕はルイさんの方に行ってくるから、佑一さんは託さんの方をお願いね!」
佑一とミシェルがそう言うと、それぞれ反対に位置している二人の元へと走っていった。
「よし、俺は先に行って飛空挺を外に回して置こう、後を頼めるか、ルカ」
「任せてよね! 何かがあった連絡するけど、大丈夫だからさ。ダリルも、気をつけて」
「わかった。じゃあな、皆。その馬鹿者の事、しっかり見張ってやってくれよ」
にやりと、しかしどこか憎めない笑顔でウォウルを見たダリルは、その場を後にする。
「私も何かしないとね。う、ちょっとこの辺りで逃げ遅れた人がいない見てくるわ! 医療とかわかんないし、それくらいしか出来ないけど。行こう、狐樹廊!」
「手前も、ですか。全く、人使いの荒いお人だ………」
リカインに連れていかれる狐樹廊は、至極面倒そうにしながらも彼女についていく。
「ウォウル様」
それぞれが慌ただしく動き出す中、不意に綾瀬がウォウルへと声をかけた。
「なんでしょう?」
「お加減は――本当のところは如何ですの?」
「…………………そうですね、貴女に嘘を言っても仕方がない、ですかね。呼吸ほぼ、出来なくなってきています。胸の重みも、恐らくは心臓を圧迫されているから、でしょうねぇ」
「………………………………」
「そんな驚かなくとも良いじゃないですか。困ったなぁ……ハハハ」
「笑い事――ですのね」
「え?」
「ご自身の命が危ないと言うのに、笑い事で済ませてしまいますのね」
「笑っていなければ、僕は生きていけませんから」
その言葉に、一体どれ程の意味が込められているのか、綾瀬は暫く考えるもわからず、故に思考を放棄した。
「兎も角、此処で貴方様に死なれては困りますわ」
「………………そうなんですか?」
「えぇ。だって――だって貴方様は大切な――」
「ちょっとこのウォウルさん! 皆が忙しくしてるのに、何で綾瀬さん口説いてんの!? せっかく回復魔法かけてあげたのにぃ!!」
綾瀬の言葉がそこで止まる。二人の元にやって来たのセラエノ断章が頬を膨らませながら言った言葉を、綾瀬は笑ってから、止めた言葉を繋げた。
「だって、貴方様は、大切な大切な、それは大切な暇潰しですもの」
「ハッハッハ、それは光栄ですよ」
「……………どんまい、ウォウルさん」
心底可笑しそうに笑うウォウルに、セラエノ断章が同情しながら彼の肩に手を置いた。
「参ったねぇ、こりゃ」
彼等の様子を陰から伺っていた鍬次郎は、本当に困った、と言った様子で溢していた。
「まさか、あそこまで人が増えちまうとは思っても見なかったぜ。面倒だぜ、ったくよ」
「どうするんで? これか」
彼の言葉に対し葛葉が尋ねるも、鍬次郎からの返事はない。が、そのやり取りを苛々しながら聞いている存在が、一名。
「もう良いの、遊んじゃえばいいの! この際、あお人形さん、他の皆も、みんなみんな、遊んであげれば良いの! ハツネはいっぱいいっぱい我慢したの! もう遊びたくてウズウズしてるのっ!」
怒声響き渡り、鍬次郎がため息をつく。『どうしたものか』というニュアンスのものではあるが、しかし彼も、このままでは仕事が進まない事はわかっている。
「しゃーねぇな。傍観はやめだ。様子見は終いにすっか。ハツネ、わーったよ。好きにしな」
「言われなくても遊びにくの! たぁくさん、遊んであげるなの」
隠れていた物陰から飛び出したハツネの笑顔は狂気に満ち溢れ、狂喜の色に彩られている。が、ふと彼女は、そこで足を止めた。彼女の後を追うべく鍬次郎と葛葉も、何かを見付けてハツネの横までで足を止めるのだ。
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。
「あんたらも――随分野暮ったいんですねぇ」
「うぅ………………!! 邪魔なの!! そこを退いてなの!!!」
ハツネが声を荒げる。
「そうはいきませんよ。それはできませんよ。何たって皆さん頑張ってるんだ。ラナロックを止めるのも、ウォウルを看病するのも、逃げ遅れた人たちを逃がすのも、皆さんで頑張ってる。ならば俺も、此処で頑張らなきゃあ、ならんでしょうよ」
「だったら……………」
今までの勢いが何処へやら。ハツネがブツブツと、俯きながら小さな声で呟き始める。
「だったら貴方で遊べば良いの。標的何て関係ないの。みんなみんな死んじゃうから、そんなのはもう、ハツネには関係ないことなの」
血塗られた少女は笑う。その幼い顔に、三日月を浮かべて。