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リアクション
第二章 営業開始! おいでませ、お客様
「雰囲気あるでしょー。ほら、れてろって感じが」
雲入 弥狐(くもいり・みこ)は隣にいる奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)に平気だと言わんばかりの笑顔でホラーハウスに入ったが、中に入ると薄暗く不気味な音楽が一階や二階から聞こえ、ほんの少し怖くなってしまう。
「そうね。それに可愛らしいマスコットもいるわね」
沙夢は頷き、ハウス内よりも愛らしい看板犬のポチの助を撫で始めた。
「この下等生物め! この僕に触るな!」
言葉は見下しているが、あまりにも可愛い姿にただの愛嬌にしか見えないため沙夢の撫で撫での手は止まらない。
「早く行こうよ。珈琲と甘い物を食べないと売り切れになるかもしれないよ」
面白そうと思いつつも一人で行くには怖くて沙夢を誘ったものの恥ずかしくて素直に怖いから一緒に行こうとは言えず、遠回りな言葉になってしまう。
「……もう少しだけ」
そう言ってポチの助を撫で回す。
「……沙夢。大丈夫、大丈夫」
沙夢をちらりと見ながら自分を励まし、喫茶店の場所を聞くために受付へ。
「いらっしゃいませぇ〜」
「ようこそアルよ。目玉が飛び出るぐらいびっくりするアルよ」
「よう、来たなぁ、ここは運命の荒波に消えた悲しきとある一族の屋敷や」
唇の端から血を滴らせる笑顔のレキに白目笑顔のチムチムと適当にハウスの紹介をする裕輝。
「……あの」
三人の笑顔に言葉を詰まらせるも近くからポチの助と戯れる沙夢の声を勇気に変えて場所を聞こうとするが、びょ〜んという音に言葉が止まった。
「うわっ」
チムチムの両目が飛んで来たのだ。レキが裏でチムチムの目玉を飛び出すスイッチを押したのだ。
「ああ、ごめんなさいアルっ!?」
チムチムは、急いで手探りで目玉を探し始める。
「もう、チムチム、目玉が飛び出るぐらいびっくりするって、本当に飛ばしちゃダメだよ」
レキは明るくチムチムに言った。その明るさが少しだけ弥狐を落ち着かせた。
「……大丈夫?」
弥狐は目玉を探すチムチムに声をかけた。
「大丈夫アルよ。お手数おかけしたアルね」
目玉を拾い、顔が見えないように俯いて両目をセットしてからゆっくりとチムチムは顔を上げた。
「ひゃっっ」
顔を上げたチムチムを見て弥狐は硬直した。
「……硬直しとるで」
裕輝が裏返しで血管丸見えの右目と位置がずれて白目の左目となったチムチムに言った。
「成功アルね。でも目の位置は戻して欲しいアルよ」
チムチムは裕輝に頷き、レキに目の直しを頼む。
「うん、でもまた白目からね。大丈夫ですよ、お客さん?」
レキはてきぱきと最初の白目状態に直してから弥狐に声をかけるも無反応。
そんな時、ポチの助を解放した沙夢が登場した。
「弥狐、喫茶店の場所は……」
一瞬、両目白目のチムチムに少しビクッとするが、すぐに自分の知らぬ間にホラーに出会って硬直した弥狐に気付いた。
「弥狐?」
肩を叩き、弥狐の顔を覗き見る。
「……沙夢?」
沙夢の顔が現れてほっとし、現実に帰還した。
「そうよ。早く喫茶店に行きましょう。喫茶店があると聞いたのだけど、どこかしら?」
弥狐を落ち着かせてから喫茶店の場所を訊ねた。
「喫茶店は巨大な長テーブルが置かれた食堂だよ。場所は……」
レキが代表して場所を教えた。
「ありがとう。さぁ、行きましょう」
礼を言ってから弥狐を連れて食堂へ向かった。
「あの下等生物め! 気安くこの僕を愛でるなんて……えへー」
沙夢にたっぷりと愛でられたポチの助は心なしか嬉しそうに床に座り込んでいた。すっかり陥落していた。
一階にある食堂に入った沙夢と弥狐は珈琲と甘い物を食べようとしたが、途中土産屋の可愛い店員が目に付いた。
「沙夢、可愛いのがいるよ」
一番に気付いたのは弥狐だった。
「あら、本当ね」
「これ、おいしそうだよ。買おうよ」
頷く沙夢の横で弥狐は甘いあんこの入ったまんじゅうを手に取った。まんじゅうの色は凄まじいホラーの色だった。
「いらっしゃいませ。お買い物をするとこの子達と遊べるよ」
リアトリスがやって来て二人を迎えた。
「……可愛いわね」
沙夢は、レジ付近でお腹をペチペチしたりしてのんびりしてるソプラニスタに釘付けだった。
二人は買い物をした。沙夢は不気味なパッケージの珈琲豆、弥狐は手に取っているまんじゅうの箱を選んだ。
「ありがとう。どの子と遊ぶ?」
「あたしはあの子!」
「ラッコのジョヴァンナだね。抱っこしてご飯をあげてね。ジョヴァンナ!」
リアトリスはジョヴァンナの餌が入ったかごを弥狐に渡してジョヴァンナを呼んだ。呼ばれたジョヴァンナは目を覚まし、嬉しそうにやって来た。
「ピニャア! (ご飯くれなきゃいたずらしちゃうぞ!)」
と弥狐に言う。
「どうぞ! 可愛い」
弥狐はジョヴァンナを抱っこして焼き秋刀魚やメロンパンやさくらんぼをあげた。
ジョヴァンナは嬉しそうに貰っては食べ貰っては食べ。
この後、沙夢がソプラニスタにミルクコーヒーを飲ませた。
「可愛いわね」
沙夢は、優しく飲み終わったソプラニスタにゲップをさせた。
ソプラニスタは抱っこされ嬉しそうに沙夢の顔にスリスリした。
「こそばゆいわ」
そう言いつつも沙夢は嬉しそうだった。
「ありがとうございました」
リアトリスは出て行く二人を見送った。
早速、喫茶店に入るなり、沙夢は珈琲を注文し、一口。
「……場所のせいかしら。何だか珈琲が禍々しいモノに見えてきちゃうわ」
自分が知る珈琲の色よりどす黒く見えるが、味はなかなかのもの。
「このおまんじゅう、おいしいよ!」
弥狐は隣で買ったばかりのまんじゅうを食べていた。
「……ある喫茶店で聞いた言葉があるの」
カップの中を見つめながら沙夢はおもむろに何かを話し始めた。
「……ん?」
弥狐は、まんじゅうを食べながら首をかしげた。
「悪魔のように黒く、天使のように優しく、恋のように甘い、珈琲のひととき、と。怖い思いをした人でも珈琲を飲んだら落ち着くのかもしれないわね」
そう静かに沙夢は話した。遠くから悲鳴がちらほらと聞こえてくるが、ここは平和だ。
「そうなんだ」
弥狐は頷き、まんじゅうを食べた。
「……まぁ、そんな気がするだけ、だけどね」
沙夢は弥狐に微笑みながら付け加えた。
「全部、無くなっちゃった。また、買って来る」
あっという間にまんじゅうを食べ切ってしまった弥狐は土産屋へ急いだ。
「また、来たよー」
元気にリアトリスに挨拶。
「いらっしゃい」
リアトリスも嬉しそうに弥狐を迎えた。
「今度はこれとあれとそれちょうだい!」
「そんなに買って大丈夫?」
大量に甘い物を選ぶ弥狐にリアトリスが少し心配するも
「大丈夫、あたし甘いもの好きだから」
と元気に吹っ飛ばしてしまった。
弥狐は、サフランとボール遊びをしてから沙夢の隣の席に戻り、食べ始めた。
二階、廊下。
「しかし、よく遊園地の中じゃなくて空京の通りにあるよな……普通、こんなもんが在れば話題になると思うんだけど……」
月見里 九十九(やまなし・つくも)は雑誌やネットで見かけて試しに来たのだ。今は、チムチムの目玉びょーんを無事にやり過ごし、二階にある長女の人形部屋に向かっていた。
「……さて、何が待っているやら」
辿り着いた九十九はゆっくりとドアを開けた。
部屋に入ってすぐに目につくのはずらりと並んだ洋風の人形達。
「……怖ぇよ!!」
思わず感想ぽつり。薄暗い中、輝く人形の目が妖しく光って心なしかこっちを見ているような気さえしてくる。
「……さっさと写真を見つけるか」
何とか人形の目を気にしないようにし、写真探しをしようと動こうとした瞬間、
「……無いよぉ、無いよぉ、ジュリエンヌの右目が無いよぉ」
東方妖怪伝奇録の声がタイミング良く響く。
「……右目って、これか?」
東方妖怪伝奇録の声で思わず、右目を探してしまい足元にある右目を発見し拾い上げた。
「無いよぉ、無いよぉ」
妖怪らしく同じ事を繰り返す東方妖怪伝奇録。
「……これだろう。ところで写真を知らないか?」
多少、不安と期待を胸に抱きながら東方妖怪伝奇録に近付き、声をかける。
「ありがとう。知ってるよ」
礼を言い、背を向けたまま右目を受け取る。当然、訊ねられる質問。この答えも考えている。
「ワタシのお願いきいてくれたら教えてあげる」
「……お願い?」
何となくこの後の展開を予想しながら聞き返す。ここはホラーハウス。起きるのはホラーな事だけ。
東方妖怪伝奇録はゆっくりと九十九の方に振り向き、
「……ワタシの目と鼻と口を探してきたら」
真っ白の顔を向けた。
「の、のっぺらぼう」
思わず驚く九十九。東方妖怪伝奇録の驚かしはここで終わりではなかった。
「無いならその目をちょうだい。その耳をちょうだい。その鼻をちょうだい」
人形と右目を手放して九十九の背中に襲いかかる東方妖怪伝奇録。
「ちょ、離れろって。怖ぇって!!」
何とか振り落とそうとするも悪戯に最高の力を発揮する東方妖怪伝奇録はなかなか九十九の背中から離れない。
「離れろって」
東方妖怪伝奇録は二度目にようやく離れた。その際こっそり九十九の背中に写真を入れた。 九十九は急いで部屋を出た。
「……びっくりだな」
一息入れる九十九。ここで肝心な事を思い出した。
「そう言えば、写真を回収出来なかったなって背中に何か」
どうしようかと出たばかりのドアを見つめつつ背中に違和感を感じて原因を確かめようと背中に手を伸ばして何かを掴んだ。
「……写真。これで一つ回収だ」
可愛い女の子が写っている写真をほっとしながら確認する九十九。残るは四枚。
「……次は長男の書庫に行くか」
期待通りのホラーぶりに満足しつつ次の部屋へ向かう事を考えていた。
「……甲冑の音が薄気味悪いな」
向かう道々、背後から聞こえて来る甲冑の金属音。奥の部屋から聞こえる不気味な音色。
九十九は早々に一階に下りて長男の書庫に向かった。
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