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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

リアクション

第4章 激化

 地下書庫入口。
「あなた方が人間に対して悪感情を持つことは、相応の過去がある以上は仕方のないことだと思っていますが……」
 相変わらず反応のない、結界を解くどころか姿を見せもしない魔道書達に対し、マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)が交渉を始めた。
「私は、どういった事情があるにしろ、現状、一人のヒトの命が危険に晒されてる可能性があるなら、救いたいと思っています
 だから今回だけでも、ここにいる人間も魔導書の皆様にも、同じヒトとして協力してほしいのです。
 『石の学派』の魔導師は無断で、悪意を持ってこの境域に踏み込んだ以上、排除するのなら私も手伝います」
 ヒトを守るためなら、全てを投げ出す。それがマルティナの信念であり、軍人の本懐であるとも信じている。
 彼女は真っ直ぐに、魔道書達に訴えかける。事を動かすには、魔道書達に自分たちを、一時的にでも信用してもらうしかない。そのために、ただ真っ直ぐに全力を尽くして訴え続けた。
「協力の見返りが必要ならば――私に払えるものであれば払います。
 もしも、命と仰るのなら……今回の件が解決するまでは待ってください、それまでの間、もう一つの私の命であるこの髪で――」
 言うなり、マルティナはロングウェーブの乳白金色の髪を、ふさりと肩の前まで回し……
「あ、おい、こんなとこで髪切んなよ! 折角掃除してんのに、飛び散ってまた汚れるだろ」
「えっ!?」
 振り返ると、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、箒らしきものを手に仁王立ちしていた。――パートナーを幻想空間の中へと送り出した後、ひたすらこの場を掃除していたらしい。
「見返り、ね……人間嫌いの魔道書さんに差し出す『見返り』なら、ここにはもっと相応しいものがあるわね」
 若干混乱するマルティナの背後で、さらに、天貴 彩羽(あまむち・あやは)がぼそりと呟いた。


 霧深い幻想の森の中から、最初の静寂は薄れていた。
 全容も知れぬほど広い森のあちこちで、激闘が繰り広げられていたからだ。
 音もなく湧いて出てこの森を徘徊する幻影の人とではない。『石の学派』の魔導師と、それを追う契約者たちとの、音も質量も確かにある生々しい戦いである。

「我らの前に立つ者は落ちる。それが定めだ」
 狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は、魔鎧のパートナービリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)を装着し、三人の魔導師を相手に回して大立ち回りを繰り広げている。
「大人しくしてくれるなんて期待しちゃあいなかったけど、こうも徹底抗戦してくるとはまぁ」
 黒フードの魔導師たちは、さすがにそこそこ強力な魔法を使うものの、結局のところ魔法一辺倒。ある者は光弾を飛ばし、ある者は冷気の槍を繰り出し、ある者は炎を箒星のように放ってきたが、押し出す圧倒的な魔力で相手を威圧するのが戦い方の基本とでも思っているのか、惜しみなく攻撃魔法を繰り出してくるが体の方はがら空きに見える。加えて契約者からすれば恐れるというほどの魔力でもない。ビリーが【エンデュア】【冥府の瘴気】で魔法属性への耐性を強化しているし、【迷彩塗装】によって敵の目につかぬよう潜んでいるグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)の【フォースフィールド】も乱世を助ける。
『ま、大した奴じゃねえな。一気にカタぁつけようぜ!』
「そうだな。例の金の枝、落とすんじゃねえぞ」
 ビリーの言葉に、乱世は敵を剣呑と見据えて冷静に呟く。ここに来るまでに、襲撃してきた幻影の人影から奪った金の枝は、それを持っていると襲われないことが分かったので、装着と同時にビリーに身に付けさせていた。戦わなくてもよい余計な敵は退けて、私利私欲のためには倒れている何も知らない協力者を見捨てるような胸糞悪い『石の学派』の連中をブッ飛ばすことに集中したい。
『そんなヘマはしねえよ。じゃ、行くぜ!』
合図とともに、防御がザルの魔導師たちに【奈落の鉄鎖】、【闇術】を見舞い、呆気なく戦闘不能に持ち込む。
「さて、締め上げてやるか」
 闇術の闇黒に覆われて朦朧として倒れている魔道師の胸倉を掴みあげ、乱世は吐き捨てるように呟いた。
 正直、何も知らない鷹勢を使い捨てにして自分たちの欲にだけ走るような「腐った」テロリストなど、一人二人殺してやってもいいのではないかとも思うが、連中の目的や仲間の居所、鷹勢の亡きパートナーの遺体の行方など、尋問して訊きだすべきことは多いと思われたので、しょうことなしに生かしておくことにする。
『僕はまだしばらく、この辺を見張っているよ。魔道師が来たらすぐ知らせる』
 グレアムは霧の中に身を潜めたまま、乱世に精神感応で連絡する。分かった、と返し、魔導師の胸元を掴む手に力をぐっと込めた。

 『石の学派』メンバーの捕縛に尽力しているのは、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)とそのパートナーたちも同じだった。魔鎧のホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)を纏い、同行する草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)がディテクトエビルで、ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が殺気看破で、霧で視界のきかない周囲を注意深く探りながら進んでいく。
「……! 甚五郎、この先に……!」
 羽純が何かを感じて足を止めた。
「いるか!?」
 甚五郎のその言葉とほぼ同時に、霧の中からぬっと、黒フードの影が二つ現れた。
 フードで顔は半分以上見えず、ただこちらを向いて佇んでいるが、ディテクトエビルに引っかかったことから見ても敵意は間違いなかった。
「へっ、ずいぶん青っちろい体つきだな。魔法の勉強ばかりで机にかじりついて、体を鍛えるってことをしてないんだろうな!」
「……ここから先へは進ませんぞ、契約者ども……」
 黒フードのどちらかの声。それを聞いて、羽純が眉を顰める。
「ずいぶん若い声だな……しかも少し震えているような」
『なんっか、棒読みな感じでしたねー』
 ホリイも怪訝そうにひとりごちた。
「若かろうが何だろうが関係ないぜ、『石の学派』は全員捕縛してやる。行くぞ!」
 蓮見から光条兵器を受け取り、甚五郎が身構える。魔導師達は魔法攻撃を紡ぎ出し、戦闘が始まった。
――この魔導師達、実は『石の学派』の中でも見習いといってよい立場の、若く未熟な青年だった。
 この幻想の森の中に迷い込んだ時、十数人いた『石の学派』のメンバーは、霧深い森の迷いやすい道を行くうちにバラバラになってしまった。魔法の腕にも未熟な二人は、内心びくびくしながら森の中を行くうちに、とある契約者と遭遇した。戦闘を覚悟したが、意外にも相手は『石の学派』に協力を申し出たのである。
 その男、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は何故か高笑いと共に(静かな森にやたら響いたので、敵に見つかるのではないかと二人の青年魔導師はハラハラした)こう言ったのだ。
「我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!
『石の学派』の諸君! 古の盟約に従い、今こそ我らオリュンポスが力を貸そう!」
「ちょちょっと、兄さん! 何ですか古の盟約って! オリュンポスは、兄さんが最近作ったものじゃないですか!」
 慌てて高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が突っ込むものの流され、あれよあれよという間に、二人は彼らと連携することになってしまった。これが同じ学派メンバーでも魔法の腕に覚えのある、歴戦の魔導師だったら、このあからさまに怪しげな名乗りからの誘いは退けたかもしれない。しかし、二人は若く未熟で、二人だけで契約者たちと対峙することを心底恐れていたため、心細さからハデスの提案を飲んでしまった。
 恐れを押し殺しながらの棒読みの台詞も、ハデスに吹き込まれたものだった。
 だが助力を申し出ただけあって、離れたところに身を隠したハデス達は甚五郎たちに戦闘経験で劣る二人を影から庇った。ハデスの【士気高揚】、咲耶の【火術】や【雷術】が二人をサポートし、ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)による【弾幕援護】が、甚五郎の【なぎ払い】を妨害する。
「くそっ、何だ!? 伏兵がいるのか!?」
 魔法攻撃をかわして身を引いた甚五郎に、魔導師の光弾が飛んでくる。しかし、へなちょこだったので全弾躱せた。
「なんだこの気合のない光弾はぁ!」
 次の瞬間、轟音と共に空気が震えた。何の攻撃かとヒヤリとしたが、甚五郎たちに被害はなく、見ると二人の魔導師が倒れている。
「??」
――「申し訳ありませんご主……じゃないハデス博士! 誤射してしまいましたぁ!」
 ドジっ娘メイドの地を出したヘスティアの謝罪に、横で思わず咲耶が頭を抱える。
――「伏兵の位置を確認できました」
 一方、ブリジットが甚五郎に報告した。
「当機ブリジットの自爆を承認しますか?」
「……近くに同じ志の契約者がいるかもしれん、やめろ」
「……。では【遠当て】を」
 言うなり、ブリジットは確認した方向へ、闘気を続けざまに飛ばす。霧の中でもあり、いまいち命中したかは分からなかったが……
 霧の向こうから悲鳴、そしてばたばたと騒がしい物音が聞こえてきた。
「ハッハッハ、さらばだ契約者ども! 次にあった時には我らの実力を見せてや……ふぐぅっ!!」
「……何で私、こんなことに……」

「何だか騒がしくなってきましたねぇ」
 森のあちこちを震わす戦闘の空気に、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は眉を顰めた。
「ここも一応『書庫』の中だと考えると、あんまりうるさいのはよくないでしょう。もう少し静かにしましょう?」
「静かに、か……」
 シュリュズベリィ著『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は、ため息混じりに呟きながら、ラムズを後ろに庇うように立ちながら呟く。
 足元には黒フードの人影が一人、“静かに”倒れている。ラムズが『弓引くもの』で動きを封じ、『掴むもの』で拘束して地に転がした、『石の学派』メンバーの一人だった。
 二人の目の前には、もう一人、黒フードの人影がある。
 フードに半分隠れた下の目には、追い詰められた焦りと、それでも燻る敵意とが熾火のように燃えていた。
「この森、今は騒々しいですけど、元は霧に包まれ、森閑として……ひんやりと静かでした。図書館も、そのようにあるべきだと思いませんか?」
 ラムズの言葉が流れる中、『手記』は『錆びた両剣』を構え、魔導師を見据える。
「そうですね……ある子犬がいるとします。その子はたった一度蹴られただけで人間を恨むようになりました。『人間なんて皆同じだ。僕を蹴った人間を、僕は決して赦さない』……さて、どう思いますか? たった一度で、などと軽々しく思うのは、子犬を蹴る力がある者の側からの傲慢になるとは思いませんか? 一度根付いた嫌悪の感情を抜き取るのは、並大抵の事ではありません」
 ラムズたちが彼らに遭遇した時、二人の魔導師は魔力を溜め、どことも知れぬ方角に向かって放とうとしていた。
「外では彼らに語りかけている方々がいます。聞いてくれるかどうかはその方々に任せるとして、中にいる私達がする事は、決して彼らを刺激しない事です。
ましてや、寄ってたかって子犬を虐めるなんて言うのは言語道断だと思います」
 つまり、閉じ込められたことに業を煮やして、この空間を内側から魔法で破ろうとしているところに行きあったのだ。
「静かに、開放を待とうとは思いませんか?」
 ラムズの言葉の最後を待たず、しかし魔導師は、魔力を何か攻撃に変えて放とうとする動きを見せた。
「あくまで実力行使らしいのう。刎ねるか?」
 『手記』は少し首を動かして、ラムズを見て意見を求めた。
「……。仕方ありませんね」
 ラムズは小さくため息をつき――
「やっぱり、図書館では静かにしないと」
 『弓引くもの』で、再び魔法発射寸前の魔導師を射抜き、動きを止めた。