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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

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第5章 彼女の影

 まるで幽霊のように、霧の中、それは漂い歩いていた。


「今! 今、あっちへ行った人です、絶対そうですっ!」
 森の中の径を歩く広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が、目を真ん丸に見開くや否や、視界もきかない霧の中を駆け出していく。
「ファイリア様、待ってください、敵が出てきたら危険です、無暗に駆け出さないでくださいっ」
 ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)がぴったりと追いかけて走る。こんな霧深い森の中ではぐれでもしたら、大変なことになる。
 しかも今のファイリアは猪突猛進状態だ。一刻も早く鷹勢の精神を救い出す、ということだけで頭がいっぱいで、周りが見えていない。その上、ロストで倒れた鷹勢をあっさり見捨てた上に死んだめい子をどこかへ運び去ったという『石の学派』に対して、真剣に怒りに燃えている。
(「そういう酷いことをする人たち、ファイ本気で許せないです……!!」)
 感情が熱くなっているだけに、その敵に不意討ちで出くわしてしまったらどういうことになるか、やや不安である。自分が冷徹に徹することで、そんなファイリアのフォローを完全に勤め上げなくてはという決意で、ニアリーはファイリアの後についていった。
 霧に覆われた視界は、一足ごとに変わる。一瞬見えた先も、すぐにもやの中に消える。それでも、ファイリアは怯むことなく、自分の見た姿を追って進む。
「いましたっ! あれ、鷹勢ちゃんですぅっ!!」
 一瞬霧が開けたその時、ファイリアだけでなく後ろのニアリーにも、ぼんやりと佇む少年――杠 鷹勢の姿が見えた。
「鷹勢ちゃん!!」
 だが、二人が駆け寄った時、霧がさらに開けて、鷹勢の前に立つ二つの人影が見えた。黒い幻影だ。金色の枝が二本、かすかに光る。
「危ないですっ!」
 ファイリアが両者の間に走り込もうとするのを、制して自分が先に割って入ろうとするニアリー、そんな二人の目の前が、突然白く眩く、弾けた。
「!!」
 射るように強い光線に、黒い幻影が一瞬揺らぎ、そのうちの一体から金の枝が転がり落ちた。
「それ拾って、早く!」
 声が飛んできた。誰の声か確認する暇もなく、ニアリーは言葉に従ってそれを拾い上げた。枝を落とした人影が蒸発するように消える。ファイリアが鷹勢の腕をつかんで引き寄せ、人影から隠すように道端に引っ張り込む。
 枝を拾ったニアリーが大きく退くと、霧の中から飛んできた輝く銃弾が、残る人影を貫いた。影が弾け、金の枝が宙に飛ぶ。それを、霧の中から出てきた、幻影ではない人影が掴んだ。
「ミア、ナイスキャッチー!」
「ふふん、上手くいったようじゃの」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)と、枝を空中キャッチしたパートナーのミア・マハ(みあ・まは)が現れた。ミアの『フロンティアスタッフ』から放った光で幻影を怯ませ、レキが【エイミング】で撃った『黄昏の星輝銃』の銃弾が、二人目の影を片付けたのだ。金の枝を素早く取り上げたことで、影は消滅した。
「よかった、二人とも怪我はない? それと……彼、無事かな?」
 二人が近寄ると、枝を拾ったニアリーと、鷹勢の腕を引いてファイリアとが、道の端から出てきた。
「ありがとう、怪我はないですぅ。鷹勢ちゃん、も……多分、ないと思いますぅ、でも……」
 困惑した表情で、ファイリアは鷹勢を見た。鷹勢の顔には表情はなく、目は虚ろで、目の前にいる契約者たちを認識しているのかどうかも定かでない。肉体からはぐれた精神体だからか、姿もどこか透けるようにぼんやりと薄く、その体は触れた感触はあっても、枯れ木の枝のように重みがない。
「何やら、頼りない風情じゃのう」
「精神のみの存在だからでしょうか、それとも……ロストのダメージで……?」
 ミアとニアリーが不安げに呟く中、レキは強い意志を目に秘めて鷹勢の手を取った。
「とにかく、新しく危険が迫る前に、入り口まで一気に走ろ。まだこの空間は封鎖されてるけど、外の仲間が絶対説得して開放してくれるよ。それを信じて、その時が来たらすぐ外に出られるように」
 だが、走り出そうとしたレキの手と、全くそれに同調しようとしない鷹勢の手はぱしんと離れてしまう。
「……鷹勢ちゃん、行くです! こんなとこで諦めてたらダメです! めい子さん悲しみますですよっ!!」
 どこまでも生気のないその様子に不安を駆りたてられ、たまりかねたファイリアが叫ぶ。その言葉に、鷹勢がわずかに反応した。
「めい子……」
「そうですっ、めい子さんが」
「めい子は、どこ?」
「えっ」
「……鷹勢様、辛いお話ですが、パートナーのめい子様は」
「……めい子、どこにいったの……ここに、いるんだろう……?」
「!?」
 ニアリーの言葉を遮った鷹勢の思わぬ言葉に、一同は絶句した。その隙に、ふらりと鷹勢は勝手に歩き出す。
「近くに、いるんだろう? ……めい子、どこ?」
 どこに向かっているのか、到底自分で分かっているとは思えないその様子。
「鷹勢ちゃん!」
「おっと!」
 いきなり、霧の中から別の人影が出てきて、ぶつかりそうになった鷹勢の肩を捕まえた。
「……よかった、取り敢えず無事だったみたいだね」
 高崎 朋美(たかさき・ともみ)だった。パートナーのウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)、高崎トメが続いて現れる。
 朋美は【トレジャーセンス】を使い、何度もあたりを付けて森の中を歩いて、とうとう目的の鷹勢まで辿り着いたのだ。来るまでの間、幻影との戦いは避けて通ってきたが、『石の学派』の魔導師とも会わなかった……少なくとも、臨戦態勢の者とは。他の契約者たちに倒され、彼らに捕縛されていたのだ。
「ざっと……合計で、十人くらい、かな。あちこちで捕まってたよ」
 そうして捕まった魔導師達から、彼らの脱出計画や、運び去っためい子の遺体の行方について、聞き出せないかと尋問した者もあったのだが、今のところ収穫はないのだという。
「こっちの世界に吸い込まれた時に散り散りになって、そっからお互い連絡も取れずに彷徨い歩いてたらしい。たまに、それぞれに魔法でこの空間を破ろうとしたりしながらな。けど、書庫に入ってからの行動計画は学派の中でもトップの連中しか把握してないらしいし、遺体は誰が持ち去ったのかすら、捕まった連中の中で知ってる奴はいないんだとさ」
 ようするに雑魚ばっかりだったんだ、と、シマックがややうんざりしたような調子で、朋美の説明に付け足した。
「何とも統制の不安定な結社どすなぁ。それでようパラミタまで来ようと思うたもんやわ」
 トメが、呆れているとも一周して感心しているともつかない嘆じ方をした。
「でも、問題なのは」
 レキたちから鷹勢の様子について説明を聞いた朋美が、思案気に首を傾げて渋い口調で言う。
「まだ捕まっていない連中が、めい子さんの遺体を持ち歩いてるってことだよね」
 一同は、鷹勢を見る。周囲を、状況をを知覚できていない、見るからに頼りなげなその姿。うわごとのように「めい子」の名を呼びながら、どこかへ歩いていこうとする。
 そしてめい子は見つかっていない。――何か、嫌な予感が一同の胸に去来する。
「相手は精神体、しかもロストのダメージを受けておる……我々が強制して動かそうとすれば、意に反してダメージになるやもしれん」
 ミアが注意深い口調で言った。
「彼が歩くに任せながら、ボクらはその様子を見守りそれとなく傍で軌道修正して、安全そうな場所に徐々に導く――っていうのは?」
「今のところ、それしかなさそうですね」
 レキの提案に、ニアリーが頷く。他に取れそうな手段もなかった。状況に応じて有効な方法を考えることにし、取り敢えず一同は漂うように歩く鷹勢を、取り囲むようにして一緒について歩き出した。


 森の別の一隅では、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)とともに、三人の魔導師に、霧の影から迫りつつあった。
(こちらには気付いていないようでありますね)
 霧がわずかに晴れた、森の中の少し開けた空き地で、二人が地面に魔方陣のようなものを描いている。それはこの空間を内側から突破するために強力な魔法弾を放つための準備であった。これもまた、散り散りになってからの「それぞれの」行動による現状突破の試みであった。一人は傍に立ち、近づくものを警戒しているらしかった。
 その試みの意図を、吹雪は完全に読み取れたわけではなかったが、魔方陣が完成すれば何かしら厄介なことになる、ということだけは予測できた。鷹勢の捜索などは他の契約者たちに任せ、自分は『石の学派』の魔導師の排除に専念すると心に決めている吹雪は、魔方陣が完全なものとなる前に、彼らを仕留めなくてはならないと判断した。
(陽動を兼ねて、地面を蹴散らし魔方陣を壊すであります!)
 吹雪の指示を受けた鋼鉄 二十二号は、まず『六連ミサイルポッド』でまず遠くから魔導師達を攻撃し、こちらに注意を向けた。警備役の一人が気付いて魔力のバリアを張り、ほぼ被害は出なかったようだが、標的を挟んで反対側に回り込んだ吹雪が、今度は【二丁拳銃】で銃撃する。両方向から攻撃された魔導師達は、内二人が大きな魔法の準備中だったこともあり、致命的に対応が遅れた。吹雪に向かって攻撃魔法を繰り出そうとしたところに、鋼鉄 二十二号が『ダッシュローラー』『加速ブースター』で素早く彼らの真ん中に乱入して地面を蹂躙し、魔法の紋様を無残に蹴散らす。完全にパニックに陥った魔導師達に、『ベルフラマント』【隠形の術】で気配を隠したイングラハムが忍び寄り、『パラサイトブレード』で刃と化した触手で一気に切りつけ、決着はついた。
「取り敢えず、この場は戦闘完了であります」

 しかし、ここにもめい子の姿はない。