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葦原城下コイガタリ ~仁科燿助と町娘~

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葦原城下コイガタリ ~仁科燿助と町娘~
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第1章  出発の際

 季節の変わり目とはいえ、太陽が照ればまだまだそれなりに暑い。
 天辺からの陽輪は、4名の女性を捉えていた。

「それじゃ、行ってくるね!」
「夕飯は、みんな揃って食べたいでござるよ」

 くるっと振り返り、龍杜那由他(たつもり・なゆた)はぺこりと頭を下げる。
 真田佐保(さなだ・さほ)も、お腹を触りながら言った。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うむ、くれぐれも無理をするでないぞ?」

 正門の内で送り出すのは、葦原房姫(あしはらの・ふさひめ)ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)
 公務さえなければ、たまには大暴れもしたいところと。

「ハイナ〜!」

 しかし、そんなイレギュラーは許されない。
 お迎えが来なくても、そんなこと理解してはいるのだ。

「エクス〜今日くらいは勘弁してほしいでありんす〜」
「また始まりましたね……」

 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が頭を抱えるのも、無理はないというか。
 冗談とはいえ毎回このような態度をとられては、そりゃ『星と翼の杖』を持ち出したくもなるというか。

「まったく、往生際の悪い。
 そのような駄々が通るわけないであろう」
「おぅ、やるかのう?」

 なんていうやりとりも、別に珍しいモノではないわけで。
 半身を引き、ハイナが腰を入れたときだった。

「ハイナの……」
「ぇ……」
「ハイナの……バカっ……」

 エクス以外の者にとって、完全に予想外のことが起きている。
 ハイナの服の裾を引っ張り、房姫が涙を流しているではないか。

「危ないこと、しないでください……ハイナ」
「ふっ、ふさひめっ……」

 これには、ハイナも感じるところがあったらしく。
 構えを解き、房姫に抱きついた。

「済まぬ……済まぬ、房姫……」
「よいのです、さ、戻りましょう」
「あぁ」

 なんだかんだで、ハイナは房姫と歩きはじめる。
 最早、その眼には房姫しか映らぬようで。

「ふふ、上手くいきましたね」
「「へ?」」

 残されたエクスが、妖しく微笑んでみせるから。
 佐保と那由他は、ちょっと間抜けな声を出してしまったではないか。

「本気でなくあんなことを言い出すから、ハイナには困ったものだ。
 いちいち渋りおってからに」
「あの、まさか……」
「房姫が泣いたのは……」
「む?
 察しの通り、わらわの策じゃ」

 那由他と佐保の問いに、エクスは笑顔で答える。
 敵に回してはいけない人だと、心の底から思った。

「では、美味しい夕飯を準備しておくゆえ……」
「わ〜いっ!」

 そうして、エクスも校舎へと戻っていく。
 さて出発と、足を踏み出したのだが。

「真田せんぱ〜いっ!」
「おや、ミーナ殿」

 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の高音に再度、学校を振り返った。
 勢いを止められず、佐保の胸へと飛び込んでくる。

「賊退治に出られると聞いて、お見送りに来ましたっ!」
「ありがとうでござる」
「ミーナも、姫様の警護をがんばりますっ!
 うわ〜んっ、けど心配ですぅ〜」
「ははは、大丈夫でござるよ」

 いまにも泣き出しそうな表情で、ミーナは佐保を見上げた。
 すると、優しく頭をなでなでされて。

「では、行ってくるでござる」
「はぅ〜」

 それだけで、ミーナはにんまり緩んでしまう。
 佐保の存在は、それほどまでに大きなものとなっていたのだ。

「あの、これっ……」
「なんでござろう……お弁当?」
「はいっ!
 いっ……一緒に食べたくて、作っておいたのですが……」
「そうでござったか……じゃあ、そのまま持っておいて欲しいでござる」
「え?」
「拙者の帰りを、待っていて欲しいのでござるよ」
「あ、はいっ、喜んでっ!」

 かくして今度こそ、佐保と那由他は明倫館をあとにする。
 町娘を救い、ついでに那由他のパートナーである仁科耀助(にしな・ようすけ)も連れ帰るために。