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葦原城下コイガタリ ~仁科燿助と町娘~

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葦原城下コイガタリ ~仁科燿助と町娘~
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第5章  救出の際

 公務で出られないと観念したハイナは、例によってとある忍者を呼び出した。
 曰く、誰よりも早く現場へ到着して状況を把握せよと。

「いつも通りハイナに、燿助達を助けるように言われましたよ」
「相変わらず唯斗づかいが荒いわね〜」
「あの、私も、兄さんを精一杯サポートします」

 その意図通り、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は当の燿助よりも早く、その場所へと辿り着いた。
 リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)とともに、茂みへ身を隠している。

「ふぅん、こんな建物があったんだなぁ……」

 唯斗達が発見した賊の住処は、人里離れた寺社だった。
 少し強めな台風でも来ればひとたまりもなさそうな、古びた建物である。

「人数は、そうだねぇ……」
「見張りが2人、ですね」
「なかに24はいる感じよ。
 用心棒を含めてね」

 薄汚れた硝子張りの窓からは、それでも様子を覗くことができた。
 3人の意見を総合するに、現時点での人数は26名か。

「お、先を越されていたか!」
「あぁ、俺達がイチバンでな……あれだ」

 そうこうしているうちに、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)をはじめ先発隊が到着した。
 にかっと笑い、唯斗と軽くハイタッチを交わす銀澄。
 ちなみに、パートナーの樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)はマホロバ大奥にて子育て中のため本日はお留守番だ。
 唯斗達よろしく気配を消して、全員で寺社を取り囲む。

「それでは仕掛けます。
 大丈夫です、ぜったいに外しません」

 その言葉に違わず、睡蓮の放った矢は硝子を裂いて床の中心へと突き刺さった。
 驚き、寺社を飛び出してくる一味。
 たいして生徒達も一斉に、賊へと襲いかかった。

「罪はつぐなうものです!
 死して逃げる事は許しません!
 ゆきますよ、黒桜号!」

 『マホロバの軍馬』を駆り、『羅刹刀クヴェーラ』を操り舞わせる。
 その名は。

「悪人どもめっ!
 隠代銀澄、参ります!」

 先陣を切って【名乗り】をあげ、そのまま【抜刀術『青龍』】へ。
 流れるような動きで、相手の武器を吹き飛ばす。

「ほっ……」

 その背後に迫ると、唯斗は首の後ろへ一撃。
 今回の策戦では、賊は殺さずハイナのもとへ連れていくことになっていた。

「怪我していないと良いんですけど……心配です」
「燿助のことだ、大丈夫だよ」

 寺社の裏手にまわろうとしているのは、杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)
 双方とも【超感覚】と【殺気看破】を発動して、最大限の警戒を払いながら。

「危険を顧みず助けようとする心意気は良いけど、さすがに単独行動は危険だよね」
「燿助くんは、女性のために一所懸命がんばれるのですね」
「おいおい、柚、まさか燿助のことを好きだとか言わないよな?」

 柚は、三月にとって妹同然の存在。
 流石に、燿助みたいな女性好きとのお付き合いには躊躇いを覚える。
 まぁ柚は三月のことを弟のように考えているから、心配されているとは思っていないかも知れないが。

「え、あぁ、いえ……今日はお友達になれれば……」
「そぅか……」
「うん……あ、燿助くん!」
「はぁ、はぁ、はぁ……やっと着いた……あれ?」

 そんななか、燿助が裏手の森から姿を見せた。
 境内では、既に幾人かの賊が地面にのびている。

「あ、キミ可愛いね〜これが終わったら一緒にお茶でもどう〜?」
「えっはい、私、杜守柚といいます。
 まっ、まずはっ!
 友達に、なってくれたら嬉しいです」
「うん、いいよ〜友達なんて言わずもっと素敵な関係まで〜がはっ!?」
「止めい!」

 こんな状況でも、やはり燿助は変わらない。
 ゆえに、後頭部へは厳しい一撃が入る。
 柚へのナンパは、三月により阻止された。

「よ〜すけさ〜んっ!」
「うがっ!?」
「詩穂も心配で追いかけてきました……よーすけさんは詩穂の『お友達』のひとりだからね☆」

 そのとき。
 頭上から降ってきたのは、運命の彼女……ではなく。
 柚と同じく、お友達の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。

「いてて……危ないなぁ」
「うふふ、わざとだよ?」
「なっ……」
「いえ、やっぱり冗談かも」

 『スレイプニル』に乗り、詩穂は空を駆けてきたのである。
 燿助のために、続々と生徒達が集まりつつあった。

「詩穂さんったら、そんなところが素敵〜」
「んもういいからっ!
 あ、そうそう。
 もう始まっちゃっているけど、これまでの経緯とか伝えるね」

 しかし2度目ともなれば、詩穂も燿助の扱いには慣れたもの。
 するっと躱して、那由他や房姫達の動きと、賊の情報を教えた。

「さぁて、ということで早速いきますかっ!」

 詩穂は『キタラ』を爪弾き、【ヒュプノスの声】で眠りへと誘う。
 皆のために、せめて動ける賊を減らそうとしたのだ。
 更に【シールドマスタリー】と【ディフェンスシフト】も展開して、守備を固めれば。

「よーすけさん、ここは詩穂に任せて、お2人とともに人質をっ!」
「うん、ありがとう〜」
「さぁ燿助、こっちだ!」
「あの扉から、なかへ入れそうです」

 詩穂を残し、柚と三月は燿助とともに裏口へと走った。 
 正面から来た和服の少年少女と、擦れ違う。

「女性が絡むとハッスルしすぎだよ仁科さん……まあそれだけで頑張れちゃうのは、ある意味とりえなのかもしれないけど……」
「ふふふ……」

 褒められたのかられていないのか、瞬間の言葉に微笑む燿助。
 それは、セルマ・アリス(せるま・ありす)からの激励だった。

「お一人でなんて、無茶なさらないでください!」
「加勢しよう!」
「助かるよ」
「さぁ来い!
 まさか、女性の人質が居ないと安心して戦えないなんて言いませんよね?」

 詩穂の両隣へ、武器を構えたセルマとリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が立つ。
 【プロボーク】に載せる台詞は、賊を挑発するには充分なものだった。

「かかったね、いまだっ!」
「私は、セルのように甘くはありませんよ?
 陰日向で生きてきた方々にはよく効くでしょう」

 挑発の裏で、実は『スプリブルーネの水』を撒いていたセルマ。
 【アルティマ・トゥーレ】で冷気を放ち、大地を凍らせた。
 賊が足を滑らせているあいだに、リンゼイの【光術】で眼を眩ませる。
 あとは峰打ちにして、気絶させた。

「まったく、なんて事なのでしょう!
 借金のカタに娘さんを連れていくなんて……」
「はい、許せません!
 絶対に助けましょう」

 控えめな【雷術】や【火術】で応戦するのは、ヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)だ。
 一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)に同じく、賊の行為に憤る。
 悲哀もまた、『ミルキーウェイリボン』で足許を払い体勢を崩す戦法をとっていた。

「……うーん、ただ……貴方はそれでよろしいんですの?」

 全体を見渡しても、賊退治は順調。
 しかしヴェールの頭にはずっと、悲哀がこの依頼を受けると決めたときから、ひとつの疑問が浮かんでいた。

「私はそれでいいのか、ですか?」
「考えてみれば、他の女性を助けに行こうとされていますよね。
 あなたは女性を助けずに、仁科さんを連れていくという選択肢もあるんですのよ?」
「私は……それでも助けたいと思いますよ。
 だって、燿助さんがその女性を助けたいと思って行動したって事ですよね?
 だったら、やっぱりお手伝いしたいですし……」

 燿助のことを、悲哀が割と本気で好きなことを、ヴェールは知っている。
 だからこそ敢えて、辛い内容を訊いたのだ。

「多分、これからも同じようなことはあると思いますが……それでよろしいのですね?」
「……確かに、燿助さんが私を選んで下さったらとても嬉しいとは思っています。
 でも、それはあくまでも燿助さんが幸せであることが前提にないといけないんです。
 それがなされずに、私だけが幸せを望むなんて事……私は望んでいませんし……違うのかなって思います。
 ですから……私はどうなったとしても女性を助けにいこうと思いますし、そのことで後悔するということは、あり得ません」
「……ふふ、良いお返事ですわね。
 では、私も一緒について行きますわ」

 その後、悲哀は町娘を救出した燿助と出逢うこととなる。

「よっ、燿助さんっ!」
「お、悲哀さんじゃありませんか〜」
「あの、その方……」
「攫われていた娘さんだよ〜あ、そうだ。
 賊をみんな捕まえるまで、この人のこと頼めないかなぁ?
 悲哀さんになら、任せられる気がするんだよねぇ」
「ぁ……はいっ、お受けいたします」

 燿助からの信頼を感じて、嬉しくなる悲哀。
 町娘を守り抜くと誓い、燿助の背を見送るのだった。