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第1章 自習時間Story1
本日の授業は各自、今まで学んだことの予習復習や、新たなアイデア術を考案したりする自習時間のようだ。
太陽が顔を出し始めた早朝。
五月葉 終夏(さつきば・おりが)はパートナーのシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)を連れて教室へやってきた。
すぐに見せられるように、シシルはエクソシスト・見習い免許を握りしめている。
「免許を持っていれば、僕も入っても大丈夫なんですよねっ」
「はぁ〜い。私が渡したものに間違いないですねぇ♪」
「師匠、早く入りましょうっ」
どんな終夏が授業を学んできたのか興味津々に、ぱたぱたと先に入った。
「そんなに急がなくっても大丈夫だって」
「僕はここでしっかり見させてもらいますねっ」
シシルは向かい側の席に座り、椅子をくるりと回転させて終夏の方を向く。
「じっと見られてるとなんだかこっちが緊張しちゃうな」
「あら、ずいぶんとお早いですわね。おはよう、五月葉 終夏」
「おはよう、エリシアさん。全私たちが一番乗りだったみたい」
軽く挨拶を交わし、にっこりと笑顔を向ける。
「お隣、空いてますの?」
「うん、いいよ。誰かと約束してるわけでもないからね」
「ふぁ〜…おはよう」
「ノーンさん、おはおう」
「師匠っ。この方々も一緒に学んでいるのですか?」
「そうだよ、シシル。クローリスっていう花の使い魔がいるんだけどね。私たち3人、同じ種類の魔性を呼び出せるんだよ」
終夏はノートにスーの絵を描きながらシシルに説明する。
「能力は同じだけど。性格や外見とかはそれぞれ違うんだ」
「かわいい使い魔さんですねっ。師匠、僕も会えますか?」
「自習が終わったら遊びに行く予定だから。その時でいいかな?」
「わーいっ、楽しみですねっ」
「ふふっ。そのためにも、しっかり自習しないとね」
「はい、師匠!」
背もたれにがっちりとしがみつき、終夏のノートを観察する。
「ノーン、わたくしたちも予習復習しますわよ」
「うん。今日は練習できないっぽいからね」
「まぁそれぞれ予定があるということですわ」
エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は今までの出来事をノートに書き纏めていく。
「最初に会った魔性って、グレムリンだったかな」
「―…ふむふむ」
グレムリンについて書き込まれたノートを見ると、機械と生命体に憑く2種類のタイプがいるらしい。
「憑依した対象を異形化させる魔性もいるんだよ。魔法を使ってくる魔性もいるし、身体を奪った相手の能力を使ってくるともあるよ」
「なるほどですねっ」
「中には厄介な能力を持っているのもいてね。この馬のような魔性…ケルピーは、ケルツェドルフっていう村の近くにある川を住処にしているんだけど。言葉で人が背に乗るようにして、川に引きづり込もうとしていたんだ」
「それはつまり、溺れさせるということ…っ!?」
「食べるためにね。あ、でも今はそんなことしないよ。食べられてしまった人もいないね」
「むむ〜…。(善悪が分からない子供程度の相手もいれば、危険な相手もいるようですねっ)」
過度ないたずらをする者もいれば、凶暴な者もいるようだと学ぶ。
「シシル、呪いを使ってくる魔性もいるんだよ。エリドゥっていう町の海辺で、水の魔性のニクシーがいるんだけどね。呪われた相手は不幸なことばかり起きてしまうんだ」
「えぇえーっ。もしかして、師匠も呪いをかけられたりしましたかっ!?」
「ううん。私は町のほうで被害者の救助してたから、会わなかったね。スーちゃんたちクローリスの能力があれば、かかりにくくするなるよ」
「スーちゃん凄いですねっ!」
呪いから守ってくれる能力を持つスーに、ますます興味を持ったシシルは茶色の双眸をきらきらと輝かせた。
「腐敗毒まで進行する前なら、通常のスキルで解除出来ないような毒の治療薬を作ってくれたりもするよ。グラッジっていう悪霊の魔性に憑依されると、魂がその毒に蝕まれてしまうんだ。エリドゥではね、それが悪化する前の状態の、被害者の人たちの治療してたんだよ」
「この魔性は、どんな姿なんですか?」
「見た人の話しだと、肌も服も灰色で人型の姿だったみたい。ケルピーとかみたいに、器に憑依すると姿を可視化したり、不可視にする者もいるね。不可視の者は基本的に、エレメンタルケイジに入れたエアロソウルっていう宝石を使わないと見えないよ。陣さんたちのアイデア術でその宝石を持ってない人でも、ほんの少し見えることがあるけどね」
「ふむふむ…。僕でも見れる機会があるっていうことですかっ」
「まぁ、その場にいればかな。…ところでエリシアさん、ニクシーってどんな感じの魔性だった?」
海辺に行かなかった終夏はニクシーの声すらも聞けなかった。
今までの魔性について覚えておこうとエリシアに聞く。
「わたくしが知る限りでよろしければ答えますわ。わたくしもノーンも姿は見ていないのだけれど、海に入れないせいか…海で遊べる者たちを酷く憎んでいましたわ」
「ちゃんと和解したんだよね、おねーちゃん。でも、グラッジもなぜか集まってきてみたいだね?」
「えぇ、ノーン。幸せの歌の影響かもしれませんわね」
なぜ集まっていた少し驚いたが、まとめて説得出来たから結果的にはよかった。
佐野 和輝(さの・かずき)たちはまだ人が大勢集まらない、静かな早朝にイルミンスール魔法学校を訪れた。
「流石に自己流だと限界もあるといったところだな。この際、誰と意見交換でもしてみるか?」
扉の窓を覗くとエリシアたち4人が集まっている。
「ずいぶん早く来ているんだな…」
「おねーちゃん、そろそろ行かなきゃ。急がなきゃ待たせちゃうかもしれないよ」
壁にかけられた時計の時刻を見たノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、あまり長くいると約束の時間まで到着出来ないと告げる。
「もうそんな時間ですの?わたくしたちはこれで失礼しますわ」
「私たちも行かなきゃ」
「あれれ師匠、自習終わりなのですか?」
「猫又さんとも遊ぶ約束してるんだ。先に着いていないと、へそを曲げちゃうかもしれないからね」
終夏たちは教室を出て、それぞれの待ち合わせ場所へと急ぎ向かう。
「(むー。皆、出かけちゃうの?)」
アニスは校舎の外へ向かう彼女たちを見送った。
「(予定があるみたいだから仕方ないな)」
自習に付き合ってくれそうな者がこないか和輝は廊下で待ち構える。
「えっと…誰もいませんか?」
「スオウ、おはよう」
「あ…、おはようございます」
和輝たちの存在に気づいたレイカ・スオウ(れいか・すおう)が挨拶する。
「あの…、他の皆さんは?」
「俺たちより前に来ていた4人が、さっき出かけていったな」
「エリシアさんたちなら、校舎の前で見かけましたね」
早朝に自習を済ませた彼女たちとすれ違ったと告げる。
「今は俺たちだけなんだが。よかったら一緒に自習しないか?」
「えぇ、はい。…魔道具の練習ですか?」
「俺のほうは意見交換もしたいと考えてるんだが」
「んー……すみません。新しく手に入れた宝石などの練習をしたいので…」
「なるほどな。アニスたちの練習に付き合ってくれるだけでいい」
「それでしたら是非、一緒にやりましょう。地下訓練所場でよいですか?」
1人でやるより皆と学んだほうがよいかと小さく笑みを浮かべる。
「分かった、そこで構わない。行くぞアニス、リオン」
和輝はパートナーを連れて地下訓練場へ向かった。
彼らが教室の前から立ち去った後、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)たちは2人の教師に免許を見せ、特別訓練教室へ入った。
「―…誰も来てないのかしら」
「終夏さんやエリシアさんたちが来ましたけどぉ。かなり早く自習を終わらせて、遊びに出かけていきましたよぉ〜」
「そう…。祓魔師の歴史の記録とかあったら見せてもらえる?」
「手元にあるものだけでよければ〜♪私の部屋に全部片付けちゃったので、ちょっと待っててくださいねぇ」
資料を取りにエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は校長室へ向かった。
「集める手間は省けたようですね、グラルダ。それにしても、本棚に本が1冊もないというのは…」
教室の後ろや壁際にある本棚の中は全てからっぽだった。
「―……勝手に閲覧しないようにということ?」
無断で見れられないために、しまわれてしまったのだろうか?とグラルダは首を捻る。
「おまたせしましたぁ〜!」
片付けられた理由を考えていると、エリザベートが資料を台車に乗せて持ってきた。
「まだ、各地で起こってることの調査内容とかは見せられませんがぁ〜。ここにあるものなら問題ないですぅ〜」
「本棚に本が1冊のって、そういうことなのね」
周りをグラルダがパッと見ただけでも、それらの中はからっぽだということが分かった。
「あぁ〜。それも年末の大掃除で片付けちゃったんですぅ〜。埃とか掃除しなきゃいけないですからねぇ。まだ戻してないだけなんですよぉ〜」
「つまり…まだ片付けきれていないというわけね」
「うぅ…いろいろとやることがたくさんあるんですよぉ〜。見終わったら言ってくださいねぇ〜」
シィシャにそう告げたエリザベートは扉の近くのパイプ椅子に座る。
「さっそく調べるわよ、シィシャ」
箱に積み込まれた資料をテーブルに並べる。
「過去に起こった事象は再発する可能性があるわ。逆も然りよ」
グラルダはファイルを捲る手を止めず話す。
「現在の問題の答えが過去にもある、ということですね」
「そういうこと」
「しかし、ヒトというものは記録を残すのが本当に好きなようです」
魔女であるシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)は長寿だが、過去の記述に興味があまりない様子で、ほとんど捲って眺めるだけだった。
「アンタほど長寿でも無いし、生に怠慢でも無いわ」
「刹那的な生き方に、充実感を得ていると言ってください」
「それが怠慢だっつってんの」
すでに起こった過去の出来事に対して、ほぼ無関心なシィシャにため息をつく。
「魔女ですから」
「はいはい、便利な言葉だこと。ただ見るだけじゃなくって覚えておきなさい」
「私たちが関わった事件のものはあるようですが。それ以前のことは、何も記されていないようです」
ファイルの中はシィシャたちが実戦で学んだ出来事を、まとめた資料がほとんどだった。
「校長がおっしゃっていた、私たちにまだ開示しないもの…。そこに何か記されてる気がしますが」
「問題は…なぜ見せてもらえないかよね」
「私たちの力量を信頼していただいてくれても…、安全に事を進めなけれならないことがあるのでしょう」
「そうね…、時が経てば開示してくれるかしら」
「えぇ、おそらくは…。現在、私たちが任せてもらっている実戦は、あきらかに先生方の目の届きやすい授業の範囲です。呪術なども、ニクシーたちの比ではないものがあるかもしれません…」
「確かに、それもあるわ」
「これから何が起きるか知ったところで、今すぐ何が出来るわけでもないというわけです」
過去だろうと現在だろうと、それを知っても解決出来るものではないと言い放つ。
「遂行するためには、皆の協力が必要だわ。それでアタシの…いいえ、なんでもないわ」
「―…何でしょうか?」
シィシャはグラルダが言いかけた言葉を問う。
しかし、彼女は“何でもないわ”とかぶりを振り、エリザベートから送られたメールを指差した。
人差し指が示す先には、エリドゥの町の名前があった。
パートナーの言いかけた言葉の意味をようやく理解した。
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