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魔の山へ飛べ

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魔の山へ飛べ

リアクション

   十

「さあっ、我が部下たちよ! 数々の罠など物ともせず、突き進むのだっ!!」
「兄さん、部下たちはもういません……」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、朝からひたすらに頂上を目指して登ってきた。
 平太や佐保、匡壱たちの目を掻い潜り、闇に紛れ、赤ん坊が泣いていたので可哀想になって拾って戦闘員におぶわせたら子泣きじじいで、まず一人脱落した。
 昼飯時に甘いいい香りがするなあと見に行ったオリュンポス特戦隊が三名ほど食人花に食われ、逃げ出した二名が崖から落ち、その内一人はぶら下がっていたロープに掴まったと思いきや、それが一反木綿でぐるぐる巻きの簀巻きにされた。
 夜になって野宿をしていたら、今度は砂掛け婆と包丁を持った山姥(やまんば)に追いかけ回され、残る戦闘員も脱落したのだった。
「うむむむ……さすがは怪人たちの住む魔の山! 一筋縄ではいかないな!」
「頂上まで、後どれくらいかな?」
 二人の後ろから尋ねたのは、下川 忍(しもかわ・しのぶ)だ。実は山姥に追われていたのは、忍の方だった。逃げている最中に、ハデスたちと鉢合せし、戦闘員を犠牲にどうにか助かった。
 そのお詫びというわけではないが、忍はハデスたちと同行することになった。
「ここまで来たら、そう遠くないと思うんですけどね」
「おっ、一同、あれを見ろ!」
 ビシッ! とハデスは右腕を目いっぱいに伸ばした。彼の指先の、うんと先には、こんな山奥に似つかわしくない屋敷が建っていた。
「あ、怪しい……」
「ふむ。あれはきっと、この魔の山の頂への入り口に違いない!!」
「えええっ? そ、そうですか? あれは普通、どう見ても怪しげで近づいてはならないような――」
 ハデスは咲耶の忠告など、全く聞いていなかった。彼はその屋敷――ひっそりとした、趣のある家だった――へ一目散に駆け寄っていくと、全身全霊の力を込めて、引き戸を開けた。
 バンッ!!
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
 自己紹介しながら堂々と侵入してどうするんですか、と咲耶はツッコミかけたが、名乗りながらお邪魔するのは強ち間違いではないと気づき、自分が間違っているのか、ハデスが間違っているのか悩んでしまった。
 ハデスたちは靴を脱ぎ、きっちり揃えて「お邪魔します」と言いながら上がった。
 広い家だが、人気はない。「誰かいないのかっ!? 客を迎え入れぬとは無礼だな!」というハデスのセリフには、堂々とツッコんだ咲耶である。
 三人は取り敢えず、一番奥の部屋へ向かった。そしてそこで、小さな女の子を見つけた。おかっぱ頭で赤い着物を着て、毬を持っている。
「座敷童(ざしきわらし)……?」
 咲耶は両目を瞬かせながら、呟いた。
「フハハハハ! さては貴様が山の神だな!?」
「いや違うと思いますけどっ!」
 もちろん、聞いていない。
「さあっ、山の神よ! 俺の願いを叶えるのだ!」
「ちょっと! 兄さんっ!」
 咲耶は慌てた。ハデスのことだ、願いはただ一つ。咲耶はそれを止めるため、仲間を代表してついてきた。【レックレスレイジ】を発動し、毛皮のスリッパを高く掲げる。
「フハハハ! 山の神よ! どうだ? 俺と契約し、秘密結社オリュンポスに入らぬか? 今なら、三食昼寝付き! さらに、『怪人神』の称号も与えよう!」
「神様に世界征服をお願いするなんて、そんなこと――って、あれ?」
 スカッ。
 強化人間の力を最大限に解放した渾身のツッコミが見事に空ぶった。
「僕もお願いがあるんだっ!!」
 忍がハデスの前に進み出た。
「百合園で、男の娘が大手を振って過ごせるようにしてほしいんだ!!」
 座敷童――咲耶はそう認識した――は、三人を見てにっこり笑った。毬を抱えたまま、逆の手を上げる。その手が光り出し――、


 ――気づいたら、三人は百合園女学院にいた。
「こ、ここは……?」
「あれ、帰ってたんだ、忍?」
 女生徒が忍に話しかける。「葦原島に行ってたんだよね? どうだった?」
「と、とっても楽しかったよっ。でも一人で寂しかったから、ボク、今度はみんなと遊びに行きたいなあっ」
 その女生徒はしばらくぽかんとし、次いで笑い出した。
「どうしたの、忍? そんな子供っぽい話し方して。いつも通り喋ればいいじゃない。なに、葦原明倫館の流行り?」
 今度は忍が呆気に取られた。忍は846プロの女性アイドルだが、実は男であることは公然の秘密だ。性格も男らしいため、自分が百合園女学院に通っていいものかと常に悩んでいる。
「公然」ではあるが「秘密」のため、表向き、忍は女性として扱われる。その際には、子供っぽい口調で対応するのが常だった。
 それが今は違う。
 ということは、
「あ、あのっ」
 忍は他の生徒に声を掛けた。
「僕が男の娘だって、知ってる?」
 その生徒はきょとんとして、「それがどうかした?」と答えると、他の生徒と去ってしまった。よく見れば、その友達も男の娘のようだ。
 いや、あちこちに男の娘がいるようだ。これまで隠していた彼ら――それとも彼女と言うべきか――が、大手を振って歩いている。誰も、何も気にしない。
「忍っ」
 友達が声を掛けてきた。「女」でもなく「男の娘」でもなく、「下川 忍」として、これからは生きていける。
 忍は笑いながら、手を振り返した。
「――よかったな」
 それをこっそり眺めていたハデスが言った。
「はい」
 咲耶は頷き、ハデスをまじまじと眺めた。何かいつもと違う気がする。――そうだ、白衣を着ていない。蒼空学園の制服だ。
「どうした?」
「い、いえ……さっきは驚きました。『神さま』に世界征服を願わないとは思わなかったので」
「世界征服? 何言ってるんだ?」
 咲耶もまた、ぽかんとした。
「お前、アニメの見過ぎじゃないか? そんなことじゃ、新しいパートナーを任せられないな」
「え?」
 見ればハデスの後ろには、あの座敷童がいる。
「さあ、帰ろう。俺は男だからな、さすがにここにいたら怒られる」
 白い歯を見せて笑うハデスはごくごくまともな好青年で、咲耶が長年願ってきたまともな兄――高天原 御雷そのものだった。
「神さま、ありがとうございます……」
 咲耶の瞳に、涙が浮かんだ。


「――何とまあ、幸せそうな顔して」
「村長、この人たち、大丈夫だべか?」
「だべ。前の奴らとおんなじだ。願い叶えてもらって、いい夢見とるんだべさ」
 翌朝、麓の村で忍、ハデス、咲耶の三人は見つかった。目が覚めたとき、彼らは山で何が起きたか一切覚えていなかったが、何だか幸せな気分であったので、まあいいか、と思った。