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魔の山へ飛べ

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   十二

 どんっ!!

 微かに、大きな音を感じて平太たちは振り返った。
「今の何でしょう……?」
「随分、遠くみたいだったけど」
と、レキ・フォートアウフ。
「どうじゃろう。もし近くだとしても、結界内ではあまり影響がないのかもしれん」
 ミア・マハは、【●式神の術】で動かしていた埴輪と、遊馬 シズのぬいぐるみを両手に持っていた。どちらも一行の前をとてとて歩いていたのだが、つい先程、魂が抜けるようにぽてんと倒れたのだった。
 シャノン・エルクストンは【神の目】を使ってみたが、何の効果もない。
「あ、本当に使えない。これ、どういう仕組み?」
 万物は全て数式で成り立っている、とはシャノンの持論だ。この結界にも何らかの理由があり、仕組みを解くことが出来るはずだった。
「取り敢えず、点呼取りまーす」
 ルカルカ・ルーが軍人の発想らしく、人数の確認をした。大多数がろくろ首から逃げるときにはぐれてしまったらしい。今現在残っているのは、平太、レキ、ミア、シャノン、グレゴワール・ド・ギー、真柄 直隆、ニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)、そしてルカルカの八人だ。
 平太はニケを見つけ、思わず後ずさっていた。
「い、いたんですね」
「……言ったでしょう? 貴方と目的は同じだと」
「はい?」
「……別に、なんでも」
 ニケは舌打ちした。平太にとって第一印象最悪の相手であるニケだったが、御前試合で仲良くなろうと話しかけたのだ。ところがその時、平太は武蔵に憑依された状態だった。仕方なしに伝言を頼んだのだが、
「あンのクソ奈落人め……伝言も禄にできねぇのか」
というわけである。ちなみに武蔵の名誉のために言い訳すると、彼は一応覚えていた。だが平太の人間関係に興味のないことと、どうやって伝えるかなーとぼんやり考えていたのだが、その後に忍野 ポチの助に会ってしまったために面倒臭くなったこと、その後一度も出てきていない、といったことが重なり、――要は忘れたのだった。
「それで、神とやらはどこにいる?」
 グレゴワールがゆっくりと頭を巡らせながら問う。
 頂上には何もなかった。ただ広いだけの場所だ。大小様々な石が転がり、結界の外にあった木々などの植物も見当たらない。
「まずは探してみようではないか」
 直隆の提案に、平太たちは二人一組になって頂上を探索した。平太はルカルカと、ニケは直隆と一緒だ。
 十分後、八人は額を寄せ集まっていた。結論は「何もない」。
 地下への扉でもあるかと、岩や石も弄ったが、確認できる限りでは分からなかった。周囲は曇っていて、すぐ下も見ることが出来ない。まるでこの部分だけ隔離されているようだ。
「一番怪しいのは、あの端っこにある岩なんだよね」
 ルカルカが指差した先には、二メートル以上ある、細長い岩が建っていた。石碑のようでもあるが、何か文字の類が書かれた様子もなく、のっぺりとしている。
「【神の目】か【トレジャーセンス】でも使えれば、分かるのかもしれないけど」
「でもこのツルツル具合、不自然ですよね」
 平太がその岩に近づいた。さっきはルカルカが調べていたので、彼はよく見ていなかったのだ。
「いくら何でも、自然に、こんな大きな岩がツルツルするかなあ。人の手が入ったんじゃないかなあ」
「平太!!」
 ルカルカの呼び声に、平太は振り返った。片手は岩に触れたままに。
「平太――何ともないの?」
「何がです?」
 きょとんとしたまま、平太は再び首を巡らせ、――絶句した。
 岩と平太の間に人が立っていた。その人物の下半身を平太の腕がすり抜けている。
「うわあああ!!」
 叫び声と共に、平太はへたり込んだ。皆、条件反射のように武器を構えたが、思うことは一つだった。
 その人物は背が高かった。二メートルはあるだろうか。白髪と長い髭、皺の深く刻まれた顔は、マホロバや葦原島の系統とは違う。白っぽい、ローブのような物を着ているが、どことなく薄汚れているようにも見えた。
 そして何よりこの人物を特徴づけているのが、透けているという事実だった。
 この期に及んで、彼を幽霊などと思う者はいないだろう。だが全員、「神」を目の前にどうすべきか迷っていた。
 敵か、味方か。武器を向けるべきか、収めるべきか。どう話すのがよいのか、丁寧に、礼儀正しく挨拶すべきなのか?
 誰よりも早く行動したのは、ニケだった。「神」を見るが早いか、武器を捨て、彼の前に滑るように手を突いた。
「教えてください! 私のパートナー……メアリーは……」
 言いかけて、ニケはすぐ傍に平太がいることを思い出した。腰が抜けているらしく、その場から動けないでいる。
 ニケは逡巡し、頭を一度思い切り振ると、吐き出すようにこう言った。
「……ええいめんどくさい! この場の、この山にいる人の! 救いたい人を救ってください! そんなのも叶えられないような器の小さな神様なんて認めねぇよクソ!」
「神」はニケの顔をしばしじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「若者よ……わしは神ではない……」
 後頭部を思い切り殴られたような気がした。ニケは唇を噛み、俯くと、クックックと笑い出した。
「まったく……お笑い草だ……こんな幽霊モドキのために、私たちは苦労して……」
「わしは神ではない……」
と、「神」は繰り返した。「……お前たちにとっては」
「どういう意味?」
 レキは少し前に進みながら尋ねた。もし「神」が平太たちに危害を加えるなら、とにかく二人を連れて逃げるために。
「お前たちにとっては神ではない……だが、ある者たちにとっては確かに神と言えるかもしれぬ……。自らそう名乗ったことはないが」
「わらわたちは、問答をするつもりはないぞ」
「異教の神よ、いや、神でないのなら、貴様は一体何者だ?」
「神」は、二人に直接答えず、へたり込んだままの平太に目を向けた。
「ようやく、待ち望んだ者が来たか……」
「ぼ、僕?」
「わしは神ではない……ただ、人よりほんの少し、知識があるだけの人間だ……時には、この知恵と力で人を助け、時には人を不幸にしてきた……」
「ああもうっ、じれったいな! あなた、誰なの!? 『神さま』じゃないなら、何者!?」
 ルカルカがびしっと指を突きつけた。「神」は平太から視線を上げた。
「わしの名は、オルカムイ……」