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Dearフェイ

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Dearフェイ

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 第一章
 
 
 『NDC』
 ネルソンズ・ディテクティブ・クラブと銘打たれたそれは、ヴァイシャリーで起こっている謎の怪事件を解決するため、イングリットが立ち上げた探偵倶楽部だ。
 百合園女学院の掲示板にポスターが貼られており、デフォルメして描かれたイングリットの横に部員募集中と大きな文字が並んでいる。どんな内容なのか記されてはいないが、イラストのイングリットがケープ付きのトレンチコートに鹿撃ち帽、さらにはルーペにパイプまで持っている親切設計で、より活動内容の怪しさを見るものに伝えていた。
 しかし、それでも宣伝効果はあったようで、こうしてツェツィーリアの屋敷には何人もの有志が集っていた。

「言っておくけど、私は探偵倶楽部を手伝うつもりなんかこれっぽっちもないんだからね!」

 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がいつにも増して強気な言葉をイングリットへと投げかけるのを見て、相方の橘 舞(たちばな・まい)は困った顔でおろおろとしている。

「まぁまぁ代表落ち着いて」
「私たちでぱぱっと事件を解決しちゃうんでしょ?」
「さっそく話をきいてみようよー」
「分かってるわよ! そんなこと!」

 七尾 蒼也(ななお・そうや)霧島 春美(きりしま・はるみ)ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)が不機嫌そうなブリジットを落ち着かせようと宥めている。
 彼女が不機嫌な理由は一つ。
 今回の事件を解決へと導く為には、どうあってもイングリットと顔を合わせる必要があったからだ。
 ブリジットは『百合園学院推理研究会』の代表を務めており、今回の件で立ち上がったイングリットの探偵倶楽部を快く思っていない。探偵倶楽部の存在を学院に貼られたポスターで知ってからというもの、『バリツのくせに生意気』と何度も舞へと愚痴をこぼしていた。
 しかし、舞は知っていた。
 ブリジットが相手を悪く言うときは、決まってその相手に少なからず好意を持っているということを。本人は認めようとしないが、心のどこかでライバル意識を持っているからこそ、そんなふうに言ってしまうのだろう。そんな彼女を知っているからこそ、止めるべきかどうすればいいのか戸惑い、舞はただ後ろでおろおろと見守るしかできなかった。

「そんなことより早く話を聞こうじゃないか」

 早く解決の糸口へと辿り着こうとマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)の言葉で気を取り直し、一同はさっそくツェツィから一連の出来事を聞くことにした。


「……以上が、今回のことで私が覚えていることです」

 その後、詳しくツェツィから話を聞いた面々は皆複雑そうな顔をしている。

「う〜ん、それだけだとさすがに情報が足りないな……」
「確かに。噂話は広がっているけど、幽霊ってそもそも満月の日にしか現れないって話じゃなかった?」
「それに、『騎士の橋の幽霊』と言われていたはずなのに、最近街のあちこちでの目撃情報はなんなんだ?」
「ユウレイもおでかけ〜?」

 話を聞いても今回のこの不可思議な出来事について瞬時に謎が溶けるはずもなく、推理研究会の面々は首を傾げる。

「そういえば騎士の橋で幽霊に会ったって言ってましたよね? フェイを追いかけて家を飛び出して、騎士の橋で会ったのって、本当に幽霊だったんですか?」

 霧島が問いかけるとツェツィは小さく頷く。

「そう……だと思います。身体が透けていて、向こうが見えましたし。それと、幽霊が私に手を伸ばして来たのですが、人のような温かさはなかったように思います」
「思う? 随分曖昧な表現をされるんですね」
「お恥ずかしながら、そこで気を失ってしまったものですから……」

 何のヒントにもならなくてすみませんと謝るツェツィだが、推理研のメンツにとってはまた一つ新たな情報が入手できたことに変わりはない。

「少なくとも、彼女が出会ったのは人間ではなさそうだ」
「そうだとしてもまだ映像や何かのトリックである可能性も捨てきれないな」

 う〜ん、と一同がアームチェアで思案に耽ろうかというところで、ブリジットが「分かった!」と声を上げる。

「私が思うに、フェイはケット・シーよ」
「ケット・シーってねこのよーせい?」

 ディオネアが「?」を山ほど浮かべながら代表へと質問する。

「そう。ケット・シー。つまり、猫の妖精だったの。猫が消えるって話も、夜中にこっそり猫の集会をしてたりとか……とにかく理由があって自分たちの意思で姿を隠しているのよ!」
「……猫が?」

 マイトがそれはさすがにないだろうという口調でブリジットへと返すが、有無を言わさぬ表情で見つめられれば黙るしかなかった。

「それに橋で倒れていた彼女を誰が館まで運んだのか。私の推測が正しければ、運んだのはたぶんフェイ。気を失う前に聞いたっていうあの謎の言葉も、フェイがあなたに向けた言葉だと考えれば……最後の言葉は、それさえ終われば戻る、ね」

 ふふっと一通り話し終えて、ブリジットはイングリットを見やった。しかし、そこにはブリジットが想像していたよりも強気で、勝気な目がブリジットを見つめていた。

「フェイがケット・シーだなんて推理、わたくしには思い付きませんでしたわ。最後の言葉も……まぁ全部が全部覚えているわけではないでしから必ずしもそういう意味ではないかもしれないでしょうけど」

 全ての不可能を消去していけば、それがどんなに奇妙なことであっても、最後に残るのは真実なのだ。
 ブリジットが言っていることも、もしかしたら本当は真実なのかもしれない。
 だが、今それを確かめるには情報が少なすぎる。

「もしそうだとしても……その何かが終わるまで、この不思議な現象を見続けながらフェイが戻ってくるのを待つっていうのか? それはちょっと違うんじゃないかな」

 ふむ、と小さく何かに納得して、マイトはブリジットへと告げる。

「それに満月の夜の幽霊の件は? そもそも雨の日に月は見えないのに、どうして最近現れているのかも謎だ。それに街中で起こっている紛失事件も気になるところだし……」
「ふぅん……じゃあフェイがいなくなった理由は?」

 真面目な顔つきのマイトの考えを探るように、イングリットは質問を投げかける。

「それもまだなんとも言えないが……ケット・シーではないんじゃないか? もし妖精なら微弱でもこの場所に魔力の痕跡が残っていておかしくない。それなのにまるでその気配がない――ということは、フェイはただのね――」

 そこまで言ってマイトははっと自分を射抜く不機嫌な視線に気付いた。