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リアクション
■ 殺すな、封じるな、動かすな ■
再び同じ公園で何かが起こっている。
要請を受けて急行するセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と二人、踏み入れた公園内の異様な輝かしさに辟易と口を閉じた。
「どうせこんなことをする奴はアイツに決まってる! って思ったんだけど」
この前は食欲の秋をブチ壊されて、今度は何をやらかしたのかと思っていたのだが、現場に来てみれば暴れていたのは嘔吐を促す死者ではなく、燦然と光り振り撒く守護天使の男だった。
覚醒の六枚翼は透明な輝石で陽光を受けて虹色に艶めいている。晴れた空と木々と水の飛沫に絵になるような光景ではあったが、獣じみた絶叫がその全てを台無しにしていた。
「あれ何かしら?」
「形は矢、みたいね。魔法というよりエネルギーに近い……ん?」
「どうしたの?」
「どうも当たったら駄目みたいよ」
叫ばれるごとに守護天使の周囲からエネルギー体の矢が放たれる。射られた対象が透明に凝ったのを見たセレアナは女王とイナンナの二人に加護を求めて両手の指を組んだ。
エネルギー体の属性が、炎熱、氷結、雷電のどれかであればいいと思いながら、セレンフィリティも精神力を根源にした力場――フォースフィールドのバリアを展開した。
「暴れているのはあの守護天使だけかしら」
他に気にするべき点はないだろうか、ディメンションサイトで空間認識能力をフルに使うセレンフィリティは慎重に守護天使へと歩を進ませた。
「臭わぬだけマシかもしれぬが、厭なことばかり起こる公園だのう」
草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は守護天使が纏う熱気に煽られ生み出される風に弄られる銀色の前髪を掻き上げ後ろに流した。
「本当に足止めだけでいいのか?」
「そう聞いてる。ただ、死なせるのは勿論、気絶も、封印も、言ってなかったけどたぶん眠らせるのも駄目だって言ってた」
夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)に事の次第を伝えたかつみは、警戒した光の矢が明滅したことに気づき、銃把に薔薇のレリーフが施された黒薔薇の銃の引き金を引いた。が、咄嗟のことに狙い定められず銃弾は、放たれた矢にかすりもしなかった。
「任せて下さい!」
ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が両手を前に出した。呼ばれて、常闇の帳が降りてくる。広がった闇色に光の矢は吸い込まれて、消えた。
「効果がありそうです!」
命中後の効果が不穏なだけで、威力はその速度ほど強くはないらしい。しかも、先に触れたものを結晶化させて終わるようなので、その対策にホリィは何か防御に応用できるか、自分の持てるスキルに考えを巡らせた。
後衛を守るのが前衛の勤めと言わんばかりにガードラインを引いた甚五郎は矢の吸収に有効性を示した常闇の帳の常用し、守護天使の気を引こうと攻撃の構えを取った。
甚五郎がエネルギーの矢の撃ち落としで時間を稼ぐのに対し、ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)はゴッドスピードと疾風迅雷の瞬発力で速度で翻弄することを選ぶ。翻弄というより、動き回りながらの牽制という意味合いの方が強いか。
「こっちまで暑くなるな」
「どうして体が耐えられているのか不思議だよね」
かつみに頷くエドゥアルトは瞬間的に水が水蒸気に変わるのが不思議でならない。それだけの高温にどうやってあの守護天使は耐えているのだろう。
中から熱いのか。
外が熱いのか。
両方であれば相当きついだろう。それこそ自分を忘れて暴れる程に。
「このままじゃ守護天使が自分の熱にやられそうだな」
「そうだね」
「氷術で水を凍らせてってできるか?」
問われて、エドゥアルトはできると答えた。
「できればそのまま足ごと凍らせて足止めしたいけど……溶けるほうが早いかもね」
守護天使の熱を下げる形で術を展開させようかと逡巡するエドゥアルトは、かつみが側にいることに安心感でほっとする。ひとりでも大丈夫と思えたが、やはり、いないより居るほうが心の安寧に歴然とした差があった。
「あの矢に当たったらダメみたいですね」
射抜かれて怪我をするというより、当たって凝る様に見受けられる状況にナオは首を捻っていた。
念力のカタクリズムで弾き飛ばせないかとか、落ち葉を使って……ああ、そうかと、気づく。
「援護しますね」
と集中に入ったエドゥアルトの前に立ったナオはカタクリズムの衝撃を使って落ち葉を舞い上げる。人が少なくまた対象が人で無いのがナオの気持ちを存分に楽にさせていた。頑張る気持ちが含まれて、落ち葉が壁のように、狙いなく放たれるエネルギーの矢の前に立ちはだかり、落ち葉は結晶化して地面に落ちた。
思ったより上手くいってナオはもう一度と繰り返す。
術を発動させて守護天使を冷やすエドゥアルトの表情は安定していた。
かつみは、眺めているだけでもわかる二人の様子に、自分の存在がそんなに安心できるものなのかと、不思議な気分だった。
別に自分がいるからと、この騒動が解決できるわけでもないのに、なんだろうか、この鬼に金棒的な雰囲気。
それだけ。
それだけ、必要とされているのだろうか。
そうであれば、少し、嬉しい。
「負けられないな」
照れ隠しにかぼやいて、かつみは表情を引き締めた。
「綾耶をこんな風にした以上、やはり殺すのが手っ取り早い……んだけどなァ」
セレンフィリティがアブソリュート・ゼロの氷壁を守護天使の周りで展開しているのを別の角度から同じく足止めに氷壁を固める某は、イコンの装甲に匹敵する強度を持つその氷が溶けていくことに気づいた。
守護天使の叫び声に不快を覚え目の下に皺を刻む。
飛んでくるエネルギーの矢を風術でピンポイントで守護天使に向かって扇ぎ返す。がそれは背中の輝石に命中しただけだった。
「動くのかよ、動かねぇのかよ!」
足止めと頼まれたが、守護天使は噴水から出ようとはしなかった。余程熱いのか水をいいだけ浴びて、水蒸気に白く烟る。
「いいぜ、じゃぁ、動けなくしてやらぁ」
グラビティコントロールで重力操作を始めようとした某は、叫び声にハッとした。
セレンフィリティが築城している氷壁が出来た先から溶けていくことにセレアナは、一度きつく両目を閉じた。開く瞳に秘めたる可能性を宿し、ブリザードの氷の嵐を呼び寄せる。
「へばらないわね」
氷壁を強固にしようと嵐の冷たささえ、ぬるくなる。
こんなに熱を発散させて何故平気でいるのか、わけがわからない。
左右に広げられる六枚の輝石の翼が不気味に目に映って気味が悪い。
守護天使以外の脅威が無いか、警戒する二人は、次の手段はと二人で頷きあった。
守護天使と奮闘している某の姿に組む指に力を込めた綾耶は、自分の目の前に拳大の光る球体があるのに気づいた。
その球体は綾耶に気づかれたのを待っていたかのように、縦に細長く形状を変える。鏃の切っ先を下に、左右に展開される光はまるで羽根を模している。
なんだろうと目を凝らす綾耶に見せつけるかのように、光る羽根の矢は、鏃の先を持ち上げ、狙い定めると、まっすぐと大気を裂いた。
「避けてぇッ!」
耳に突き刺さるほどにも激しい恋人の声に、某は空間把握に広げていたディメンションサイトの空間の中自分に向かってくる悪意を察知した。背後から滑空してきた光羽根の矢をポイントシフトで数センチほどの差で避けて、獲物を失い彼方へと飛んで行くそれに止めの真空派を投げ放った。
「綾耶!」
矢は明らかに恋人が居た方向から飛んできた。まさか、何か起こっているのか。危惧に地面を蹴った某は、綾耶の周囲に光が凝るのを見る。
それは羽根となり、切っ先を某に向けると音もなく撃ち出された。
「そう何度も通用するとは思えぬが」
呟いた羽純の周りの空気の緊張が緩んでいるのに気付き、ホリィは攻撃用にと構えた流体金属のランスを一度仕舞う。
「お手伝いしますね!」
ホリィの潜在解放を受けて、羽純は力が満たされていく体に、一度目を閉じて深呼吸した。
緩やかな歌い出しに大気へと混ざる幸せの歌。伸びやかな羽純の歌声に守護天使は翼を震わせた。青い目を細め、恍惚とした表情を浮かべ、そして、矢の本数を増やした。
「なに……」
歌を中断した羽純は毒虫の群れで防御を図る。
移動をと迎えに来る形でブリジットが羽純達の元に駆けつけた。
「断言できませんが、思いますに、エネルギーの矢は守護天使の精神状態に比例していると考えられます」
情報処理担当のブリジットの言葉に、羽純は、ふむと唸る。
それはまるで理性とは縁遠い本能が剥き出しになった獣の様だ。
両肩にぬくもりが蘇る。
安心させようと痛みを与えないように、しかししっかりと両肩を掴み、
「大丈夫だから。俺がなんとかしてやる。だから、安心しろ」
と、まっすぐ見つめてくれた某の優しさに包まれていた綾耶は、その彼を傷つけようとしている光の羽根に、戸惑いを隠せない。
ただでさえ自分の体に何が起こっているのかわからないというのに、これ以上どうにかなるのは嫌だ。
嫌だった。
何もせず黙っているのは、嫌だった。
「なにか……」
手は無いだろうか。末端から透明になって感覚が無くなっていく体だが、何かできないだろうか。
「矢をなんとかしましょう」
まずは、そこから始めよう。生み出されていくのを止められないのなら、生み出された後に消せばいい。
「結晶化していく状態でどこまでできるかわかりませんが」
飛ぶことを阻害しようと綾耶はアブソリュート・ゼロの印を組もうと指を合わせた。
「対処できなくなるまでできることはやらないと!」
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