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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

リアクション


■ 肩代わり ■



 どちらにしろ破名は起こさねばならない。
 この状況は幸いと言えば幸いなのだ。
 守護天使をも救うことができる。
 起きた事故を無かった事にできるかもしれない。
 ただ、そうするには、再起動させた瞬間行われる強制設置作業の負担を悪魔に与えるわけにはいかなかった。既に酷使された状態で、メインプログラムを作動させる力が残されているのかすら怪しくこれ以上疲労させるような事はさせられない。
 誰かに協力を仰がねばならない。
「何をするの?」
 ネーブルは首を傾げる。
「クロフォードを起こします」
 ただ起こす。というのではないことは全員が察していた。
 ベルクが前に出る。
「何をすればいい?」
「私自身この作業の経験は過去に一度しかないので、皆様の絶対的な保証が――」
「ごちゃごちゃ言ってないで、時間無いんでしょ!」
 マーガレットに手引書キリハは慌てた。
「ですが説明を。これは先ほどのとは違って直接思考を繋ぎます。精神にも影響がでないとも限りませんし、下手をすると記憶が吹き飛ぶ――」
「精神がどうだとか記憶がどうとかっ! この人が起きれば全部丸く収まるんでしょ!!」
 きっぱりと遮るマーガレットに、確かに時間は無いと手引書キリハは唸る。
 手を貸してくれるという事に正直、破名が外でどんな活動をして契約者と触れ合っていたのか考えが巡る。
 守護天使を足止めしている契約者達へと目を向けた。
 全く、全てを話せないという相手になんとも気前の良い人達だ。
 委ねてみようと、手引書キリハは心を決めた。本体たる魔導書を手元に引き寄せる。
「……クロフォードが最近外に目を向けるようになった理由がわかった気がします」
 腹を括ったと言わんばかりに、手引書キリハは、協力を申し出る契約者達の目の前に一文字を運んだ。
「触れていただくだけで結構です。それで『繋がります』」
 ただ、と付け加える。
「本当に色々と保証ができません。躊躇いがあるのならどうぞお控え下さい。お願いしたいことはただ一つ。メインプログラムの設置作業にかかる全負担の肩代わりです。耐えられなからと言って、クロフォードに一文字も流さないでください」
 メインプログラムが何なのかとの質問は飛んで来なかった。話は全て終わってから聞くことができると判断されたからだ。手引書キリハが万策尽きたと宣言しなかったことを信用したというのもある。
「足元にはお気をつけください。痛いくらい『重い』です。では、作業を始めます」
 手引書キリハが伝え終わるか終わらないか、差し出された文字に触れた全員が膝を折り、両手で自分の体を支えることとなる。
「大げさなのだよ」
 ものの見事に全員が蹲るか四つん這いでなんとか堪えているかの情景に『ダンタリオンの書』が半眼になるが、再起動の状況を見守っている手引書キリハは緩く首を横に振った。
「多すぎる情報に思考がこれは重たいと判断した結果です。思い込みとは恐ろしいもので、耐えられないと判断した瞬間、脳が潰れます。私は何度かこの設置作業を見てきましたが、頭の痛みだけで済むのならまだマシだと断言できます」
 ただ、幸いだったのは負荷が分散されたことだった。この人数であればまず脳が潰れることは無いだろう。が、他がどうなるかまで予測できない。
 今彼らが何を受けて、何に耐え、何を感じ、何に縋ろうと両掌を握り締めているのか、それは当人にしかわからないからだ。
 あるいは記憶を掃き出され、あるいは人格を洗い流し、あるいは考え方を肯定されまた否定され、衝撃と共に蓄積されていく情報と同じ色になるまで綯い交ぜにぐちゃぐちゃにされて統一されていくと聞いた。きっと握りしめる芝生の感触を思い出す余裕も無いだろう。
 最初に動いたのはマーガレットだった。片手剣であるダンシングエッジを取り出し、そのまま握りしめ、焼けつくような痛みを頼りに負けるものかと歯を食い縛る。彼女は色々と言いたいことがあった。一人で何でも背負い込んでいる感じがほっとけない感じがしてもどかしいと感じている。刃を両手で握りしめるなんて馬鹿な事をしていると自覚している分、元気になったクロフォードに、こんなことをしてバカだなと絶対笑われてやるんだからと自分を奮起させた。
 繋がると聞いて破名の負荷軽減の糸口を見つけられればと上から下に流れる情報を読み込もうとするダリルは大きく目を見開く。読んでいるものが破名に自分を重ねてしまう、自分の心の内だと気づいた。
 動揺する手引書キリハの姿に、エースはこの作業を彼女が回避したかったのだろうと感じた。このままずっと破名を起こさず寝かせたままにしたいようにも見受けられた。でも起こさないと破名は孤児院に帰れない。耐えるだけで破名が子供達の元に戻れるなら耐えようと、エースは握り締めてしまった草葉に人の心、草の心で手を貸してくれると嬉しいと語りかける。止めどなく流れ落ちる情報の受け皿が欲しかった。
 視界を埋め尽くすのは先ほど直接触れて動かしていた高温に熱せられた古代文字だった。増えていく。重なるように増えて重さを増していく。興味本位で訳を教えてもらった文字も見えた。「愛しい子」と読める文字が、重なり合い、重たくなっていく。「愛しい子」とその文字だけが埋め尽くされていく。
「フレ、イ……」
 ベルクに名前を呼ばれて、フレンディスは呼吸を思い出した。
 肩代わりをと頼まれて、直感的に情報系統かと予想していたベルクは物理的な衝撃を持って落ちてきた情報量に手引書キリハが何を心配したのか悟る。これは確かに一人では賄い切れない。滝の如くまっすぐに落ちてくる知識はこちらの記憶を削ぎ落とす勢いだ。端から少しずつではなく真ん中からスパっと切り落としていく。ベルクが抱える要らないことも要ることも忘れたいことも忘れてはいけないことも、遠慮なく持っていかれる。恋人の名前さえ削ぎ落とされようとして、ベルクは唇を動かした。
 歌が聴こえている。伴奏の無いアカペラ。多種多様の言語で。同じ旋律の唱和。願いを込め、大切に大切に歌われる子守唄。何度も何度も繰り返される子守唄。暗示をかけるように自我に上塗りされる子守唄。摺りこんでくる子守唄に自分が誰なのかその境界線が無くなりかけた時、レティシアの耳にサクラとモミジの鳴き声が響いた。左右の手の甲にそっとぬくもりが添えられる。



「終わりました。あぁ、目は閉じたままで。ゆっくりと楽な姿勢になってください」
 ネーブルは肩を擦ってくれる手引書キリハに促されて芝生の上に座り直す。たったそれだけの動作ですら苦痛を覚えネーブルは眉間に皺を寄せた。激しい頭痛に全身が痛むと錯覚してしまうのだ。
「終わった……の?」
 頭が痛くて、今はまだ自分の身に何が起きていたのか全然思い出せなかった。背中をじっとりと濡らす汗の感触が生々しすぎて、決して良い内容でなかったことだけは確信できる。
「はい。皆様のお陰でクロフォードだけでなく守護天使の方もどうにか出来そうです。ですからもう少し目を開けずに楽にしていてください。光でさえ大変な刺激になります」
「どのくらい和輝は目を閉じてればいいの?」
 口を閉ざし呻きを堪える和輝の背中を擦るアニスは、くらくらとする頭を左右に振った。和輝ほどではないが多少の影響を被って、ちょっとだけ体がだるい。
「精神感応で指針をはっきりさせるのは好ましいですね。佐野は目を開けても大丈夫かと。それとお渡しできるものはそれが最大ですので、もし覚えていらしたら見返りの報酬に替えさせていただければと思います」
 アニスを指針に互いの絆を精神感応で繋ぎ、名前を呼び合いそれを帰り道にすることで、無遠慮に割り込んでくる情報の中から帰ってきた和輝は片手を上げることで了承の意を示した。好きなだけ持ち帰れというなんとも大胆な発言であるが、自分がどれを拾ってこれたのか今は頭が痛くて考えられない。
 覚えているかいないかは各人の許容に左右される。過酷な環境に晒された脳は経験それ自体を忘れる機能を持っているからだ。
 ただ、と手引書キリハは確信している。感覚までは取り除けないが、彼らが目にし耳にした内容は染み跡も残さず綺麗に払拭されているだろうことを確信している。
 メインプログラムという『系譜』の最高機密が漏洩したままなのを繋がっていた破名が許すはずがないのだから。契約者達にケアを施すのと同時に改竄もしていることだろう。
「キリハ」
 上体を起こした破名に名前を呼ばれて、負担を肩代わりしてもらった皆のフォローに回っていた手引書キリハは立ち上がった。