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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

リアクション


■ 判断が遅れた理由 ■



「……動かない?」
 ネーブルは戸惑う。銀色の文字の上に乗せようとした金色の文字は微動だにしない。困った顔をされて手引書キリハは否定に左右に首を振った。
「此処に無いものを動かすので難しいかもしれませんが、動きます」
「本当?」
「直接触れて、火傷を負う程の代物が無いわけが無いです。動かせます。大丈夫です。本来なら見えない情報ですが、皆様には触れることができる具現化された単なる魔法文字です」
「力一杯でも構いませぬか?」
「それが貴女の動かすというイメージであるのなら、その姿勢は正解です」
 フレンディスに答えた手引書キリハにレティシアは心得たと文字を握った。伝わる熱が明らかに増して、スィ、と動く。
「……動いた」
 最初の一文字目が動くとあとはすんなり動かせるようになった。そして自在に操作出来るようになった頃には手を真っ赤にさせるほど文字は熱く、油断すると火傷しそうになる。
「なんと読むのだ?」
 命のうねりと清浄化で増していく熱を和らげ、銀色をガイドに金色を並べていく作業に余裕が出てきた『ダンタリオンの書』は組み上がっていく長文に興味を覚える。
 ゆっくりしている場合じゃないと知的好奇心を押さえ質問を控えていたベルクも自然と手引書キリハを見た。
「今操作していただいている文を全訳しろと解釈しても?」
 聞き返されて、『ダンタリオンの書』は頷いた。
 手引書キリハはわかりましたとこれを快諾した。
 拒否するものと思っていた者の驚いた視線を受けて、「では一行目から」と手引書キリハは読み上げる。

   愛しい子よ、眠りなさい
   私がそばにいてあげる
   だから愛しい子よ、ただ眠りなさい
   まだ眠っていなさい
   あなたは知らなくていい
   愛しい子よ、ただ眠りなさい
   あなたを脅かす悪夢は私が払ってあげる

「という、詩になっています」
 最後の一文字を並べ終えるのと同時に手引書キリハが読み終えた。
 それはいつかの子守唄の一遍。
 今、共鳴により綾耶に届く子守唄の一遍。
 完成された詩は一度バラバラになり、順番を入れ替えて再度組み上がった。
 金色の色彩が、銀色に変化し、そして、幻の様に空気に溶けて消える。



 命令が解除されて、破名は一度大きく息を吸い込んだ。
 知った者の声が聴こえる。
「シェリー?」
 第一声の呼びかけにルカルカは喋ったと喜び、ハンカチ越しに顔を覗き込んだ。
「うん。本物じゃないけどね。しっかりしなきゃ駄目だよ」
 本物を連れてこれないのなら、幻でもとルカルカは気合を入れた。
 ワールドメーカーたるルカルカが夢想の宴で紡ぎ出された幻の子供達は、ワールドぱにっくのミニチュアサイズのキャラクターという実在感を得て、破名を囲い、励ましに声援を送っていた。
「偽り?」
 破名の声は震えていた。続けられたのは詫びの言葉である。
「すまない。 ……本当にすまない。今の姿を、例え偽りと言えどあの子達には見せられない。否、この姿を見られたくない」
 自分が誰なのか自覚したくなかった。
 予想された態度を取られ、ダリルは慰めにルカルカの肩を叩く。幻は解けた。
 使えなかった回線が解放されて、破名は処理速度を上げ、並行して暴走する守護天使の制御に当たる。本当ならすぐにでも強制終了させたいのだが、壊れている系図なので、完全沈黙させるには一から新しいものを作らねばならない。
「それにしても愚かな事をしましたね」
 持ち上げた右手で視界を覆うハンカチをずらした破名は、自分の周囲に居る契約者達を瞳だけで眺め、再び顔を隠した。
「すまない。礼を言う」
「謝罪と感謝は協力していただいた皆様にですよ!」
 手引書キリハは相手が違うと指摘した。
「なんで命令なんて受け入れた」
 自分を取り巻く状況を動けなかっただけで全て知っている破名は、問いかけてきたダリルに軽く唇を舌で濡らす。
 手引書キリハが判断を下し共有された情報に、なぜ喋ったのかと不満を漏らすのは筋違いである。幸い手引書キリハが伝えたのは破名が楔の資格者であるということだけなので、良しと納得するほかない。
「その状態では思考がダダ漏れるということをお忘れですね。クロフォードにとって緊急時対応の私の行動がそんなにも不満を抱くものだったとは知らなかったです」
 破名へ向ける、半眼になった手引書キリハの言葉は容赦がない。
「そうだったな。忘れていた。本当に皆には申し訳ない。面倒をかけている」
「面倒って……こうなるとわかっていたらしいな。わかっていてどうしてそうした?」
 ベルクの問いはダリルと内容を同じくしている。口に出さないだけでこの場にいる全員が抱いている疑問だ。
「判断が遅れたことは否定しないし、もしかしたらという可能性に縋ってしまった」
「可能、性?」
「命令できる人間がいることに驚いた。そして、もしかしたら成功するかもしれないと期待して委ねた。結果はざまぁないがな」
「なんで、そんなことを」
「理由は単純明快。早く研究を成功させたかった。それだけだ」
「研究って?」
 質問を重ねるベルクに対し、手引書キリハは勿論、思考が漏れる状況である破名も示し合わせたように口を閉ざした。
「喋ってくれないと……わからない……よ?」
 ネーブルに破名が笑うように口端を持ち上げる。
「話せないな」
「どーして!」
 マーガレットが両の拳を握り半ば叫ぶように詰め寄られ、顔からハンカチを除けた破名は上体を起こした。そのまま守護天使の方へと視線を向ける。
「騒動を起こした責任は取る」
 まだ全て終わっていない。動こうという破名にフレンディスが系図の熱に赤くなった手を開いたまま前に出た。
「キリハさんがクロフォードさんがお話できるようになったら状況がわかると教えてくださると聞き及んでおりまする」
 何か他にできることはないかと意気込むフレンディスに、破名は不思議そうな顔をした。
 話さなければいけないと注意したネーブルを見て、怒るように叫んだマーガレットを見て、ベルクを、ダリルを、他にも自分を囲んでいる面々を眺め、最後に手引書キリハに視線を止める。
「助けられているな」
「そうですよ」
 状況がとても信じられないという顔をする破名に手引書キリハの視線は厳しい。
「さっきからずっと助けていただいてもらっています。貴方は今までずっと助けられているんですよ。そろそろ救援を要請したら勝手にやってくれるという感覚をお捨てになってください!」
 特定の相手以外本当に頓着が無い破名に全くなんて失礼な考えを持っているのかと手引書キリハは契約者達に申し訳なさ過ぎて謝罪の言葉も無かった。
「そうか。 ……そうなのか」
 いつも事故が先でそちらの対応のものとばかり思っていたが、今回は直接的に救おうと動いてくれた者が居てかつそれを伝える手引書キリハの存在があり、現状を知った破名は不思議な気分だった。
「……弱ったな。甘えたくなってしまうだろ」
 軽口を呟き力無く笑った破名は契約者の視線から逃げるように噴水の方へと顔を動かす。そんな破名にベアトリーチェは近寄り、膝を折った。
「治療いたしましょうか?」
「否、いい。 ……ではないな。これが終わったら願えるか? 今は、温存してくれ」
 疲れた顔をしていますとベアトリーチェに言われて破名は怪我はしていないからと伝えた。
「いつこちらに気づくかわからない。気づかれたら応戦しなければ」
 他に危惧するべき事柄がある。
「現状を」
 と手引書キリハが促せば、現状は、と破名が応える。
「こそっと主導権を取りたいんだが、正気に戻った向こうが貪欲すぎて飲まれかけそうだ。素晴らしい思想持ちでくらくらする」
「飛べますか?」
「強制終了のコードの完成度の意味であればまだ六割程度。いつものが使えないせいか、こればかりは時間がかか、 ――る?」
 破名と、守護天使との、目が、合った。
 取り巻いて輝いていた銀色に光る文字――楔が一瞬にして掻き消える。