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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、ケーキ販売  その2



 そしてこちらはライバル店であり、アルの家族が経営しているお店、『ドルチェ』だ。
 ここにも臨時のアルバイトが数人、クリスマスらしく、サンタクロースの格好などで手伝いをしていた。
「負けないぜ……売りまくってやらあ!」
 湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)もその一人だ。サンタ衣装に身を包んでいる彼は主に注文商品の梱包、受け渡しなどを担当している。
「い、いらっしゃいませっ」
 同じくサンタ衣装でレジに立ち、客の注文を受けているのはファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)だ。接客業は初めての様子で緊張気味ではあるが、
「ウィル、モンブランを二つと、アルどのの特性チョコレートケーキを二つじゃ」
「了解です。あ、ファラさん、保冷材は?」
「あう……お客様、保冷材はお使いになられますか?」
 パートナーのウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)となんとか協力しながらやっているという形だ。
「ふう。どうじゃ、なかなか様になってきたろう?」
 少しだけ二人のレジが開くと、ファラは息を吐いてウィルに声をかけた。
「ええ、たまに言葉に詰まったりすることもあるけど、なんとかやっていけてますね」
「う……ちょ、ちょっとだけじゃ。問題があるわけではなかろう」
「はは、まあ、そうですね」
 ウィルは笑う。ファラは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、店に入ってきた他の客に対して「いらっしゃいませー」と笑顔で口にする。
「このケーキ、見たことないわね。どういうケーキなのかしら?」
「はい、このケーキはですね、クリスマスということで特別に用意した、特製のチョコレートケーキになっておりまして、」
 ウィルも質問やファラのサポートなどをこなす。彼も接客自体は初めてであるが、二人で協力して作業をしているため、互いにフォローしあって上手くこなしていた。
「そっちも順調みたいね」
 隣のレジのミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が話しかけてくる。
「順調ですよ。アルさんのケーキ、このままだったら間違いなく完売ですね」
 ウィルがショーケースを覗き込んで言う。
「間違いなく、じゃダメなんだよな。『コラムコラム』の女のケーキよりも、早く完売させなくちゃいけないんだろう?」
「『くりむくりむ』じゃ」
 ファラが訂正し、忍は「くりむか」と小さく呟き、
「とにかくがっしがし売らねえとな。ビラ配りの連中にも頑張ってもらって、アルには勝ってもらおうぜ」
 親指を立てて言う。
「ええ、その通りですよ」
 ウィルは大きく頷いて答えた。
「ビラ配りなら、問題ないと思うぜ」
 横田 仁志(よこた・ひとし)が奥から出来たてのケーキを運んできて口を開く。
「それに、あの二人はライバル店の様子もちょくちょく見に行ってもらってるしな。この勝負は絶対こっちのもんだ」
 ウィルがショーケースを開き、仁志がそこにトレーを乗せる。出来たてのケーキからは甘くていい匂いがして、その場にいた人たちはついつい口元が緩んでしまう。
「じゅるり」
「ファラさん、食べたらダメだよ」
「たたた食べぬわ!」
 じっとケーキを見つめているファラにウィルが言った。
「で、そのライバル店の様子はどうなの?」
 ミスティが去り際の仁志に聞く。
「向こうも順調だとさ。どっちが先に完売するかは、まさに神のみぞ知る、って状況らしい」
 仁志がそう答える。
「今日はイブだろ? 神様の一人や二人、現れてくれるって」
「そうね。それがこっちに現れてくれたらいいんだけど」
 忍とミスティはそのように言い合って、互いの仕事に戻った。



 店の外では、シェーナ・ベンフォード(しぇーな・べんふぉーど)河合 亮太(かわい・りょうた)がビラを配っている。配りながら、時折『くりむくりむ』の近くまで行き、様子を探っている形だ。
「クリスマスケーキは『ドルチェ』の特製チョコレートケーキはいかがですか?」
「本日限定販売ですー」
 人通りは比較的多いため、ビラは結構な早さでなくなっていく。ビラを見てそのまま店に足を運ぶ人もいて、効果はあるようだ。
 ビラを配りつつも、シェーナは『くりむくりむ』の様子を眺める。行列と言うほどではないが、常にレジに人は並んでいるようで、売れ行きはなかなかよさそうだ。
 なによりも店先に並んでいるペンギンやらトナカイやらが子供に人気のようで、家族連れなども多く見受けられた。
 楽しそうだな、と思う。そりゃそうだ。ケーキを買ってもらえて、しかも動物と触れ合うこともできて。しかもクリスマスといえば、子供には特別な日だ。朝起きたら、枕元にプレゼントがあるのだろう。テンションも上がるというわけだ。
 強化人間である彼女は、強化人間になる前の記憶がない。家族の愛情とか、そういったものは、彼女の記憶の中には存在しなかった。
 いいなあ、私も、ケーキくらいもらえないかな、と、ささやかに考える。そんなふうに考えながら吐いた息は白く、少し強めの風に流されて消えてゆく。
「どうしたんですか?」
 亮太が話しかけてきて、シェーナは我に戻る。
「ううん、なんでもない。ちょっと考えごとをしていただけ」
 シェーナはそれだけを言い、ビラ配りに戻った。
「本日限定のチョコレートケーキ、数量限定でーす!」
 亮太もライバル店を見張りつつも、声を出してビラを配った。




「配達、一軒終わりましたー」
 ユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)がぱたぱたと駆けながら店内に戻ってきた。
「お疲れ様、ユウキ」
 ミスティはユウキにそう声をかける。ユウキは元気に「うん!」と答えた。
「売れ行きはどうだい?」
 少し遅れて、ユウキと共に配達をしていたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)と、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が店内に。ミスティが順調だということを伝えると、三人は笑顔を浮かべて頷き合った。
「次の配達のケーキ、もうちょっとかかるってさ。少し休んでてくれ」
 仁志が奥から顔を出して言う。
「それにしても……見事にお揃いだな」
 忍が三人に向かって言う。三人はお揃いのサンタガールの衣装を着ていて、しかもまたこれが非常によく似合っている。美人三姉妹だと言えばそれはそれで信じてしまいそうだ。実際には親子なのだが。
「ユウキどのはとても可愛らしいのぉ」
 ファラもユウキを見てそう言う。
「ありがと、ファラさん」
 ユウキは少しだけステップを踏むようにして笑った。
「ところで、アルさんはどちらに?」
 レティシアが言う。
「さっき、『くりむくりむ』から帰ってきたところです。今は新人さんに説明をしているそうですよ」
「新人?」
 ウィルの返答に、リアトリスが疑問符を浮かべた。ウィルが続けて答えようとしたところ、
「みんな、よろしくお願いしまーす!」
 その新人が現れた。
 新人とは……サンタ衣装に身を包んだ、リネン・エルフトだった。



「ハコ! 見て、とっても綺麗!」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は、多くのイルミネーションで飾られた通りをくるくると回りながら歩いていた。
「危ないぞ」
 一緒に歩くハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)はそう言って息を吐きながらも、確かに見事だな、と通りを歩く。
「ねえねえ、あの雑貨屋可愛い、見ていこうよ!」
「あいよ」
 跳ねるように歩くソランのあとを追って雑貨屋へ。
「ねえねえ、あの靴可愛い! 寄っていこうよ!」
「へいへい」
 雑貨屋のあとはその向かいの靴屋へ。
「ねえねえ、こんな服、どう、似合うかな、似合うかな?」
 そしてさらにその隣の衣料品店のウィンドウを眺めて、言う。
「あんまりはしゃぐなよ、パーティはこれからなんだから」
「もちろん! でもいいでしょ、せっかくのクリスマスなんだから!」
 あは、と楽しそうに言ってソランは駆ける。
「ハコーっ! 次はこっちのお店も見ていこうよー!」
 そして小物品店の前で止まって振り返って手を振っていた。
「全く、キリのないやつだな……」
 小物品店も見て回り、はしゃいでいるソランを見ながらハイコドは大きく息を吐いて、
「さて、と。んで、どこだ、ケーキ屋は」
 誰にともなく呟いた。彼は家族でのクリスマスパーティにおいて、ケーキが足りなかったので買いに行くことになったのだが、知り合いがいろいろと手伝っているらしい店のことを思い出し、この場所まで足を運んできていた。
 イルミネーションなどが綺麗だし、いろいろと回れてソランも楽しそうなので、ついでとはいえ、来てよかったな、と改めて思った。
「なんでリネンが向こうのビラを配ってるわけ!?」
「ふふん、悪いわねセイニィ、ちょっとした事情があるのよ」
「……ん?」
 聞いたことのあるような声が聞こえ、ハイコドは思わずその声の元を見た。
 そこにはサンタの衣装のセイニィとリネンがなにやら言い合いをしているようだった。その近くにも、数人のサンタがいる。
「なんだ、一体……」
 ハイコドがゆっくりと近づいていくと、
「あら、ジーバルス」
 リネンが気づいて声をかけてきた。
「なんだ、その格好は」
 二人を見比べて言うと、
「ふっふっふ。セイニィと勝負しているのよ」
「は?」
 リネンが答え、「してないわよ!」とセイニィが答える。
「例のケーキ屋よ! そのお手伝いの途中! それで、休憩だからライバル店の様子を見に行こうと思ったら、リネンがそのお店のビラを配ってるの!」
 セイニィが続けて説明する。
「ライバル店なんてあるのか」
「そうなの。しかも、いろいろとまあ、複雑な事情があってね」
 ハイコドの質問に、セイニィは息を吐いて答えた。
「複雑な事情ね」
「負けられない理由だね」
 近くにいた別のサンタはビラを配っていたシェーナと亮太だ。彼らはそう言って頷き合っていた。
「そういうこと。悪いけどセイニィ、あなたには負けられないのよ」
「なんでよ……」
 セイニィは頭を抱えた。
「で、ジーバルスはお買い物の途中?」
 リネンが尋ねた。
「ああ。ちょうどケーキが足りなくてな。買いに来てみようと思ったとこなんだ」
 ハイコドが答えると、
「ケーキ!?」
 その場にいた四人が同時に言った。
「……ん?」
 そして、目を輝かせる。ハイコドは口にしてから、やばい、と感じた。
「ハイコド! ケーキを買うなら『くりむくりむ』よ! 特製のイチゴケーキ、最高においしいんだから!」
「ジーバルス! ケーキは『ドルチェ』で! 絶品のチョコレートケーキがあるわよ!」
 二人に詰め寄られ、ハイコドは少しずつ後退していった。
「ハイコド!」
「ジーバルス!」
 そして小物品店の壁まで追い詰められてなお二人は顔を近づけてくる。
「あー、……」
 ハイコドは困り果てた顔で目を輝かせる二人を見つめ、
「ん、んじゃあ、両方から少しずつ、ってことで……」
 そんな妥協案を搾り出した。
「「えー」」
 が、二人は不満の声。
「それはないよねぇ。せっかく勧めてるのに」
 うんうん、と頷きながら言うのはいつのまにか近くにいたソランだ。「ソラ!?」とハイコドも驚きの声を上げる。
「びし、っと男らしく決断しなさいよね」
「株を下げたわね」
 二人にも言われる。
「どっちかにしたらそれはそれで文句言うだろうが!」
「「当たり前じゃない」」
「うおーっ! 理不尽だーっ!!」
 ハイコドは両手で頭を抱えて叫んだ。ソランがくすくす、と、笑った。



 そしてハイコドは亮太からビラをもらい、まずは『ドルチェ』へ。チョコレートケーキを二つほど買い、その足で『くりむくりむ』に向かった。そこでも勧められた、イチゴのケーキを二つ買う。
「んー! どっちもおいしそう!」
 店を出るとソラは待ちきれないという様子で、顔をほころばせていた。
「しかし、見事に見知った顔ばっかりだったな」
 ハイコドは言う。特に『くりむくりむ』はおもちゃ工場の騒ぎで会った人も多かった。
「あれ、ハイコドさんじゃないか」
 店先で話しかけられた。
「陽一さん」
 そこには酒杜陽一が、サンタクロースの格好をして立っていた。
「ってことは、このペンギンは」
「そ。俺のペットのバラミタペンギン」
 店先で子供たちの遊び相手をしたり、写真のフラッシュを浴びたりしているのは陽一の【ペンギンアヴァターラ・ヘルム】のペンタや、【パラミタペンギン】たちだ。彼らはみな陽一と同じくサンタ衣装で、周囲の人々からの注目を集めている。
「なるほどね。こりゃ人も集まるわけだ」
 ハイコドは感心して言った。
「なんか、勝負ごとになってるみたいだからね。負けないように、やれることはやっておこうと思って」
「さっすが陽一さん。そういうの思いつくだけでも、すごいね」
 言うと、小さく別れを告げて陽一は店内に入っていった。ペンギンたちは相変わらずお客さんに愛想を振りまいていて、見ていて微笑ましい。いつのまにやらソランもペンギンの一匹と遊んでいた。
 そうやってペンギンたちの動きを見ていたら、一匹だけ違う動物がいた。トナカイだ。
「………………」
「………………」
 目が合った。トナカイだ。トナカイではあるのだが、顔の部分は、どこからどう見ても、人間だ。
「………………」
「………………」
 その赤く染められた鼻の部分を極力見ないようし、その見覚えのある顔立ちを改めて眺め、
「……弾さんか?」
「遅いよ!」
 その顔に該当する人物の名を呼ぶと、トナカイ――風馬弾は大声でそう叫んだ。
 
 

「遅くなっちゃったわね」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は少し早足で通りを歩いていた。
 彼女もケーキ屋での作業の手伝いに来ることになっていたのだが、ちょっとしたクリスマスのイベントに参加したため少し遅れて合流することになっていた。
「思っていた以上に時間がかかりましたからね」
 さゆみと一緒に行動するアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)も道を急いでいる。
「まだ昼過ぎだから、完売してることはないと思うけど……ん?」
 口調も少し早口。そんなふうに歩いているさゆみの視界に、なにか見覚えのある顔が見えたような気がして、さゆみは通りの反対側を眺めた。


「僕の名は皆口虎之助(みなぐち とらのすけ)。またの名を絶大なる性的欲求(ハイパー・エロス)!」
「虎之助、今度はなんのつもりだ」


 そして向かいにいる人影を見てさゆみは頭を抱えた。



「先輩、このフォトコンテスト、優勝するのはこの僕です!」
 虎之助はカメラを掲げて言う。
「ふん、お前に優勝を渡してたまるか」
 先輩、と呼ばれた男もカメラを掲げた。
「なら勝負!」
「のぞむところ!」
 そして二人で走って、通りのあちこちで数度フラッシュをたいてから戻ってくる。
「どうです!」
「く、見事だ。風が吹いてスカートがめくれたその一瞬を逃さないとは……だがこれはどうだ!」
「さすがです先輩……見えるか見えないかのぎりぎりを狙ったその一瞬。思わず下から覗き込んでしまいそうになってしまいます」
「ならば二回戦だ!」
「いいでしょう!」
 再び走り出した二人だが、突如体をびくりと震えさせて立ち止まった。言い知れぬ恐怖が二人の体を襲う。ゆっくりと視線を動かすと、そこにはスキル【恐怖の歌】を小さく歌いながら接近してくる、さゆみの姿が。
 そして二人の首根っこが掴まれた。先回りしていたアデリーヌだ。
「盗撮は、」
「やめなさい!」
 そして二人はアデリーヌの【シューティングスター☆彡】でカメラを残して飛んでいった。
「……痛いぞSAYUMIN」
 先輩と呼ばれた男が戻ってくる。アデリーヌが投げたカメラを空中でキャッチするが、データはすでに消されていて男はがくりとうなだれた。
「全く……相変わらずね、竜平」
 さゆみが息を吐いて彼の名を呼ぶ。


「いかにも。俺の名は土井竜平(どい りゅうへい)。またの名を、瞬速の性的衝動(バースト・エロス)」



「はいはい、言うと思った」
「SAYUMINたちは、こんなところでなにを?」
 カメラに異常がないかを確認しながら聞く。
「近くのケーキ屋に以前お世話になったことがあって。お礼も兼ねて、売り子をやることになっているのです」
 アデリーヌが答えた。
「『くりむくりむ』か。そういえば、前にバイトをしていたな」
「なんで知っているのかは聞かないわ」
 さゆみはさらに大きく息を吐いた。
「というわけだから私たちは行くけど、」
「次に盗撮しているところを見かけたら、今度はカメラを焼きます」
「それは困る」
 二人に言われて竜平はカメラを隠すようにして体を回した。
 これで(多分)大丈夫だろうと二人は考え、並んで『くりむくりむ』へと向かう。が、かちゃかちゃとカメラを調整する音がいつまでも後ろから響いていた。
「……なんでついてくるのよ」
「いやなんとなく」
 竜平はついてきていた。
「それに、コンテストに優勝できる写真も取らなくてはいけない。ネタになりそうなものもあるかもしれないし」
「ああ……『クリスマス・イルミネーション・フォトコンテスト』、だっけ」
 竜平はこくりと頷いた。
 この通りにはイルミネーションのほか、大きなツリーやらなにやらが多く飾られていて、今回は特別に、そういったイルミネーションの写真のコンテストが行われているらしい。なるほど彼はそれに参加しているのか。
「いい写真は取れた?」
「取れてない……つか消したろう、データ」
 竜平は息を吐いた。
 そうこうしているうちに、三人は『くりむくりむ』へと到着する。数人の人がレジに並んでいて、店内は客でにぎわっている。店先の陽一のペンギンは相変わらず子供に人気で、弾のトナカイも子供の遊び相手になっていた。
「ニャー、メリークリスマスニャー!」
 違うのはクラウツも外に出て子供の相手をしているという点か。こちらもそれなりに人気だった。
「さゆみさん!」
 店内に入るとちょうどベロニカと鉢合わせて、二人は「ひさしぶりー」と手を合わせる。アデリーヌも「ご無沙汰しております」と、ベロニカの近くで口を開いていた。
「今年もアルと勝負してるわけ?」
「当然よ。連敗するわけにはいかないからね」
「もしかして、毎年恒例のことなの?」
 さゆみとベロニカが話していると、近くにいた衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が質問してきた。
「ええ。今年で三回目」
 ベロニカは答える。
「今のところ一勝一敗よ……負け越しは嫌だしね」
「ずっと、『負けたほうが言うことを聞く』っていうルールで?」
 シュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)も近づいてきて聞く。
「ええ。最初の年はあたしが勝ったから、これを買わせてやったの」
 ベロニカは耳につけているリングを見せるように、髪をすくった。
「可愛いイヤリング」
「でしょ? 一目ぼれ」
 玲央那の言葉に、ベロニカは嬉しそうに笑う。
「でも次の年は負けちゃってね……『おせちを作れ』とか言われたのよ。ケーキ屋の跡取り娘がおせち料理作らされたのよ? 屈辱だったわ……」
「屈辱なの……?」
 シュネーが言う。
「そうよ。ムカついたから昆布巻きにチョコレート入れたりしてやったけどね。アルは気づかないでおいしいおいしいって食べてたわよ」
「チョコレート!?」
「気づくでしょ!?」
 玲央那とさゆみが叫ぶ。
「さあね。なにも言ってなかったし。おかげでお正月はあいつとおせち食べながらテレビを見て過ごす羽目になったわけ」
 息を吐いてそう言うが、どことなく、頬が緩んでいる。
「今年はなにをさせるつもり?」
 シュネーが覗き込むようにして聞く。
「えっと……それは、秘密」
 ベロニカは少し視線をそらして言った。
「とにかく、今年は絶対勝つんだからね! よろしく!」
 そう言ってベロニカは奥へと入っていった。
「ふむ。実に面白い娘であるな。ぜひとも勝負には勝たせてやりたいものだ」
 玲央那の腕輪から声が出る。普段は腕輪の状態で待機しているネルソン・グリドゥン(ねるそん・ぐりどぅん)だ。
「そうね。ま、ケーキは順調に売れてるからいいんだけど……」
「どうかしたのですか?」
 玲央那の言葉に、アデリーヌが質問をする。
「ただ売ってるだけだからね。さっき、あっちのお店がビラとかを配って宣伝をしていたことがわかって、セイニィとアゾートもビラ配りに行ったのよ」
 答えたのはシュネーだ。
「勝つために、ということを考えると、一押し足りないと言うか……」
 玲央那は続ける。
「なるほど。確かにそうであるな。なにか、面白いアイデアでもあればいいのだが」
 ネルソンが言う。その言葉で、場が少々沈黙してしまった。
「だったら、撮影会なんてどうだ?」
 さゆみとアデリーヌの後ろに立っていた、竜平が声を上げる。
「……どちら様?」
 玲央那が覗き込む。
「俺の名は土井竜平。またの名をバ……「盗撮が趣味の男よ。近づかないほうがいいわ」……」
 竜平の名乗りをさゆみが言葉を被せた。
「さすがに有名人は妙な知り合いがいるのね」
「全くです」
 シュネーの言葉にアデリーヌが頷いた。
「して、撮影会とはどういうことであるか?」
「ネルソン乗り気!?」
 ネルソンが尋ねて玲央那が驚く。
「撮影だ。クリスマスなんだから、ケーキを買ってくれた人にサンタクロースと一緒に記念撮影のサービスをするんだ」
「ほう……」
 思っていたよりもまともなアイデアだからか、アデリーヌが声を上げる。
「うん……一考の価値はあるわね」
 シュネーがあごに手を当てて言う。
「外にはペンギンやトナカイや猫もいる。彼らとも撮影させれば、注目は集まるかも知れぬな」
 ネルソンもそう言った。
「聞こえたわよ。あたしはセクシー担当ってことだねぇ」
 話を聞いていたのか、近くに来てサーシャ・アルスター(さーしゃ・あるすたー)がポーズを取る。
「アリア。あなたも一緒にどう?」
 サーシャはクッキーの棚を整理していたアリア・アルスター(ありあ・あるすたー)に話しかける。なんのことかわかってなかったようだが、かいつまんで事情を説明すると「ええ! そんなの無理無理無理!」と騒いでいた。
「でもあんたのそれ、デジカメでしょ? プリンタで印刷すると少しかかるわよ?」
 さゆみが竜平のカメラを見て言う。
「聞かせてもらったよ」
 が、突然奥から博士と呼ばれている白衣の男がやってきて口を開いた。皆の注目が集まる。
「これを使え。最新鋭のカメラを改造して作った、『いつでもどこでもすぐ印刷、デジタルポラロイドカメラ』だ」
「ネーミングセンスはどうかと思います」
 男の言葉にアデリーヌが言う。
「いいカメラだ」
 が、竜平は男からカメラを受け取るといろいろな部分を覗き込んだりして言う。
「ほう、君たちはなにかやりだすんじゃないかと思っていたのだが、思い違いだったようだ」
 ネルソンが言った。
「ははは。爆発させるのは私たちの研究室だけだよ。ところで今の声はどこから?」
 男が少し不安になることを言った。
「じゃあ、私たちは着替えのついでに、ベロニカに話してくるわ」
「バーエロ、会場設営などは任せます」
 さゆみとアデリーヌが言って、奥へと入っていく。竜平は「なんだその略称」とは言いながら、撮影に使える場所を探して歩き出す。
「私たちも、用意しましょうか」
「ええ」
 シュネーと玲央那が頷き合った。
「こんな感じでどう?」
「お姉ちゃん! カウンターから降りて!」
「その前に、ちょっと二人に言い聞かせてきます」
「……頼むわ」
 玲央那はサーシャとアリアの元へと向かった。



「ふふふ……」
 そして店の外には、しばらく宙を舞っていた虎之助の姿が。
「聞きましたよ先輩。あなたには負けない!」
 彼はそのように声を上げ、通りを走っていった。
 その通りの途中に、カメラを持って歩く一人の男がいた。少し幼い顔立ちのその男は、『少年』という呼称が合うような、少し儚げな印象を持つ感じの男だった。
 『少年』はきょろきょろとあたりを見回し、時折カメラを持ち上げてかしゃかしゃと写真を撮る。納得がいかないのか数度首を傾げて角度を変え、何度か写真を撮ってから「よし」と口にしてまた歩き出していた。
「んーっ! やっと休憩です!」
 その頃『くりむくりむ』では黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)が休憩に入っていた。「お疲れ」と黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が口にし、ユリナに椅子を用意する。「ありがとうございます」と言ってユリナはそこに座った。
「ん、お疲れ様ぁ」
 近くにはシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)も座っている。
「ロゼちゃんは?」
「レジ頑張ってるよ。商品の説明とかもそれなりにこなしてるみたいだ」
 竜斗が答える。ユリナが店内を覗き込むと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と並んでレジをこなしているロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)の姿が見えた。
「あの子、結構飲み込み早いわよねぇ」
 シェスカが言う。
「シェスカさんはなにしているんですか」
「私だって、クッキー並べたりとか棚を整理したりとか、ちゃんとやってるわよぉ」
 言ってだらりと椅子に背を預ける。ユリナは「むー」と厳しい視線を向けるが、竜斗が「ま、一応は」と答えたので追求はしないことにした。
「俺はビラ配りすることになったんだ。ちょっと外行ってくるから」
 竜斗は紙の束を持って外へと向かう。ユリナが「いってらっしゃい」と言って竜斗が答え、そのまま外へと歩いていった。
「ビラなんて配って、効果あるのかしらねぇ」
「あっちのお店でも配ってるみたいですよ。まあ、やらないよりはいい、ってことじゃないですかね」
「そうかしらねぇ」
 言って、竜斗が去った先をガラス越しに眺める。
 ガラス越しに眺めて……シェスカの視界になにかが映った。
 今、竜斗とすれ違った人。カメラを持って、幼い顔立ちで、儚げな『少年』の姿。
「ちょ、ちょっと私も外に出るわ」
「へ?」
 立ち上がったシェスカはどことなく慌てていて、ユリナが疑問符を浮かべる暇もなくその場を去ってしまった。
 ユリナが慌ててシェスカの視線の先を見る。
「あれ、あの人……」
 そして、そこで見覚えのある一人の人物の姿を見つけ、ユリナも立ち上がった。


「シェスカ?」
「頑張ってねぇ」
 外で竜斗とすれ違う。竜斗が「どこいくんだ」という間もなく、シェスカは行ってしまった。
「んあ? ユリナ?」
 そして前を向くと今度はユリナが。
「竜斗さん! ちょっと出かけてきます!」
「あ、おい!」
 今度は声が出たが、一言しか出てこなかった。
「なんだ?」
 竜斗は二人が向かった先を見つめて、首を傾げた。


 ほんの少しだけ、早足。でも、彼の姿が見えると、シェスカは一度足を止め、息を吐いてからゆっくりと歩を進める。
 間違いない。彼だ。かつて、海で出会って、スタジアムで再会した、まだ名前も聞いてない男の子。
 名前は知っている。それでも、なんとなく、知らないことにしておきたい。シェスカはそう思った。
「どお? いい写真、撮れてる?」
 そして彼に話しかける。近くにあった、飾られた街灯を撮影していた彼もその声に大きく反応を示し、ゆっくりとした動作で、驚きの表情を浮かべて、振り返った。
「シェスカさん……」
 そして、シェスカの顔を見てそう言った。驚きの表情が嬉しそうな顔になり、信じられないといった顔になり、そして、彼は笑顔を浮かべた。