波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

聖なる夜の、小さな奇跡

リアクション公開中!

聖なる夜の、小さな奇跡

リアクション



聖なる夜の、孤児院訪問

 

「メリークリスマス!」
 空京にある、閑静な住宅街から少し離れた場所に、その孤児院は存在した。
 クリスマスということで多くのメンバーが、ボランティアに訪れている。サンタの衣装を持って配られるたくさんのプレゼントに、子供たちは顔を輝かせていた。
「あうあうあう、いやー、服を掴まないでくださーい!」
 泉 美緒(いずみ・みお)は子供たちにもみくちゃにされ、少し困った様子を浮かべている。ラナ・リゼット(らな・りぜっと)も同じように子供に囲まれているが、こちらは嬉しそうな表情を浮かべていた。


「おねーちゃん、その目なにー?」
 子供が中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の目元を隠した黒い布を引く。
「おしゃれのようなものですわ」
 綾瀬はそういってごまかすが、布を取ろうとして手を伸ばす子供にはちゃんとガードする。
「ていっ……あれ?」
 後ろから布を取ろうとする子供もいるが、綾瀬がまとっている漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が、【常闇の帳】を使ってガードしていた。


「はーい、プレゼントだよー!」
 ミニスカサンタの衣装の遠野 歌菜(とおの・かな)は【光精の指輪】でキラキラ輝く光を演出し、【サイコキネシス】でふわふわプレゼントを浮かせ、子供たちの手元へと届けている。
「すげーっ!」
 子供たちは素直にそれを喜び、ぴょんぴょんと飛び跳ねてプレゼントを空中で受け取ろうとしていた。
「メリークリスマス」
 同じくサンタクロースの衣装の月崎 羽純(つきざき・はすみ)は普通にプレゼントを渡す。「ありがとー!」と笑顔でプレゼントを受け取る子供たちに、羽純は笑顔で返した。



「『釘バット』。なんて甘美な響き」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は「欲しいプレゼント」のメモに書いてあった変なものを用意していた。
「あ、それわたし!」
 ツインテールの女の子がネージュの手にしているものを見て飛び跳ねる。ネージュは「はい」と素直にそれを渡してあげた。
「いい、キミ。釘バットの正しい使い方を教えてあげるよ!」
「え? 正しい使い方なんてあるの!?」
 ネージュの言葉に女の子がぱあっと笑みを浮かべた。ネージュは頷く。
「業物を片手で構え、魔法の呪文を唱えながら手首のスナップを効かせ、ぐるんぐるんと振り回して一気に振り下ろす! えりゃーっ!!」
「おおーっ!」
 女の子は素直に感心して、にしし、と笑顔を浮かべてくるりと振り返った。
「コータ! 覚悟!」
「えっ?」
 近くにいたメガネの男の子に女の子は視線を合わせ、ネージュに言われたとおりにバットを掲げて振り回す。
「えりゃー!」
 そしてネージュがやったように、呪文(のようなもの)を唱えながらバットを振り回した。
 ぼす、という音がして男の子のメガネがずれる。
「りんちゃん、痛い、痛いよ」
「てりゃ、てりゃ、てりゃ!」
 そのうち男の子が女の子の攻撃を振り切り、走り出す。それを追いかけて、女の子も走り出した。
「おもちゃだったんですね」
 高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)は安心したように息を吐く。
「当然じゃない。本物だったら大惨事」
「ふふ、そうですね」
 走っている子供たちを見て二人微笑む。男の子のほうは必死そうだったが、女の子は楽しそうだった。
「水穂は? なにを用意したの?」
 ネージュが聞くと、
「これですよ」
 携帯ゲーム機を取り出した。
「ゲームぅ?」
 ネージュがえー、という顔で言う。
「ふむふむ、最近のゲーム機は画面が立体的に空中に投影されるようになっているのですね」
 ゲーム機を起動させて水穂は言う。浮かび上がってくる映像に、水穂は感心の声を上げていた。
「いろいろと人気のゲームも入れておきましたが、やっぱり、シンプルな遊びがいいでしょう。さあ、みなさん、一緒に絵を描きましょう」
 そして、集まっていた数人の子供たちに一つずつゲーム機を渡し、お絵かきソフトを起動する。立体的に表示された真っ白なキャンパスに、子供たちはタッチペンで、絵を描き始めた。
「描いた絵で物語を作ることもできるそうですよ」
 水穂は言った。描いた絵を使った紙芝居や戦闘ゲームなど、そういった別な遊びに応用することもできるそうだ。
「あたしもやるー!」
 ネージュが手を上げて、ゲーム機を一つ起動させた。子供たちと並んで、絵を描き始める。
「ふふ」
 ネージュがすっかり子供たちに溶け込んでいるので、水穂は少しだけ笑みを浮かべた。


 
「ハーイ、サンタのお姉ちゃんがみんなにプレゼント持ってきたよー」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)もサンタの衣装で、子供たちにプレゼントを配って歩いていた。
「やった、新しいグローブだ!」
「すげー、ぴかぴかのバット!」
「サッカーのユニフォームだ! かっけえ!」
 彼女のプレゼントはスポーツ系が多いようだった。
「よっしゃー! 新しいボールもあることだし、みんな、遊ぶわよ!」
「おーっ!」
 そして新しいボールを手にしている子供を捕まえ、数人の子供たちと一緒に駆け出す。体育館のような場所へ行くと子供たちをチームに分け、ドッジボール大会を開いていた。
「あっちゃー」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はそんな、子供以上にはしゃいでいるセレンを見て額に手をやった。
「ま、こんなところで大人しくしてるわけはないか」
 セレアナは呟き、子供たちにプレゼントを渡す。
「セレン、おおはしゃぎだね」
 一緒に配っていた歌菜が言った。
「そうね……どっちが子供だかわかんないわ」
 「やったなーっ!」とボールをぶつけた子供に飛びかかるセレンを見て、二人は笑みを浮かべた。
「サンタクロースは、本当は夜に来るんだけど。こうやってサンタと一緒に遊ぶって言うのも、企画としてはアリね」
 ある程度配り終え、セレアナは壁に寄りかかって口を開く。
「でも、サンタクロースってちょっと考えると怖いよね。寝ている間に侵入して、枕元にプレゼントを置いていくんだよ?」
 歌菜も同じように壁に身を預け、そう言った。
「ま、そうね。あなたはあのサンタが寝室に来たら、むしろ喜びそうだけど」
 子供と遊んでいる羽純を見てセレアナが言った。
「羽純くんがサンタねえ」
 歌菜は腕を組んで、想像を巡らせた。



「メリークリスマス」
 声がして、歌菜は目を開けた。見ると、窓枠に腰掛けているサンタクロースの格好の羽純がいる。
「静かに」
 驚いて声を上げようとすると、口元に人差し指を当てられた。歌菜は声を出せなかった。
「キミのためだけに、プレゼントを用意してきた」
 そして羽純は手にしていた袋を掲げる。袋は膨らんでいて、いろいろなプレゼントが入っていそうだ。
「さてと……キミのためのプレゼントをもらうのと、それとも、サンタクロースをプレゼントとして受け取るの、」
 羽純は歌菜に顔を近づけ、
「どっちがいい?」
 に、っと笑みを浮かべて言った。




「サンタクロースでお願いしやっす!」
「え? なに?」
「あうあうあ、なんでもないなんでもない」
 歌菜は手をぶんぶんと振った。セレアナは首を傾げる。
「ほらー、セレアナー、一緒に遊ぼー!」
 セレンがぶんぶんと手を振る。
「はあ……行ってくるわ」
 セレアナが少しだけ笑い、子供たちの元へと向かった。
「うん……」
 妄想でまだほのかに顔の赤い歌菜は、その場にとどまる。
「ふう……プレゼントはだいたい渡せたかな」
 が、サンタクロースが近づいてきたので、
「ひにゃあ! わわわ私もボール遊びするーっ!」
 慌てた様子で歌菜はセレアナのあとを追った。残された羽純は頭に「?」マークを浮かべていた。




「すげえ、かっちょいいボール!」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が渡したプレゼントの中に、新品のサッカーボールが入っていた。数人の子供たちも集まる。
「よかったね。よし、じゃあサッカーしようか?」
 かつみが言い、子供たちは「うん!」と勢いよく頷いて走り出した。
「かつみ、サッカー、ルールなどはわかるのかい?」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が聞く。
「実はやったことないんだけど……ま、なんとかなるだろ」
 かつみは言う。
「サッカーなら、子供たちのほうが詳しいでしょうからね。教えてもらいながら、やりましょう」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)もそう言う。
「はっはっは。子供たちから元気をもらうのであるよ」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)も子供たちを追っていった。
 セレンたちがドッジボールをする横で、サッカーを始める。経験のないかつみやナオは時折ボールに足をとられ転びそうになって笑われたり、子供たちにルールの解説をしてもらったりしながら遊んでいた。
「………………」
 そんな様子を、プレゼントを配り終えた枝々咲 色花(ししざき・しきか)はじっと眺めていた。
「はっはっはっは、子供たちは元気だなあ」
 そんな色花の隣に、同じくプレゼントを配り終えたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が並ぶ。
「オレたちもあの年くらいはあんなふうにはしゃいでたっけなあ。はは、色花はあんな感じか?」
 水穂やネージュたちと遊んでいる、お絵かきをしている子供たちを見てシリウスが言う。
「……どうでしょうね。覚えてないです」
 色花はそう小さく呟く。
「そっか。ま、人それぞれか」
 シリウスはそれ以上追求せず、それだけを言って色花の手を引いた。
「え?」
「でもま、せっかくこんなところ来たんだからさ、一緒に遊んでやろうぜ。な?」
 そう言って、かつみたちに「オレたちも入るぞ、サッカー!」と宣言する。シリウスがボールを持った子供の元へ走ってボールを奪うと、色花にボールをパスした。
「ほら、一緒にやろうぜ!」
 色花はしばらくボールを見つめていたが、やがて、仕方ないな、というふうに息を吐き、足でボールをふわっと浮かせると、それを自分のひざの上へ。
「おーっ!」
 子供たちが騒ぐ。そのままひざで一回、二回、左足で一回ボールを触ったところで、ボールは転がっていった。
「リフティング、でしたっけ。あれをうまくやれると、かっこいいですよね」
 そして、はにかんだ笑顔で言う。
「ねーちゃんすげー!」
「おれもやるおれも!」
 子供たちは我先にとボールを取りに行った。シリウスがにしし、と笑顔を向けると、色花もふふ、と、小さく笑った。



「ほーら、戦車のラジコンでありますよ」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はラジコンやらプラモデルやらを子供たちに配って歩いていた。同じようにプレゼントを配っているコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が、そのおもちゃのなんとなく見覚えのある雰囲気に疑問符を浮かべる。
「ねえ吹雪、まさかとは思うんだけど、あの戦車とかっておもちゃ工場の?」
「そうでありますよ」
「……盗んだんじゃないわよね?」
「人聞き悪いでありますよ」
 吹雪は笑う。
「工場長の計らいでありますよ。あそこで暴れていたおもちゃは、正直、売り物にするわけにはいかない、って」
「それをこんなところで配って歩くのもどうかと思うんだけど」
「だから個人的にもらったんであります。でも、多いから」
「それで配ってるの!?」
 結局は売っているのとほとんど変わらない……むしろそれよりもタチが悪いのではないだろうか。
「あれは機昌石の力による暴走でありますから、二度と起きることはないでありますよ」
「ま、そうだけど」
 息を吐いて、早速ラジコンを動かしている子供たちを見つめる。
「それに、あの子たちが笑顔になるなら、それが一番いいでありますよ」
「……そうね」
 子供たちを見て、二人して微笑む。
「で、本物に乗りたくなったら、いつでも招待するであります」
「教育に悪そうね」
 吹雪の言葉に、コルセアはわずかに笑みを浮かべた。




「ふっふっふ……はっはっはっはっは、我が名は世界征服を企む悪の秘密結社、オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
 ハデスは一枚のメモを取り出して掲げた。メモは子供にどんなプレゼントが欲しいか、というメモで、そこには『新しい服 秘密組織の』と書いてある。「あ、それオレの」と子供の一人が手を上げていた。
「ほう、悪の秘密結社の服を欲しがるとは、なかなか将来有望な子供ではないか! よし、この俺が、その願いを叶えてやろう!」
 ハデスはメガネを指で直しながらばっと大きく腕を振る。ハデスの掲げた手をくぐるように、サンタ服を着たペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が現れて子供にプレゼントを渡した。
「はい、これがあなたのためにハデス先生が用意してくれた特別の変身ベルトです!」
「おお、かっけーっ!」
 子供はそれを両手で掲げて大喜び。ハデスも「フハハハ、それで貴様は今日から我らオリュンポスの一員だ!」と叫んだ。
「さて、それじゃあ一緒に変身しましょうっ!」
「うん!」
 ペルセポネがサービスです、と口にし、子供と一緒に変身ポーズを取る。子供のポーズは、秘密組織の、と書いた割には正義のヒーローのそれだった。
「ん? 一緒に変身?」
 それを聞いていたハデスは嫌な予感に顔を上げる。
「行きますよー! 機晶変身っ!」
「ペルセポネ、待っ……」
 ペルセポネの体が光に包まれる。子供も同じように光に包まれ、昆虫かなにかをモチーフとした悪の怪人風の姿へと変わる。さも感動で喜んでいるかと思ったら……隣にいるペルセポネを見て彼は固まっていた。
「は、はれ?」
 そこに立っているのは、サンタ服が光りに包まれ消滅し、ビキニ状の最低限の面積の装甲しか身に纏っていないペルセポネだった。
「き、きゃぁぁぁぁああああ!」
 ペルセポネが悲鳴をあげてしゃがみこむ。ちょうど騒ぎを聞いていたセレンがダッシュで彼女の元に訪れ、サンタ衣装を慌てて彼女に着せていた。
「ちょ、ハデス! 一体なにをしたのよ!」
「落ち着け、俺はなにもしていないぞ! ただ、ちょっと借りただけだ!」
「借りた? なにを?」
 同じく駆けつけたセレアナが問う。
「機晶装甲の一部だ。材料が足りなくて、ペルセポネのパワードスーツからちょっと拝借した」
「ちょっと……?」
 セレンがサンタ服の隙間からペルセポネを確認し、
「ほとんど全部じゃないのよ!」
 思いっきり突っ込みを入れる。
「うう……【変身ブレスレット】がお風呂に入っているあいだになくなっていて、先生の研究室にあったのはそのせいだったんですね……」
「ふ、フハハハ! しかし実験は大成功! 変身ベルトは完璧に機能した!」
 ごまかそうと子供の姿を見てハデスは叫ぶ。
「あの……これ、動けないんだけど」
「え?」
 が、男の子はペルセポネの裸を見て固まっているのではなく、単純に身動きが取れないようだった。
「間接部の部分の設計ミスか……足りないと思っていたが、やはり、ペルセポネから装甲をもらいすぎたのだな」
 うんうん、と頷いてハデスは言う。
「フハハハハ! 少年、今回は小さなミスだったが、次はそうは行かない! 見ていろ、すぐさま研究室に戻って、その変身ベルトを完璧な形に修正してやる! そして貴様は我がオリュンポスの上級幹部となるべく、これからの人生を過ごすことになるのだ! ふふふ、ははははは、フハハハハハハ!」
「もう、あんたは……」
 セレンがすっく、と立ち上がる。
「変なものを作るなーっ!」
 そしてハデスに向かって思いっきり叫んだ。ハデスはいつもの笑い声を響かせながら、セレンに突き飛ばされて壁まで飛んでいった。



「もう、せっかく、これだけの人数がいるんだから、」
 プレゼントを配り終えた高崎 朋美(たかさき・ともみ)が、みんながバラバラに遊んでいるのを見て叫ぶ。
「みんなで遊びましょう。みんなで出来る、大人数で参加できる遊び!」
 朋美はどこかを指さして言う。
「ええなあ」
 子供たちにお手玉などの懐かしい遊びを教えていた高崎 トメ(たかさき・とめ)が立ち上がり、頷く。
「せっかくのクリスマスやさかい、みんなで楽しく遊ぶほうがええ」
「そうやな、同意や」
 高崎 シメ(たかさき・しめ)も頷いた。
「そやかて、みんなで遊べる遊びって、なにをすればいいんやろか?」
 皆の注目が集まる中で、言う。
「サッカー!」「野球!」「みんなでボードゲームしようぜ!」と子供たちのあいだから次々と声が上がってきた。
「人数ばらけるしまとまり悪い! ここはみんな、大人になって、譲歩し合いなさい!」
「相手は子供やで」
 まとめようとして声を上げる朋美をトメが諭す。
「じゃあ、キック・ベースボールってのはどう?」
 意見がまとまらない中、朋美がそんなアイデアを出した。
「キック・ベースボール?」
 かつみが聞き返す。
「野球とサッカーの中間。んーと、野球盤みたいなイメージで!」
 朋美が大雑把にルールを作る。要は、ボールを蹴って飛んでいった場所によってどこまで進めるか決める、という、シンプルな野球のようだ。
「面白そうじゃないか」
 シリウスがサッカーボールを持ってやってきた。
「サッカーボールじゃあ重そうですね。ソフトボールにします?」
 ナオがいくつかのボールから、やわらかめのボールを持ってきた。
「あたし、線を決めるよ!」
 ネージュがぴょこぴょこと走っていき、床に数箇所、目印となるシールを張る。
「ほな」
「チームを分けましょか」
 シメとトメが人数をちょうどよくなるように分けた。
「負けへん」
「こっちの台詞やわ。悪いけど本気でいかせてもらうで?」
「それじゃあ、言いだしっぺのボクが審判をやるからね!」
 朋美がプレイボール! と叫んで試合が始まった。ルールなども手探りではあったが、子供たちはみんな笑顔を浮かべ、ボールを蹴って、走って、追いかけて、そうやって、遊んでいた。




「やあ、ちょっと遅くなったかな」
 キック・ベースボールが佳境に入ったくらいに、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)がやってきた。彼はサンタクロースの衣装に着替えていた。
「よい子のみんな、待たせたな! 正義のヒーロー、ケンリュウガー参上!」
 そしてポーズを決めて叫ぶ。数人の子供は驚きの声を上げていたが、
「誰だ?」
「なにあの人」
 そんな声もちらほら聞こえていた。
「意外と知名度が低いのか……?」
「まあまあ、ほら、正義のヒーローって、子供のイメージは全身タイツとか赤がリーダーとかそんなんだから」
 セレンが近づいてきて牙竜の肩を叩く。
「ま、そうですよね……ほら、子供たち、ケーキを買ってきたよ」
 牙竜は持っていた箱を掲げる。そこからケーキを取り出すと子供たちが飛びついてきた。
「ちょうどいいわね。休憩にしましょう」
 朋美もそう言う。皆がテーブルに集まり、牙竜の持ってきたケーキに飛びつく。職員の女の人が皿とフォークを持ってきて、子供たちは我先にとケーキにかじりついていた。
「盛り上がっていたのに、申し訳ない」
「いいの。ちょうどキリのいいところだったから」
 言って、朋美は子供たちを見て笑う。ほっぺにクリームのついている子供を見つけ、ハンカチを取り出してそれを拭いてやった。
「プレゼントは、もう配ったのかな?」
「ええ。全部配ったと思うけど」
 近くにいたセレアナに聞く。セレアナは言ってプレゼントを入れていた袋を確認するが、それらは全て空っぽだった。
「あの、それが……一人、問題のある子がいて」
 皿を持ってきた職員の女の人が二人に近づいてきて耳打ちした。
「そうなんですか?」
 牙竜が聞き返す。職員はこくりと頷いた。
「メモには、なんて?」
 セレアナがそう質問すると、一枚のメモを差し出した。セレアナがメモを受け取り広げる。その際、牙竜は職員の女の人の少し後ろ、廊下の影に身を隠して、こちらを覗き込んでいる女の子を見つけた。女の子はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、浮かない表情でこちらを覗きこんでいた。
「これ……」
 セレアナがメモを見て言う。牙竜もメモを覗き込んだ。
 

「ママに会いたい」


 メモにはそう書かれていた。