リアクション
* 聖アトラーテ病院、正門。 普段は患者や見舞客が出入りするその場所は、今ではスポーンでひしめいていた。 倒すべき契約者がいなかったからだけではなく、病院の入口の自動ドアは破られ、そこから次々にスポーンが流れ出している。 あるものは地面を這い、あるものは空を飛び、あるものは敷地の塀を超え、あるものは留まって転がりながら大きくなってゆく……。 このままでは地面がタールのようなそれに埋め尽くされるかとも見える光景は生理的な嫌悪感を催させた。 瀬蓮が静かに口元を抑えるので、李 梅琳(り・めいりん)は眉を潜めて問いかけた。 「大丈夫? ……おぶって行きましょうか?」 「……う、うん。ちょっとアイリスが心配になっただけ。……辛くなったらお願いするね」 もう十分辛そうなのにそんなことを言うので、梅琳は疑問に思う。 巨大スポーンが消え去るのは遠くからでも見えたのだ。瀬蓮の直観が正しいのなら、スポーンを倒すほどアイリスの負担が減り、時間が稼げるはずだった。 けれど瀬蓮の状態は楽になるどころか、ますます悪くなっているようにも見える。 「シャクティ化の進行が想像より早いのだろうか?」 ルドルフの問いかけに、瀬蓮は小さく首を縦に振った。 「多分、そうだと思う」 「まさかスポーンに攻撃されているのか?」 「違うの、うまく言えないんだけど何だか自分の体が自分のものじゃなくなるような、変な感じ……ゴホッ」 咳き込んだ口元から一筋の血がこぼれる。それをハンカチで拭い取ると、彼女は前を向いて笑顔を作った。 「ここまでこれたんだもの、もう少し。そんな心配そうな顔しないでも大丈夫だよっ」 不安を悟らせないように何とか前を向けば、病院の建物へと続く入り口で一組の男女を見付ける。 「あっ、瀬蓮さん! どうしたんですか、今病院内は危険ですよっ」 駆け寄って来たのは、堂島 結(どうじま・ゆい)と堂島 直樹(どうじま・なおき)の二人だった。 「あなたたちこそどうしたの?」 驚いたような梅琳の問いに、結は息を切らせて答え、直樹も続ける。 「さっきまで、病院の人の避難誘導をしていたんです。残っている人がいないか確かめに戻って来たんですけど……」 「スポーンの数は増え続けているんだよ。何でこんなところに来たんだ?」 「そうですよ、聞かせてください!」 結は瀬蓮と、そして契約者たちの一団を見て、何かあったのではないかと思ったのだ。 瀬蓮が事情を話すと、彼女は力強く頷いて、 「そうなんですか。そう言う事ならお手伝いします! ね、お兄ちゃん!」 結は直樹を見上げる。 だが、真っ直ぐに見つめる彼女と違って、直樹の方はどうも気乗りがしないらしい。 「……でも、結……」 彼にとっての最優先事項は、結の無事である。今更わざわざ奥に乗り込んで行ってスポーンたちと正面からやり合うのはどうも避けたい。 「大丈夫よ。着いてきてくれた学生の中には、避難を優先させる人もいるわ。二人だけよりは安全なはずよ」 彼の気持ちを察したのか、梅琳が安心させるように優しく答えた。勿論これは事実でもあって、単なる気休めではない。 「……分かった。それなら、……結がどうしてもっていうなら……」 渋々と言った風に応える直樹に、結は笑顔で、 「ありがとうお兄ちゃん。──じゃあ、無事に瀬蓮ちゃんを届けられるように頑張りますね」 まずは、と彼女は瀬蓮に“ヒール”をかける。 契約者たちが守ってくれたおかげで、物理的には今のところほとんど無傷ではあったけれど、体力の消耗はかなりなものに見えた。 「……少し楽になったよ、ありがとう」 「ううん、どういたしまして」 ただ体力は回復できても、シャクティ化の影響自体はじわじわと彼女を蝕んでいたのだろうか、全身の嫌な感覚や痛みは、少しずつ強くなる一方だった。 (何か変だよ、アイリス……アイリスもこんな痛みに耐えてるの?) 瀬蓮の側で看病しながら歩く結の前に直樹は立ち、装飾銃『アスタロト』を構え、引き金を引いた。 話をしている間にもスポーンは瀬蓮たちに狙いを定め、襲ってくる。 それに先程病院の中を覗いたから知っているが、スポーンの様相は外にいるそれとは、また違っていた。 できて間もないらしい、体長1〜2メートルほどのスポーン。それらは病院の地面や壁、床を伝いマダラの模様に染めていたが、中には病院の機器を取りこんだと思われるスポーンがちらほらいる。その形は爬虫類ではあるけれど、生物というよりは機械じみていた。 今まで契約者たちが出会ってきたスポーンとの違和感を彼らは感じていた。 正面玄関付近、その違和感は手応えとなり、じりじりとしか進まぬ距離として目に見え始める。 「……こんなところでもたもたしてる訳にはいかないな。もう時間がない」 光条兵器を振るってスポーンを退けながら焦りを見せる山葉に、頷いた契約者がいた。 (冷徹に物事を考えればアイリスさんには死んでいただくのが被害を最小できるのでしょう。 しかし、生憎とそんな答えを安易に選べるほど俺は諦観していないようですね。可能性が有るのなら賭けるまでですよ) 「短時間で無事に6人をアイリスさんの元へたどり着かせなければなりませんね。なら、俺達がやる事は一つですね」 御凪 真人(みなぎ・まこと)は同意を求めるようにパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の青い瞳を見やる。 仕方ないわねというような彼女の視線に目で礼を言うと、 「突破口はこちらが開きます。皆さんは先に進んでください。分の悪い賭けは嫌いなので、少しでも勝率を引き上げるため、あなた達は万全の状態でアイリスさんの元へ辿りつかなくてはいけませんよ」 言うや否や、彼はシーアルジストである証明でもあるアウィケンナの宝笏を掲げた。 「さあ、始めから大盤振る舞いですよ!」 彼の周囲に幾つもの光り輝く魔法陣が展開する。その魔法陣からひときわ強い光が溢れ出た、と思った瞬間、圧倒的な熱と光とが発生した。 右手に弾け続ける雷光を纏ったサンダーバードと、左手に炎を噴き上げるフェニックスがそれぞれ二体、空に翼を広げた。 「行きなさい!」 真人の号令に応えて、一体ずつがスポーンの群れを突き破って道を作る。わざと遅れて更に二体が続いた。 雷と炎に巻かれたスポーンたちが蒸発するように消えていく。黒い地面の中に光の道筋が一直線に玄関へと描かれる。 「チャンスだ、続こう。絶対に離れるなよ」 その尾羽を追うのは、杠 桐悟(ゆずりは・とうご)を中心とした教導団の面々だった。 前列中央の桐悟の右にはハルバードを携えた、英霊ジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)。左に同じく伊達 晶(だて・あきら)。 後列に朝霞 奏(あさか・かなで)が怪我に備えている。 「こんなところでもスポーン共と相対するとはな。余ほど、異変が好みらしいな、こいつ等は」 先に立つ桐悟は、浴びせかけられる炎をバックラーで受け止めながら、悪臭に目を細めた。 晶の“ファイアプロテクト”は彼を熱から多少守ったものの、逸れた炎で髪の焦げる匂いと猛毒を含んだ煙は長く吸っていると危険だ。 スポーンが息を吸った隙を、奏が今ですと示し、彼はバックラーを下げた。 ジャンヌが振り回したハルバードを避けたスポーンに、ブージに宿った雷の閃きが吸い込まれていく。 「また、『彼ら』なのですね。……ならば、対処のし様はあります。手の内を知った者に、私たちは遅れをとる事はありません」 奏はそうは言うものの、どうやらこのスポーンはかつて戦ったものと性質が違うようだ。 以前戦った時よりも手ごたえを感じる。彼ら一人一人がスポーンと一対一で戦っていたら、確実に負けると確信できるほどに。 「危ないです、 桐悟さん!」 傷を受けながらも、鎧の継ぎ目を食いちぎろうと襲いかかってきたそれを、晶が前に出てハルバードの返す刃で打とうとするが、ひらりと尾がくねると身をかわされる。 桐悟の右腕、ひじの部分から血が噴き出た。すかさず奏が“ヒール”で癒す。それを晶は横目に見て、 「まったく、常日頃からの鍛錬が物言う時と言うのに、まだまだ、見通しが温いのぅ。 まぁ、さりとて、見捨てる訳にはいかんからの、杠殿、せいぜい足掻き通してみよ。道が見えるじゃろう」 「……やはり、魔鎧と言うモノは、色々と違うものだな」 桐悟は引いていく痛みを感じながら、別のことに思いを馳せていた。 実際自分でも、晶との仲は良いのだか悪いのだかわからない。仲が良くなったと思ったら、修行が足りないとか言って魔鎧を着させてくれなくなったのだ。もし今、着ていたら無事だったかもしれないなどと思ってしまう。 とはいえ、諦めるつもりなどない。 「策があり、それが成せば、助かる可能性がある、か。ならば、何もせず傍観するなど、愚の骨頂。 義を見てせざるは、勇無き為り。行動こそが最善の結果を呼ぶ、我らに神の加護があらんことを!」 勇ましく、ジャンヌが立て続けにハルバードを振るう。 |
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