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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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第10章 小さな翼の結末


 ──ほどなくして。
 アイリスの体から流れ出ていた黒いものはそれを途切れさせ、残ったスポーンは合体することをやめ、掃討された。
 病院と街は戦闘による被害を受けながらも静けさを取り戻していった。

 気絶したままの吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)ゲルバッキーを抱え上げて、危ないからね、と部屋の隅っこに避難させていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)は、ふうと息を吐く。
「まったく、どうなるかと思ったよ」
「ゲルバッキーさん、ゲルバッキーさん」
 一安心と、気絶したままの彼に駆け寄ってゆらゆらと揺らしたのは五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)だった。
(……うむ?)
 何度か揺らされてやっと気が付いたゲルバッキーは、きょろきょろと周囲を見渡して、窓から差し込む穏やかな日の光に目をしばたたかせた。
(今何時だ? まだ明るいが……)
「五時。じゃなくて、シロが会いたいって……」
(シロ?)
 うん、と東雲が頷いた。
「シロがどうしてもって言うから会いに来たんだよ」
 その言葉で、ナノマシンの拡散状態でいたシロが姿を現す。
「我がエージェントに頼んで連れてきてもらったのだ。我はいま流行りのポータラカ人、ンガイ・ウッド(んがい・うっど)である。呼び難ければシロと呼ぶが良い!」
 それは、白い猫を思わせる、銀の髪、そして赤と金のオッドアイの青年だった。
(拡散状態だったのか? それにしては何だか怪我をしておるようだが?)
 首を傾げるゲルバッキーに、
「うむ」
 シロ、もといンガイは鷹揚に頷いた。全身に細かい傷や火傷跡がついてしまっている。
 敵をだますのにはまず味方から。拡散状態は気付かれにくいのはいいが、ちょっとしたことでも大ダメージになるため、東雲は気を使っていた。
 が。仲間の誰にも伏せていたので──見えないので、かわしたところで当たったり、味方の炎が背後から降り注いだり、地味にダメージを受けてしまったのだった。
「だがそれは些末なことだ。同胞の安否が気になってな……」
(それだけか?)
 それだけだ、と何故か偉そうにふんぞり返ったンガイだったが、
「無事で良かった。さぞ心細かったであろう」
 と、何故かゲルバッキーを撫でまわす。
 ンガイが割と甘えん坊であるのを知っていて、東雲は苦笑しつつも微笑ましく二人を見ていた。
 巡の方も、撫でまわされている様子にゲルバッキーの無事を確認して、長い息を吐いてから、
「猫だったら猫じゃらしだけど……犬だったらやっぱコレかな?」
 今回はさすがに取りに走らせると危なそうだから、と。持ってきた骨をはいこれとあげて、彼の頭を撫でる。
「もー、あんなとこで寝てたら危ないだろー。真面目な話したら疲れて寝ちゃうなら、安全になってから話してよー」
(ね、寝ていただけではないぞ! アイリスについてちょっと調べ物をだな……。それにしても……わふわふ!)
 ゲルバッキーは嬉しそうに骨にかじりつく。

「……大丈夫です。スポーンの反応はもうありません」
 スパロウアヴァターラ・アームの反応が静まったのを見て、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が振り返った。
「ありがとうリンさん」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が友人にぺこりと礼儀正しくお辞儀をすれば、彼女は淡く微笑んで、
「いいえ、お役に立てて何よりです。皆、笑顔で変えれるといいですね」
 彼女はさすがに疲れたように壁に体をもたせ掛けると、そのまま床に座り込む。
 歩を無事ここに送り届けるために、盾でスポーンの攻撃を受け止め続け、槍を振るっていた彼女だったが、最後に“レストア”及び自身を犠牲にした“サクリファイス”で、この場の契約者たちの傷を癒していた。ロザリンドは今にも寝てしまいたいのを我慢しながら、それでも腕のギフトに何か微妙な違和感を感じていたが、それを言う気力はもうなかった。
 友人に無事送り届けられた歩は、周囲の安全を確認し終えてから、ゲルバッキーに近づいた。
「……ちょっと聞きたいことあるんです。今回は逃げないでくださいね!」
 びくっと、ゲルバッキーの体が震える。何だか問い詰められる気がしたらしい。
 歩はそれでも追及の手を緩めることはなかった。何故なら、ゲルバッキーが今唯一の手がかりだからだ。
「……シャクティ化……って言いましたよね」
(そうだ)
「シャクティ化はインテグラルと戦ったことによる結果ってことだけど、じゃあ今のインテグラルは誰にシャクティ化させられたのかを教えてほしいんです。
 インテグラルの元になったもの……それがイレイザーの親玉なんじゃないですか? ……悪い想像になっちゃうけど、インテグラルってもしかして、元ニルヴァーナ人の人たちなんじゃ?」
 歩の予想に、ゲルバッキーはゆっくりと首を振った。
(インテグラルがニルヴァーナ人か? それは違う。シャクティ化はニルヴァーナ人には起こらなかった……。
 なぜなら、ニルヴァーナ人は卓越した技術力を持ってはいたが、力自体はシャクティに遠く及ばぬものだった。そのためシャクティ化させる必要など無かったのだ。
 シャクティ化の餌食となったのは……パラミタの古代種族。その中でも、神としての力を持った者達だった)
「……ということは……アイリスさんがシャクティ化したのって……突出した能力、神としての力を持ってるからですか?」
 意外な答えに、歩が目を丸くする。
(そうだ。つまりシャクティの中には、かつて古代パラミタ人だった者がいる。もう死んでしまっているのと同義で、彼らの場合は、シャクティ化が解けることは二度と無いが)
 それに続いて、アイリスが答える──彼女は上半身を既に起こして、抱きつく瀬蓮の背を優しく両手で包み込んでいた。
「今回のことは聞いたよ。周囲に現れたスポーンは僕のせいだ。僕の中に潜んでいた因子が、シャクティ化し始めたことによって具現化したんだと思う。
 おそらく僕以外のシャクティ……インテグラルは、スポーンを操ることが出来るんじゃないかな」
 そこまで言ってから、彼女はベッドの側に立っていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に向けて言う。
「瀬蓮を気にかけてくれてありがとう。僕は彼女の側にいつもいられるわけではないから、これからも仲良くしてくれると嬉しい」
 いや、と呼雪は短く答える。それからアイリスを気遣うように、低い音量で、
「今回のことは疲れただろう。静養先はイタリアにしたら良いんじゃないか?
 ヴァイシャリーに似た風光明媚な水の都もある。エリュシオンに通じる雰囲気の場所もあるだろう……心身の回復に良い場所が、沢山あるはずだ」
「いいアイデアと言いたいところだけど……そうはいかないようだ。たとえ無事でも、シャクティ化があったために、地球からの受け入れは拒否されるだろう。そのため、すぐには難しいかもしれない……」
「たとえ無事でも?」
「……そうだ、未だ進行している」
 怪訝な顔をした呼雪に、アイリスは、目を閉じると緩く首を振った。
 その言葉に、瀬蓮がばっと体を起こす。
「アイリス!?」
「……ごめん、瀬蓮」
 信じられないとでもいうように目を見開く瀬蓮に、再びアイリスは首を横に振った。
 言いにくい事だろう、とアイリスの言葉を引き取ったのはゲルバッキーだ。
(……そうだ。先程調べていたが、アイリスの浄化は不完全だった。どうもこれ以上は必殺技では何ともなりそうにない。インテグラル化は避けられないだろう……)
 完全にインテグラルと化すはずだったアイリスは、必殺技によって浄化された。だが、ここに来るまでに時間がかかっていた。それはアイリスのインテグラル化を進ませ、同時に瀬蓮を消耗させた。
「それって効果がなかった、ってこと!?」
(いや、あった。半分ほど、な。……その状態で今は安定はしているのだが、じわじわと進行している)
「だから、行くよ」
 ──瀬蓮の背中からアイリスの手が離された。
 そして、彼女はベッドから降りると窓際に立った。錠を外し、窓を開け放つ。
 吹き込んできた夕方の風が彼女の金色の髪をさらさらと揺らした。
「瀬蓮……僕はニルヴァーナに行く。完全にこの身がインテグラルとなる前に、インテグラル・ナイトと戦おう」
 まるで死に場所をそこと決めているような、そんな目だった。
 瀬蓮は嫌な予感に、一歩踏み出して、彼女に向けて手を伸ばす。
 だが、アイリスはどこか寂しげに、ありがとう瀬蓮、と言って。
 ──病院の窓から、身を翻す。
 契約者たちはただ茫然と、それを見送るしかなかった。


 暫くの間、病室を支配していたのは静寂だけ。
 それを破ったのは、瀬蓮の静かな、決意を秘めた声だった。
「──アイリス。今日、こんなにたくさんの人がアイリスのために集まってくれたんだよ。
 待ってて。瀬蓮、諦めないよ。きっとアイリスを取り戻しに行く」

担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 今回は公開が遅れまして申し訳ありませんでした。
 皆様には『小さな翼』にご参加いただき、ありがとうございました。
 蒼空のフロンティア三周年ということで、最初期のトップを飾った各校の6人を書かせていただきました。
 それぞれ別の道をしっかり歩んでいる6人ですが、これも今まで関わって下さった皆様のおかげだと思っています。これからもよろしくお願いいたします。
 私にとっては、特に瀬蓮とアイリスの二人は『蒼空のフロンティア』が始まって百合園女学院の新入生歓迎会を書かせていただいてからですから(展開的に書く機会がなく、ブランクはあるものの)随分遠くまできたな……という感があり、懐かしいものがありました。

 一方でこのシナリオはグランドシナリオと関わりのあるペリフェラルでもあります。
 そのためもあり、展開的には若干厳しいものとなりました。
 結果としては、
 ・アイリスはシャクティ化が半分進んだところで何とか現状維持をしているが、じわじわと進行中であり、いずれインテグラルとなる。
 ・それを知ったアイリスは、その前に残るインテグラルと決着をつけるために姿を消しました。
 ・瀬蓮はアイリスを追ってニルヴァーナへ行くことを決意。
 となり、これらの状況はグランドシナリオへの影響を与えます。

 今回のシナリオでは、スポーンをどれだけ退治したか。6人、特に瀬蓮の体力をいかに温存するために工夫するか・早くアイリスの元に到着するか、がシナリオの鍵となりました。
 長距離の移動手段を用意されただけでなく、防御及び攻撃を考えたパワードスーツ輸送用のトラックで、瀬蓮含めた契約者たちを運んたトマス・ファーニナルさん。
 地図・バリケード等を確認し、敵の殺気を調べながら最短ルートを確認・情報共有しようとした関谷未憂さん。
 病院内では、病院の機器から敵の性質を考えての攻撃・防御手段。そしてショートカットも用意した瓜生コウさん。
 瀬蓮の心身の回復をしつつ、偵察手段を用意された早川呼雪さん。
 巨大スポーンとの交戦位置を情報交換され、被害を避け速やかに進む手助けをされ、またアイリス自身の手当てをされたルカルカ・ルーさん、
 全体の支援としては、上空から全体の状況を確認して共有していたイコンの方々、のアクションが光っていたなと思います。
 また全体的には、瀬蓮の体を気遣い、彼女を攻撃から庇い、回復をしてくれた契約者たちがいなければもっと状況は悪くなっていたと思います。
 逆にスポーンはギフト以外の攻撃が効きにくいため、素早く倒すには、戦闘も単にスキルを使用するだけでなく、弱点を突くなどの工夫が必要になっていました。
 なお、アイリスに呪詛をかけていたブルタ・バルチャさんは放校となりました。薔薇の学舎固定でしたが、以前あった後ろ盾がなくなったためとお考えください。

 以下申し訳ありませんが、注意事項となります。
・アクションに必要な説明等は、アクションまたは自由設定内で行ってください。
 マスタリング中、基本的には皆さんのアクション及びデータ以外は参照しておりません。
 必要に応じて他リアクションやPCさん同士の関係などを参照することもありますが、あくまで補助的なもので絶対ではありません。
 何故かと言いますと、
  アクションの文字数に実質的な際限がなくなる
  掲示板等に書き込まれるプレイヤーさんと書き込まれない(方針あるいは環境など)プレイヤーさんで、差ができてしまう
 等が大きな理由です。必要な説明・事項だと思われるかもしれませんが、全てアクションの文字数で収めていただくよう、宜しくお願いいたします。
・自由設定により著しく有利になると思われる設定は採用いたしません。
・自由設定をお書きになる前に、マニュアルを一読頂けるようお願いいたします。マニュアルから外れた設定は描写できず、自由設定に基づくアクションも採用できないことがあります。

・装備していない武装・スキルの使用がありました。可能であれば代用の装備武装・スキル等で行動させることがありますが、もったいないですので、アクション送信前にチェックをしていただけると良いと思います。
・スキル及び特技で、本来の使用方法から離れたもの。難しいと思われる使用・応用法。
 特に、スキルの効果や詳細に付きましては、マスターシナリオとキャラクタークエストでの効果が違う場合があります。
・アイテムはユニークアイテムとなっていましても、本来の効果からとても有利になる・外れると判断したものは採用していない場合があります。
・称号を使用した行動……といいますか、称号通りが叶えられるアクション。称号は結果によって与えられるものですが、どういった状況で発行されたかは全て把握できておりません。
 たとえば「最強」と言った称号がありましても、最強にはなりません。あくまで主役はアクション、称号は立場や特徴を示す補助的なものとお考えください。
・確定アクションはお避け下さい。確定アクションは、NPCや状況・行動の結果などを、予測ではなく、決めてしまうアクション。それを前提としたアクションも含みます。
・心情や台詞はアクションに置いて大事な要素だと考えておりますが、大半で肝心の行動部分が少ないと、効果的な行動を行えない場合があります。
・またイコンについてですが、マスターシナリオ第九回において、
 「イコンに乗った状態で、特技やスキルはどのように扱われますか」という質問がございますので、こちらもご参照をお願いいたします。

 今回はご参加ありがとうございました。

※追記:一部、一人称の誤りを修正いたしました。