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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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第8章 聖アトラーテ病院・最上階

 階段の最後の一段を上りながら、王 大鋸(わん・だーじゅ)は鼓舞するように声をあげた。
「いいか、もうすぐだお前ら!
 諦めるなんていつでもできんだろ。だけどなぁ、一度諦めたらもう戻らねぇことが山ほどあるんだよ!」

 ……不思議だよなぁ、と王は自分でも思う。
 人の運命なんて不思議なものだ。エリュシオンの皇女がシャンバラの病院のベッドにいて、パラ実生で荒野でヒャッハーしていた自分が今や「エリート」空大生だ。
 そんなことがあるんだから、もう一度逆転したってまったくもっておかしくない。
(逆転……燃えるじゃねぇか。勝負の最後は二死満塁からサヨナラホームランって相場が決まってるんだぜぇ!)



 聖アトラーテ病院、最上階。
 ユニコルノが明けた扉から辿り着いた契約者たちだったが、スポーンはかつてないほどの数となっていた。
 再び偵察に出ていたユニコルノが、「こちらが近いのですが、遠回りに」……と言えば、がドンと壁を叩く。
「こんな壁ぶっとましちばえばいいのに……って訳にもいかねぇか」
「──いや。オレがアイリスの所まで送り届けてやんよ!」
 契約者の中から、瓜生 コウ(うりゅう・こう)が進み出た。手には小型の機晶爆弾がある。
「アイリスに悪影響が出ないのを願うしかないが……行くぜ」
 彼女が爆弾を仕掛けて下がらせる。爆音、衝撃。その後、白煙の向こうに大きな穴が開いていた。
「やるじゃねぇか。さぁぐずぐずしてねぇで、突っ走るぜ!」
「ああ。キマクの闘技場以来だな、ちゃん!」
 かつて王と彼女ははキマクの闘技場でタッグとして戦ったことがある(その時はプロレスマスクを付けて「B・B・女王(ビッグバン・おんな・わん)」という名であったが……)。
 コウは王と肩を並べて穴をくぐった。巨獣狩りライフルを担いだ彼女は、機材を取りこんだスポーンたちを狙い撃って行く。
 彼女の予測通り、スポーンたちは精密機械を取りこんだ故に電撃には弱く、そして逆に機会の特性を活かした攻撃をしてきた。
「王ちゃんたちはこの後ろにいろよ!」
 放たれる高圧電流避けるようにコウは対電フィールドを簡単に設置すると、その後ろからライフルを撃つ。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は対電フィールドを飛び越えすと、狭い病院を光条兵器で傷つけないように、“ブライドオブブレイド”を取り出し、スポーンに立ち向かう。
(やっと、また瀬蓮ちゃんやアイリスと会えるようになったのに……こんなのってあんまりだよ!)
「瀬蓮ちゃんのことは絶対に守るから……。瀬蓮ちゃんとみんなの力で、アイリスを助けてあげてね」
 彼女の声は震えている。
 美羽と瀬蓮は友人だ。だというのにシャンバラとエリュシオンの戦争は彼女たちを物理的に社会的に一度引き裂き、ようやく戦争が終わったと思ったら、今度はアイリスがシャクティ化……。あまりに、ひどい。状況への怒りが彼女の、光条兵器を握る指に力を込めさせる。
「瀬蓮ちゃんには、指一本触れさせない!」
 そして光条兵器はスポーン以外は傷つけない設定にしていたため、怒りのまま想いのまま、思いっきり振ることができた。乱撃ソニックブレードがスポーンたちを一度に数体、黒い霧に変えた。
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はパートナーの怒りを見つつ、蒼炎槍と、雷光のような連続技の“ライトニングランス”でスポーンの頭部を貫く。
(シャンバラとエリュシオンの戦争中は、仕方なくアイリスと戦ったこともある。だけど、美羽の友達なんだ。できれば今度は普通にアイリスたちと会ってみたいって、そう思っていたのに)
 背中の荷物の中には、空京ミスドのドーナツが入っていた。
(できたらこれを瀬蓮と一緒に食べてもらえるといいな)
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、対電フィールドの後ろ、更にレッドラインシールドを構えて瀬蓮のすぐ前に立ちつつ、回復魔法をかける。
 怪我は負わずとも、彼女の表情からは血の気が引いていたのが気にかかったのだ。
「……ごめんね」
「瀬蓮さんに何かあったら、アイリスさんに合わせる顔がありませんからね」
 ベアトリーチェの“命のうねり”はその場にいた美羽やコハクの傷も癒していく。

 一度廊下からあらかたのスポーンが掃討されると、
「辛くないですか、リンネさん?」
 駆け足も鈍くなったリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)を夫・博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が気遣った。
「大丈夫大丈夫! リンネちゃんそんなにつらそうな顔してる?」
「そんなことはありませんが……」
「でしょ? へーきへーき!」
 わざと力こぶを作ってみせる彼女を、博季はこんな状況でも愛しく思った。
(夫として、彼女を愛する一人の人間として、リンネさんの頑張りを誰よりも傍で見届けたい。応援したい。彼女が胸を張って『頑張ったよ』って言えるように、協力したい)
 だから、ここまで着いてきたのだ。
 尤も、彼はスポーンに対しても一つの命として見ていた。これは殺し合いにも見える──そんなことはしたくなかったが、相手に言葉は通じないだろう。
 だから加減して、殺さないように戦おうと思うが、スポーンたちにはそういった意思がないかのように、向かってくる。
 その状況は彼には不本意で、辛いものだった。可能な限り両手剣は背中に収めたまま殴りつけ、隙を見て魔術を叩き込み、殺さぬように。そしてリンネを傷付けないように。
「『我築き上げるは炎熱の城砦!』」
 リンネに飛びかかるスポーンを阻むべく詠唱すれば、応えてファイアストームが炎が舞い上がって壁を作り、
「『我が嘆きに舞え漆黒の椋鳥!』」
 続いて、異界の力がスポーンを飲み込んでいく。……理想と現実のはざまで戦っているのは瀬蓮たちや、リンネだけではなかった。

「あ、あの辺りが特別室だよ!」
 瀬蓮が、廊下に出ているプレートに、指を差した。
 その声に、契約者たちの疲労の募る顔に希望の光が灯る。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はパートナー達と共に、李 梅琳(り・めいりん)ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を守りながら進んでいたが、そのルカルカをダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が追い抜いた。
「俺の患者が!」
 彼は聖アトラーテ病院の非常勤医師でもある。今まで我慢していたのだろうか、彼にしては珍しく焦りを顔と声に出していた。
「大丈夫。ほぼ避難したし逃げ遅れた人にも今救助が……」
「だがもう一人いる。アイリスもアトラーテの患者だ」
 ルカルカは、そんなダリルに頷く。
 そんな彼の意を汲んでいるから、ルカルカは自身は国を守る軍人として、そして一人の人間として。アイリスを孤独には出来ないという気持ちを強くする。
 加えてダリルは、ゲルバッキーによって創られた剣でもあった。いわばアイリスの病室には、患者と父親、その双方がいるということだった。
 彼は一度、不本意ながらゲルバッキーにテレパシーをし(ゲルバッキーはそう呼ばれるのを嫌ってると知ってるのに娘と呼んでくるため、苦手意識があるという事らしい)アイリスの様子を確認しようとしたが、これはゲルバッキーが気絶していたために失敗に終わった。
 ダリルの焦りは連絡が取れない、そんなところからもきているのだろうか。
「そうだね。行こう! 今度はルカも思う存分戦えるよ」
 病院に入るまで、彼女は紫月 唯斗(しづき・ゆいと)からイコンと戦闘の位置を得て伝えていたのだった。巨大スポーンとの戦闘での破片などが当たったら、人なんてイチコロだからだという。
 二人は、走るスピードを上げる。
「なるべく固まっててくださいね!」
 ルカルカは展開した“絶対領域”で敵を押しつつ、ウルフアヴァターラ・ソードを構えて、切り込んでいった。
 その後ろで全身にギフトに包んだカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が瀬蓮たちの盾となりつつ、“忍法・呪い影”で伸びあがった自分の影を立ち上がらせ、攻撃の手数とした。
 銃HC弐式の熱感知を確認していた、ダリルが叫ぶ。
「あの扉の向こうだ!」
 分厚い両開きの、木製の扉。それが若干開いていた。
 カルキノスは“魔障覆滅”で扉の前に固まっていたスポーンを切り刻む。
 こちらも全身ギフトを装備していた夏侯 淵(かこう・えん)は、彼らの背後で梅琳を守りながら、
「来るぞ、気を付けろ!」
 室内に充満し流れ出てくる殺気を嗅ぎ付けて警告しつつ、ウルフアヴァターラ・ソードを構え疾風のような突きを、天井から飛びかかってきたスポーンの腹に入れた。
「梅琳殿は俺がお守りする!」
 スポーンが消滅すれば、剣を収め、二羽のペンギン──ペンギンアヴァターラ・ロケットを発射。廊下の両脇を、ペンギンがお腹を滑らせてスポーンに突進して払っていく。
「俺もすぐ行く。ルカは梅琳殿やルドルフ殿を、最後まで責任を持って送り届けろ」
「うん!」
 ルカルカは病室の扉を開いた。
 ──そこが、スポーンの巣──女王蟻の寝所だった。

 空間が、スポーンで埋め尽くされている。
 1メートル、いや、三十センチ先が見えない。思わず不安とストレスに、吐き気を催すような光景だった。
 ルカルカが咄嗟に“スカージ”の光を病室内に放つと、ダリルが二丁拳銃を打ち込む。僅かな隙間にダリルが身体をねじ込むようにして、入っていく。
 それを契約者たちは追い、出来る限りの技でスポーンを退けると、彼の両側から一気に道を開いた。
 そして、何故だろうか。
 広い病室、幾らも行かないうちにスポーンたちはその空間からは消滅していた。
 外へと続く黒い川のような、霧の流れの源──ベッドの半径1メートルばかりの部分は何故かスポーンがいないのだ。
 そして、黒い霧は、ベッドに横たわるアイリスの胸元から流れ出ていた。
 ダリルは真っ先に進み出るとアイリスの手首の脈を取った。
「……相当衰弱している」
 ダリルはアイリスを“命の息吹”や”命のうねり”と”ナーシング”で底支えする。
 次いで、ベッドの下に横たわっていたゲルバッキーが揺り動かされているのを見て、無傷に安堵しつつ、「皆の到着まで守ってくれたんだな、有難う」と小声で告げた。その後「ナノになってくっ付いてでもいいから早く来い。おいていくぞ」とも言ったが、彼は丁度起き上がったところで、聞いていないようだった。
 ダリルは再びアイリスに視線を戻すと、
「よく頑張った。──皆、俺が救急救命室に連れて行こうと思うのだが、良いだろうか」
「その必要はない、すぐここで行おう」
 庇われながらベッドまで、ようやくたどり着いた山葉が言う。
「シャクティ化は通常の怪我とは違うからな。“小さな翼”を使ってから様子を見てもいいだろう」
「そうか」
 ダリルが頷いた時、
「……う、……」
 手当てを受けてアイリスが目を覚ましたのだろう。小さなうめき声と共に、ゆっくりと瞼を開いた。そして、
瀬蓮……?」
 唇が、その名を呼ぶ。