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リアクション
黒崎 天音(くろさき・あまね)はルドルフが、刀のすらりとした刀身をスポーンに見舞いながら駆けあがる背中を追う。
先程までは黒革のしなる鞭を手にしていたが、いつの間にか両手剣──ウルフアヴァターラ・ソードをぽいぽいカプセルの中から取り出していた。
病院の見舞いに両手剣を持ち込むなど不似合で、ただの土産話のつもりだったが、持ってきた甲斐があったというものだった。そう、彼はこの病院に知人の見舞いに来ていたが、丁度病院を出ようとしたところで事件に出くわし、自身のかつての学び舎である薔薇の学舎・校長のルドルフの背を守ることにしたのだった。
「校長になってから、実戦に参加して先頭で戦う事も少なくなってると思うけど、腕は鈍ってやしないかい?」
からかう天音に、ルドルフは振り返らずに薄く微笑み返す。
「確かに機会は減ったが、鍛錬を怠ったことはない。美しくないだろう?」
「そう。……それと、やっぱり“ギフト”の方が効果的だね。鞭の方が好みなんだけど……力押しは美しくないしね、それで彼女に影響が出ても困るしね」
ルドルフの刀捌きは美しさを体現したものだった。無理に美しさを演出しているのではなく、自然かつ無駄がない機能美も備えていた。
「彼女は今、とても重要な位置立っているのかも知れないね。インテグラル……いや、過去ニルヴァーナを滅ぼした『シャクティ』と呼ばれる存在が一体何なのか。その真実に至る扉の前に立っているのかも知れないな」
「万が一真実の扉を開けたとして──そうはさせないつもりだが──彼女がそれを口にできるかどうか、疑わしいな」
ルドルフが息も切らせず答えるが、そろそろその声には別の音が混じり始めていた。
「開けないままならば、それが良いだろう。彼女が無事であり、事件を解決した上で扉の向こう側の気配について、何がしかの成果を得ることができるなら望外だが」
「それは僕も気になるところだね」
天音の銃及び籠手型のHC弐式には、ニルヴァーナでのスポーンとの戦闘データが入っている。
「気になるのはいいが、余力を残せる場合ではないぞ」
リビングアーマー二体を前に立て、背後から魔法で援護していたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が苦言を呈した。だが口ではそんなことを言いつつも、パートナーの望むように、攻撃魔法の種類は律儀に変えている。
スポーンについて調べるためと、火災などで建物に被害が出ないうちに相殺するためだ。病院内の狭い廊下ででも火事を起こしたら大変だ。延焼する前にブリザードを放つなど、器用なものだった。
「お蔭でデータが取れそうだよ、ありがとう」
天音は余裕の笑みを浮かべる。彼個人の知識欲は限りない。こんな場合でも好奇心には勝てないのだ。
──この病院内のスポーンは、ニルヴァーナで出会ったスポーンとはまた性質が微妙に違うようだった。
電子機器を取りこんだものには雷を、紙を取りこんだものには炎をといった具合の弱点。そして攻撃方法は影響する。
更にもう一つ。ここのスポーンらは周囲のモノを取り込めば取り込むほど、その「個体」が情報に影響を受けつつ、「成長する」のだった。
彼は耳に付けた“ハイドシーカー”で敵の位置をおおよそ推測しつつ、ルドルフの背に襲い掛かるスポーンを両断しながら忠告する。
「……気を付けてね。大量の気配がするよ」
天音の予告通り、広い踊り場にはスポーンが大量に待ち構えていた。そしてもう上がる階段はない。
ここまでが外来で、更に上階の一般病棟に上がるにはフロアを通る必要があった。
「ここは魔法少女にお任せだよ!」
秋月 葵(あきづき・あおい)がスポーンに向かって魔砲ステッキを振ると“ブリザード”の氷の嵐が踊り場で荒れ狂った。
(無理な作戦だってわかってるでも、……万に一つでも可能性があるなら!)
「今のうちに行って! ……瀬蓮ちゃん、ファイトだよ♪」
葵は一度振り返って、階段を歩くように上る瀬蓮に向かってウィンクする。頷く彼女たちは嵐の収まった隙に踊り場を通路へと走って行った。
「さてと……これで遠慮なく戦えるかな……」
葵は“禁じられた言葉”で魔力を高め、ステッキを天井に向けて高く振り上げた。
「いくよー! 全力全開! シューティングスター☆彡フルバースト!!」
ステッキの先を振り下ろすと同時に、何処からか星のようなものが落ちてきて、スポーンの頭上に降り注ぐ。
(瀬連はパートナーの影響を受けて弱っているようだ。時間がかかれば、ダメージはより大きくなるはず)
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は瀬蓮の猫背になった背中を一度振り返って、銃の引き金を引く。
重い。怯懦のカーマインのせいか、どうなのか──通路に立ち塞がるスポーンを視界に収めながらも、既にグラキエスの思考は別のところへと彷徨い始めていた。
白い廊下にタールのようにへばりついたスポーンは正常な判断の穴のようにも、絶望への入り口にも、記憶の虫食いのようにも見える。
(その時も、こんな状況だったのだろうか。俺がウルディカの世界の災厄となる最初の日……。
パートナー達が……死んだ……俺が、殺した日……。守ろうとする者、殺そうとする者、狂った力に引き寄せられた者。その全てを、俺が……ゴルガイス達諸共、殺したのか……)
「エンドロア、突出し過ぎるな!」
ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が注意を引くが、彼は聞こえていないかのように前へ前へと進んでいく。
(……シャクティ化は何としても止める。盾になってでも、彼女等を無事アイリスの元へ)
魔力を開放し、“歴戦の飛翔術”で身軽になる彼の体は、空を翔るようにスポーンたちの中を飛び回る。
突出した彼をスポーンたちは見逃さない。格好の獲物と炎を舌を触手を爪を一斉に伸ばした。
通路の白黒のモノトーンに、三色目の赤い血が飛び散った──グラキエスは“痛みを知らぬ我が躯”で苦痛に耐える。
いや、確かに、苦痛には耐えやすくなる、だがダメージが消えたわけではないのだ。なおも“奈落の鉄鎖”で重力に干渉しつつ、壁を蹴ってスポーンにブリザードを放ち続ける彼に、ウルディカは叫んだ。
「無茶をするなエンドロア!」
ウルディカは叫びながら、悔いていた。
(動揺……いや、自棄にも見える。あの話をしたのは失敗だったな。件の女史が助かれば気が晴れるだろうが……)
彼が来た未来──グラキエスが災厄となる未来──の話をしたことを。そして、これがその未来の光景と似ている、と話したことを。
確かに彼は、グラキエスに対していい感情を持っていない。敵視に近い。
だが、今の彼はその状況を変えようと、未来を変えようとしているのだろうか。アイリスを助けることで未来が変わると重ねているのだろうか。
(……そこまでさせるつもりはない)
格闘術と超能力を組み合わせた“アンボーン・テクニック”で邪魔なスポーンをかき分けながら、彼はグラキエスの元へと急ぐ。
そんなウルディカには目もくれず、もう一人のパートナーエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は半ば凝視するようにグラキエスを見ていた。
(グラキエス様、他の者を呼ばなかったのはこのためですか)
かつて、その傷が深ければ深いほど、悩みが強ければ強いほど、それはエルデネストにとっての美酒であったが……。
(貴方が傷付き苦しむ姿は、確かに私の好む所。……ですが、私はもうそれだけでは満足できないのですよ。貴方が喜び、笑う事も私の好む所。これの終わりが”目出度し”となれば、貴方は喜んで下さいますか?)
グラキエスは気が付かなかったが、彼の周囲には一体のフラワシがスポーンから守っていたのだ。
エルデネストはそのフラワシに病原体を周囲に散布させようとしたが、そもそも確たる肉体がないスポーンにそれが効くか判らず、不用意にこの狭い中で振りまけば味方に被害が及ぶ恐れもあるだろう。
しばらく粘体となって敵の爪を受け止めていたフラワシはやがて炎や電撃に焼かれて消えてしまう。
彼は仕方なくグラキエスの前に出て、真空波をスポーンに放って行った。
階段を通り、大分進んだ頃、「少し休憩にしよう」と、山葉が言った。
「そうだな、瀬蓮も消耗している」
同意するルドルフ──その彼を観察するように見ていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、床にへたり込む瀬蓮に声を掛けた。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。貰ったお守りのおかげかも……ゲホッ」
そう口で言うが、咳き込んだ口からは大量の血が噴き出して、抑えた手のひらからこぼれてスカートに床に染みを作る。
慌ててハンカチを引きずり出した彼女のポケットから、クマのマスコットの顔が覗いた。呼雪の養母が彼に託し、彼が“禁猟区”をかけたお守りだった。
「今ここに駆けつける事が出来なくても、2人を案じ、応援してくれている人達が沢山いるんだ」
呼雪は彼女に“命の息吹”をかけた。瀕死の人間を蘇らせるほど強力な呪文だったが──それが必要なほど彼女が消耗しているのが分かる。
しばらく激しく咳き込み肩で息をしていた瀬蓮だったが、魔法で楽になったのか、呼吸は次第に落ち着いていった。
「アイリスには空京万博で、イタリアに留学したいと聞いたことがある。生きていればいつか叶うかも知れない事だから……その為にも、彼女を助けなければな」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)もまったくねぇ、と呆れたように言う。
「折角瀬蓮ちゃんがシャンバラに戻って来てるのに、こーいう状況になるとは。シャクティ化や周りに発生するスポーンの謎とか、どうしてアイリスちゃんだけ? とか疑問は尽きないけど……」
ヘルはシリアスな雰囲気を吹き飛ばすように、にんまり笑った。
「助けられる可能性があるなら、試さない訳にはいかないね☆」
「うん、ありがとう」
瀬蓮は頷いてヘルと呼雪に笑いかける。それを嬉しくもけなげに思いながら、呼雪は別のことに考えを巡らせる。
(しかし、発生源がアイリスという事は彼女に近付けば近付く程スポーンが多くなり、密集している可能性もある……という予想は当たったようだな)
実際、進めば進むほど増えていた。
そしてもうひとつの推定もまた当たっていた。スポーンは彼女をシャクティ化するため、あるいは呼応して生まれたのではなく──アイリス自身から生まれたということを。それを彼は後程、目にすることになる。
この推測が当たっていた故に、あの巨大なスポーンはアイリスの姿を取ろうとし、ここのスポーンもまた今まで出会ってきたスポーンとは違った性質を見せたのだった。
「──そろそろ出発するぞ」
山葉が互いに傷を癒しあう契約者の様子を確認して、自身ももう少し休んでいきたいのを我慢して声を掛けた。
せっかく道を開けてくれた契約者がいるのに、時間を浪費するわけにはいかなかった。
「うん! ……あっ」
立ち上がった瀬蓮は足をもつれさせ、出遅れる。呼雪は腕を伸ばした。
「高原、行くぞ」
呼雪は彼女を抱えると、“捕らわれざるもの”で敵の触手を掻い潜るように走ってスポーンのアーチを突破していく。彼の唇から流れる『小さな翼』が瀬蓮の耳にも届いた。それは、契約者たちの心を奮い立たせる。
「あっちからくるから気を付けてねー……ってわわっ?」
ヘルも“お下がりくださいませ旦那様”で、瀬蓮と呼雪を始めとした皆を守るように動きつつ、殺気を伝えていたが、突然びっくりして立ち止まった。
「……失礼しました」
壁から突如──そう、文字通り壁から首を突き出した頭部。その顔はユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)のものだった。
彼女は全身をゆっくり引き抜いて廊下に降り立つと、
「上階。おそらくVIPルームへと続くと思われる階段付近に、病院側が作動したと思われる障壁を確認しました。これは内側からスポーンによって破られていました。
そして、あちらの道の先にもう一つ、扉があります。壁を抜けて鍵を内側から外しておきました。敵は少ないようですし、近道です」
「分かった、皆に話すね」
ユニコルノは頷く瀬蓮を見つめる。
「これもニルヴァーナの技術なのか、それとも災いだったのか……今は分かりませんが、すべき事はひとつです。
どのような技を用いてアイリス様を回復させるのか……非現実的ですが、……私も信じましょう。パートナーや仲間を想う、人の心を」
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