リアクション
* その橋は、用をなさなくなっていた。 スポーンそのものの、或いは彼らとイコンらの戦闘によって川に崩れ落ちたそれを見て、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は立ち止まった。 ダメージが蓄積し、膝に手を付き肩で息をしている彼女を庇うように、白雪 魔姫(しらゆき・まき)は真剣な顔で、彼女の顔を覗きこむ。 「……大丈夫、瀬蓮?」 「う、うん……心配してくれてありがとう」 呆然としていたであろう瀬蓮が顔を上げて気丈に微笑むので、魔姫は頬を赤らめると、ぷいっと顔を反らして身体を起こした。 「べ、別に心配してる訳じゃないわよ。ちょっとした運動のつもりで協力してるだけよ」 「じゃあ、助けてくれてありがとう」 「だって、アイリスはワタシたちの仲間ですものね、仲間を見殺しにするようなマネはさすがに後味悪いわ」 そう言う魔姫の気持ちを分かっているのだろう、瀬蓮はもう一度、小さな声でありがとう、と言った。 照れて顔を逸らしながらも、彼女はそんな瀬蓮をけなげに思う。 (こんなに苦しそうに、ぼろぼろになってまで必死でアイリスを助けようとしてるんですもの。この姿を見て協力しないとでも思う?) 「さて……敵は全てワタシ達で引き受けましょう」 魔姫はパートナー達を振り返る。邪魔するのであればスポーン以外であろうと戦うつもりだ。 「承知いたしました。魔姫様を守るのがエリスのお役目です。どこへなりとお供します、前衛はお任せください」 エリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)は恭しく一礼をする。エリスフィアにとって、恩人の魔姫の無事は絶対的な物だった。命がけで守るつもりでいる。それに幸いにして人の体より丈夫な──修理の効く機晶姫のボディである。 「エリス、魔姫様のことは頼みましたよ。私は他の皆を守ります」 魔姫の専属執事・サーシャ・シーシェル(さーしゃ・しーしぇる)の言葉にエリスは頷く。 そんな二人を頼もしく思いながら、魔姫はこちらを追ってくるスポーンに視線を移していた。 「……早速敵が来たようね」 橋で行き止まりになった、ということは敵にとって好都合だろう。息をつく間もなく、背後からスポーンの群れが追ってくる。 レーザー銃で空を飛ぶスポーンに狙いを付ける魔姫。 エリスフィアは彼女を庇うように前に出ると、飛びかかってくるスポーンに向けて、テニス選手のような構えを取った。轟雷閃の雷を纏った戦闘用羽子板が、スポーンを群れへと撃ち返す。 サーシャの方は“ファイアプロテクト”の祈りをささげると、拳を眼前でクロスさせ防御姿勢を取った。隙を見て“アンボーン・テクニック”で培った拳を振るう。こちらはさながらボクシングのようだった。 魔姫は跳ねたスポーンたちへ止めとばかりにレーザーを何度も撃ち込んだ。 怯む敵前列を見て、これを好機と葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が声を張り上げる。 「いくでありますよ、二十二号!」 彼女は背の高さが三メートルはある機晶姫鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)の右肩に乗っていた。反対側には、セイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)もいる。 瀬蓮たちを吹雪は一度振り返って前を見ると、 「皆さんを送り届ける為に自分達はここに来ました。──さあ、突破するでありますよ」 吹雪は自身のギフトを構えた。纏ったホエールアヴァターラ・アーマーが、ホエールアヴァターラ・バズーカに呼応するように一度明滅する。クジラ型機晶生命体の口が何かを飲み込むように大きく開かれると、バズーカの弾が発車され、着弾。激しい爆発が起こった。 セイレムは超賢者の杖から“サンダーブラスト”を発射し続ける。 ダッシュローラーを装着した二十二号はだが、スポーンに突進しようとして、二人分の重さに──突き破るほどは走れなかった。突進したまま群れに突っ込む。 「皆さんは早くアイリスさんのもとに!!」 それに応じて、神崎 優(かんざき・ゆう)が瀬蓮を促す。 「後に続こう。瀬連、俺達もアイリスを助ける為に全力で君達をサポートする。強い想いは未来を変える力がある。だから彼女を助けたいと強く願うんだ! そして俺達の、否、アイリスを助ける為に、それぞれ行動している皆の絆の力で必ず助けるぞ!!」 優のパートナーたちも、彼に同意するように力強く。 「私もアイリスを助けたい! みんなと笑顔で笑い合える未来を迎える為に」 神崎 零(かんざき・れい)が言えば続いて神代 聖夜(かみしろ・せいや)が、 「俺達の絆で必ずアイリスを助ける!」 聖夜の恋人陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)もまた。 「どんなに小さな可能性でも、彼女を助ける事が出来るのなら私はそれに全力でかけます。強い想いは必ず未来を変える事が出来ると、そして奇跡を起こす事が出来ると信じていますから」 「……ありがとう」 瀬蓮は彼らの思いにそう言う事しかできないが。 「──行こう、みんな」 優は腰から野分を引き抜くと、二十二号の背中を追う。聖夜は短剣を構えそれに続き、零と刹那は杖を、それぞれの武器を手に駆けだした。 太刀が、冷気が、聖なる光が、雷が、スポーンたちに降り注いだ。 優は野分で、蛙にも似たスポーンの腹を突きながら叫ぶ。 「俺達の絆で必ずアイリスを助ける! 瀬連達や皆が笑い合える未来を切り開く為に!!」 彼らの後を続く瀬蓮ら6人、そして契約者たち。 だがスポーンは行けども行けども周囲に待ち構えており、彼女たちの姿を見れば何処からか集ってくる。逃れるように闇雲に走っても消耗するだけだ。 「どっちに行けばいいんだ?」 一車線の十字路で立ち止まり、山葉が頭をかきむしった。 あの橋を渡れば病院はもう目の前のはずだったが、その橋が落ちていたのでは如何ともしようがない。 「王ちゃん、空京大学の学生なんでしょ? 近道とか知らないのかな?」 リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が問えば、王 大鋸(わん・だーじゅ)が返す。 「別の道なんて覚えてねーぞ!」 じゃあどうすんだよ、と誰かが口に出しそうな雰囲気が漂った。 道に迷ってまごまごしているうちにジリ貧だ。スポーンの戦力は分からないとはいえ、この戦いは最初から消耗戦になると予想が付いていたのだ。 戸惑ううちにもスポーンは集まってくる。 「──皆さん、広い場所だと、一度に相手しなきゃいけません。左手に曲がって下さい、病院はもうすぐです!」 そこに、声が響いた。同伴していたイコンカリプテ・ヘレナを降りながら、関谷 未憂(せきや・みゆう)が手を振る。 その右手にはあらかじめ用意しておいた病院周辺の地図があった。国軍と警察が築いたバリケードの位置と共に書き込まれている。 「助かったわ、ありがとう。……瀬蓮、行くわよ」 李 梅琳(り・めいりん)が瀬蓮を促し、6人と契約者は左手に曲がる。 その先は小さな地元の商店街になっていた。 未憂は地図をもう一度チェックすると、駆けだす前に背後を振り返る。 コックピットの中で水筒からちゅるるとギャザリングへクスのスープを吸い上げていたリン・リーファ(りん・りーふぁ)が間もなく降りてきた。 「準備おーけー! プリムもいい?」 いつの間に側にいたのか、未憂の横で、パートナープリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が、こくりと頷く。 「よっし、みんなをサポートするよー!」 三人は契約者たちの最後尾周辺に混じりながら、瀬蓮たちを追いかける。 地元の商店街に入ると、そこは地区の閉鎖の影響で閑散としていた。普段は人で賑わっているのだろうが、小さなアーチの入り口がやけに寂しげに見える。 代わりにいるのは会話もしないスポーンの客だけだ。 「あのパン屋さんの角を右に曲がって、突き当りの公園を駆け抜けてください」 未憂は瀬蓮たちに向かって声を張り上げながら、時折背後を振り返って手を開く。彼女の“バニッシュ”の光が、小型のスポーンを消滅させていく。 角をくぐったところで、古びた懐中時計を開く。懐中時計に秘められた力が、しつこく追いすがり敵にまとわりついて動きを鈍くした。そこに足元に“氷術”を放って、氷で固める。これはそのまま後続の障害物になった。 そうしながらも、未憂、そしてリン共に敵の殺気・邪気を確かめながら、安全かつ早い道を指示していく。 足元を凍らせられたスポーンが背に向けて毒交じりの炎を吐くが、リンの唱えた“氷術”は氷の盾となってそれを防いだ。 更に彼らを乗り越えてなお追ってくるスポーン。 「もう、しつこいなー!」 リンが言うと、こくりとプリムが頷いて、小さな口を開いたかと思うと、返事の代わりにすっと息を吸い込んだ。 “眠りの竪琴”で奏でられるのは、『小さな翼』のメロディだ。 彼女の全身から馳せられた声はスポーンを怯ませる。そして歌姫であるプリムの姿が、ふわりとした髪が、小さな体が、彼ら契約者の心を奮い立たせた。 「……可愛い女の子が見てるのに負けてられないな」 誰かが言って、指先から景気付けのように炎の矢を放つ。 「いっくよ〜!」 リンもまた続き、右腕に嵌めたスパロウアヴァターラ・アームで握るスパロウアヴァターラ・ガンが、雷を帯びた弾をスポーンに叩き込む。 そうして路地を駆け屋根下を駆け、公園を駆け、歩道橋の下を駆け、駆け抜けて着いた先は──。 「見えた!」 空京国際学生フォーラムに隣接した聖アトラーテ病院の高い建物が、もう目の前に見えていた。 |
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