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リアクション
☆
「……分かりました。病院の非常用電源も朝までは持つんですね、先生」
風森 巽(かぜもり・たつみ)は医者にそう呟いた。
しかしその医者は、やや鎮痛な面持ちで答える。
「ああ――だが、あくまで通常の状態なら、だ。もし今以上にパラミタ電気クラゲが接近して電気を喰ってしまったら……」
今、ツァンダのある病院では一人の少年の手術が始まろうとしていた。
予定されていた大手術の途中で起こった停電。病院自体には非常用電源があるから手術も一時中断しただけで再開できた、しかし、その医師の言うとおりパラミタ電気クラゲが病院に接近し、今以上に電気を喰ってしまえばその非常用電源の電気などは瞬く間になくなってしまうだろう。
「――大丈夫です。我が……そして、この街を守るコントラクターたちが、これ以上クラゲ共を近づけることはさせません」
巽はそう言うと、一人病院を後にした。
今、手術を受けている少年は、先月遊園地で行われた巽のヒーローショーを見に来てくれた孤児院の少年の一人だった。
生死をかけた手術の前に、勇気が欲しいと無理を言って見に来たヒーローショー。巽は、手術の前にもう一度その少年に会いに来ていたのだ。
「約束しよう――もう一度君を、ヒーローショーの最前列に招待すると――変身ッ!!」
裂帛の気合を込めて、巽は仮面ツァンダー、ソークー1に変身する。
「チェンジ、スカイフォーム!!」
『ツァンダースカイウィング』で病院の屋上から空へと飛び上がった巽は、ツァンダの街にわずかに残った電力である病院の非常電源を喰らおうと、大挙して押し寄せるパラミタ電気クラゲの群れへと、一人突進して行った。
「行くぞッ!! チェンジ、轟雷ハンド!!!」
その頃、ブレイズ・ブラスは鳴神 裁(なるかみ・さい)とツァンダの街をクラゲの群れを追って駆け抜けていた。
「目からビィィィムッ!!!」
ブレイズの目から赤いビームが発射され、空高くのクラゲにヒットする。
「そうだ、ブレイズ!! せっかくだから合体ビームやろうぜぇ♪」
裁は、変身ヒロイン風の魔鎧、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)を装着し、ブレイズと共に街の平和を守るべくビームを撃ってクラゲを退治していたのだ。
その手に持った『蒼汁』の中に情熱クリスタルを投入し、蒼汁の入ったビンの中からビームが発射される光景はなんともシュールなものであった。
裁の提案に、ブレイズは同意する。
「合体ビームか!! タイミングを合わせて威力を上げようってことだな。よし、やるか!!」
二人は、タイミングを合わせて空中のクラゲにビームを発射した!!
「正義ビーム!!」
「ジャスティス・アジュール・ビーム☆」
合ってない合ってない。
いまひとつタイミングの合わない二人のビームは、それぞれでクラゲにヒットはするものの、いまひとつ期待された威力を発揮しない。
「……くそっ! うまくいかねぇな……!!」
立ち止まり、肩で息をするブレイズ。
停電になってからウィンターとスプリングにクリスタルを渡され、そのままずっとビームを撃ちっ放しだったブレイズ。無駄といえるほどに生命力と体力に溢れた彼と言えども、さすがにビームを撃つための情熱――しいて言えば気力のようなものが尽きかけていたのだ。
「だ、大丈夫かブレイズ!! そうだ、こんな時こそこれを飲むんだ☆」
そう言った裁は、ブレイズの眼前にシュワシュワと軽快な音を立てる液体を差し出した。
「おお、裁。コレは一体ッ!?」
大きく頷く裁。その液体をブレイズの方へと押し出しつつも、解説を加える。
「よくぞ聞いてくれました、これこそがキミの情熱を再び燃え上がらせる情熱汁、甘じょっぱい青春の情熱、酸味の紫汁さ!!」
要するに葡萄ジュース入りの蒼汁である!!
泡立つ紫色の飲料を見て、魔鎧であるドールは呟いた。
「酸味とういうか……それはすでに何らかの科学反応を起こした……酸なのでは〜!?」
そんな突っ込みを無視した裁は、次なる情熱汁を繰り出す!!
「お次はコレさ☆ ほろ苦い初恋の情熱、苦味の黒汁!!」
異常に濃いブラックコーヒー入りの蒼汁である!!
「いやソレ炭焼きコーヒーって言うか、ただ焦げてるだけですよね〜!?」
だが、裁の蒼汁攻勢はとどまるところを知らない!!
「まだ足りないかっ!? 胸に秘める情熱はハードボイルド、渋みの茶汁!! そしてなんかの情熱、強烈甘味の桃汁!!」
玉露入り蒼汁である!! 桃汁に至っては原材料すら不明ッ!!
「ちょ、ちょっとちょっと!! なんかって何ですか!! その蛍光ピンクはどう見ても飲み物ではありませんよね〜!?」
律儀に突っ込むドールであるが、それらの情熱汁を差し出されたブレイズはお構いなしにその全てを一気に飲み干した!!
「うぉぉぉーっ!! 気合が入ってきたぜーーーっ!!!」
果たしてどの情熱汁が効いたのか分からないが、とにかくブレイズの思い込み燃料にはなったようだ。先ほどまでとは段違いの威力のビームを発射しながら、ブレイズは裁と共にクラゲを追って走り出した。
「燃え上がれ――私の小宇宙!!」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の持つレプリカ・ビックディッパーから蒼いビームが発射され、強力な貫通力を秘めたその光線が数体のクラゲを一気に貫いていく。
祥子のパートナー、樽原 明(たるはら・あきら)は、自らのお面の下に内臓された六連ミサイルポッドの発射口から6本同時にビームを発射して、夜空のクラゲを落としていった。
「我輩の目が黒いうちはぁ……好きにはぁ、好きにはぁやぁらせぇんずぉぉぉっ!! ファイエル!! ファイエル!!!」
ちなみに、機晶姫である明の外見はお面のついた大きな樽であるが、この非常時にはそんなことは些細なことだった。
二人もまた、大きなクラゲの波を追っていた。
次々にビームを撃っていくものの、そのあまりの数の多さに対処しきれていないのが現状だ。
「く……やはり、私達だけでは限りがあるわね……あ、あれは……!!」
祥子は、建物の屋根から屋根へと飛び移って派手にビームを撃ってクラゲを落としていくブレイズと、それに同行して蒼汁からビームを撃っている裁の姿を見つけた。
「――裁!!」
裁と祥子はちょっとした知り合いだった。祥子と明はブレイズたちと同様に屋根へと上がり、裁に声をかける。
「あなたもいたのね、このままじゃ埒が明かないわ。この街の平和と秩序を守るため、力を合わせましょう」
だが、祥子の呼びかけに、裁はいまひとつ反応が悪い。
「あ、……うん」
「? どうした裁、知り合いなんだろ?」
とブレイズも尋ねるが、裁は気を取り直したように声を出した。
「う、うん、知り合いだよ!! よーし☆ 張り切ってクラゲをやっつけよう!!」
と、裁は一行を先導するかのように走り出してしまう。
「あ、ちょっと!! 一人で行かないで!!」
その後を祥子と明が追い、さらにブレイズが追いかける。
「おいおい、そんな短いスカートで跳ね回るなよ裁!! ――見えるぞ」
ブレイズの一言を聞きつけたのか、裁はチラッと振り返ってポツリと呟いた。
「……なぁに、気になっちゃうのぉ? 別に……ブレイズになら、いいよ?」
にひひと笑う裁に、ブレイズは首をひねった。
「まあ……気になるっていえばなるけどよ……」
一行はそのまま巨大なクラゲの群生体を追って屋根伝いに街を駆けていく。
その先には――この街で一番大きな病院があった。
「うぉぉぉおおおっ!!」
その病院の上空、巨大なクラゲの群生体の中心に風森 巽はいた。
ツァンダースカイウィングで空を飛び、雷光の鬼気と轟雷閃をあえて連発した巽は、クラゲを倒すことよりもできるだけ多くのクラゲをひきつけて病院から遠ざける方法を選んだのである。
だが、いくら攻撃力に乏しいパラミタ電気クラゲといえども、遠目には巨大な雲に見えるくらい密集したクラゲの大群は、まさに雷雲のようなもの。自らの体をエサとした巽は、その中心地でクラゲをひきつけるために雷を発生させ続けているのである。
その周囲を取り巻く稲妻の威力は創造を絶するものがあった。
「ぐあああぁぁぁっ!!」
そこに、ブレイズと裁、そして祥子と明がやってきた。
「先輩っ!!!」
巽の姿をクラゲの中心に見つけたブレイズは、叫んだ。
「な……なんていう数のクラゲなの……」
祥子は思わず呟くが、明はその傍らで語気を強める。
「怖気づいたかぁ!! 世のため人のため、我輩達がやらねばならぬのだぁぁぁっ!!!」
内なる情熱に打ち震える明に、祥子は気を取り直し、レプリカ・ビックディッパーを構えなおした。
「そうね……やらなければならないわ」
空中の巽も、ブレイズや祥子と明、そして裁の存在に気付いた。
巨大な雲と化した電気クラゲの中心から、一行に向かって叫ぶ。
「そこにいるのはブレイズかっ!! 我が電気クラゲをひきつけているうちに――全員で力を合わせたビームで撃て!!!」
その言葉に、驚いたブレイズは叫び返した。
「なっ!! そんなことをしたら先輩が死んじまうっすよ!!」
「バカ野郎、ヒーローがそんなことで死ぬものか!! 我は死なねぇ、気合が違うってことろを見せてやる!!」
「せ、先輩……ぐっ!?」
しかし、ブレイズは巽の言葉に応えるまえに、胸を押さえてうずくまってしまう。
「――どうしたの!?」
祥子が叫ぶ。裁はブレイズの体を支えるが、ブレイズは小刻みに体を震わせ、告げた。
「……へっ……大したことねぇよ……」
どうやら、先ほどの情熱汁による思い込み効果も切れ、そろそろ本来の疲労がピークに達したようだ。
しかし、ブレイズは裁の肩をつかみ、囁く。
「なぁ……さっきの情熱汁……まだあるんだろ。最後だ……くれよ……えーと……なんて呼べばいいんだ?」
「え?」
突然のブレイズの言葉に、裁は戸惑った。
ついさっきまで裁のことは名前で呼んでいたではないか。
「裁じゃ、ねぇんだろ――お前。顔は同じだし喋り方もやることも同じだけど――体の運び方が違う。あと、あいつはああいうネタで俺をからかったりもしねぇよ……蒼汁は飲ませるけどな」
その通りだった。裁には奈落人である物部 九十九(もののべ・つくも)がずっと憑依していたのだ。
つまり、確かに体は鳴神 裁のものであるが実際にそれを動かしているのは九十九。喋り方や性格はもともと似ている二人だったが、戦いの場においてはやはり経験の差が出てしまったのだろう。憑依している間もほとんど外見の違いはないため、普通は気付かない。
「……九十九さんだったんですか……?」
魔鎧として装着されていたドールですら気付かなかった変化に、共に戦ったブレイズは気付いたのだ。
「……よく……分かったね」
九十九は少しだけばつが悪そうに蒼汁を差し出すと、ブレイズは一気にそれを飲み干した。
「ああ……これでも俺は、あいつのダチのつもりなんでな」
「お取り込み中で悪いけど……そろそろあちらも限界のようよ」
祥子が二人を促すと、ブレイズは気を取り直し、叫んだ。
「ああ、悪かった!! いくっすよ先輩!! 俺たちの本気のビーム!!」
その言葉を聴いた巽は、押し寄せるクラゲの中で雷を発しながら、最後の気合を入れた。
「来いッ!! お前らの魂――魅せてみろ!!!」
巽の魂の叫びに、その場の全員が応え、渾身の力を込めてビームを放った!!!
「正義ビーム!!」
ブレイズの目から輝くビームが発射される!
「ジャスティス☆ドラード・ビームッ!!!」
九十九の持った蒼汁からは、金色のビームが飛んでいく!
「瓏玲たるモーントシャインの力を借りて! 今、必殺のぉ……ブリッツシュラーク・シュピラーレ!!!」
祥子が振りかざしたレプリカ・ビックディッパーが流星のようなビームを放つ!
「えいめええええええぇぇぇぇぇぇんんん!!!」
そして、明の六連ビームが強烈な光を放ち、全員のビームを巻き込んで巨大なクラゲの雲を散らすほどのビームへと変化した!!
「うおおおぉぉぉ!!!」
そのビームは中心にいた巽ごと巨大なクラゲ雲を撃ち抜き、その場にいたパラミタ電気クラゲの全てを消し去った。
さすがにこれだけのビームに照射された巽もただではすまない、そのままゆっくりと空から落下していく姿を見て、ブレイズは走り出す。
「先輩――ぐぁあーっ!?」
だが、そのブレイズも今度こそ気力が尽きたのか、その場でぐらりと揺らぎ、そのまま建物の屋根から落下してしまった。
「ブレイズ!! ――ってあれ?」
九十九も同様だった。巨大なクラゲ雲を消滅させたのはいいが、あまりにも強力なビームの反動で、一時的に気力と体力を消耗し切ってしまったのだ。
「くっ……これしきの……ことで……」
「ぬうううぅぅぅうううっ!!」
祥子と明も、倒れるとまではいかなくとも、少なくともすぐに動くことは出来ない。
彼らの尽力で病院は守られた。朝までには少年の手術も成功のうちに終了するだろう。
だが――本当の戦いはこれからだった。
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