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地球に帰らせていただきますっ! ~5~

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地球に帰らせていただきますっ! ~5~

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 ■ 月と虫と夜風と……幽霊と ■



 実家への帰省となれば、ゆっくりする人が多いのだろうけれど……相変わらず神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)の帰省は多忙を極めた。
「どうしてこのタイミングで……お得意さんから……来るのでしょうか……」
 列車トラブルに巻き込まれてさんざん待たされ、ようやく家に到着したかと思えばお茶一杯飲む時間さえ無く、紫翠は仕事へと追い立てられる。
「シェイド、すみません……早く終わらせますから」
 そう言って微笑む紫翠を休ませてやりたいのは山々だが、仕事となればそれは出来ないし、紫翠自身も邪魔立てされることを嫌うだろう。だからシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は、
「ああ、待っている」
 とだけ答え、部屋へと移動して紫翠が仕事を終えるのを待った。


 紫翠が部屋に戻ってきたのは、夜もすっかり更けた頃だった。
「お待たせしました……」
 疲れ切って部屋に入ると、縁側にいたシェイドが杯を紫翠に向けて掲げた。
「お疲れさん。少し付き合え」
「お酒ですか? 自分はあまり強くないのですが……」
「知ってる。だが少しくらいならいいだろう」
 重ねて勧められ、紫翠はシェイドと並び縁側に腰掛けた。
 シェイドのしているように見上げてみれば、夏の夜空で月がさえざえとした光を放っている。
「月が……綺麗ですね……」
「肴にするにはもってこいだろう?」
 月に照らされた庭、虫たちの声、頬を撫でる夜風。
 昼間は真夏としか感じられないのに、夜になればこの時期、もうどこかに秋が忍び寄りつつあるのを感じる。

 紫翠はもっぱら酌が多く、シェイドは飲む方が多い。
 なのに、酔ったのは紫翠のほうだった。
 くすくすと笑って、シェイドに身を凭せ掛ける。
「傍にいると……安心します」
「なんだもう酔ったのか? まだ2杯しか飲んでないだろう。そんなに度数の高い酒ではないはずだが。……紫翠?」
 反応がないのを訝ってシェイドは呼んでみたが、紫翠は目を閉じて、すぅすぅと寝息を立てている。
「……まったく無防備すぎるな。襲うぞ?」
 それでも安心しきった顔で眠っている紫翠をシェイドは抱き上げると、布団へと連行した。
 酔っぱらった紫翠を寝かせて肌掛けをかけてやった後、立ったついでにとシェイドは酒の追加を持って来ることにした。

 追加の冷酒を持ってきたシェイドは、部屋に戻るなり身構えた。
 眠っている紫翠の枕元に男が座っている。
「誰だ?」
 厳しい誰何の声に、紫翠と同じ色の銀髪を長く着物の背にかからせた男はゆったりと振り返る。
「俺は紫苑。こいつの兄さ。……もう死んでいるがな」
「ということは長男? 幽霊なのか?」
「おそらくな」
 他人事のように神楽坂 紫苑は言って、再び視線を紫翠に戻した。
「昔からのこの癖は治って無いみたいだな」
 紫苑は紫翠に掴まれた着物の裾を引っ張ってみせた。その動きで紫翠はぼんやりと目を開ける。
「……しー兄?」
「ああ」
 紫苑が答えると、紫翠は着物の裾から手を放し……代わりに紫苑に抱きついた。
「しー……兄……」
 寝ぼけているのかまだ酔っているのか。紫翠の視線はぼんやりと定まっていない。
 そんな紫翠の髪を紫苑は優しく撫で、そのままの体勢でシェイドに言う。
「こいつと付き合うなら、覚悟を決めるんだな。神楽坂家はかなり厄介な家だ」
「厄介とは?」
「こいつは表の当主だが、まだ全て知り受け継いだわけじゃない。神楽坂家はその底にかなり面倒なものを抱えてるんだが、こいつはまだそれも知らない。なのにそれを俺の口から告げるわけにもいかんだろう」
「……知る方法は無いのか?」
 シェイドが尋ねると、紫苑は肩をすくめるようなそぶりをした。
「知るのは、翡翠と長老のじじいどもだが……口堅いだろうな」
 まあ頑張れ、と応援しているのか茶化しているのか判別しにくいことを言うと、紫苑は自分に抱きついている紫翠の腕をそっとほどいた。
「俺はここに長居はしていられない。……紫翠には、知る勇気あるなら調べろとでも言っておけば分かるだろう」
「あれ、しー兄……?」
 探る紫翠の腕を見やった後、紫苑の姿はかき消えた。
 兄の姿を捉えられず、諦めたように腕を布団の上に落とし、紫翠もまた眠りに落ちる。
 シェイドは紫翠に布団をかけ直すと、再び縁側に出た。
 月明かりの庭。
 鳴く虫の姿は草と影に隠されて。
「……一体、どんだけ重いんだよ。古い家だから、色々有るというのか?」
 杯を煽りながらのシェイドの呟きに、答えるものはもういなかった。