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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

リアクション

「ええっと、ロゼちゃん、遊雲ちゃん、ジュース飲む?」
 白百合団員の笹原 乃羽(ささはら・のわ)が、給仕を呼び止める。
 その乃羽自身も、客ではあるがメイド服を纏い、レイルの世話と護衛を行なっていた。
「うん、オレンジジュースがいい!」
「ゆうも、おれんじ!」
「はーい」
 乃羽はオレンジジュースを二つ受け取って、レイルと遊雲に渡した。
「何が食べたいかな? あたしが取ってきてあげる!」
「んと、あのお肉のヤツ!」
「ゆうは、おさかな!」
「了解〜」
 乃羽はぱぱっと、更に豚肉のローストと、ソースがかけられた白身魚を皿に盛って、それぞれレイルと遊雲に渡すのだった。
「うん、美味しい」
 しかし真っ先に食べたのは乃羽だった。
 味見も毒味もしておかねばならない。肉に見せかけて魚かもしれないし、魚に見えて肉かもしれないし。
「っと、これは何かな? マグロサラダ〜?」
 もしゃもしゃと食べてみたその料理は、甘酸っぱくて美味しかった。
「おいしそうですね、僕も少し戴きます」
 蒼空学園の菅野 葉月(すがの・はづき)は、肉が嫌いな為、遊雲が食べている白身魚と、乃羽が食べているマグロのサラダを皿に盛っていく。
「それじゃ、肉の残りはワタシが全部貰っていいね!」
 パートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が、豚肉のローストが乗った大皿を自分の方へ引き寄せた。
「あっ! それは香苗のなのにっ!」
 あれもこれも、それもどれも引き寄せて凄い勢いで食事をしていた香苗が、奪われた皿に手を伸ばす。
「ワタシの肉ー!」
 2人の目から火花が飛び散りそうになり、慌てて葉月は止めにかかろうとするが――。
「お姉さまになら、香苗お譲りしてもいいっ。ご飯食べ終わったら、食べ終わったらっ、休憩室で一緒に休憩できたら嬉しいな(もぐもぐ)」
「休憩室にもお菓子があるのならね!(ぱくぱく)」
「なかったら持っていけばいいよね(もぐぱく)」
「うん(ごくごく)」
 2人が仲良く食べ続けるテーブルから、自然と人が離れていく。
「次いこー!」
「次のテーブル行くね、葉月!」
「あ、はい。落ち着いて召し上がった方が美味しいですよ。料理をとったら、こちらのテーブルに戻ってきてくださいね」
 葉月はそうミーナに声をかける。レイルの護衛も兼ねているので、レイルと離れずに、迷子の達人であるミーナの位置を把握しておかねばと思うのだった。
 ミーナは自分と同じ吸血鬼の姿をしている。
 だけれど、この会場には吸血鬼の姿をした客がとても多いから――。
 そっと、会場を見回してみる。
 仮装しているとはいえ、気品を感じる客が多く、穏やかな談笑が続いている。
 レイルに目を向ければ、百合園の生徒達ととても楽しそうに食事を楽しんでいる。
(このまま何事もなければいいのですが)
 微笑ましげに、少し心配げに皆を葉月が見つめたその時。
「これより、仮装コンテストを行ないます。ご来場のお客様で仮装をされている方は是非ステージへお集まり下さい」
「行く!」
「いこっ!」
 仮装コンテストのアナウンスが流れ、レイルと遊雲は手をとって、ステージへと走っていく。
「待って下さい」
 レイは箱を二つ抱えたまま、遊雲に続く。
「ん……あまり目立つのは良くないんですけれどね」
 ヴァーナーと乃羽、葉月は顔をあわせて苦笑し、2人を追うのだった。

 仮装コンテストの出場者は少年少女達ばかりだった。
「シルヴァ様、頑張れー♪」
 教導団のルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が、手をぶんぶん振りながら、大切な人であるシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)を応援する。
「応援ありがとうございますー!」
 ルインも同じように手を振って返す。
 ルインは緑を基調にした吸血鬼の格好。シルヴァは青を基調にした吸血鬼の仮装をしていた。
 ステージには、吸血鬼やミイラ、カボチャのお化け、魔女など、様々な格好をした少年少女達が並んでいる。
 手を繋いだ魔女のレイルと死神の遊雲の姿もある。
「それでは皆さん、一番と思われる参加者に、テーブルの上に備えてある飴を渡して下さい」
「はーい、皆のアイドルシルヴァ君ですよっ? いぇい☆」
 衣装を翻して可愛くぴーすと愛嬌を振りまくシルヴァには、夫人や少女達の人気を集めた。
「はいどうぞ。もっともっと沢山あげたいんだけどっ!」
 ルインは勿論、シルヴァに飴をあげた。
「ありがとうございます。そこのおねーさんも、僕に一票入れてみませんか〜♪」
 にこっと微笑んで、手を差し出すと、迷っていた女性がくすりと笑って、飴をシルヴァに手渡した。
「飴ちょうだい、飴〜トリック・オア・トリート」
「とりっく、おあ、とりーとっ」
 遊雲とレイルは付き添いの者達があえて後の方に並ばせたため、さほど飴を受け取ることができなかったが、小さな手には十分な量を貰った。
「そっちのお嬢さん、僕は血を吸わない無害な吸血鬼ですよ〜☆」
 愛嬌を振りまき、アピールを続けたシルヴァは沢山の飴を集めたのだった。

「美味しいけども……うーん」
 仮装コンテストそっちのけで亜紀は、飲食を楽しんでいた。
 今食べたパスタは、なんだか色々な味がする。何の味とも表せなく、亜紀には美味しいとしか表現できない。
「……昨日食べに行った牛丼の方が美味しかったかなあ」
 そんなことを言いながらも、珍しいものを見つけては自分の皿に盛って口の中に入れていく。
「こう……年頃の乙女とは思えん花より団子っぷりだな……」
 レオンハルトは、遠くの料理を取ってあげたあと、もう少し落ち着け、とばかりに頭をぽんぽん撫でた。
 花の命は短いと言うのに。とレオンハルトは呆れ眼を見せるが、亜紀は気付かず食べている。
「それでは皆さん、ダンスの時間がやってまいりました。まずは演奏を担当する楽団を紹介いたします」
 楽器を携えた演奏家達がステージに上っていき、中央付近のテーブルが端に寄せられ、広いスペースが作られる。
 ごくりと、亜紀は口に入っていたものを飲み込んだ。
「ダンス、一生懸命覚えてきたよ! 実践は初めてだけどもー……あ、足踏んでも恨まないでね。たぶん無意識で全力で踏むから」
 軽く笑みを浮かべて、レオンハルトは頷く。
「覚悟や良し。とは言え踏むなよ。その格好で転ぶと大変だぞ?」
「無理だと思うけど、頑張る」
 静かに、曲が始まった。
 レオンハルトは周りを見回しながら、どう動けばいいのか分からずにいる亜紀の手を取って、中央の方へと歩み出る。
 亜紀は意気込んで、頭の中でイメージしながら、体を動かしていく。
 しかし、所詮徹夜で覚えた即興社交ダンスだ。イメージ通りに体は動きはしない。
 ぐっと、レオンハルトが亜紀の腕を引いて、リードをする。
 不用意に出た足と体を抱き止めるように引き寄せて、体勢を正すと、またゆっくりと曲に合わせて踊っていく。
 覚えたとおりに動くことばかり考えていた亜紀だけれど、何もイメージせずに、レオンハルトのリードに任せて動いていれば大丈夫だと、すぐに気付いて、それからは形に拘ることなく自然体で踊ることができた。
「足、踏まなかったー」
「全力で避けたからな」
 1曲終えて、ほっと息をついた亜紀をレオンハルトは瞳を細めて、面白がるように見つめた。
「お転婆は結構だが、ダンスは要訓練だな」
 そして恥ずかしそうに笑う亜紀の頭に手を乗せて、レオンハルトは優しく撫でる。
「うん。また、よろしく」
 亜紀は仄かに赤くなりながら、嬉しそうに、幸せそうな笑みを浮かべた。