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リアクション
第4章 触れた手、近付く心
「あっ、いらっしゃいませ、旦那様」
百合園の高務 野々(たかつかさ・のの)は、会場に現れた男性に急ぎ歩み寄った。
「頑張っているね」
「ありがとうございます。こちらです」
野々はその男性――ラリヴルトン家の当主の上着を預かると、手の平で席を指して当主と、共に訪れたレッザ・ラリヴルトンをホールの奥へと案内する。
野々は、勉強のためにラリヴルトン家でメイドとして働いているのだが、ヴァイシャリー家で臨時のメイドが募集されていることを知り、ラリヴルトン家の当主の許可とレッザの推薦を得て応募し、今日はヴァイシャリー家で働いていた。
「ホント、キミは勉強家というか働き者というか……この仕事が次につながるといいね」
レッザが甘い笑みを見せた。彼の家で働き始めて数ヶ月経っており、熱心に仕事に勤しむ野々にレッザは随分と親しく接してくるようになっていた。
粗相のないようにと緊張しつつ、野々は2人を奥の部屋へと通す。
「次に繋がればいいとは思いますけれど……」
そして曖昧な笑みを見せつつ、頭を深く下げた。
「それでは失礼いたします」
次の客を迎えに受付に向かいながら、野々は思う。
(とっつき難いところもあるけれど、根は優しいレッザさんや、雇って下さっている旦那様の顔に泥を塗ったりしないよう……できれば、旦那様達の印象を良くしてあげられるよう、頑張らないと)
野々が得た情報では、ラリヴルトン家はあまり資金繰りが上手くいっていないようだ。
世話になっているラリヴルトン家のメイドとして恥ずかしくはないような奉仕を。そしてせめて休憩時間には2人の側に控えて、社交の手助けになるようなサポートが出来たらと野々は思うのだった。
忍び込むことも考えたが、百合園の桐生 円(きりゅう・まどか)と、パートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は、ファビオの姿が彫られた柱から招待状を抜き取って、一般客としてパーティーに参加していた。
普通の経路で参加したため、武器類を持ち込むことはできなかった。
しかし多分、自分が武器を使いたくなる状況など、起きはしないだろうと円は感じ取っていた。
怪盗舞士……嘆きのファビオに特に害は無い。
彼の盗む物には重要性がない。何らかのメッセージとして盗みを働いている。
導き出したその結論に間違いはないという確信があった。
怪盗舞士は物を盗むよりも、メッセージ性を重視している。
今回は指定内容が特殊回りくどいものがない。
……今回は盗み、でも、メッセージ性でもない、狙いがある。
それは、ラズィーヤとのコンタクトではないか、と考えながら、奥のテーブルの方に歩いていく。
「結局自分の存在をアピールするために怪盗やってるようにしかボクには見えないんだよなぁ、表に出られない理由でもあるのだろうか」
円は呟き声を上げながら、深く考え込む。
「今晩、はっきりするわよ〜。楽しみね。最後のショー」
オリヴィアが微笑みながら、ソファーの方へと歩く。
「ここの食べ物って、好きなだけ食べていいんだよねー? いっただきまーす♪」
円の返答を待たず、ミネルバは料理に突進していく。
円はボーイから、ワインとジュースを受け取って、ワインをソファーに座ったオリヴィアに渡して、隣に腰掛けて隣室へと眼を向ける。
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が座している部屋に。
「ところでラズィーヤ様、最近百合園女学院はあの下賎な集団……パラ実生に荒されているようですね? 今日は百合園の南側に避難勧告まで出ていますでしょ?」
百合園生達が集まる控え室にて、ラズィーヤに挨拶に訪れた中年の夫婦が口にしていた言葉に、ラズィーヤの側に控えていた百合園の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が目を細めて、悲しげに口を開いた。
「エールとかいう青年が百合園の生徒を誘拐し、悪いことを企んでいたようですの。どうやら今回の騒ぎもそのエールの仲間達が百合園に邪魔された意趣返しに企んだもののようですわ」
「誘拐ですか? 百合園生が襲われたという話しも頻繁に耳にいたしますし、心配ですわ」
「ご心配おかけして申し訳ありません。主犯は大人ではありますが、私達百合園生も、騒動に乗じて騒いでいるパラ実生の少年少女達も、まだまだ未熟な子供。本日はハロウィンということで、ほんの少々おイタのすぎたいたずらっ子達をお許しくださいませ」
「騒ぎ立てるほどのことではありませんわ」
微笑んでエレンがそう礼をし、ラズィーヤが一言だけ付け加えた。
中年夫婦はエレンとラズィーヤに労わりの言葉を残して、部屋から去っていく。
一連の事件については、エレンの耳にもある程度入ってはいるが、百合園が不利になるような発言は決してしない。あくまで百合園側が完全に被害者であり、また敵対者であるパラ実側にも理解があるように示すことで、訪れる名士達を言葉巧みに惹きこみ、理解を得ようと画策する。
ラズィーヤはエレンの言葉に一言程度付け加えて、ヴァイシャリー家としての懐の大きさを示しているようだ。
百合園女学院の実質支配者としての顔は見せない。百合園の生徒らが仕出かしたことを、自分は寛容に許してあげてるのだといわんばかりのその態度に、エレンは思わず笑ってしまう。
ラズィーヤを見れば、彼女も微笑んでいる。互いに腹積もり立場を察した上での策略的な会話だった。
エレンはラズィーヤの向かいに腰かけて、ラズィーヤの側で談笑を楽しんでいる百合園生を見ながら小さく息をついた。
「ところでラズィーヤさん、ファビオさんは誰と契約をして躯を取り戻したのかしら。それともこれから誰かさんと契約をされるために躯を取り戻されたのかしらね? それに残りの五人はどうなったのかしらねぇ……」
エレンは黒基調のドレスを纏い、黒百合の妖精姿に仮装していた。
ラズィーヤは今日は黄色と黒のゴージャスなドレスを纏っている。座っている椅子も彼女だけ豪華な……まるで玉座のような椅子だった。
そして、彼女の傍らには生徒会のメンバーが座っている。
隣に座っているのは、白百合会、会長の伊藤春佳(いとう・はるか)。露出度の低い黒いドレスを纏っている。
その隣には、書記の山尾陽菜(やまお・ひな)。彼女は白い宝石が散りばめられた白いワンピース姿だ。背には昆虫の羽のような羽をつけている。
ラズィーヤの反対側の隣には、副会長の井上桃子(いのうえ・ももこ)。陽菜とそっくりの格好だけれど、こちらは青色のワンピースを纏っている。
その隣には、会計の遠藤桐子(えんどう・とうこ)。光の翼に模した翼を背につけて、男装をしている。
さらにその隣に、庶務の野村弥生(のむら・やよい)が座っている。彼女もまた男装している。光の翼を背につけて、厚底靴を穿き、演劇用の鎧を纏い、体格が良さそうに見せている。
……それは、シャンバラ古王国で、ヴァイシャリーを守る為に戦った、6人の騎士のうちの5人、ソフィア、マリル、マリザ、カルロ、ジュリオにそれぞれ扮した姿だった
ファビオとの接触を企てるラズィーヤに、ファビオの注意を惹くことができ、ラズィーヤの周りを固めることで警備にもなると蒼空学園のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)が提案した仮装だった。
「……体を取り戻したとは、面白い考えですわね」
ラズィーヤは微笑みながら頷いた後、春佳に目を向けた。
「白百合団のティアレアさん、アルメリアさん。それからシェーンハイトさんから報告が届いています」
ティアレア達は、知り合いの家や、図書館で騎士達について調べており、シェーンハイトはヴァイシャリー家の書庫で資料を探していた。
まずはティアレア達が調べたこと、騎士達の性別や能力について春佳は皆に語った。
「シェーンハイトさんは、二つ名について調べて下さったようです。それらはどうやら性格や外見を表しているようですが、悲恋のカルロはソフィアを好いていたようであり、激昂のジュリオは離宮で鏖殺寺院に激怒し、鬼神の如く暴れた姿からそう呼ばれており、嘆きのファビオは……どうやら、6人の中で一番若く、非常に繊細で優しい人だったようです。誰よりも戦争を悲しんで、嘆き苦しみ、ヴァイシャリーを1人飛び出して、鏖殺寺院のメンバーに討たれた、とか」
「優しい……?」
百合園のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が考え込む。
「国や人々を想い、一度は国のために命を投げ出した者が、注目を引きたいだけで盗みを……しかも、王族であるラズィーヤ様の宝を狙うなんてやっぱり不自然なことですわ! かつての仲間たちの遺品を集めているとかかしら……」
「それから」
書記の陽菜がノートを開いて、ティアレア達やシェーンハイトからの報告について、説明していく。
「ジュリオの子孫はご存知の通り、白百合団のミルミ・ルリマーレンさんです。その他のメンバーは未婚であり、直系の子孫はいないようです。ただ、ファビオ以外、死亡したという記録はありません。新たな戦いに備え、どこかで眠りについているという噂は当時流れたようですが、正確な記録はないようです」
「……離宮……」
ラズィーヤが発した小さな言葉に、皆の視線が集まる。
「このヴァイシャリーにあったとされる、離宮。今は殆どその影はありませんの。滅ぼされて無くなったと伝わっていますが本当でしょうか? ……離宮と一緒に眠っている方々もいるかもしれませんわね」
ラズィーヤは笑みを浮かべるも、皆の体には緊張が走った。
「ファビオ様……復活の儀式でもやろうといいますの?」
ロザリィヌがぽつりと呟いた。
「連絡が入ったぞ」
隅の方で、携帯電話を使い百合園生達と連絡を取り合っていたフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が、パートナーのエレンの元に電話を持って近付き、画面を見せた。
「こちらもそろそろ報告してはどうだ」
時間ごとの状況を纏めたメモも、一緒にエレンに手渡した。
「ありがとうございます」
エレンはメールとメモを確認すると、現在の状況についてラズィーヤ達に報告をする。
「まず……早河綾さんですが、回復の兆しがないということで、集落での処置を切り上げてヴァイシャリーに搬送中だそうです。パートナーを1人失ったようですので、極めて危険な状態といえますわね……」
私情を込めないよう、エレンは大きく息をついて、次の報告に移る。
「百合園女学院内では、ささやかなパーティーが催されているようですわ。正門前は緊迫した雰囲気に包まれているようですけれど、まだパラ実の姿は見られないそうです」
「私の方にも団長の鈴子から連絡が届いていますが、今のところ変わりはないようです。順調、とでもいいましょうか」
春佳も多少意味ありげに、そうラズィーヤに報告をする。
「わかりました。ありがとうございます。学院のことはお任せいたしますわ。さて、と……」
ラズィーヤは一同をみまわして、軽く不敵な笑みを見せて――扉の向こうに目を向ける。
扉の向こうのホールから、明るい音楽が流れてくる。
「ダンスが始まっているようですわね。わたくし、最後にお1人とだけ踊らせていただきたいんですの。探してきて下さいます?」
護衛についている百合園生、他校生の協力者にラズィーヤは微笑みかけた。
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