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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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まほろば大奥譚 第二回/全四回
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第四章 覚醒1

 秋も深まるというマホロバに、季節外れの台風がやってきた。
 風は次第に強くなり、雨足が激しくなる。

 将軍の祈祷所は大奥から中奥へと移されていた。
 大奥を邪鬼と、貞継を鬼と言わしめた大和尚は追い出され、今は別の僧侶が朝昼続けて祈祷を行っている。

ノウマクサーマンダー バーザラダン センダン マーカロシャーダー ソワタヤ ウンタ ラター カンマン

 将軍の寝所にもその声は届いており、貞継はうんざりしたように天井を仰いでいた。
「小次郎、あの真言を止めさせてくれないか。頭痛と吐き気がする」
 貞継の懇願にシャンバラ教導団戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は渋い顔をしていた。
「止めさせるのは構いませんが、将軍のお立場を考えると同意しかねますね」
 彼がこう言ったのも理由がある。
 城内部での情勢を探った結果、貞継への将軍としての適格を疑問視する声と、鬼や怨念といったものを不吉だとする声が方々から上がっていたのである。
「辛いとは思いますが、ここは老中達の意向を汲んで祈祷を受けてください。どうしても具合が悪ければ、ここにいるリースが看ますので」
 そういう小次郎の側には守護天使リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が居る。
 他校生である小次郎が城内で諜報活動できたのも、将軍付きの医師として上がったリースの協力のよる所がある。
「お顔の色も悪くはありませんし、毒を盛られたのでもなさそうです。私には、何か別の理由があるように思えます」
 リースほどの力のある守護天使であれば、通常の病や呪いなどは簡単に治療できてしまう。
 彼女は別の因子、貞継自身が持っている先天的なものであると診断していた。
「そうであれば、私にできることは痛みを和らげることしかできません。力が及ばず、申し訳ございません」
「いや、よくやってくれている。本当に、あの坊主共よりずっと良いんだ」
「将軍、話があるんだが。少しいいか」
 御従人武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)たちを伴ってやってきた。
 直に話がしたいという。
「実は許可をもらいに来た。将軍直下の組織を作りたいんだ。他校生も入れて、ね」
 牙竜のパートナーのリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)が作成したというリストを見せる。
 将軍はちらと視線を走らせた。
「これは?」
「組織の名は『八咫烏(やたがらす)』。将軍からの勅命を受けて、マホロバ全土の動きを掴む。俺は、いろんな意味でも幕府は後手に回りすぎだと思う。扶桑にしても、瑞穂藩にしてもだ」と、牙竜。
「なるほど、構わない。が、老中達はいい顔をしないだろうな。将軍というものは幕府のモノ、鬼城家のモノという考えだから」
 貞継は、やるなら秘密裏の方が良いとも言った。
「……鬼城家には私兵がいる。表には出ない、いわば裏の仕事をしている者だ。ある程度ならば将軍が直に動かせる。その者達も使って良い。お前に預ける」
「それは、鬼城の忍者部隊のことですか? マホロバ戦国の世に暗躍したと聞いていたが、まだ残っていたとは……」
 リュウライザーが彼の中に記録されていたデータを呼び出す。
 鬼城家の忍者――
 その全容は謎に包まれていたが、戦中の破壊活動や暗殺だけにとどまらず、老中・諸大名の監察や一揆の鎮圧、異教徒の弾圧など、鬼城家の影であらゆる隠密行動に携わっていたという。
 将軍は鋭い視線を向けた。
「しかし、お前たちの選んだ者は信用できるのか。慎重に見極める必要があるだろう」
「わかっている。心配はかけさせねえよ……で、堅い話はここまでにして、っと」
 牙竜は正座していた足を崩すと、胡座を組んだ。
「なあ、もうああいったことは止めてくれよ。流石にあんなもの見せられたらビックリするわ」
「『天鬼神』の血の契約のことか。たぶんあれのせいだ。この病の元は」
「何だ、自分でわかってて、あんな無茶やってたのかよ」
「そういうお前だって、人のこと言えるのか。隣りを見よ」
 牙竜が将軍の視線を追うと、その先に龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)がいた。
 彼女は牙竜の袖を引っ張りながら言った。
「……将軍様も言ってあげてください。牙竜に想いを寄せる女性も少なくないのに、この生来の鈍感は全く気づいていないのです」
「ば……灯っ。こんな所で何を言い出すんだよ……!」
 牙竜は大きな体に似合わず、顔を真っ赤にしていた。