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リアクション
第四章 覚醒2
「どういうつもりだ」
深夜、貞継は急に腹に重みを感じて目をあけた。
仰向けの将軍に布団越しに馬乗りになっていのは、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)である。
つい最近、将軍の下で御従人として召し抱えられた者だ。
「しっ、お静かに。騒げば、隣りで眠っているお坊ちゃんが目を覚ましてしまう」
ファトラは細長い人差し指を唇に当て、隣の布団で巨大ハリセンを抱えたまま豪快に眠るアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)をちらりと見やる。
アキラは血判状の一件以来、毎晩のように警護と称して貞継に添い寝していた。
「眠り薬でも盛ってやろうかと思ったけど、案外警備が厳しくて持ち込めなかったのでね。でも、その必要もなかったようですね」
「間者か」
「まさか。私はあなたの子を授かりにきたのです」
そう言って、怪しく微笑むファトラ。蛇のような赤い瞳が輝いている。
貞継はファトラを押しのけようとするが、逆に手首を掴まれた。
鋭い爪が将軍の肌に食い込む。
「……戯れはやめよ。この状況で、男に組み敷かれてるとしか思えないが」
「私は女ですわ。このような男の格好をしていたのは、将軍にお近づきになるためがこそ」
「女だと?」
ファトラは中性的な顔立ちで男にしては細身とは思っていたが、黒羽織の下から妖艶な美女が現れるとは貞継は予想していなかった。
「あなた様は多くの子を成さなくてはなりません。まさかこの代で終わらせる気ではないでしょう。それは将軍家を自らの手で滅ぼすことになる。桜の世界樹扶桑の化身である天子よりマホロバを統治する力を預かる身として、とてもそんなことはできないはず」
「だが、それとお前と、どういう関係があるんだ」
「私の身体をお使いください、将軍。複数の女性との間で子をもうければ、不測の事態となったときに後継者として対処できるではありませんか。私の子は、将軍家とは無縁の市井の子としていただいて構いません。切り札としてお持ちになっては?」
「しかし、それではお前自身が傷つくことに……」
貞継の言葉にファトラは嬉しそうに笑った。
「私の身を心配してくださるとは、お優しいですわね」
彼女は顔をぐっと近づけ、将軍の首筋に舌を這わせる。
「私ではお役に立ちませんか」
「……いや」
「では、托卵を……どうすればいいのです?」
ファトラは動きを止めない。貞継は声を振り絞るようにうめいた。
「刀……を……」
耳元で発する将軍の言葉を一句々々、ファトラは聞き漏らさないようにした。
「なるほど……将軍家は血を流すのが本当にお好きですね。あら、お身体が熱い。熱を出されましたか……可愛いらしいお方……」
ファトラは自ら着物を脱ぎ捨てて貞継に吸い付いた。
「蛇も鬼もたいした違いはございませんわ。それに私の子が日の目を見なければ、それはマホロバの未来が安泰ということ……」
彼女の背が、毒蛇の刺青が、雷光に照り出されて揺れ動く。
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「あんまり眠れないのか? 目の下クマができてんぞ」
早朝、まだ雨は降り続いている。
アキラは布団の中の貞継の顔を覗き込むようにして言った。
「もしかして俺って寝相悪い? いびきとか寝言いってなかったか?」
そういって、身震いするアキラ。
ここ数日はすっかり気温が下がっている。
彼は、将軍の上等なふかふか布団は、朝までぐっすり眠れるのだと語った。
「アキラ、お前はもう托卵はあきらめたのか」
「なんだよ、急に。男だから駄目だっていったのは将軍だろ。それとも何か、『天鬼神』の力で男同士でも托卵できんのか。俺、もしかしてその第一号になれる? うひゃひゃひゃ……」
「お前が後見人になれ」
「ひゃ……は?」
「子が生まれたら、後見人になってくれ。女たちは産むので精一杯だろう。誰かが守ってやらねば」
「なんだよ、それ」
アキラは只ならぬ雰囲気を感じ、貞継に詰め寄った。
「まるで、そのときは自分はいないみたいな言い方すんなよ。それに、なんで俺なんだよ。俺は卵が欲しいだけだ。どうして他の女の子供の面倒を……」
「お前とは血の契約をした。もう他人ではない、鬼城家の者だ。鬼城の行く末を見たいと申すなら、頼みをきいてくれ」
アキラは貞継の腕の傷を見た。
確かに以前は、扶桑の力と受け継ぐという托卵に興味があった。
しかし今は、目の前の男の血脈がこの先どんな物語として流れ綴られるのか、自分の目で見届けたくもあった。
「すぐに返事したくないな。でもどうしてもってんなら、そんときは将軍も一緒だぜ。俺一人にそんな役やらせんなよ」
「その言葉がきけただけでもいい。しばらく……横になりたい。大奥に、今日も総触れはなしと伝えてきてくれ」
「俺、大奥はあんまり行きたくないんだけどな。変な噂されるし」
「大奥のことは気にするな……そのうち何とかする」
貞継は再び目を閉じた。
外ではいまだ激しい雨音が読経に混じって聞こえる。
このとき、アキラは刀を握りしめたままでいる将軍に不安を抱いたが、そのまま見守るよりほかなかった。
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