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リアクション
2.
こうして、御前試合は興奮の中で続いていた。
しかし、その影には、また別の出来事も進行しつつあったのだ。
騒がしい観客席を離れ、来賓たちが観戦をする建物の方へ歩き出した者たちがいた。
日に焼けた肌と、薄汚れた衣服。一見、どこにでもいる若者の姿ではある。全員がまとまって動いているわけではないが、ざっと見て、五人から十人ほど。
「失礼。どちらへ?」
そう、彼らに声をかけたのは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
「ああ……遅れて来たら、いい席がなくてさ。あっちのほうが、見やすそうだろ?」
へらへらと愛想笑いを浮かべつつ、男達が彼女を取り囲んだ。相手は女、しかも大人数に対して一人とあれば、なんとでもなると思ったのだろう。
「ちょっとくらい、いいじゃないか」
「それとも、貧乏人は近寄るなって?」
口々にそう言いながら、彼らは月夜を威嚇してくる。しかし、彼女は眉一つ変えず、口を開いた。
「観客席は、安全のために作られてもいるのよ。戻ってください」
「硬いこと言うなって〜」
月夜の長い黒髪を、男の一人が手にとり、無遠慮に引っ張った。
「やめなよ。レディにすることじゃないよ」
そう声をかけたのは、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)だ。そして、樹月 刀真(きづき・とうま)が男の手を掴み、月夜から離させる。
「なんだお前ら……」
「禁漁区に反応有り。……鏖殺寺院の、関係ですね」
刀真がそう告げる。途端に、男達の目の色が変わった。
サトゥルヌスと月夜が身構える。その間に、素早く刀真は常時接続にしていた回線に、状況を報告した。相手は、ディヤープやエメ・シェンノート、鬼院 尋人(きいん・ひろと)、久途侘助といったメンバーだ。
「鬼院はそのまま待機。久途も現段階では実況を続けろ。イコンはまだ動かすな。北条は、その場で他の寺院の動きに注意。来賓席警備の面々も同様。騒ぎにはするな。アーダベルトたちは樹月に手を貸せ。俺もすぐ行く。樹月、それまで持ちこたえろ」
ディヤーブの素早い指示が飛ぶ。
男たちは、正体に気づかれた時点で、その本性をむき出しにした。隠し持っていたライフルを構え、ためらいなく銃口を向けた。
刀真がトライアンフを手にし、サトゥルヌスは奪魂のカーマインの銃口を彼らに突きつける。
駆けつけたヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の身体を、魔鎧に変形した貴志 真白(きし・ましろ)が防御する。ティア・ルスカ(てぃあ・るすか)、ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)もまた、背後からテロリストたちを取り囲んだ。
「形勢逆転だね。諦めたほうがいいよ?」
サトゥルヌスが微かな笑みを浮かべてそう告げた。元より、コントラクターと一般人では、その能力には大きな差があるのだ。
事実、怯んだ彼らは、切り札とばかりに小型の装置を手にする。……おそらくは、起爆スイッチだ。この会場のどこかに、爆薬をしかけておいたのだろう。
「ジェイダス共々、滅びるがいい!」
半ば自暴自棄に、男はスイッチを押す。だが、変化はなにもない。
「それならばもう、とうに排除済みよ」
月夜が静かに告げた。
「くっそ……!」
がらくたと貸した起爆装置を地面に投げ捨て、男達は歯がみした。
「捕らえろ!」
駆けつけたディヤーブが、一喝する。それが、乱戦の始まりだった。
イコンの激しい戦いの音にかき消され、気づいた者は少なかったろう。
ティアの身体が輝き、全体に光りが衝撃となって炸裂する。刀真は銃弾を剣で受けつつ、あえて柄の部分でもって敵を打擲し、打ち倒した。
気絶したものを、サトゥルヌスとウィリアムが拘束し、捕らえる。
――だが。
「ディヤーブ!」
「ぐ……っ」
ほんの一瞬の隙だった。
ディヤーブの半月刀に倒れた男が、倒れんとするまさにその最後の力を振り絞り、ディヤーブにむけてライフルを連射したのだ。
幸い、ほとんどは的をはずれ、空へと放たれた。しかし、数発は脇腹や足へと命中し、ディヤーブはその場に片膝をついた。
刀真と月夜がすぐさま駆け寄り、その傷を確かめる。
「大丈夫か!」
「ああ……」
傷を押さえつけ、止血する間に、ティアがヒールでその傷を癒す。しかし、その傷は思いの外、深いようだった。
「すまない」
脂汗を浮かべつつも、先ほどよりは幾分落ち着いた表情で、ディヤーブがそう詫びる。しかし、刀真は彼に手を貸し、立ち上がらせつつ「いいえ」と首を振った。
「無事で良かったです」
「…………」
その言葉に、ディヤーブは珍しく、照れくさそうに微笑んだのだった。
また、別働隊は直接王族たちの館の襲撃を狙ったが、そちらは来賓警備に当たっていた面々の活躍により、無事、秘密裏のうちに、襲撃を退けることができた。
(これで終わり……なら、いいけどな)
一見、何事もなく実況をすすめながら、裏で通信を続けていた侘助からの報告に、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は安堵しつつも、一抹の不安を覚えていた。
次第に暮れていく空には雲一つなく、風すらも凪いではいる。しかしその裏には、まだなにかが潜んでいるのではないか……そんな気がして、ならなかったのだ。