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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

リアクション

第四章

1.

 最終試合。対戦カードは、メインパイロットルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)・サブパイロットはエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)。対するは、メインパイロットララ サーズデイ(らら・さーずでい)・サブパイロットリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)である。
 すでに日は没し、用意されていたサーチライトにその姿を浮かびあがらせるシパーヒーを見上げ、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)はルドルフのことを想っていた。
 言葉を交わしたのは、搭乗前のわずかな時間だ。ヴィナたちが、鏖殺寺院の一派を捕らえたと聞き、ルドルフは状況を確かめに来たのだ。
 事情を一通り説明されると、ルドルフは仮面越しに微笑み、ヴィナへと礼を言った。
「試合の出場を望まれた以上、僕は派手に動けないからね……。君たちのおかげで、被害なく済んだことを、感謝するよ」
 その言葉に、ヴィナは首を横に振り、ルドルフへと答える。
「あなたの背中の敵は蹴散らすから、あなたは迷いなく前を見据えるといい」
 それは、ルドルフの成長を見守ってきたヴィナにとっての、心からの言葉だった。
 ルドルフは感謝の言葉の代わりに、ヴィナの手を取ると、その甲に唇で触れた。
 今、その場所をもう片方の手で覆い、ヴィナは静かに、イコンを見上げていたのだった。
 その一方で、ヴィナはまだ、警戒を緩めてはいなかった。寺院があれだけで諦めるだろうか、そう思えたのだ。……そして、ウゲンという存在もいる。
「あなたもウゲン殿を警戒しますか」
 傍らに控えていたウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が、そう尋ねる。
「そういう人は多いんじゃないかな。ディヤーブさんなんかすごい目で見てるしね」
「笑顔の裏で爪を研いでいるのでは…と?」
「俺はそう見てる。そうでなければ、アーダルヴェルト卿がああも黙ってないでしょ。神子の座を譲ったとは言え、全てに対し納得しているとは限らないし」
「確かに」
 ウィリアムは頷いた。ヴィナは、「それも、」と言葉を続けた。
「シャンバラを愛するが故だと思うけどね」
「愛は鋭き剣とはよく言ったものです」
「本当にそうだね」
 だからこそ、その剣の使い道を誤ってはならないのだろう。
 ヴィナが頷き、再び空を見上げた。……そこに、黒い影が、遠く在るとは知らずに。

 アルマイン・ブレイバー『ラルクデラローズ』のコックピットでは、ララが興奮を抑えきれない様子だった。白い頬を紅潮させ、ルドルフとの対決という喜びに身を震わせている。
「さあ、今回はイコン戦だ。でも何も変わらないよ。この縦長の舞台は正しく私達フェンサーのためのフィールドだからね」
「ララ、エネルギー残量に気を付けるのだ」
「やあ、力をセーブして勝てる相手じゃないな。最初から最後までクライマックスで押しまくる!」
 話がまともに聞こえているのやら。リリは肩をすくめて、「……好きにするのだよ」と呟いた。
 リリは、ララのそんな興奮の理由は理解している。目標であり尊敬の対象。当人は無自覚だが、それはもはや、恋慕にも等しい程だったのだ。
 ルドルフの搭乗するシパーヒーが、ラルクデラローズの前に立ち、一礼をする。それに、ララもまた、優雅に礼を返した。
『いよいよ最終試合となります。勝利の神はどちらに味方するのか!』
 眩しい照明の中、二体は武器を構えた。
(いよいよだ……!)
 ララの手のひらが、わずかに汗ばむ。
 試合が始まるなり、ララは猛然と攻撃をしかけた。マジックソードが光を発しながら、薄闇を切り裂き、シパーヒーを襲う。
 それをルドルフは易々と避けつつ、だがしかし、反撃はしてこようとしない。時に繰り出される攻撃も、スピードのない、精彩を欠いたものだった。
『サーズデイ選手、優勢か?』
(……ルドルフ?)
 他でもない、剣を交えるララこそが、最もその違和感を抱いていた。
 ルドルフは、こちらに集中していない。なにか違うものを見ている。……それは、ルドルフとの決闘を熱望した彼女にとって、なにより悲痛なことだった。
(違う、こんなのは違う……! 私が戦いたいのは、こんな覇気の無い太刀筋のあなたじゃない!)
 こちらを見て欲しい。自分との戦いだけに、没頭して欲しい。そう叫ぶように、ララはマジックソードをさらに振るう。しかし、ルドルフはじりじりと後退していくばかりだ。
『メンデルスゾーン選手、競技台の隅まで追い詰められた? 果たして、どう反撃をするのか……』 侘助が、そう実況を行う。
 その時だった。
「え……っ!?」
 ルドルフは、自らサーベルを放し、競技台へと突き立てた。
「俺の負けだ。 ……君。すまないが、違う舞台が僕たちには用意されたようだよ」
 そう宣言するなり、再び武器を手にし、……上空へと飛ぶ。それと、ほぼ同時に。
「……敵機、確認!」
 イコンに残り、警戒を続けていた片倉 蒼(かたくら・そう)が、鋭く警告を発した。
「確認します。……機影は、一つのみ。機体認証します。……黒いイコン、シュヴァルツ・フリーゲと確認しました」
 情報は、即座に生徒たちへと伝達される。観戦をしていたジェイダスにも、それは届けられた。
「カミロ・ベックマン……」
 ルドルフが呟く。シュヴァルツ・フリーゲに乗り、ここにやってくる男、それは、彼以外には考えられなかったのだ。
「ルドルフ、気づいて……?」
 ララは呆然としつつ、ルドルフを見上げた。
「ララ。しゃんとしたまえ。今、するべきはなんだ?」
「……リリ……」
 リリに叱咤され、ララははっとしたように瞬きをした。
 ルドルフは、ララに先ほど協力を要請したのだ。ならばそれに、応えるまでのこと。
「いいだろう。カミロ・ベックマンとあらば、相手にとって不足はない!」
 ララはそう言い放つと、再びマジックソードを握る手に力を込めた。