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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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 その頃、トゥーゲドアでは、遺跡のあったストーンサークルの跡地から離れて、佑一達が町を調査しながら、長老の家へ向う最中だった。
 その理由は、数分前に遡る。


「アルケリウスが、”真の王”に乗っ取られている、って可能性もあると思うんです」
 
 佑一の一言に、ツライッツを含め、通信を交わしていた面々が一瞬言葉を止めた。
「愚者と名乗っていた人が言っていましたよね。アルケリウスは、どんどん可笑しくなっていった、って」
 佑一の言葉に、そうだったね、とミシェルが頷く。
「乗っ取られるまでいってないとしても、何かしら影響は受けているかもしれないよね」
 そう言われれば確かに、ありえない、とは言い切れないのも確かだ。一族を殺されたことへの憎悪はアルケリウスのものだとしても、世界樹を狙ったやり口や、見境の無い復讐心は、誰かから煽られたり、唆されたためだ、という可能性は否定できない。
「気になるのは、両者の手を組んだタイミングよ」
 プリムラが考えるように首を捻った。可笑しくなり始めたのが、手を組んだ頃からなのか、それより前なのか。それが気になる、というプリムラに、理王が愚者に向けて「そこのところどうなんです?」と問いかけたが、『知るか』と反応は冷たい。
『どんだけ昔だと思ってやがる。細かく覚えてるわけなんざねえだろうが』
 言葉は乱暴だが、もっともな言い分である。だが理王の方も臆するでもなく「可笑しくなった頃合については?」と問いを変えると、今度は愚者も考えるように間をあけた。
『そうだな……地輝星祭が定着した頃だったかな』
 町が繁栄しはじめ、と同時に周辺の土地が荒廃を始めた、そんな頃合だ。その言葉に、そういうことなら、と和輝が話に混じった。
『長老の家にあった資料に、手がかりがあるかもしれない』
 そう言って話をふられたダンタリオンの書は、「相変わらず書物使いが荒い」と文句を言いながらも、記憶を探ってそのあたりの記述がありそうな資料をピックアップして告げた。
『とはいえ、流石にこれだけの資料を全て口頭で、と言うわけにもいくまい』
『それなら、丁度町に居るんですから、直接見た方が早いでしょう』
 浩一が言い、氏無を通して長老に交渉し、書架を開いてもらうことになった。
「何か、歌に関するキーワードも見つかればいいんだけどね」
 ミシェルの呟きに、そういえば、と口を開いたのは北都だ。
『気になってることがあるんだよ。今までで一番効果があったって言う歌の組み合わせで、凄く大きな言葉が抜けてるんだ』
『抜けてる?』
 通信機の向こう側で、首を傾げる気配を感じて、北都は説明を続ける。
『八つの意思……っていう言葉だよ』
 祠の数といい、そこに遣わされる神官の人数といい、八、という数字はどうやら彼らの一族にとっては非常に重要かつ基本的なものであるようだ。それが抜かれている言葉の並びが、今のところ最も効果が高い、というのは解せない。
『もしかしたら、それ一つじゃあなくて、セットになる言葉が必要なのかもしれない』
 だから、唯の一つの単語としては機能しなかったのだ。ならば、セットとなるべき言葉を得られる可能性があるのは、と、クナイは浄化の終わった東の祠、その廟の表面をなぞりながら、目を細めた。
『これ、でしょうね』
 その指が辿ったのは、扉にはめ込まれた”槍”の上に浮かび上がった、地下の碑文や、ストーンサークルの碑文と似た文字だ。すぐにツライッツが確認をしたところ、意味は――

『”花は開く”……恐らく、祠を象徴する”力ある言葉”でしょう」




 その言葉を受けて、浄化終えた各祠で、各々がその”力ある言葉”を確認している最中の、西。
 八本の稲穂のレリーフが刻まれた祠では、近づくだけで体が重くなるような呪詛の圧力に負けず、ローズの手によってぺたぺたと、廟の至る所にお札が貼り付けられていくのを、リリとユリの好奇心に溢れる視線に見守られる中、ローズは最後の札を貼り終わって「よしっと」と息をついた。
「これでいいかな」
 振り返った先で、学人が頷き、配置を確認して符を通して呪詛祓いをかけると、先程まで酷く淀んでいた空気が、目には見えないが朧に霞んで霧散していった。
「とりあえずの浄化だけど、触るぐらいは出来る筈だ」
 学人が言うのに、生駒が早速とばかりに手を伸ばした。
「待て待て、素手はいかん。わしがやろう」
 慌ててジョージが割り込むと、慎重にパワードアームで廟の扉に触れたが、反応は無い。
「大丈夫のようじゃの」
 ふう、と一息ついて、それではとそのまま力を入れて押し開こうとしたが、溢れ出して来る呪詛の余波は祓えたものの、扉を開かせるまでには至らなかったようだ。
「押して駄目なら引いてみるとか」
「取っ手が無いから無理と言うものじゃ」
 ちなみに横に動かすのも無理じゃからな、と生駒の次の言葉を牽制しつつ、ふむ、と難しい顔でジョージは首を捻った。
「やはり、そやつでこじ開けるしかないようじゃのう」
 その視線の先、生駒の手の中には、半月状の置物のようなものがある。祠を発見したリリ達のために運んできた”槍”だ。生駒が恐れ気無くそれを廟の扉の窪みに押し込むのを見て、リリもふむ、と興味深げに声を漏らした。
「地下の遺跡に嵌っていたものが、ここでも合致する、と言うのは面白いのだ」
 太陽、月、星、そして八つの象徴。超獣に関連するものは、その配置に至るまで、共通したものが多い。それは、ディミトリアスが言っていたように、要素を繋げ、組み替えることで意味を変え、柔軟な術式を扱うためなのかもしれない。
『それで、これが例の”力ある言葉”か』
 自身のいる祠で、浮かび上がったその文字を前に、鉄心も呟いた。淡い光によって浮かび上がったその文字は、短いが相応に力を持ったものなのだろう、扉を蝕んでいる呪詛も、その光を失わせることができないでいるようだ。
『これは確かに、武器になり得るかもしれないな』
 独り言のような言葉に、同調する言葉がかわされる中、ローズはすっくと立ち上がると、廟から下がるとぺこりと頭を下げた。
「その言葉については、皆さんにお任せしますね」
 気にならないわけではないが、ローズにとって、今果たすべきは全ての祠を浄化することであり、謎を解き、この事態を何とかしようと奮闘する者達が、少しでも傷つかずにすむようにすることだ。飛び出すように次の祠へ向い、浄化し、と繰り返すこと、どれほどか。ついに全ての浄化を終えた祠に、八つの”槍”は設置を終えられ、力ある言葉が浮かび上がった。
 すぐさま調査団が翻訳した、それら”力ある言葉”は、祠の順番に並べると、こうなる。

”示す杖、水瓶の水、花は開く、踊る刀、跳ねる魚達、琴の響き、揺れる稲穂、珠は廻る。”

 それぞれ、殆ど単語のみで構成される単純な言葉だったが、それだけに鍵になりえるという確信が皆にはあった。
「レリーフにある、星座の持っている意味、かな」
『どちらにしても、鎮めの歌に必要なキィワードだと思います』
 北都の言葉に、クナイが通信で応える。直ぐにでも超獣側の歌い手たちに伝えねば、と浩一に中継してもらって前線へと届けると、皆は決意を新たに廟の扉へと向き直った。
 あとは、こちらの仕事だ。

「それでは、お願いします」
 ツライッツの声を合図に、槍を発動させるための言葉が順々に各祠にて放たれ、点と点を繋ぐ様にして音を繋ぎ、言葉を繋ぎ、八つの祠を繋いで響き渡った。