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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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「キレイな絵なのです。誰なのでしょう?」
「おそらく、乙女座の女神ペルセポネなのだ」

 ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)の問いに、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が答えた。
 彼女たちが居るのは、かつて超獣を鎮めるためにあったという、八つの祠の内の一つだ。長い時の中で、外観の殆どは失われてしまっているが、辛うじて残された、祠の中心である廟の扉に刻まれた、七本の稲穂を持つ女性のレリーフを眺めての、ユリの問いだ。
「ペルセポネはゼウスの娘にしてハデスの妻。天界と冥界を行き来し、季節を変化させる。稲穂は季節のもたらす豊穣の象徴なのだよ」
「ふ〜ん、凄いのですね」
 と言葉では言いながら、ユリはまるで興味なさそうだ。どちらかと言えば、廟の呪詛の方が気になるようで、じっと眺めてはその濃さに眉を寄せている。リリはリリで、そんなユリの態度を気にもせず、言葉を続けた。
「……なるほど。天と地、太陽と月、天界と冥界。その対比から、ここが超獣の出現場所として選ばれたのかもしれぬな」
 言いながら、廟の前にしゃがみ込んで、地下にあったそれに似ているという、星の刻印の刻まれた扉の窪みを眺めた。そのすぐ下に固まっている土塊のようなものは、かつてここに嵌っていた何かなのだろうか。だが、地下にあった”槍”とは違って、こちらは風雨に晒され続けたせいだろう、風化して原型は留めておらず、復元は不可能と思われた。試しに触れた指先から、それはさらさらとこぼれ、風によって廟に近付くとジュウウ、と嫌な音を立てて呪詛に拒まれて変色してしまう。
「超獣自身からこうも離れた場所まで、呪詛が影響しているとはな」
 呟いて、リリは眉を潜めた。魔法も扱うとはいえ、戦士であるアルケリウスに、このような真似が出来るのか、とリリには疑問なのだ。もしかしたら、彼に協力者がいたか、”真の王”とやらの仕業か、或いは。
「巫女を手に入れようとした一族が、超獣を手に入れるために呪詛をかけた可能性も、捨てきれないのだ」
 もしもそうなら、アルケリウス自身も、その何者かにいいように利用されているのかもしれない。
 リリからのそんな推論と報告に、ツライッツは難しい顔だ。確かに気になるところではあるが、今はまだ判断の材料も揃っていない。そのためにも、ツライッツには確認しなければならないことがあった。
「呪詛の影響はどのくらいありそうですか?」
 最悪、祠そのものが超獣にかけられた呪詛そのものである可能性もあったが、それにはリリが『違うようなのだ』と答えた。
『廟を閉ざしている呪詛は、中から漏れ出ている呪詛の影響を受けているだけなのだ』
 呪詛に関わっているのはその内側の「何か」のようだ。だとすれば、廟を開けるだけならば、何とかなるかもしれない。
「それなら、まずはその廟とやらをこじ開けるとするか」
 アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)の言葉に、彼の声で集まったレン・オズワルド(れん・おずわるど)達が頷いた。
 彼らは超獣の呪詛を祓うために、この祠を調査しに来ているのだ。まずは祠がどういった代物であるのか、そして呪詛とどういう繋がりがあるのかを知らなければ始まらない。
「しかし、こじ開けるとは言っても、どうするのですか?」
  クナイ・アヤシ(くない・あやし)が首を傾げるのに、「爆弾ならあるんだがな……」と呟いたのは源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。
「そんなことしたら、祓えないどころか、悪化してしまいそうです」
 聞きとがめたティー・ティー(てぃー・てぃー)が慌てて言ったが、勿論冗談に近い、最悪の場合の想定だ。アキュートは苦笑するに留め、「考えがある」とツライッツを振り向いた。
「例の”槍”は、修復が済んでるか?」
「ええ」
 ツライッツは頷いた。
「幸い欠損はありませんでしたし、形状はどれも同じでしたからね」
 そう時間はかかりませんでした、と言いつつ差し出されたそれを受け取って、アキュートは皆に向ってにやりと笑って見せた。
「こいつを使って、こじ開けるのさ」
 アキュートが言うには、廟の扉にある窪みが、地下のそれとよく似ていることから、そこへ”槍”を嵌めこんで、血からある言葉によって、廟を閉ざす呪詛を押し返そう、と言うのだ。一族の術式、道具等は単純な構造のため、要素を繋げれば場所や距離は殆ど関係なく、また、要素を反転する等、本来の目的と違う利用の仕方をすることも可能だと言うディミトリアスの言葉からの発想だ。”槍”たるそれが、力を一極へ集めるための集積容器のような道具である以上、理屈としては可能な筈である。 その具体的な言葉や、順番、配置などを確認する傍ら、半月状の太陽を模していると思われる”槍”――八節と呼ばれる季節の象徴が刻まれ、それをぐるりと囲むように呪文と思しきものが刻まれたそれを手にして、観察していたレンが、ふと首を傾げた。
「一つ目の祠はいいとして、他の祠の位置は判っているのか?」
 その問いには、ツライッツが首を振った。
「ディミトリアスさんなら、知っていると思いますが……」
「多分、今現在の地図を見ても、ディミトリアスでは判り辛いと思うよ」
 ツライッツの言葉に、首を振ったのはエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)だ。
「現行の地形を説明するより、僕たちで推測する方が早い。幸い、データも揃っているしね」
 そう言うと、エールヴァントはノートパソコンを開いて、地図を表示させると、細かくデータを呼び出してその上へと重ねていく。
「残されていた神話の断片によれば、祠は地に星を描いていた……地輝星祭のランタンの星と同じ原理だね」
 もっとも、規模は段違いだけど、と付け加えながら、リリの発見した祠から、ストーンサークルの中心までの長さを半径として、ストーンサークルを中心点として、ぐるりと円を描いた。
「当時の測量技術がどの程度正確かわからないけど、恐らくこの円上に、八芒星を描くように配置されているはずだ」
 あとは繋ぐ点が一つでもわかれば、より確実な地点が割り出せるんだけど、と言うエールヴァントの後を継ぐ形で、にレンがツライッツへと視線を向けた。
「この線上で、何か思い当たる遺跡は無いか?」
 遺跡調査を専門とする、彼らソフィアの瞳調査団になら、それとは知らない内に祠を発見しているかもしれない。そう期待しての問いだったが、果たして、ツライッツは探った記憶の中にすぐそれを発見した。
「その線上で一致する遺跡は、俺の記憶上に一つ、あります」
 言って、エールヴァントに断ってからキーを叩き、遺跡の場所を入力する。
「距離が祠の距離とも一致しいてる」
 これだけ正確な測量術があるなら、他の地点の割り出しは簡単だよ、と、エールヴァントも目を輝かせると、ふたつの地点の距離、そして方角等から八芒星となる地点を割り出すと、そのポイントをマークして、地図情報をHC上へ公開した。
「しかし……かなり広い範囲だな。それほど大きな存在だったのか、超獣は」
 それを確認し、レンは眉を寄せる。トゥーゲドアの町を覆うより、更に一回り大きく、地図上で星が描かれているのだ。
「それにしては、今侵攻してきている姿とは釣り合いが取れないが」
『ディミトリアスによれば、かつて超獣が地上に出てきたことは無いそうですから』
 レンの疑問には、情報を中継する浩一が答えた。エネルギーの塊である超獣は、地面にある時は形を持たず、その力も拡散していたのかもしれない。あるいは、現在顕現している超獣が、エネルギーの一部でしかないのか。気になるところではあるが、それを追求している時間的な余裕は、余り無い。
『町の方への許可はお願いしてあります。移動に関しては、鈴さんの指示に従ってください』
 その声と同時、切り替わった鈴の声がそれを引き継いだ。
『各移動手段に対して、許可は頂いておりますわ』
 街中での移動手段は、その陸空を問わずに使用が可能だということだ。足の都合が無い者には、こちらで手配した手段を提供する、と前置いた後で、それから、と鈴は続ける。
『移動の際は、運搬用の人員を同行させますわ。何かしら、必要になる可能性もありますから』
 そう言った鈴に、姫神 司(ひめがみ・つかさ)が頷いて「ひとつ、頼みたいことがあるのだが」と口を開いた。
「もしかしたら、搬送が必要になるかもしれない。八つの祠には、それぞれ神官がついていた、という話だ……まさかとは思うがな」
 そう言って、やや言い辛そうに依頼したのは、遺体の搬送だ。呪詛の発生の原因が、祠を鎮めていた神官の血や死で穢されたことにあるのかもしれない。そう指摘するのに、同じ可能性を考えていた鈴が、僅かに声を重くしながら「そうですわね」と応じた。
『遺体を収容するための準備も しておきますわ。……そんな場所で、呪詛に縛られているならば、哀れですもの』


 そうして幾つか話し合って、ツライッツが「確認します」とHC上に纏めた情報を流して説明を始めた。
 まずは配置だ。
 一つ目、北、一本の杖を象徴する祠には、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)
と源鉄心、そしてエールヴァント・フォルケンとアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が。
 二つ目、南西、二つの水瓶の祠には、アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)
 三つ目、東、三本の花の祠は、クナイ・アヤシ。
 四つ目、北西、四本の三日月刀には、ペト・ペト(ぺと・ぺと)とアキュート・クリッパー、ハル・ガードナー(はる・がーどなー)が。
 五つ目、南、五匹の魚は、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)、レン・オズワルドと姫神 司(ひめがみ・つかさ)
グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)
 六つ目、北東、6本弦の竪琴の祠には、ティー・ティー。
 七つ目、西、七本の稲穂の祠には、リリ・スノーウォーカー、ユリ・アンジートレイニーがそのまま残り、笠置 生駒(かさぎ・いこま)ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)が向う。
 八つ目、南東、八個の球体へは清泉 北都(いずみ・ほくと)が、とそれぞれが向うこととなった。

「……私はひとり、なんですか?」
 不満げに言ったのはティーだ。鉄心としても、心配が無いわけではなかったが、体はひとつしかないのだ。
「君は一人でも大丈夫だろう」
 それは信頼、ともいえる言葉ではあったが、ティーはまだ不満げである。それに対して、鉄心は軽く苦笑しながら最終兵器を持ち出してきた。
「お姉ちゃんだろう?」
 その一言には、ティーも沈黙するしかない。
 一方で、こちらに残る、と表明したものもいる。
「まだ、調べておきたいこともあるし……」
 そう言って、パートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)を振り返ったのは矢野 佑一(やの・ゆういち)だ。地輝星祭の終わっている今だからこそ、違う何かが見つかるかもしれない。そしてもう一つ。
「超獣を担ぎ出した”真の王”とかいうのが、素直に共闘しているとは思えないのよね」
 共闘、と言いながら、アルケリウスですら認知していない何かを、遺跡や超獣そのものに対して、施しているかもしれない、とプリムラは懸念しているのだ。
「何か判ったら、すぐに連絡します」
「お願いするね」
 佑一の言葉に、北都も頷いて答えた。
 そんなやり取りの後、各々が移動にかかろうとした、その時だ。

「ちょっと待った!」

 今にも飛び出しそうだった面々を呼び止めたのは、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だ。
「急いでるのは判るけど、だからこそ、準備は万端にしていかないと」
 そう言って取り出したのは、浄化の札だ。確かに、邪悪な気を祓うことが出来る札ではあるが、超獣のような大きな存在すら染め上げる呪詛に、対抗できるとはとても思えない。それを配られた皆が、不思議そうな顔をするのに、冬月 学人(ふゆつき・がくと)が補足した。
「一番心配なのは、呪詛の人体への悪影響なんだよね」
 超獣へ向けて指向性のある呪詛ではあるが、かつてトゥーゲドアの出来る前の土地を荒廃させたように、その周囲に影響が皆無であるとはとても言いがたい。廟から漏れ出している呪詛に、無防備に近づくのは危険すぎる、というのだ。
「出来れば、祠の方もある程度は浄化しておきたいところだけど……」
 学人が難しい顔をするのに、ローズがツライッツ(というより彼と通信を行っている鈴)に「あの」と声をかけた。
「一つずつ、祠を浄化して回るのは……難しいですか?」
『不可能ではありませんが、問題は時間、ですわね』
 八つある祠は、それぞれそれなりに距離がある。最短経路で通ったとしても、浄化の時間がどれくらいになるかもわからない以上、一つずつ、となれば相当時間は食うはずだ。
 そして、時間をかければかけるほど、圧迫されるのは前線で戦っている仲間たちだ。ツライッツの元に理王から配信されてくる、前線のライブ映像では、変形した超獣の暴れる姿が映し出されている。それは、移動の最中から今に至るまで、弱ったような様子は無い。
「最初から随分変わっちまてるし、このままいけば、同化が進んで見た目まで巫女さんみたいになっちまうかもな」
 アルフは呟きながら、自分の言葉で想像力が引き出されたのか、ふと超獣が巫女の姿になったのを考えて、ごくり、と息を呑んだ。
「超弩級巫女さんか……服、着てるのかな」
 そんなアルフの頭をぺしんとエールヴァントの手が軽くはたいた後、皆はとりあえず(他に想像した者がいたかどうかは心の中の秘密として)聞かなかったかのようにスルーすると、仕切りなおし、とばかりにエールヴァントが口を開いた。
「兎も角、時間が無いのは確かだね」
「そうはいっても、ここでしくじれば、余計な負担をかけしまうしな……」
 そんな風に、どちらをとるべきかで悩む面々に、『余り時間を意識せず、準備は万全を期してください』とツライッツの通信機から、浩一の声がした。驚きに目を瞬かせる面々に、浩一は気配を察して続ける。
『イルミンスールの森側からの”伝言”です。”こちらは心配いらないから、慎重にやってくれ”だそうです』
 誰のセリフだったのか、軽い声真似を含んだ声が、気負わせまいとしてか、僅かに笑っている。
『今は時間よりも、万全を期すべきでしょう』
 言い方は悪いが、移動時間を伴う場所で手や手段が欠ける方が痛い。魔術的なものを扱うこともあって、一歩間違えれば両者の危機になりかねないのだから、慎重であってしかるべきだ、と、遠まわし気味な励ましを込めた言葉に、躊躇っていた面々も頷いた。
 モニターの向こうでは、誰も諦めた顔をしていない。今は彼らを信じ、こちらはこちらの仕事をすべきだ、と、意思を確かめ合うように視線をめぐらせ、言葉なく全員で頷く。


 それぞれの移動手段で駆け出した彼らに、既に迷いは無かった。