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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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「戦士筆頭、アルケリウス・ディオン……我らに仇なすものを殲滅する」
 


 時間は僅かに遡る。
 イルミンスールの森の中、超獣を足止めしている結界の、その始点である柱の前に、突如姿を現したアルケリウスの槍の前に、皆が一斉に緊張の面持ちで、それぞれの武器を手に取っていた。


「アルケリウスが出てきたということは、結界の有用性は保障されたということだな」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、体中から警戒を解かないまま呟いた。
 氏無が言ったように、超獣が単身で結界を突破できるのならば、アルケリウスがこのタイミングで前へ出てくる必要は無い。今まで同行せず、情報に寄れば遺跡に姿を現したはずの彼がここへ出現せざるを得なかった理由は、ひとつしかない。
 互いが緊張を孕んで見合ったまま、僅かなきっかけを探ること、数秒。
「名乗りをあげられた以上は、こちらも返すのが礼儀でしょうね」
 そう言ってアルケリウスの前へ立ち塞がったのは遠野 歌菜(とおの・かな)だ。月崎 羽純(つきざき・はすみ)を伴い、手にした双槍の切っ先をアルケリウスに向けると、魔鎧のマントを翻しながら、堂々と声を上げた。
「イルミンスール魔法学校所属、遠野歌菜。イルミンスールを守るため、貴方を倒します!」
 宣告と、同時。強く地面を蹴った歌菜の槍が、ガギン、っと音を立てて、アルケリウスのそれと激突する。続けざま、もう一方の槍が突き出されるが、それはアルケリウスの回転させた槍の柄が、絡め取るようにして弾き出した。だが、その後を追いかけるような槍の穂先は、テレパシーによる連携で、その僅かな隙を狙う形で、ゴッドスピードによって飛び込んだ羽純が穂先を弾いて切っ先を逸らさせる。
 息の合った二人の連携に、たちまち激しい火花が弾けた。右の槍が突き出し、その引く動作のばねを、逆手が伸びる勢いへと乗せる。一撃が重い大ぶりな攻撃だが、その隙を突く余裕を、羽純が作らせない。こちらはその速度でその合間を縫って槍を突き出していく。その四重の攻撃を、一つ一つかわすのではキリが無いと見たか、アルケリウスは槍の柄を浅く持ち、その穂先の重さを利用する形で回転を入れると、槍というより鎌を扱うような軌道で柄を払い、振り下ろす。間合いの大きな槍同士が、そうやってぶつかり合う様子は、戦闘でありながら舞踊を行っているかのようにも見える。
「……行ける……ッ」
 攻防は、二人がかりの歌菜が押しているように見えた。アルケリウスの体が、じり、じりと後退して行く。だが。
「…………不味い!」
 先に気付いたのは羽純だ。攻め込み、追い立てている内に、いつの間にかアルケリウスの槍の間合いに、結界柱が近付いていた。口の端を上げたアルケリウスの腕が、大きく振りかぶったその穂先の軌道を変える。
「させない……っ!」
 ガギンッと嫌な音が響く。振り下ろされた槍の先に、歌菜が飛び込んだのだ。咄嗟に羽純がその体を抱きかかえるように突っ込んだので、歌菜の魔鎧に激突した槍先はそのまま弾かれた。だが、アルケリウスも止まらない。弾かれた槍をさらに回転させて、歌菜たちの体が倒れこむのを待って、再び横薙ぎの一撃が結界を狙った。が。
「させませんよ」
 その瞬間、結界柱の周囲にトラップを廻らせていたロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の戦闘用イコプラ、ミニアインツが横合いからアルケリウスに飛び込んだ。すぐさまそれは、アルケリウスの槍に弾き飛ばされたが、続けざま、サイコキネシスによって機晶爆弾がアルケリウスの目の前で弾ける。
「……ち……っ」
 舌打ちしつつ、後退を余儀なくされるアルケリウスに、負傷した歌菜と入れ替わるようにグラキエスが前へ出た。そんな彼の背中に、ロアは苦い思いを隠しきれず眉を寄せながら、それでも「結界の守護は任せてください」と声をかける。
「こちらは気にせず、戦いに集中を」
 そんなロアに、並び立ったアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が、グラキエスの傍に寄ろうとするのに、ロアは搾り出すような声で「アルゲンテウス」と呼びかけた。
「エンドを……守ってください」
 ロアには、解放されたグラキエスの魔力に対して耐性が無いのだ。助けたくても、力を貸したくても、傍に居ることも出来ないその悔しさに歯噛みするロアの横顔に「勿論だ」とアウレウスは強く頷く。
「勿論だ。主には傷一つつけさせはせん!」
 宣言と共に、ダークブレードドラゴンのガディを駆ると、前線へ踏み出すグラキエスの更に前へと飛び出すと、まだ結界柱の傍にあったアルケリウスを、ガディの闇のブレスで後退させると、そのまま一気に距離を詰めた。
「俺は主を守る鎧にして、主の敵を屠る槍! いざっ」
 そのまま、滑空スピードを乗せて突き出された幻槍モノケロスが、グラキエスの放った奈落の鉄鎖に動きをとられたアルケリウスの槍と、正面からまみえる。ガギン、ッと大きな音が響き、その突撃の重量に、アルケリウスの体も大きく後方へと押し出されるが、流石にそれで留まってくれるわけではなかった。一撃の威力が落ちたところを見計らい、槍同士を擦らせるようにしてアルケリウスの穂先は前方へ滑り、アウレウスの腕を狙って突き出される。槍の長いリーチがこの時ばかりは仇だ。
「く……っ」
 手綱を引かれたガディが、咄嗟に吐き出したブレスで直撃を食らうことが無かったが、突き出された槍を弾き、続く連撃を辛くかわして、一旦一人と一頭は上空へと退避した。が、それは、時間稼ぎも兼ねていたのだ。アルレウスが交戦している間に、印の刻まれた目を見開き、詠唱を終えたグラキエスが、その荒れ狂う魔力を解き放った。
「奈落の凍気に、凍れ、アルケリウス!」
 吹き荒れた強烈な凍気が、ビキビキと大気ごと大地を凍りつかせていく。襲い掛かるそれを、槍先に強い炎を纏わりつかせることで直撃を防いだものの、全てを防ぎきることは出来ないと踏んだのか、アルケリウスの体が大きく後方、超獣の元まで下がろうとする。だがそれより早く、飛び込む影が一つ。
「逃がすか!」
 追撃するのは魔鎧ビリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)を纏った、黒革のラーダースーツ姿の狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。ビリーが奈落の鉄鎖で引こうとする足を阻んだその横合いから、魔銃マハータパスが火を噴いてアルケリウスを狙う。槍を回転させることでそれを弾いたアルケリウスが、舌打ちと共に、グラキエスと乱世、そして超獣の丁度間の距離でその足を止めて構えなおした。
 そこへ。
「ふっ、待たせたな……俺、登場ッ!!」
 高らかなセリフと共に、アルケリウスの前へ出たのは、遺跡から戻ったその足で駆けつけた高塚 陽介(たかつか・ようすけ)だ。ビッとポーズを決める陽介の隣では、自分は無関係とばかりに九断 九九(くだん・くく)はちょっとそっぽを向いている。四つ巴のようになった位置状況で、油断無く間合いを計るアルケリウスに、陽介は指を突きつける。
「アルケリウス、貴様の貴様の御託は聞き飽きたぜ、このブラコン!」
 びしいっと指をさされたアルケリウスは、露骨に嫌そうに顔を顰めたが、陽介は止まらない。
「エゴイスティック過ぎんだよ、貴様は!」
「全くだ」
 ここで、同調したのは乱世だ。
「彼女を取り戻して、復讐できれば、あんたはそれで満足だろうよ。だが、巫女さんやあんたの弟さんはどうなる」
 乱世の鋭い目は、アルケリウスの中で揺れる憎悪を真っ向から睨み据える。自身の義務と、巫女への愛情に苛まれるディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)が、復讐を果たしたアルケリウスを許せるはずが無いだろう。最悪の場合、兄弟同士で殺しあうことになるのかもしれない。何より、全てが終わって、巫女が目覚めた時、望んでもいない世界の破滅を、自分自身の手で下したと知ったらどう思うか。
「あんたの憎悪なんざ目じゃないぐらいの絶望が、彼女心を殺すことぐらい、分かりきったことだろうがよ!」
 投げつけられた言葉に、アルケリウスは僅かに眉を寄せたが、それだけだ。敵の言葉など、聞く気も無い、と言わんばかりのアルケリウスに、すっかり自分の言いたいことを取られてしまった陽介が、げふん、と開きかけた口で誤魔化すように咳き込んで、仕切りなおし、とばかりに指をアルケリウスに突きつけなおした。
「とにかく……貴様はここで、果てろ! ……九九!」
 宣言。戦闘開始の合図のごとき陽介の一声だが、飛び込むのは九九だ。陽介からパワーブレスを受けた九九は、手にしたフランキスカを投擲した。ぶんっと空を切って、視界を塞ぐように腕を狙って投げられたそれは、あっさりとアルケリウスの槍に弾かれたが、同時に駆け出していた九九が、それに意識を取らせた一瞬で間合いを詰めると、トマホークを振り落とした。ガンッと鈍い音がして、随分と頑丈な槍の柄が、トマホークの刃先を受け止める。
「ムカツク奴ですねぇ」
 普段の九九の様子からはがらりと変わった、殺人鬼そのものの目が軽い苛立ちを宿して、弾かれた反動を利用してくるりと体を回転させ、着地と同時にその足を払うように蹴りを放つが、それも振り下ろされた槍の腹がぶつかって弾かれる。だが、直ぐにまた体勢を立て直すと、アルケリウスに向って飛び込んでいく。
「陽ちゃんから、接近しろって言われてますしねぇ」
 槍のリーチは長い。一旦離れてしまえば、近接武器では、そのリーチの不利からその間合いに飛び込むことは難しい。だが、アルケリウスのほうも、接近状態を続けさせるほど、容易い敵ではない。纏わりつくように攻撃を繰り返す九九を鬱陶しがってか、腕を大きく振りかぶった、威力の篭った一撃が振り払われ――ようとした。
「させるか!」
 その槍を阻むように、乱世の銃弾がアルケリウスの腕を狙って火を噴き、併せて、アン・ブーリン(あん・ぶーりん)のセフィロトボウが、時間差で着弾する。
「巫女の不安を煽りたて、世界を滅ぼす罪を犯させようと図るなど……男の矜持にもとる恥ずべき行い、貴方が恨む輩と何の違いがございましょう?」
 自らの経歴故に、女性を弄ぶ不実な男に対して、容赦の無いアンは、そのねじくれた根性を叩き直してやらんとばかりに憤慨を矢に込めて、その弓はアルケリウスを狙って揺ぎ無い。遠近両方の攻撃に併せて、上空からも降ってくる槍の間に挟まれ、自身の間合いを取りきれないのか、アルケリウスの体はじりじりと押されているように見えた。しかし。
「……ッ、危ねえ!」
 歴戦の防衛経験か、ビリーが反応したのに併せて、乱世が九九を押しのけるようにして割り込んだ。その場所から、黒い腕が突き抜けたのを、何とか直撃を免れた二人が地面に転がる。何時のまにそこまで移動していたのか、結界の奥まで入り込んできていたのだ。幾つもの腕が二人を狙うのを、飛び起きて何とか避けたものの、その隙を見逃すはずもなく、アルケリウスの槍が二人を指し、その口が短い呪文を唱えようとした、が。
「させないよ……!」
 それを阻むように、放たれた魔法を混沌の盾で塞ぎながら、割り込んだのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)だ。
「悪いけど……勇者を目指すものとして、好きにさせるわけにはいかないよ」
 言うが早いか、盾を前へ出し、突き出された槍をその表面を滑らせることで弾くと、開いた胴へと剣を振るう。その剣先は、弾かれた槍の回転を乗せた柄の末を横に薙がせて迎え撃たれた。だが、なぶらもその柄を絡め取るように剣先を器用に翻し、柄の先を逸らせて、更に間合いの内側へと潜り込む。
 ガギンッ、と素早く持ち手の替えられた槍の穂先が、突き出された剣とぶつかり合った。太刀と槍がつばぜり合い、ぎりぎりと金属の擦れる音の中、なぶらが苦笑を交えて笑った。
「ぷっつんしちゃってるのかと思ったけど、案外冷静だね」
「貴様もな。勇者を気取るからには、もっと”それらしい”攻撃をしてくるかと思ったが」
 攻撃の組み立てが効率的で、無謀とはほど遠い、と、冷静な分析に、なぶらも肩を竦める。
「お互い器用貧乏みたいだねえ」
 それだけにやりずらい。お互いに余力を残しての攻防だ。本来なら、どちらかがその均衡を崩さなければ、埒が明かない。しかも、アルケリウスのほうは体力の底も知れないのだ。だが。
「まあでもそれって、一対一の場合、だよね?」
 訝しげにするアルケリウスが首を傾げたその時、割り込むようなアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)声がその耳に届いた。
「全く、あまり不用意に飛び出すものではないですよ。戦いの場に……生徒ばかり前へ立たせるわけにはいきません」
 次の瞬間。エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)の光術の強烈な閃光が走り、一瞬手を止めたアルケリウスに、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が相対した。
 かつては、自身も復讐を選んだことがあるだけに、アルケリウスの気持ちが判らないでもないジグルズだが、同時に、イルミンスールの森での自給自足が、今のジグルズにとっての生活だ。それを奪われるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
「我こそはヴォルスング一族のジグルズ!降りかかる火の粉は払わせてもらおう!」
 一声と共に、飛び込んだシグルズとアルケリウスの間で、たちまち攻防戦となった。重たい一撃を龍鱗の盾で受け、細かい技をなぎ払いで弾いて隙を作り、そこへなぶらの剣戟が滑り込んでくる。縦横無尽に振るう槍のリーチの利を生かすことで何とかいなしているものの、段々と手数が足らなくなることに、じわじわとアルケリウスの中に苛立ちが沸き始めているのが見て取れた。
「今です!」
 それを機と見て放たれた、エヴァのバニッシュを浴びたアルケリウスが、飛び離れるように後ろへ下がる。そこへ、ジグルズの稼いだ時間によって詠唱を終えた、アルツールの呼び出した不滅兵団がアルケリウスに迫る。
「……ち」
 対処を二択に迫られたアルケリウスは舌打ちし、苛立ちも露に後方へ下がると、ばちばちと槍に雷を纏わせて力任せになぎ払った。だが、それこそが――アルケリウスの攻撃のパターンを引き出すのが、アルツールの目的だ。
「成る程、雷か」
 呟き、続けて放たれた召喚獣は、フェニックス。技をを放ったばかりのアルケリウスの隙を狙った、新たな大技に、雷を纏わせたままの槍を旋回させて、雷を更に出力を上げて壁のごとく放つことでそれを防ぐと、更に後方へ飛び、次の攻撃を防ごうとしてか、アルケリウスは槍を振り下ろした。雷を纏った真空波のようなものが、アルツールを狙って直線を描いて伸びてくる。が、それはシグルスの放ったスタンクラッシュが相殺した。激しい土煙の上がる中、決定打にならない自身の攻撃に、アルケリウスは眉を寄せた。
「小賢しい奴らだ」
 忌々しげに吐き出したアルケリウスに、追い討ちとばかりに、歌菜や九九が一斉に飛び込んだが、その攻撃が届くより一瞬早く。唐突に構えを解いたアルケリウスが、強烈な閃光を纏った槍を地面へ突き立てた。瞬間。
「――ッ!」
 穂先が更に強烈な光を纏ったかと思うと、それが膨れ上がるようにして弾け、光の壁のような衝撃が、アルケリウス自身の周囲を、飛び込んだ契約者たちの体ごと、一斉に吹き飛ばした。
「派手な奴じゃのう」
 光が薄れ、自身の周りを大きく開かせたアルケリウスに、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)がのんびりと前へ出た。大小さまざまな触手を蠢かせるその体つきに、アルケリウスは槍を構えながら目を細めた。
「貴様も邪魔をするのか……?」
 嘲笑うような声に、「我はこれでも、主に感心しておるのじゃよ」と手記はあくまでのんびりとした声色でアルケリウスに声をかけながら、その歩みを一歩、一歩と近づけた。
「時間は凶悪じゃ。それを前にして、ここまで感情を保っておるというのはの……尊敬に値する、と言ってもいい」
 一万年という、途方も無い長い時間の中では、人間の心など塵芥のように砕けてしまうだろう。憎悪と復讐心だけとはいえ、それだけの感情と意思を保ち続けるのが、どれほどのことか。
「寧ろ羨ましい位ですよ。そこまで続く感情や、記憶が、ね」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が後を継いで言うのに、手記も頷いてみせる。
「主が復讐を遂げようと言うのならば、我はそれをよしとしよう」
 淡々と、詩を読むように語っているが、その口調は演技がかって、本音とはとてもいい難い。果たして。
「然りとて――我が寝床を渡す理由には程遠い」
 言うが否や、黄衣を纏ったかの旧支配者のごとき姿をした手記は、残る距離を詰めるとアルケリウスに相対した。すぐさまアルケリウスも反応してその槍を伸ばしたが、手記の背負う旧支配者の威光は、牽制程度の槍先を受け付けない。様子見は意味の無いらしいことを悟ったアルケリウスは、すぐさま大技を仕掛けるべくに距離を取ろうとしたが、それは悪手となった。
「……っ、ぐ、……」
 瞬間放たれた、手記自身に蓄積された膨大な記憶が、アルケリウスになだれ込んだのだ。一万年を過ごそうと、その構造は殆ど人間のままのアルケリウスだ。受け止めきれるはずも無くそれは内側から蝕み、その槍先を乱した。その隙に間合いを詰めた手記は、異界の王笏、黄の聲を振るった。咄嗟になぎ払われたアルケリウスの槍に、それはぶつかって防がれたが、手記の口元はかすかに笑みを残している。
「鳴らすは三度、眩むは双眸、耳に残るは黄の聲」
 さりげなく鳴らされた刃が、唐突に光を帯びて弾けた。目を焼き、体を焼くほどの強烈な光だが、両者を双方へ吹き飛ばすその光を受けて尚、アルケリウスは着地を決めた後は悠然と立っていた。
「成る程……アルケリウスの象徴は、太陽でしたね」
 ラムズが軽く眉を寄せる。近似する光の属性では、アルケリウスに対しては余り有効ではないようだ。だが、手記自身のことは警戒しているようで、一度開いた間を詰めさせまいと、アルケリウスは大きく距離を取っては、魔法や真空波を駆使して遠距離から攻撃を放ってくる。
 その足止めに、ラムズは弓引くものが放つ時を歪める矢で横槍を入れているが、持ち主にすらその矢の出現場所の特定できない代物だ。動き回るアルケリウスを中々捉えることが出来ない上、時に手記の目の前に落ちて文句を食らっている。それをやや遠巻きに見ながら、いやはや、とラムズは肩を竦めた。
「狂気に呑まれて、がむしゃらに向かってくるものかと思いましたが」
 割に冷静ですね、とラムズが言うが、「あれは、つつけば案外、簡単に崩れてくれそうですよ」、とエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が言った。
「自分が正しいと信じ込んでいる者ほど、否定には敏感なものですからね」
 ククっとエッツェルは喉を震わせる。

「さて、どこまで削ればあれは食らえるでしょうかね……」
 

 小さく呟くエッツェルの声は、聞いたものの背筋をぞわりとさせる響きを持っていた。