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リアクション
第11章 ハリール奪還!
壁についた空気窓の格子をすり抜けて、みごとアタシュルク家の別荘を抜け出したラブ・リトル(らぶ・りとる)は、ただいま絶賛逃亡まっただなかにいた。
「どこもかしこも同じ景色ばっかり! どこよここー!
もー! よく考えるとみんながどこにいるのか場所もさっぱり分かんないじゃないのよー! ハリールったら、ボケーっと寝てる暇あったら童話みたいに目印くらい落として来なさいよ! まったくもおっ!」
しっかり起きて、隠れていただけの自分は棚に上げている。
道なりに沿って飛ぶラブを、赤々と燃える目をした地獄の猛犬バーゲストの群れが追っている。
「にしてもおっかしーわねー、絶対だれも気づいてないと思ったのに、どうして見つかっちゃってるのかしらー?」
これもやっぱりアイドルの宿命ってやつ? 目立とうとしなくても、にじみ出るカリスマパワーで身バレしちゃうのよねえ。
自分に隠密の素質がない、うっかりさんだとは毛ほども考えないラブである。
しきりと小首を傾げる間も、ハーゲストが引きずる鎖の音、巨大な爪が地を蹴る際にたてる擦過音はだんだん大きくなっていた。
このままではいずれ追いつかれるかもしれない――そう思ったとき、なぞの第六感が働いて、ラブはとっさに右横へ飛びのいた。直後、ラブがいた辺りでガチッと牙同士がぶつかる音が起きる。それをかわきりに、子牛ほどもある巨体と巨大なあぎとを持つ犬たちが次々とラブめがけて跳躍してきた。
単純に、真上へ逃げれば避けられるのだが、それが思いつかないのがラブのラブたるゆえんである。
「よっ、とっ、はっ!」
ひらりひらり空中で何度かニアミスを繰り返した結果、ようやくそのことに遅れて気づく。
「あ、そーか!」
牙の届かない上空へ上がろうとしたラブのすぐ頭上を、しかしそのとき何かがヒュッと走り抜けた。彼女を飛び越し、地に突き刺さった矢が揺れている。振り向くと、追いついた追手たちがボウガンを手にラブを狙っていた。狙っていない何人かは、先に発射した者たちだろう。新しく矢をつがえている。
「ちょ、ちょっと待ってよ! こんな場所も分かんないド田舎の道端で体穴だらけにして死ぬなんて、絶対スーパーアイドルの死に方じゃないわよ! ……くっ」
絶体絶命の大ピンチに陥ったラブがとった行動とは、ラブちゃん専用インカムのスイッチを入れることだった。
「これもそれもあれもみんな、全部ハーティオンのせいよ! あたしの怒りを込めた歌、耳の穴かっぽじってしかと聴きなさい!!」
すうっと胸いっぱい息を吸い込み、ラブは怒りの歌を声の限りに絶叫した。
ハーティオンへの恨みつらみを込めて。
ひしひしと胸に迫る、感情豊かなラブの歌声がひらけた周囲、遠くの山々まで響き渡る。
アタシュルクのビーストマスターたちは突然歌い出すという行為にとまどいを見せ、警戒したものの、それがただの歌だと知った彼らは、すぐにまた矢を射かけだした。
「ふぁっきゅー! あたしの歌があんたたちなんかに止められるかー! こうなったら逃げまくりながらでも歌ってやんだからー!」
頭にきた矢を避けて、ラブは中指を突き立てて彼らに見せる。東カナンにそういう文化があるか知らないので、意味が通じたかどうかは分からない。だけどたぶん、意訳で伝わったのだろう。ビーストマスターたちの怒りの感情に反応して、ますます猛り狂ったハーゲストたちはおそるべき跳躍を見せ、ラブを引きずり下ろそうとする。ラブは身をひるがえし、逃走を再開した。
「もぉー! 早く来なさいよハーティオーン!!!」
そのころコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)たちは、ヤグルシたちが退却した方角から見当をつけ、手分けして捜索している最中だった。
「む? あれは、ラブの声!」
風に乗って聞こえてきたかすかな声に、コアは動きを止める。
「そうなのか?」
源 鉄心(みなもと・てっしん)は半信半疑で、それでも耳をすませてみた。しかし聞こえてくるのはもっぱらハリールを捜す者たちのたてる音だ。注意して聞き分けようとすればできないことではないが、それがだれの声かまでは判別がつかないし、そもそも人の声なのかどうかもあやふやだ。
「この辺りにいる野生動物の声という可能性も――」
「いや、あれはラブの歌声だ。私には分かる」
コアは断言した。
「そうか」
ラブはコアのパートナーだ。そういうものなのだろう。納得し、散っていた仲間たちを呼び寄せる彼の横で、コアは目をこらした。
いくら見つめていても、地平にそれらしき姿は映らない。だが、見える気がした。彼の心の目は、こちらへ向かって逃げてくるラブの姿を映している。
そうだ、ラブは逃げているのだ。追手から、必死に。そしてコアに助けを求めている!
1歩2歩と無意識に歩を進めたコアの胸でハート・クリスタルが輝きを強める。
勇気の心が強く燃え上がるとき、奇跡のパワーはその真の力を発揮する。
「うおおおおおおっ!! ハートエナジー全開! 竜心咆哮! ドラゴランダー!!」
「ガオォォォォォン!!」
コアの呼び声に応えて、巨大な鋼鉄の恐竜型ロボット龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)が雄叫びをとどろかせた。
「竜心合体!! ドラゴ・ハーティオン!!」
ドラコ・ハーティオン。それは、ハート・エナジー(勇気)によって合一を果たした2人のもう一つの体だった。
融合した2つの肉体は主人格であるコアをベースに巨大化。竜尾、竜角そしてこぶしからは竜の爪が生えている。
「さあ行くぞ! ともに戦おう!」
――グオオオン!
己のどこかで、ドラゴランダーが応えるのを感じ取る。ドラコ・ハーティオンは地響きをたてて走り出した。
ズシンズシンという超重量の足音に気づいたのはビーストマスターたちだった。
「お、おい。あれを見ろ…」
まっすぐこちらへ向かってくる巨大ロボットにざわめきが起きる。カナンにもイコンはあるが数が極端に少なく、一般人が目にするのはごくまれで、一度も目にしないで生涯を終える者も多い。巨大ロボットの登場に度肝を抜かれても当然だろう。しかしバーゲストたちは違った。ひらひらと逃げる獲物を追うことに夢中になって、空から振ってきた何かが割り入るまで気づけなかった。
それはコアの繰り出した空手チョップで、まるでギロチンのようにラブとハーゲストの間を分断する。地に亀裂を入れ、飛礫を飛ばし、勢いあまってぶつかった何頭かをはね返した。
地獄の猛犬と呼ばれ、その牙は鉄棒も砕くと人々に畏怖されるバーゲストだったが、巨大な鋼鉄の敵には文字どおり歯が立たなかった。尾を巻いて逃げ帰るものが大半のなか、果敢にも数頭が威嚇のうなりを発してコアの手の壁を乗り越えようとする。それらをコアはデコピンで弾き飛ばした。
「ハーティオン! 何してたのよ! 遅いじゃない!」ラブが笑顔でまぶしげに見上げる。「今、世界のピンチだったのよ! もうちょっとでみんなのアイドルラブちゃんが、この世から消えちゃうとこだったんだからっ」
「え? いや、振り切れなかったのは単におまえが太――」
「あたしは格子窓だってすり抜けられるスリムボディの持ち主よっ!」
顔面めがけ、ラブパンチが弾丸のように飛んできた。
「くそっ…!」
どう見ても形勢不利だ。自分たちのかなう相手ではないと、ビーストマスターたちは逃げ帰ってくるバーゲストたちとともに反転する。
「早くみんなに知らせ――」
しかしその先にはすでに月谷 要(つきたに・かなめ)と月谷 悠美香(つきたに・ゆみか)が回り込んでいた。
途中までコアの肩に乗せさせてもらってきた要は、この場に到着すると同時に機巧龍翼を展開し、悠美香を抱き抱えて離れていた。
いつの間にと息を飲むビーストマスターたちの前、そっと悠美香を下に下ろしてから自分も着地する。
「セテカさん、なんでこんなやつらの味方なんかしてるんだろ」
ついぼやいてしまうのは、彼を心配する思いがあるからこそだった。
「しょうがないわ。セテカさんにはセテカさんの考えがあるのよ」
「ったって」
「それに、無茶っぷりに関しては要だって人のこと言えないでしょ。すぐ1人で暴走するし」
そう言われると、何も言い返せなかった。あまりにも心当たりがありすぎる。
「昔のことだよ…」
「あら。覚えておくわよ? 今の発言」
小さな笑みがいたずらっぽく悠美香の口元に浮かんだ。
「じゃあまあ、依頼された側としては、きっちり依頼内容を果たさせていただきますかねぇ」
要は9/Gと9/Bの二丁拳銃を同時に抜いた。
「1人も帰還させるわけにはいかないわよ、要」
「もちろん」
悠美香の手には巨大な両刃剣と対なる力場展開機ウルネラント・ルーナがすでに握られている。
行く手をふさぐ彼らの姿にとまどいを見せたビーストマスターたちは、彼らの武器に反応してすぐさまバーゲストたちを叱咤して臨戦態勢をとらせ、自身はボウガンをかまえた。
ついさっきまで追い詰める立場だったのに一瞬で逆転され、挟撃を受けている。しかも見たことのない巨大なロボットと技を用いる者たち。その事実が激しく彼らを揺さぶり、恐怖がさらに拍車をかけた。
目の前の敵を打破しなくては。混乱し、その思いにとらわれたビーストマスターたちは、標的を捉える間もなく問答無用でボウガンを発射する。シュシュっと空を切る音が立て続けに起き、めったやたらに撃ち出された矢が要たちを襲った。
迎え撃つ銃弾。爆音を残して飛び出した銃弾は矢を切り裂きあるいは破壊してその先のボウガンを砕く。しかしビーストマスターたちとてただやられるのをこまねいてはいなかった。初撃を受けたことで反対にいくらか分別を取り戻した彼らは、けがをかばいながらも左右に展開、数で要に対し揺さぶりをかけようとする。だがそれもまた、要は織り込み済みだった。
左に散ったビーストマスターたちを追って視線を走らせた、灰色の左目がチカっとまたたく。威嚇のように指向性ビームがビーストマスターたちの足元を走り抜け、同時攻撃の連携は崩れた。要の注意が左にそれたのを見た瞬間、右のビーストマスターたちが一斉に矢を射たが、まるで第三の目でも持っているかのような的確さで要の放った銃弾は彼らを捉える。銃声は3発。しかし苦鳴の声を上げて倒れたのは5人だった。利き腕を貫かれた3人のほかにも、突然血を吹きだして倒れた者がいる。ぱっくりと二の腕まで裂けた傷は、銃弾によるものとはあきらかに違っていた。まるで見えない刃物で切り裂かれたような傷だった。
「くっ……このっ!」
ばたばたと倒れた仲間を見て、左のビーストマスターたちが激怒する。体勢を整え、再びボウガンをかまえようとした彼らが見たものは、横切るように流れる月光めいたうす青い光だった。
いつの間にこんなにも距離を縮められていたのか。目を瞠る彼らの注意がそれた一瞬を突くように、次々と悠美香は彼らの手から武器を叩き落としていく。背後のビーストマスターが腰元のナイフを抜こうとする動作を見て、完全に抜くより先に蹴り飛ばす彼女の足首で、彗星のアンクレットがきらめいた。
「来い! やつを食いちぎれ!!」
蹴り飛ばされ、転がった先で、ビーストマスターはバーゲストに命じた。ビーストマスターたちを守るため、要を襲撃していた一部のバーゲストがこれに応じてターンする。
「悠美香ちゃん!」
要は身を守ることより悠美香を優先した。銃弾は2頭のバーゲストの後ろ足を撃ち抜いたが、3頭目を狙ってトリガーを引くより早く要は体当たりを受けて地を転がった。馬乗りになり、巨大なあぎとが頭を噛み砕こうとしてくるのを避け、腹を蹴り飛ばす。転がって距離をとり、銃口を向けた先で、いましも飛びかかろうとしたバーゲストがぎゃんと鳴いて倒れた。
銃声が起き、さらに数頭のバーゲストが鮮血を噴いて倒れる。
「待たせた」
追いついた鉄心がすばやく影に潜むものから飛び降りて要を引き起こす。その間も銃口はバーゲストたちへ向けられており、バーゲストたちは見慣れぬ黒鉄の武器を警戒してその場にとどまっていた。
要はただちに襲撃がないのを見て、すぐさま悠美香の方を見る。かなりの数のバーゲストが向かったはずだ。しかし心配はいらなかった。そちらにもやはり影に潜むものに騎乗したティー・ティー(てぃー・てぃー)がすでに援軍として到着していた。
「なるべく殺さないようにしてくれ」
内心胸をなで下ろしつつ鉄心に言う。
それは道中コアに頼まれたことだった。彼らはハリールの親戚であり、東カナンの民であることに変わりないから、と。今はこじれきっているが、いつか関係が修復されるかもしれない。その可能性を残すためにも「彼女との争いで大勢一族の者が死んだ」ということは避けたい、というのだろう。
「分かった」
もとより鉄心もそのつもりでいたので異論はない。
2人は互いに背中合わせとなって、半円状に囲ったバーゲストやビーストマスターたちを狙い撃ち、負傷させることで敵の戦意を削いでいく。
その一方、ティーによる呪歌が周囲に満ちた。
彼女の唇から紡ぎ出された子守歌と白魚のような指が奏でる眠りの竪琴による演奏がビーストマスターやバーゲストたちの凝り固まった心を解きほぐし、緩ませて、深く安らかな眠りへと誘う。
武器を持つ腕が上がらず、これ以上立っていられないというようにひざをつき、倒れて動かなくなる彼らを、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が道から大分はずれた林のなかまで運び込んだ。とはいっても一番小さなバーゲストでもイコナの倍は体重があり、彼女に運べるわけもなく、運搬したのは彼女の料理仲間で相棒のサラダで、イコナは
「よくやりましたですの。お疲れさまですの」
ともっぱらねぎらいの言葉を脇からかけるだけだったが。しかしサラダは彼女に褒めてもらえてうれしそうにのどを小さく鳴らし、雷のような音をたてた。
「こちらでしばらく眠っていてくださいね」
すうすうと屈託ない顔で眠るバーゲストの頭をなでて、ティーがつぶやいた。
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