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都市伝説「地下水路の闇」

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都市伝説「地下水路の闇」

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SCENE・3 

 最初の入口マンホールの下、仄かな明かりが灯っていた。葉月ショウ(はづき・しょう)とパートナーの葉月アクア(はづき・あくあ)は、みんなが戻ってくるのを待っていた。ショウはみんながバラバラになる前に紙とペンを渡し、一時間ごとにこの場所に戻り地図を書いてきてくれるように頼んだのだが……。
「……誰も来ないな」
 ショウは呟いた。一時間以上経っても、誰も戻る気配がなかった。アクアも困った顔で頷く。
 そこへ懐中電灯の明かりが近付いてきた。
「妙な動きをしていますね」
 アクアが言うとおり、光は前ではなく地面をきょろきょろと照らす。ショウは念のため、剣の柄に手を掛けて待つ。
 アクアは手に持っていた懐中電灯を近づいてくる者に当てた。光に照らし出されたのは、一人ではなく二人だった。
「わっ! 眩しい!」
 悲鳴を上げたのは椎名真(しいな・まこと)で、その腰には可愛らしい子供ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がしがみついている。出口を目指していた椎名には、ショウがメモを頼んでいた。
 アクアは明かりを少し下げ、ショウは声を掛ける。
「椎名! やはり出口は見つからなかったのか?」
「んー、出口付近までは行ったんだけど……」
「ボクたち変な黒い化け物に襲われちゃって、何とか逃げられたんですけどぉ……椎名ちゃんの携帯が化け物に持って行かれちゃったみたいなんです」
 椎名は後ろ頭を掻き、ヴァーナーが続きを答える。ヴァーナーは一人で迷子になり、懐中電灯も壊れて泣いていた時に、通り掛った椎名に保護された。
「とりあえず、出口付近までの道順は書いてきたから、これをみんなに渡してやって」
 ショウは椎名から道順が書かれたメモを受け取り、少し疲れた顔の椎名の肩を掴む。
「椎名、携帯は夜明けを待って俺たちと一緒に探さないか? 今は脱出のほうが……」
 しかし、椎名はショウの手を軽く払い、首を横に振る。
「いや。あれは俺の命よりも大事な京子ちゃんとの絆みたいなものだから」
 椎名はそう言うと、奥の闇へと歩き出す。ヴァーナーは一瞬ショウたちと椎名を見て迷うが、
「椎名ちゃんのことはボクに任せて下さい!」
 すぐに元気よくショウたちに手を振り椎名を追いかけて行った。
「椎名さん、だいぶ思い詰めていたけど、大丈夫でしょうか?」
 アクアの問いかけに、ショウは答えることができなかった。
 
 
「円は可愛いわねぇ〜」
「マスター、すごく怖いです」
 桐生円(きりゅう・まどか)とパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、地下水路の闇の中で二人だけの世界に浸っていた。桐生はオリヴィアの腕の中で、満面の笑みを浮かべている。
 オリヴィアは桐生の頭を撫でながら囁く。
「あらあら、甘えん坊さんねぇ。どうして欲しいのかしら? その小さなお口で言ってごらんなさい」
「ボクをもっとぎゅっと抱きしめてください!」
 オリヴィアが桐生の望み通り、更に深く抱きしめようとした瞬間、ソレは水路から這い出した。人間の大人ほどの大きさの黒い人型。
「……残念。円、逃げなきゃいけないわねぇ」
 オリヴィアは桐生を離し、掌に火を出現させる。まだ名残惜しそうな桐生は、アサルトカービンを構えながら笑顔でオリヴィアに言う。
「マスター、後で続きをお願いします」
 オリヴィアはニコリと頷く。
「そうねぇ〜生きて出られたら続きをしましょうねぇ」
「はい! それでは……失せろ、化け物」
 銃撃音と爆音が起こった。
 
 
 桐生達からそれほど離れていない場所、大勢の人間が集まり揉めていた。飛鳥井蘭(あすかい・らん)は腰に手を当てて、一同を見回して言う。
「いいですこと? 化け物は人によって姿を変える。ということは、幻覚の類である可能性が高いわ」
 パートナーのクロード・ディーヴァー(くろーど・でぃーう゛ぁー)は熱心に相槌を打つ。
「新月の夜に地下水路で出現することを考えますと、光が関係しているとわたくしは推理しましたわ。何か光によって幻覚を見せる装置があって、化け物と遭遇したとき、光で周りを明るくすることが有効だと考えましたの。そうよね? クロ」
「その通りでございます。お嬢様。ですから、みなさんにも光を集めるのを協力して……」 
「気に入らねえな」
 腕組をしてだるそうに聞いていた高崎悠司(たかさき・ゆうじ)がクロードの言葉を遮る。飛鳥井の片眉が上がる。
「ちょ、ちょっと、悠司」 
 高崎のパートナーのレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が、高崎の服を引っ張るが、それを振り払う。
「光が化け物を見せている可能性っていうのには同意見だけどよ。だが、俺の場合は方法が反対だ。光によって見せてんなら、その光を消したほうが早いんじゃねえの?」
「ああ、なるほどねぇ。キミ、パラ実なのに意外と考えているねぇ」
 のんびりと感心した声を上げたのは已已巳己纈(いえしき・かすむ)。一緒にいるパートナーのガウェイン・ハーゼ(がうぇいん・はーぜ)まで感心している。
「それがしも驚きました! やはりパラ実だからと偏見を持ってはいけないという教訓でありますね」
「……てめえら、喧嘩売ってんのか?」
 高崎の怒りを感じ、レティシアは慌てて話を他の人間に持っていく。
「ね、ねえ、キミはどう思う?」
 今まで黙って聞いていたエメに、みんなの視線が集まる。飛鳥井はエメの全身を見ながら言う。
「あなたもわたくしと同じ考えでしょう? その格好は幻覚を見せる有毒ガスを発生したときに備えでしょうし、その用心深さはわたくしと同じ深慮深さを感じますわ」
 エメは長靴を履き、スカーフでマスクのように口と鼻を覆っていた。本当は綺麗好きで、汚れるのと悪臭を嫌ったための格好だが、エメはあえて何も言わなかった。だから、身支度に時間がかかり、一番最後に水路へ入ったのだが。
 エメはわざとらしく咳祓いをして言う。
「化け物の正体を掴むことも大切かもしれないが、キミたちはここへ何しに来た? 取り残された者を救いに来たのではないのか?
 もしここで私たちが見捨てたら、その時点で見殺しにした事になるのだぞ?」
「エメ殿の言葉は正しい! エメ殿こそ真の騎士であります!」
 ガウェインは感激して、思わずエメと固い握手を交わす。一緒に行動していた已已巳己はともかく、ガウェインは少女救出を第一の目的としていた。
 しかし、高崎は呆れた顔で言う。
「はあ。まだハメられたことに気づいていねえのかよ? おっさん」
「お、おっさん?」
 秘かに年齢のことを気にしていたエメの顔が引き攣る。
 殺伐とした空気が流れ始めた時、
ドガンっ!
 すぐ近くの角から凄まじい破壊音がして、瓦礫と砂埃が舞う。そして、瓦礫の中から桐生とオリヴィアが飛び出してくる。二人から少し離れたところには、黒く溶けた人型の化け物がいた。
 突然の事態に硬直していると、桐生がすれ違い様に飛鳥井の肩をポンッと叩き、愛くるしい笑顔で言った。
「任せた」
「……なんですって〜!」
 飛鳥井が怒りとともに振り返るが、すでに桐生とオリヴィアは闇の中に逃げ込んでいる。
「絶好の機会じゃねぇか……どっちが正しいか確かめようぜ! 光を消せ!」
 高崎の言葉にクロードは戸惑うが、飛鳥井は鼻で笑いクロードに命令する。
「いいわ。クロ! さっさと光を消しなさい!」
「……承知いたしました。お嬢様」
 クロードは懐中電灯を消し、
「いいねぇ。面白くなってきたねぇ」 
 已已巳己も笑みを浮かべながら懐中電灯を消す。
 辺りに本当の闇が包み込み、
ガラガラガラ!
 桐生達が作った瓦礫をなぎ倒しながら、突進してくる化け物の音がする。
「やっべ! レティシア! 光条兵器を出せ!」
「う、うん!」
 珍しく焦った高崎に言葉に応じ、レティシアは光条兵器の光輝く槍を出現させる。已已巳己たちも懐中電灯をつける。
 そんな中、飛鳥井は勝ち誇ったように宣言する 
「ほら、ごらんなさい! わたくしの言った通りですわ。さあ、今度はわたくしが試す番だわ。あらゆる光を化け物に当てなさい!」 一斉に懐中電灯の明かりと火術による火の光が灯される。あたりは真昼のような明るさになり……化け物は一瞬立ち止まっただけで、
ビュッ!
 化け物の人型の手の部分が伸び、一直線に飛鳥井に襲いかかる。
『ツインスラッシュ!』
 咄嗟にエメとガウェインのツインスラッシュで触手を弾き、黒い液体が飛び散る。
『火よ!』
 已已巳己とクロードは明かり用に発動させていた火術を化け物に直撃させる。
ジュゥツ!
 化け物が怯むように立ち止まった隙に、飛鳥井たちは逃げ出した。