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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

リアクション

 窮地において光明の一策とばかりに進んだ道ですら冒険者に押し返され、いよいよ魔物は行く手を失いつつあった。
 向かって左の側門を目指す冒険者の前に、魔物の勢いはいまやすっかり萎んでいた。
「魔物の混乱が続いている今の内に、速攻で突破をかけるよ。ここさえ突破しちゃえば、魔物は姿を消すはず!」
 峰谷 恵(みねたに・けい)エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)から光を放つ拳銃を受け取り、箒にまたがって宙に浮き上がる。エーファも箒に乗り、彼女の大柄な背丈ですら巨大に映るハンマーを背負っている。
 恵が浮き上がってからすぐ、その動きを認めた魔物が最後の抵抗とばかりに群れをなして集まってくる。
「エーファ、作戦通りにいくよ! 囲まれないように気をつけてね!」
「ええ、ケイもお気をつけて」
 恵が拳銃を仕舞い、詠唱を始めるのを見遣って、エーファが恵の背後から離れる。
「もうこれ以上、どこにだって行かせないよ! イナテミスはボクたちが開放するんだ!」
 強い想いを込めて生み出した電撃の種が、魔物の群れの上空で無数の電撃を降り注がせる。四肢をそして全身を電撃に貫かれた魔物が、痙攣を起こしながらふらふらとおぼつかない足取りを見せる。
「氷片に戻りたい方から、かかってらして下さい。来ないのであれば、私から行かせてもらいます」」
 恵の放ったサンダーブラストを合図にして、エーファが箒から飛び降り、地に足を着ける。ハンマーの重さも加わった地響きが鳴り、そして軽々とハンマーを掲げて、エーファが手近で痺れている魔物へハンマーを振り下ろす。重力に引かれた金属の塊が魔物の身体を粉々に押し潰し、命を地面に繋ぎ止められる。
 空中を舞う魔物は、再び拳銃を手にした恵の放った弾丸に動きを制限される。そして地上では、エーファが地面にハンマーを叩きつけ、そこから奔った炎が魔物を包み込んでいた。

 側門の前では、最後の仕掛けを解くべく、冒険者が奮闘を続けていた。
「よし、俺とセイ兄で防衛戦を展開する。みんなは魔法陣にありったけの火力を注いでくれ」
 森崎 駿真(もりさき・しゅんま)セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が、同じ場所に顔を揃えた姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)に頷く。
「ごめんね、有難う! 代りに、魔法陣には全力を出してくるから!」
「すまない、よろしく頼む。イナテミス解放は俺たちに任せてくれ」
「ちゃちゃっと終わらせてくるよ〜」
 ミサと星次郎、シャールが魔法陣へ向かっていくのを見遣って、駿真とセイニーが数を減らした、しかしまだ脅威の残る魔物を見据える。
「駿真、身体は冷えてないかい?」
「大丈夫だよ、セイ兄が用意してくれたマフラーがあったかかったからね。……でも、これからはちょっと必要ないかな。ありがとうセイ兄、ちょっと預かっててくれる?」
 言って駿真が、マフラーを外してセイニーに渡す。それをセイニーが受け取って、自分の分とまとめて荷物袋の中に入れる。
「さあ駿真、最後の一仕事だ。これを終えて笑顔で学校に帰ろう」
 励ましの言葉と共に、セイニーが駿真へ加護の力を施す。
「セイ兄のその言葉があれば、百人力だぜ! カイン先生が俺たちに期待してくれてるんだ、張り切っていくぜ!」
 槍を振り回して、駿真が橋の上で立ち塞がる武人の如く、魔物を威圧する。恐れをなしたのか魔物たちは積極的に接近戦を挑まず、離れた位置から冷気や氷柱を飛ばすに留める。しかし飛んでくる冷気や氷柱は、駿真の防御姿勢にことごとく阻まれる。
「その程度じゃ、俺たちの絆は打ち砕けないぜ! どうにかしたかったら、全力でかかってこい!」
 駿真とセイニーが魔物を一手に引き受けている間、星次郎、シャール、ミサが魔法陣を囲んでいた。
「炎で魔法陣を満たす……といっても、どのくらいの熱量があれば満たせるんだ?」
「必要量が一目で分かる仕組みだったら面白いよね。火術一発でこのくらい上がったとか、氷術だと逆に下がるとか」
「と、とにかく一度撃ってみようよ? 何か変化があると思うから、そこから次を考えればいいんじゃないかな?」
 そして、それぞれが浮かび上がった火種に魔力を注ぎ込んで、足元の魔法陣へ出来上がった火弾を投下する。魔法陣がそれらを取り込むように吸収し、ほのかに紅く明滅を始める。
「魔法陣の線が、今のでここまで出来ているね。そこから判断すると……あと火術十回くらいかな?」
「それなら、俺たちで何とか用意できそうだな」
「じゃあ早速、次の――」
 三人が次の火術の詠唱に入りかけたその時、前方で大きな接触音が響き、一行を守っていた駿真が後方に吹き飛ばされる。
「駿真、大丈夫かい?」
 セイニーの癒しの力を受けて、苦悶の表情を浮かべていた駿真が立ち上がる。
「あいつら、急に本気になりやがったな。やっぱり仕掛けが解除されたら、自分たちが消えることが分かっているんだろうな。……だけど、あいつらの邪魔はさせないぜ!」
 槍を構え直して、再び戦闘態勢に入った駿真の奮闘が続く。
「どうやら、ゆっくりしている暇はないみたいだね」
「氷でも投下されたら、また元に戻されかねん。……やるしかないか」
 星次郎とシャールが、先程よりも素早い詠唱で魔力を火種に集めていく。
(ここで俺がしたことが、リンネを、街を、そして今もきっと戦ってるあんたを守る事にも繋がるんだよね。……あの時の言葉、そして想い、嬉しかった。だから俺は、あんたの想いに応えたい……!)
 ミサのその強く純粋な想いが乗り移ったか、目を開けたミサの前に浮かび上がった炎は、この時点で既に球という枠を超え、もはや柱といっていいほどに燃え盛っていた。
「いっけえええええ!!」
 その強大な炎を、ミサが魔法陣へ投下する。それに合わせて、星次郎とシャールも想いの篭った火球を魔法陣へ撃ち込む。炎が魔法陣に吸い込まれ、音も立てず静まり返る様子に三人が不安を覚え始めたその直後、紅い線で描かれた円形の魔法陣が浮かび上がり、そこから放たれた紅い光が門を包み込んだかと思うと、次の瞬間には門を覆っていた氷を粉々に砕いた。
「よし、成功だ!」
「他の場所の魔法陣も無事みたいだね。これで町が解放されるね!」
 星次郎とシャールが喜びを分かち合う前で、イナテミスを覆っていた氷が、そして一行を苦しめていた魔物が瞬時に細かな氷片となって、まるで宙を舞う宝石のように煌き合う。
(俺の想い、あんたに届いた、かな?)
 ほどよい疲労感に包まれながら、ミサの表情は晴れ晴れとしていた――。

 長く降り続いていた雨が上がったような開放感の中、家から人々が続々と顔を出す。皆、これまでのことは夢の中の出来事であったかのような口ぶりでありつつも、町の周りに魔物の姿がないのを確認して、自分たちが魔物の脅威から開放されたことを実感し、歓喜に湧くのであった。
「さあ、皆さんの冷えた心を温かく癒すスープ、そしてパンを用意しましたよ。どうぞ召し上がってください」
 そんな中、町の片隅では、かろうじて姿を残していた救護施設を利用して、いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)の提案による住民への食料の提供が行われていた。他にも手伝いをしている冒険者に混じって、巨大な鍋をかき回してスープを作っている巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)の姿は、その外見の異様さと行動のギャップに見る者に戸惑いを覚えさせつつ、しかし住民には概ね感謝をもって受け入れられていた。
「あなたたちが町を救ってくれたのね! 魔物が襲ってきた時はどうなるかと思ったわ!」
「いえいえ、僕など何もしていないと言っていいくらいです。全てはだごーん様のお力の賜物であります。だごーん様の愛は何時もあなたと共にありますよ。この機会にあなたもだごーん様を信仰しませんか?」
 感謝の言葉を述べる住民に、ぽに夫は謙遜しつつも隣のだごーんを称える。当のだごーんはさして興味はないとばかりに、巨大な鍋を淡々とかき回していた。
「ふぅ、それにしても急に温かくなりましたね。まるで夏に逆戻りしたかのようですね」
 ぽに夫が、滴る汗を拭いながら、まるで冷え切った町を温めるかのように吹き抜ける風を感じる。その風は、海から吹いてくるような塩っぽいものではないようであった。

「わざわざ来てくれた君たちに頼むのは申し訳ないのだが、手を貸してくれるのだとしたら歓迎する」
 自警団の一人が呟いた言葉を、廃材を指定された場所に運びながら和原 樹(なぎはら・いつき)が思い返す。町のあちこちは戦闘の傷跡が刻まれており、町がいつも通りの生活を営むようになるまでには、もう少し時間がかかりそうであった。
「これって完全に後始末だよな。本当ならカヤノさんがやるべきことなんだけど……ああ言われちゃうとなあ」
「あの氷の精霊の尻拭いなど気が乗らぬが……町の人のためとあらば止むを得まい。快く協力するのが最善というものだろう」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の言葉に渋々と頷いて、そして二人が側門から町の中に入ったところで、町の様子を伺いに来たカインとパムとはち合う。
「君たち、ご苦労だった。あれだけのことがあった後でこんなことをやらせてしまっている私が言うことではないのかもしれないが」
「はぁ、まあ、町をこのままにしておくわけにもいかないでしょうから」
 樹の言葉に、カインが恐縮するように苦笑いを浮かべつつ、口を開く。
「私も、カヤノの処遇など、どうするべきか悩むことは多かったよ。それにこれだけの人数だ、どのような方針を立てたとしても必ず何らかの異論が飛び出すであろうことは覚悟していた。魔法を志す者は、どうしても単独での行動になりがちだから、そういう意味でも皆を導くということは難しかったし、上手くできていたとは到底思えない。君たちの自主性に頼った部分が大きかったと思っているよ」
 カインが、町の中で住民と楽しげに会話を交わしている冒険者たちを見遣って呟く。その視線に気付いた冒険者が挨拶を返し、住民と別れてカインのところへやってくる。
「なかなか得難い経験をさせてもらったよ。……さて、私も少し手を貸すとしようか。こういうのは皆でやるのが大切なことだろうからね」
「先生、ボクも手伝います!」
 カインとパムが作業に携わる準備をして、自警団のところへ向かっていく。その後ろ姿を見遣って、樹とフォルクスが目を合わせて、そして二人後を追って歩き去っていく。彼らを、この時期にしては珍しい温かな空気を孕んだ風が、背中を押すように吹き抜けていった。

「……こんなところかしらね。手伝ってくれてありがとう、感謝するわ」
 町の外で、何名かの協力者と共に作業を行っていた九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が、作業を終えて礼を述べる。一人になった九弓のところに、作業を町の上空からサポートしていたマネット・エェル( ・ )が舞い降りてくる。
「ますたぁ、結界の配置はこのようになっておりますわ。想定したよりも町の皆様の様子が元気そうでしたので、維持期間を七日に設定しての配置になっておりますわ」
 マネットが、提げていたイナテミスの俯瞰図を九弓に見せながら説明する。
「うん、問題なさそうね。マネット、お疲れさま。鳩ねえにも作戦の終了と、あたしが感謝してること、伝えておいて頂戴」
「はい、ますたぁ☆」
 マネットが、別所で二人の力になっていた九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)と連絡を取る。途中「鳩ねえって呼ぶな!」という声が聞こえてきたような気がしたが、些細なことである。
(これで、この町も元通りになるわね。……あんな氷の中に閉じ込められて、リンネのことを考えるともっと大変かと思ったけど、そうでもなかったみたいね)
 門の外からも聞こえてくる、住民の活気に満ちた声を耳にして、九弓が心に思う。リンネの場合は氷の影響というよりは、炎熱魔法を密閉空間で炸裂させたことによるもの――ありていに言ってしまえばまさに自爆――という面が大きいが、その場に居合わせておらず、リンネが伏せっていた時にここで魔法陣の敷設を行っていた九弓がそれを知るわけでもなし、それに今では些細なことである。
「あ、九弓さんにマネットさん、探しましたよ〜。先生が皆さんに、町の中央に集まるように言ってます。よろしければいらしてくださいね〜」
 門から顔を出したパムが、二人の姿を認めて声をかけ、次の場所へと駆けていく。
「……マネット、行きましょうか」
 九弓の言葉にマネットが笑顔で頷いて、二人が門の中へと入っていく。

 そして、町の中央、修復された噴水のモニュメントを背にして、集まった冒険者たちへカインが宣言する。

「今ここに、諸君の活躍により、
 イナテミスが解放されたことを宣言する!」


 歓喜に沸く冒険者、そしてイナテミスの住民。
 一つの戦いが、幕を下ろした瞬間であった――。