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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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●町の解放を目指して

 正門の仕掛けが解除されたことで、冒険者と魔物との戦いは、冒険者に有利に傾きつつあった。

「わらわは袁紹 本初である! 名族の威光を怖れぬのならば、わらわが槍の錆となるがいい!」
 魔物の前に立ちはだかり、意気揚々と名乗りを上げる袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)へ、数体の魔物が怖れることなく近付いてくる。
「フン、この至高の輝きを理解せぬ下郎共め! 綾乃、あのような者、わらわとおぬしとで屠ってくれようぞ」
 槍を携えた志方 綾乃(しかた・あやの)に袁紹が自信たっぷりな様子で声をかけ、自らは箒にまたがり空中へ舞い上がる。
(……にしてはちょっと、魔物の数が多いような気がするんですけど? 引きつけるにしても適度があるんじゃないかしら?)
 苦笑しつつも、仕掛けを解除するため門で作業を行う者たちを守り抜くため、綾乃が槍を構え、最も手近な魔物へ矛先を向ける。
「解除の邪魔は、させません!」
 綾乃の声を無視するように駆け出す獣の姿をした魔物、それから視線を外すことなく綾乃も踏み込み、槍の一撃を繰り出す。片足を抉る槍が綾乃に手応えを感じさせるが、魔物は一旦退いてもなお殺気衰えることなく綾乃を睨み付けている。
(細身の一撃では、よほど急所に当てないと厳しいですね……)
 自らの後方に敵の現れないのを確認して、綾乃が前方に意識を集中する。四肢を穿った程度では、魔物を一時的にひるませる程度に過ぎない。仕留めるなら胴体を深く抉らねばならないであろう。
「綾乃、わらわに続くのじゃ! おぬしとわらわのを合わせれば、どのような魔物とて敵ではない!」
 上空から袁紹が声をかける。普段は超傲慢で高飛車、軽率で鈍感の袁紹ではあるが、この時ばかりはその言葉が、綾乃に勇気を与える結果となった。
「……分かりました。袁紹の後に続きます」
「うむ、付いてくるがよい! 魔物共、覚悟せい!」
 やっぱり傲慢な振る舞いのまま、袁紹が上空から槍の一撃を浴びせる。それに合わせるように、綾乃も羽根飾りを羽ばたかせ、魔物へ鋭い一撃を見舞っていく。

「ガイアスさん、魔法陣の方はよろしくお願いします。私は術者の援護に全力を尽くします」
 向かって右側の門を視界に収めた位置で、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)に言葉をかける。その声色は少しだけ、強い調子が含まれているようであった。
「ふっ、ジーナよ、我も無為に時を過ごしていたわけではない、任せておくがよい」
 ガイアスの言葉に頷いたジーナが、振り返って前線へと駆けていく。
(我と同じ、いや、それ以上に、ジーナはこの戦いで有意義な時を過ごしたようだ。頼もしくもあるが……ふっ、我がこのような哀愁に浸るなど、歳を取ったものだ。これではジーナに心配されてしまうな)
 心に浮かんだ一抹の淋しさを振り払って、ガイアスが魔法陣へ足を向ける。その間にジーナは、接近してきた魔物の攻撃を防御姿勢で受け止め、剣の一撃を見舞っていた。
(……私は、カイン先生の傍にいて、この事件に関わって、何を得たのでしょう。まだまだ未熟な私が、果たして何を為せるのでしょう)
 自問するジーナへ、まるで岩のような巨大な氷の塊が投げ付けられる。
(カイン先生も、自分に出来ることを為せ、と言っていました。きっと、その姿勢を持ち続けることが、大切なんです。……そうやって人は、少しずつ成長していくんです!)
 剣を握り締めたジーナの全身から、竜の如き闘気が湧き上がる。身体に満ちる力を、目の前に飛ばされてきた塊へぶつければ、それは粉々に砕け散り、後にはうろたえた様子の魔物の姿があった。
「街の人達は、必ず助けてみせます!」
 そんな思いの篭った一撃がジーナの手によって繰り出され、その一撃を受けた魔物が四肢を切り飛ばされ、悲鳴をあげながらその身をバラバラと崩して地面に伏し、やがてただの液体となって地面に吸収されていった。

「よし、俺たちもこのまま突き進むぞ! ……む? フィルテシアはどうした?」
 血気盛んに進軍を開始しようとした神代 正義(かみしろ・まさよし)が、フィルテシア・フレズベルク(ふぃるてしあ・ふれずべるく)の姿が見えないのに首をかしげて、大神 愛(おおかみ・あい)に尋ねる。
「えっと、フィルさんならあそこで……」
「あ〜暖まるわぁ〜。氷漬けの町とか氷の魔物とか見てると、寒くないのに寒くなっちゃうわねぇ。あぁ、みんなはいいのよぉ、焚き火を囲むのに敵も味方もないのよぉ」
『すんません、姐さん。恐れ入ります』
『うあっちっ、尻尾溶けちまったぜ』
『おいおい気をつけろよ、元に戻すの大変なんだからな』
 愛が示す先では、フィルテシアがすっかり気の抜けた表情で、何故か周りの魔物をも巻き込んで焚き火を囲んでいた。
「な、何と……! 焚き火を囲むと見せかけて、魔物を炎の呪縛に閉じ込めてしまうとは! ううむフィルテシア、流石俺を凌ぐ特撮オタク、侮れんな……」
「えっと、どこから突っ込んでいいのか分かりませんけど、違うと思いますよ? フィルさん、正義さんが呼んでますよ」
「ん〜? 大丈夫よぉ、私達以外に魔法陣向かってる人沢山いるんだからぁ♪ それに私達がやらなくても、シナリオガイドからして成功フラグ立ってるしぃ♪」
「そ、それは言ってはいけないのでは? マスターさんが聞いたら「シナリオのオチが読まれてるーっ! ……はぁ、もっと面白いシナリオ書けないかな……やっぱ自分には才能ないのかな……」って落ち込んじゃいますよ?」
「ん? 二人して一体何を話しているんだ? とにかく! 魔物を打ち倒し町を解放するため、行くぞ! 俺たちシャンバラン!」
 言って正義が、ぬくぬくしているフィルテシアを強引に引っ張っていく。
「ああっ、待って! まだ心の準備がっ……」
「そんなものは、戦場に一歩足を踏み入れた時に既に済ませておけ!」
「うぅ……貴方とはここでお別れなの。……これを貴方だと思って忘れないわね。……サヨウナラ、焚き火さん!」
 焚き火から松明に火を移して、フィルテシアが名残惜しそうにその場を離れて――引き摺られてともいう――いく。
『姐さん行っちまったぜ』
『しゃあない、俺たちも行くか』
『おい、ちゃんと後始末しとけよ』
 次いで魔物たちも腰を上げ、燃え盛る焚き火に冷気が浴びせられ、ほんのりと煙を残して消えていった。

 魔物の爪に背中を引き裂かれた冒険者が、地面に倒れ伏す。止めを刺さんと再び爪を振り上げた魔物が、足元を掬われて同様に地面に倒れ伏す。
「エラノール!」
「唯乃、いきますよ!」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の呼びかけに、上空からエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が火術の行使で応える。ワンドの先から放たれた圧縮された炎が、魔物の肩口から胴体にかけてを貫いて地面に着弾し、穴を開ける。
「大丈夫? 今治療するわ!」
 唯乃のかざした掌から癒しの力が解き放たれ、負傷した冒険者を包み込んでいく。とりあえず動けるようになった冒険者が一旦後方に下がっていくのを見送った唯乃が、新たな魔物の気配に振り向けば、竜の姿を模した氷の魔物が、その口から大量の氷柱を発射する。
(こんなのに掠りでもしたら大怪我確定ね……!)
 唯乃が素早いステップを見せ、氷柱を次々と避けていく。氷柱一つ一つの速度は比較的遅く、唯乃の外見と合わさってそうそう当たることはないように思われた。
(身なりは小さくたって、戦えるんだから!)
 氷柱の襲来が途絶えたのを見計らって、唯乃が魔物へ向けて駆け出す。氷でできた羽根を羽ばたかせかけた魔物が、上空から飛び荒ぶ火弾の応酬を受けて羽根を貫かれ、体制を崩す。
「唯乃の邪魔はさせないのです!」
 なおも上空から援護するように火術を見舞うエラノールに応えるように、唯乃が速度を上げて魔物の懐に飛び込む。
「その足、止めさせてもらうわ!」
 唯乃の、加護の力を受けた攻撃が魔物の足を襲い、氷片が飛び散る。完全に体制を崩した魔物が地面に崩れ落ち、振動と音が響き渡った。

「全力で飛ばすぞ。玲奈、振り落とされるなよ」
「大丈夫、問題ないわ! いっけー、かっ飛ばせー!」
 風を切って空を飛ぶ飛空挺の操縦を担当する葉月 ショウ(はづき・しょう)の後ろで、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が気分よく指示を送る。彼女の腰には安全のための命綱がくくりつけられており、確かに大丈夫そうに見えていた。
「……あれでは、もし飛空挺から落ちてしまえば、這い上がるのは難しいように見えるのですが」
「同感ですね。もう、ショウったら無茶しないでよね……」
 二人の後ろを比較的ゆっくりとした速度で追うレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)が不安材料を口にし、葉月 アクア(はづき・あくあ)がショウの無茶振りにため息をつく。
「お互いパートナーがあれだと苦労しますね」
「そうですね。でも、どうしても気になっちゃうんですよね。……あ、今のはショウには内緒ですよ?」
「ええ、分かりました。……私も似たようなものですから」
 レーヴェとアクアが見遣る前方では、ショウと玲奈の乗る飛空挺が複雑な軌跡を描きながら、引き寄せられた魔物へ攻撃を開始していた。
「玲奈、魔物はおびき寄せた。存分に撃て!」
「もちろん、そうさせてもらうわ! ……下手な鉄砲も数撃てば当る、ってね! ……あ、別に私の火術が下手ってことじゃないわよ? 喰らえ火炎連弾!」
 玲奈の生み出した火球が分裂し、小さな火弾となって魔物へ炸裂する。一つ一つの火弾自体は威力は小さいものの、確実に魔物の抵抗力を奪っていく。
「……あの魔物の動きが鈍っている……アクア、あちらに向かってください」
「分かりました。攻撃はお願いしますね、レーヴェさん」
 玲奈の攻撃で最も抵抗力を失ったと思しき魔物に目星を付けて、レーヴェがアクアに指示を出し、アクアが飛空挺を操作して目的の魔物へと向かっていく。
「この一撃で、確実に仕留める!」
 レーヴェの手の内で、炎が時間をかけて凝縮されていく。速度と威力を強化された炎がレーヴェの手から放たれ、それは狙い違わず魔物の胴体に穴を開け、そこから全身へとひび割れていった魔物が、氷片となって地面に転がっていった。
「玲奈のパートナー、なかなかの術者ぶりだな」
「そうね、それは認める、かな? 弟子入りさせてもらってる身だしね。……たまに、凄く弄られてるような気がするけど!」
「ははは、それはいいことじゃないか。気にかけられていることの裏返しでもあるようだし。……俺も、アクアには随分と心配かけているような気がするしな。ま、せめて一人くらい守れる力を手に入れられれば、いっかな?」
 言ってショウが、イナテミスの右側門へ進路を取る。
「「クシュンッ!」」
 その背後で、アクアとレーヴェがほぼ同時に、くしゃみをしていた。
「? 冷えたのでしょうか。それにしても同時とは、少しばかり面白い現象ですね」
「どうせショウが私のこと言ってるんでしょう。レーヴェさんも何か言われてるかもしれませんよ?」
「そうですか。それでは後で本人に聞いてみることにしましょう」
「私もショウを問い詰めておこっと! ……その前にまずは、町の解放、ですね!」
 言ってアクアが、ショウの後を追って飛空挺を操作する。そして彼らが門の上空に辿り着いた時、魔法陣が紅く染まりその光が門を包み込み、やがて門を覆っていた氷が砕け散り、元の門の姿が明らかになった。