葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

リアクション公開中!

氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

リアクション

 開放を目指す部隊の活躍により、戦線には容易に塞げない穴が構築されつつあった。
「全てを凍てつかせる氷雪も、凍らせることのできないものがあるわ……それは、熱く滾る人の心」
「心に火を灯し、逆風に耐え諦めずに挑み続ける火は炎になって身体を熱くするでしょう」
「その熱気と情熱をもって、氷に閉ざされたイナテミスを開放する!」
 勇ましき言葉と共に、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)の三勇士が、遥かに望む凍りついた町を見据える。
「ちょ、何かやたらカッコいいんですけど!? おいおいこりゃ俺たちも負けてらんねーな! ……ってあれ? さっき確かに英希の姿を見た気がすんだけど……まいっか、その内どっかで出くわすだろ! 紅蓮の魔術師、本領発揮だぜ!!」
 負けじと闘志を滾らせるウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)に見つからないような位置で、城定 英希(じょうじょう・えいき)が不敵な笑みを浮かべて呟く。
「ふっふっふ……いつでも君の言う通りになると思ったら、大間違いだよ……」(言えない……友人を見かけたのが嬉しいけど話しかけられないなんて、言えない……!)
 そして、準備を終えたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、集まった者たちを見遣る。
(何て濃い……いや、強力なメンバーなんだ……俺も足を引っ張らぬよう、頑張らないとな)

 ここに集まった者たち、境遇は違えど目的はただ一つ!
 すなわち、【氷雪を融かす人の焔】となりて、凍りついた町の解放を!

「さあ、行くわよ! セリエ、景気のいいの一つ、お願い!」
「はい、お姉さま!」
 祥子の命令を受けたセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)が突撃喇叭を吹き鳴らし、一行が一丸となってイナテミスの町、正門を目指して突き進んでいく。敵はおろか味方すら畏怖しかねない勇猛さを以って突き進む一行に、しかし最後の抵抗とばかりに魔物の群れが前方、そして残る三方からも襲いかかる。
「お姉さま方は先へ! ここはワタシが食い止めます!」
 セリエが、一行を後方から脅かさんとする魔物に対し、防御姿勢と氷結への加護を以って立ちはだかる。
「ここから先は通さない! たとえどんな困難に見舞われようと、人々を護るのが私たち教導団の役目だから!」
「……その決意やよし。なればこそ、円卓に集いし騎士の名に恥じぬ働きをせねばなるまい」
 声と共に、セリエの隣に湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が歩み寄り、剣を抜き放ってゆったりとした動きから構えを取る。
「ほんなら、あては後衛で援護しましょ。教導団員ちゅうよりも女将はんのお供……まあ結局やること同じどすな」
 二人の後ろで山城 樹(やましろ・いつき)が、両手で機関銃を携える。
「皆さま……ええ! 全力でお姉さま方を、お守りいたしましょう!」
 セリエの言葉にランスロット、樹が頷き、それぞれの目的を果たすべく散っていく。
「ワタシには火の魔法はないから、せめて銃器の火力で皆を応援するであります!」
「わたくしも自慢にもなりませんが、火術はありませんわ! ……あら、このようなところにちょうどよく燃えそうなものがございますわね」
「い、痛い! 痛いです! それはワタシの花びらであります! 赤いからといってよく燃えるとかそんなことはないのであります!」
「そうなんですの? 残念ですわ、役に立つと思いましたのに」
 トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が自慢の花弁を引っ張られて痛そうにその箇所をさすり、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)がさぞ残念そうにため息をつく。
「えっと、二人とも、ちゃんとイリーナをフォローしてあげようよ〜。イリーナ、頑張ってきてね〜」
 フェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)が微笑みながら、イリーナに加護の力を施す。
「……うむ、少々不安が残るが、頼りにしているぞ」
「いってらっしゃい、イリーナ。首と胴体さえ繋がっていれば助けてあげますから存分に。あ、これ持っていきます?」
「痛いです!! だからワタシの花びらは燃えないのであります!!」
「……うむ、多分に不安が残るが……行ってくる」
 首を傾げつつイリーナが祥子の後を追う。
「……さあ。バカはこのくらいにして、イリーナが存分に戦えるよう、わたくしたちは魔物の相手をいたしますわよ」
「イリーナの真剣な戦いに水……この場合氷ですか? とにかく、邪魔をする者は許さないであります!」
「そして、この戦いが終わったら、みんなで焼き芋しようか〜」
 エレーナにトゥルペ、フェリックスが頷き合い、魔物の相手に散っていく。
「どけどけどけー! 雑魚に用事はねーんだよ!」
 ウィルネストの生み出した炎が、踊るように地面から這い上がるように魔物を包み込む。
「俺様なめんじゃねーぜ? 紅蓮の魔術師の威力、その身で味わいやがれ!!」
 放った火弾から無数の小さな火弾が降り注ぎ、魔物をことごとく混乱に陥れていく。自らの魔法に酔いしれるウィルネスト、しかしその背後から魔物が忍び寄り、鋭い爪の一撃を見舞うべく飛びかかる――。
 直後、ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)の振るったメイスが魔物の頭を砕き、吹き飛ばされた魔物が砕け散って地面に転がされる。
「ウィルネスト! 背中が留守だ、あまり世話を焼かすな!」
「わりぃわりぃ、ちょーっと油断してたわ。助かったぜ、ヨヤ」
「まったく……シルヴィット! もたもたしてないで先に進め! 今回の作戦、お前にかかっているんだからな!」
「もー、分かってるよ! んじゃー、いっちょシルヴィット、フルパワーでいきますよ!」
 ヨヤの呼びかけに、シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が小生意気な態度で応える。
「よぉしシルヴィット、遅れないで付いてこいよ!」
 ウィルネストが箒に飛び乗り、シルヴィットも同様に続く。
「英希、皆が次々と向かっているぞ! おまえも急いだ方がいいのではないか?」
 向かい来る魔物を拳という名の掃除用具でお掃除していくジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)が英希に呼びかければ、当の本人は荷物袋から花火やら爆竹やらを取り出していた。
「これでウィル君も巻き込んで燃やしてやるんだ、楽しみだなー♪」(ちょっかいにしてはやり過ぎかな? でもウィル君なら大丈夫だよねー)
「ば、バカ! 何を考えている! そんなことするくらいならさっさと魔法陣を開放して来い!」
 企みに顔を歪ませる英希を止めようとするジゼルの目前に、滑り込んだ魔物が冷気の一撃を浴びせかける。
「くそっ、邪魔をするな!」
 冷気を防ぎきり、拳を見舞ってお掃除を完了したジゼルの目の前に、既に英希の姿はなかった。
「くっ、なんということだ……なればこのジゼル・フォスター、自刃も辞さん!」
 責任を胸に、ジゼルが魔物の群れに突っ込んでいく。
「よし、空間のできたあそこから門に向かう。クマラ、荷物の取り扱いには十分注意するんだ」
「へへん、分かってるよ。オイラに任せとけって」
 エースの言葉に、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が自信たっぷりに応える。エースとクマラの乗るバイクには薪に松明、かけることで燃えやすくする液体などが積み込まれており、うっかり流れ火弾でも食らえば大損害は必至であった。
「……行くぞ!」
 エースが自らのバイクに点火し、唸りをあげたバイクが平原を疾走する。途中襲い来る魔物、仲間の冒険者が放った火弾などが飛び交う中、戦線を突破したエースとクマラが、正門の前でバイクを止める。そこには既に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)が魔法陣の点火を始める準備を開始していた。
「あっ、カニ! 先に行くなら行くって一声くれてもいーじゃんかよー」
「だ、だから俺はカニじゃねぇ! いいから手伝え、さっきから魔物が邪魔してきて面倒だ」
 駆け寄るクマラにカルキノスが応えたその直後、町の中から飛び上がった魔物が、一行の企みを阻止せんと急降下からの一撃を見舞いに来る。
「言ったそばからかよ! 近付けさせるかっての!」
 カルキノスが弓矢を射かけ、魔物が一旦急降下の姿勢を解いて上空に逃げる。しかしこの調子では、いつまた襲われるか知れたものではない。
「扉の開放は任せる! 俺は魔物の相手をしよう! ……魔物共よ、この夏侯淵を怖れぬのならば、かかってこい! 剣の錆にしてくれよう!」
 夏侯淵が作業を行う者たちの前に立ち、魔物の攻撃を盾でいなしながら、刀身に炎を滾らせて放ち、魔物を炎で包み込んでいく。
(一対多数が戦場の基本なのは、今も昔も変わらぬな……だが、俺はいついかなる時でも、かけがえのない者たちを守り抜く!)
 度重なる戦闘で疲労した身体を、なお奮い立たせて夏侯淵が魔物を睨み付ける。……瞬間、魔物が背後から放たれた弾丸に身体を貫かれ、地面に伏せる。
「これも運命だ、先に還ってもらおう。……夏侯淵、待たせたな。俺も援護する」
 銃を構えたダリルが、引き金を引いて弾丸を発射する。夏侯淵の視界の先で、その撃ち抜かれた魔物に接近しての射撃を見舞ったエースが、別の魔物からの攻撃を防御して後方に下がり、夏侯淵の隣につく。
「俺にも手伝わせてくれ。一人より二人、二人より三人の方が心強いだろう?」
「おまえたち……ああ、何と心強いことよ!」
 深く頷いた夏侯淵、そしてダリルにエースが、魔物との交戦を開始する。

(行方不明者の捜索に始まり、魔物の襲来阻止、そして町の開放……この戦いに勝利し、人に宿る焔の力の強さを証明したい!)
 魔法陣に仕掛けられた細工を前にして、ルカルカが静かに目を閉じ、そして両の掌に火種が灯される。
「イナテミスは今ここに、解放される! いえ、解放してみせる!」
 目を開き、掌を合わせルカルカが、魔法陣に炎を放つ。勢いよく燃え上がる炎はたちまち魔法陣に吸い込まれるようにしぼんでいき、やがて燃料が尽き完全に消え失せる。
(魔力が満ちるにはまだ足りない? 急いで次の準備を――)
 ルカルカがそう思った直後、上空を翔ける気配に見上げれば、拳に炎を纏った宇都宮 祥子の姿があった。
(想い込めたこの炎で、門を打ち破る!)
 地面に打ち付けられた拳から、天をも焦がさんほどの炎が湧き上がり、魔法陣に吸収されて消える。
「……私の炎も、勘定に入れておいてくれないか?」
 イリーナ・セルベリアが炎を生み出し、魔法陣に続いて叩き込む。
「ウィル君、俺の焦げた制服、どうしてくれるんだよ!」
「うるせー! 元はといえば俺に花火とか爆竹とかぶん投げてきやがったお前が悪いんだ! 正当防衛ってヤツだ!」
「俺はそんなつもりでやったんじゃない!」
「じゃあ何だって言うんだ!?」
「う……も、もういい! このうっぷんは魔法陣に晴らしておくからね!」
「何だかよくわかんねーな! ま、魔法陣にぶちかます点だけは同じだな! いっちょ盛大に行くぞ!」
 何やら言い争いをしていたウィルネスト・アーカイヴスと城定 英希が、それでもほぼ同時に詠唱を始める。
「右手に宿る炎、左手に宿る焔、
 我が眼前を遮る物共に紅蓮の抱擁を与えよ!
 フレイムシュート!」

 ウィルネストと英希の放った炎が、競うように重なり合いながら魔法陣を炎に包んでいく。
「これで持ってきた燃料は最後だよ! 盛大にいっくよ〜!」
 クマラ カールッティケーヤが魔法陣に燃料を仕掛け、火術の詠唱を開始する。それに合わせるように皆も、持てる精神力の全てを集めた炎を生み出し、魔法陣に向けて放つ。

『人の焔よ、氷雪を融かせ!』

 魔力の満ちた魔法陣が二つ、共に紅く明滅し、それは氷に包まれた扉をも紅く包み込んでいく。
 直後、氷に皹が入ったかと思うと、それは大きな音を立てて砕け散り、元の門の姿を取り戻すのであった。