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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

リアクション

「リンネさんとカヤノさん、二人の気持ちが伝われば、きっとレライアさんの心の氷を溶かすことが出来るでしょうね……」
 優しげな表情を浮かべていたグレイス・ドットイーター(ぐれいす・どっといーたー)の顔が、しかし段々と緩んでいく。
「ところでみつよさん! この『リンネさんに手を握られて一瞬デレるカヤノさん』を見てどう思いますか!? ああ……妄想が止まりません! リン×カヤでしょうか、それともレラ×カヤでしょうか!? ああでも、三角関係も捨てがたいですね! レライアさんとの温かな関係に居心地の良さを覚えながら、しかしリンネさんとの熱く激しい関係に身体がうずくカヤノさん……た、たまりませんっ!!」
「あ、あはは……えっと、ボクはなんて言えばいいのかなぁ……」
 終始荒い息を吐き続けながら何かをのたまうグレイスに、三池 みつよ(みいけ・みつよ)が乾いた笑みを貼り付ける。
「……おかしいわ、どうしてあたいが寒気を感じるのかしら?」
「あー、気にしない方がいいわよ、色んな意味で」
 グレイスの妄想パワーに当てられたか、ぶるっと全身を震わせたカヤノに、片野 永久(かたの・とわ)が言葉をかける。
「別に後ろのアレに当てられたわけじゃないけど……カヤノは、レライアのこと好きなの?」
 永久の問いに、カヤノがえへんと胸を張って即答する。
「当たり前よ! でなきゃあんなことしないわ!」
「いや、そこを自信持たれても困るわー。おかげで私は酷い目に遭った訳だし。……はぁ、最後まで私、やられ役なのかなぁ……」
「と、永久っ、そんなこと言わないで、頑張ろうよ、ねっ!?」
 みつよが、二人の会話に割り込んでくる。ちなみにグレイスは妄想が過ぎて鼻血をこぼしているが、それでも妄想も進軍も止めない辺りもはや流石という他なかった。
「まあ、今回は手を貸してやるわー、感謝しなさいねー」
「ふん、手を貸せ、なんて言ってないわ!」
「……みつよ、この子一発ぶん殴っていい? いや殴る。十発殴る」
 掴みかかろうとする永久を、みつよが必死に止めようとする。
「おい! 気をつけろ、魔物が出たぞ!
 その直後、冒険者から魔物の襲来が告げられる。
「魔物ですって!? ……いいわ、ぶん殴るのはそっちにしてあげる! やられ役の不名誉もついでに返上するんだから!」
「ああっ、ま、待ってよ永久ー!」
 意気勇んで魔物へ吶喊する永久を、みつよが慌てて後を追う。
「……ハッ! こ、こうしてはいられません、是非今後のためにも、皆さんの可愛らしい姿を収めなければっ」
 一人グレイスは、あくまで真面目にビデオカメラを構え、雪原に這いつくばるほどの熱意で皆の姿をレンズに収め続けていた。

 現れた氷の魔物は、同じ属性のカヤノに対しても、殺意をむき出しにして襲いかかる。
(レラ……!)
 それが、まるでレライアに刃を向けられているような感覚をカヤノに抱かせ、彼女の動きが止まる。そこへ振り下ろされた氷の腕が、しかし途中で何かに遮られる。
「ボーっとしてたらやられちゃうよ!」
 間に入り込んだ雪積 彼方(ゆきづみ・かなた)が、剣で攻撃を防いでいた。
「あんたは……」
「一回会っただけだし、すぐやられちゃったし、覚えてないかもしれないけどね」
 苦笑しつつ、彼方が言葉を続ける。
「あの時は怒らせちゃって、ごめんね。二人の、別れを繰り返し続ける辛さも知らずに、気持ちがわかるなんて軽々しかったかもしれない。……でも、あの時語った言葉も気持ちも、嘘じゃないよ。大切な人の事を大切に想う気持ち……その想いの強さはわかるつもりだよ!」
 氷の腕を受け流し、懐に入った彼方の振り抜いた剣が、魔物を地面に伏せさせる。
「だから、あたしはあなたとレライアの力になりたいよ。さあ、行って! 行って早く、レライアに会ってあげて!」
「……ふ、ふんだ! あんたに言われなくたって、そうするわよ!」
 どこか照れくさそうにしつつ、ぷいとそっぽを向いて飛んでいくカヤノと入れ替わるようにして、エル・クレスメント(える・くれすめんと)が彼方の傍に降りてくる。
「彼方さん、大丈夫ですか!? ……あっ、怪我しちゃってます。今、治療しますね」
 エルから放たれた癒しの力が、彼方に再び戦う力を取り戻させる。
「ありがとう、エル。……カヤノに言ったことが嘘にならないように、頑張らないとね!」
 言って彼方が剣を構え、向かってくる魔物へ立ち向かっていく。

「おっと、これは盛大なお出迎えだ。『先に行く、後について来い』かと思ったが、どうやら『ここは任せて、先に行け』の方がいいようだな」
 現れた魔物の群れに、ロッドを携えた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が呟く。……どちらも変わらず有名なフラグのような気がするのは、些細なことであろう。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だクレア、私達がここで魔物を食い止めれば、中に向かうはずのリンネを始めとした者たちの消耗を抑えることができる。そしてレライアを無事救出することが出来れば、この気候も魔物も大人しくなるはずだ」
 不安げな面持ちのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)を励ますように、涼介が言葉をかける。
「……そうだよね! うん、私がんばるよ! この戦いが終わったら、私、お兄ちゃんに頭なでなでしてもらうんだ!」
 不安を吹き飛ばしたクレアが、抜いた剣を構えて涼介の前に立ち、魔物を迎える。
「洞穴への道を切り拓くぞ! 他の者たちは囲まれる前に、先に行け!」
 冒険者に呼びかけながら、涼介がロッドの先に火種を浮かび上がらせ、そこに魔力を満たす。成長して程よい大きさになった火球を放れば、魔物の前に落ちたそれが炸裂し、魔物を次々と炎に包んでいく。
「邪魔しようったって、私とお兄ちゃんには効かないよ!」
 爆発的な加速力で魔物の懐に飛び込んだクレアが、距離を取られる前に手にした剣で斬りつける。四肢を半分切り落とされた魔物が悲鳴をあげつつ後退する代わりに、前方から冷気や氷柱といった飛び道具が飛んでくる。
「これで、ぜーんぶ吹き飛ばしちゃうよ!」
 クレアが剣を振り上げ、その刀身に炎が満ちる。振り下ろされた剣から炎が舞い、氷柱を砕き冷気を熱し、魔物を融かしていく。

「みんな、急いで! 洞穴まで逃げ込んだら、後はモップスがなんとかしてくれるよ!」
「ちょっとリンネ、ボクにいきなり振らないでほしいんだな。いくらボクでもあれだけの魔物を相手にはできないんだな」
「できないできないって言ってたら、何にもできないよ!?」
「理想を言われても困るんだな。……洞穴の入口で待つことくらいしかできないんだな」
 そんなやり取りを交わしながら、出現した魔物が取り囲む前に洞穴の入口へ向かうリンネ一行。
「ここは私たちが何とかします。リンネさんとカヤノさん達は、レライアさん達の元に急いでください」
 入口に到着したリンネとモップス、カヤノの前に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が現れ、ここは任せろとばかりに先へ促す。
「でも、みんなは――」
「……後で、お話を聞かせてくださいね? レライアさんも誘ってお茶会でも開いて、仲良くなりたいですから」
 微笑むナナに、リンネが言いかけていた言葉を引っ込め、笑顔を浮かべて頷く。
「うん! ばっちり聞かせてあげるからね!」
「ここは任せるんだな」
「そんなこと言ってあっけなくやられちゃったら、バカもいいところね!」
 先に行くリンネ一行を見遣って、ナナとズィーベンが迫り来る魔物から入口を死守するべく立ちはだかる。
「ふふ、まるきゅーにバカとだけは言われたくないから、ボクもマジメにやろっかなー」
 ズィーベンのかざした掌に、確かな勢いで燃え盛る炎が浮かび上がる。
「私は、リンネさん達がきっとやってくれるって、信じています。……そう信じるからには、まず私が信用に足る働きをしなければなりませんね」
 ナナが、手にしていた杖を目の前で横にかざし、握っていた指に力を籠める。杖が割れ、中に仕込まれていた刀を掴んで振り抜く。
「望まれず生み出されし者たちよ、今ここに永久の眠りにつかせましょう……ナナ・ノルデン、推して参ります!」
 決して消えぬ焔を胸に、ナナ、そしてズィーベンが魔物に立ち向かっていく。

「うわー、前に来た時と随分構造が変わって見えるね。これもレライアとアイシクルリングの影響なのかな?」
 洞穴内を、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が経験と、自らのカンを頼りに危険がないか確認しながら進んでいく。
「そうかもしれませんわね。……レライアさんが少々かわいそうですが、お会いした時には大きいのを一つお見舞いしてやりますわ」
 後に続く藍玉 美海(あいだま・みうみ)が、指先に炎を浮かび上がらせ、息でふっ、と炎を消す。
「……ねえ、沙幸。その格好じゃ寒くありません? なんならわたくしが身体の芯まで温めてあげましょうか?」
 途端にいやらしい目つきになって、美海が背後から沙幸の身体に手を伸ばす。
「ちょっ、ねーさま……魔物が出たらどうするんですかっ」
「その時はわたくしが燃やし尽くして差し上げますわ。……あらあら、こんな短いスカートでは、沙幸の恥ずかしいものが見えてしまいますわ。わたくしが隠して差し上げます」
 言って、美海の手が沙幸のお腹から下腹部、背中からお尻へと伸びていく。
「んんっ……だ、大丈夫だもん。サイハイソックスと毛糸の『ぱんつ』履いてるからあったかいし、『ぱんつ』だから見えないんだよ?」
「? 沙幸、どうしてパンツだけ強調するんですの?」
「ねーさま、パンツじゃなくて『ぱんつ』だよ。『ぱんつ』は見えないんだって、魔法少女の人が教えてくれたんだよ」
「あら、その方は随分と面白いことを言いますのね。知ってますの沙幸? そういう現象は『はいてない』と言われるそうですわよ? そして、そんな状態の沙幸を、わたくしが放っておくと思いまして?」
 美海の目が怪しく光り、その手が沙幸のスカートの中へ忍び込む。
「そ、そんなこと言われても……ああっ……」

 つ【これ以上は見せられないよ!】

「うう……ねーさまのばかぁ……」
「色々言いましたけど、わたくしが沙幸を弄りたかっただけですわ。さあ沙幸、レライアさんのところへ行きましょう」
 何やら色々と汚されたらしい沙幸が、上機嫌の美海をじとーっと見つめていた。

「ちょっと構造は変わってるけど、多分こっちなんだな。足元に気をつけるんだな」
 洞穴内に入ってからは、一回奥まで行ったことのあるモップスが一行を導いていく。
「あのくたびれたクマもどきにしては、勇ましいわね」
「うーん……何か悪いものでも食べたのかな? モップスがあんなことするの、初めて見たかも。なんかおかしく見えちゃう」
 後を付いていくカヤノとリンネが、モップスの意外な一面を垣間見てそれぞれ感想を述べる。
「あんただって、あたいから見れば十分おかしいわよ。ていうかここにいる人だいたい、おかしいわ。バカなんじゃない?」
「そうかな? みんなきっと、カヤノちゃん、レライアちゃんのことが気になってて、助けたいなーって思ってるんだよ。リンネちゃんも、カヤノちゃんレライアちゃんのことが好きだから、力になりたいんだよ」
「……あ、あんたねぇ、そんなハッキリと好きだなんて言わなくたって……なんだか恥ずかしくなっちゃうじゃない、バカ……
「ん? 何か言った、カヤノちゃん?」
「な、何も言ってないわよっ!!」
 ぷいとそっぽを向いて、カヤノが先に飛んでいってしまう。それをリンネが、よく分からないとばかりに首を傾げる。……リンネ・アシュリング、色んな意味で恐ろしい子、である。
「この先だな。この先にレライアがいるはずなんだな」
 モップスが立ち止まり、先に広がる空間を指して冒険者に注意を促す。
(レライア、ボクはあの時、二度ボクたちの前に立つようなら……と言ったんだな。だから、ボクはもう容赦しないんだな)
 準備を整える冒険者を背後に、モップスが彼にしては珍しく、強い決意を秘める。彼の心にも、消えない焔が宿っていた。

「ついにここまで来ましたね。……はい、ギルさん、クー様、暖かくしていきましょうね」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)が、ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)クー・フーリン(くー・ふーりん)に用意してきたマフラーを手渡す。
「お心遣い、痛み入ります。我が君も、寒いようでしたら言ってくださいね。お掛けできるのはマントくらいなものですが、お貸し致しましょう」
 二人が受け取って首に巻くのを見遣っていちるが、おそらくこの先にいるであろうレライアのことを思いながら呟く。
「……レライアさんを解放したら、カヤノさんにとっては寂しい季節が続いてしまうんでしょうね」
「そうなるだろうな。……どうした、今になってためらいが生まれたか?」
 ギルベルトの問いに、いちるはしかし首を振って答える。
「いいえ、大丈夫です。もし会えなくなっても、またきっと会えると思いますから。だから、私はレライアさんを解放しに行きます」
 いちるが、これまでとは違った強い意思をのぞかせて、言葉にする。
「……その調子なら、大丈夫だ。今のお前なら戦える。傍で見てきた俺が言うのだ、間違いない」
「私やギルもついております。必ず、我が君の想いは届きますよ」
 ギルベルトとクーの言葉にいちるが頷いて、先の空間へ向けて歩き出す。後に並んで付いていく二人、そこでクーがギルベルトに話しかける。
「そういえば、ギルがこうして戦いの場に赴くのを見るのは、初めてかもしれませんね」
「そうだったか? まあ、気が乗らなかった、それだけのことだ」
 素っ気無く答えて、ギルベルトが足早に立ち去っていく。かざした掌に魔力を籠めれば、そこにはどこか黒ずんだ炎が浮かび上がる。
(言われてみればそう、か。……未だこの胸の内でくすぶる黒き炎……少しでも冷めるのなら――)
 炎を消してギルベルトがいちるに追い付き、いつものようにちょっかいを出していちると遊ぶ。そんな彼を背後で見ていたクーが、怪訝な表情を見せていた。
(ギル、そなたは……)
 思いに耽りかけたクーの耳に、前方から魔物の咆哮が届く――。