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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、何とも大きな荷物を持って歩いている。二人ともに学校から帰るや、急いで出てきたのだろう。故に彼女たちは制服姿のままだった。
二人は綺麗に包装されたその大きな荷物を担ぎ、暑そうにしながらもにこにこ笑顔を浮かべて歩いている。
「まさか今日が先輩の誕生日だったとはねぇ」
「結局それ、誰情報なんですか?」
「うん? 愛美だよ! この前ウォウル先輩と偶然会ったらしくてね、その時に聞いたんだってさ」
「そうなんですか。に、しても、どうして結局これをプレゼントしようとしたんです?」
「最近暑いからね、夏バテしない為にはやっぱり涼しいのが一番! って事で、丁度いいのがこれだと思ったのだっ!」
 美羽が前、ベアトリーチェが後ろを持っているので美羽の顔はベアトリーチェには見えないが、声色から彼女が笑っているのが容易に想像できるベアトリーチェ。
「そうですか」と笑顔で相槌を打った彼女は、「喜んでくれるといいですね、と続ける。
「ほんとだよね! でも大丈夫じゃない? あの先輩、結構お金持ちそうな雰囲気だし、きっとお家も大きいんだって!」
「それはまぁ……そうであって欲しいですけどね」
「そうに違いないってば! 凄い豪邸だったりして……にっしし! どうしよう、執事みたいな人が出迎えてくれて、ドレスみたいな服とかがいっぱいあって、それでそれで、誕生パーティとか開いちゃったりなんかして! 私も綺麗なドレスを貸してもらうの! うわぁ、楽しみだぁ!」
「まぁまぁ、それはあくまでも想像ですから……ね?」
「もー! ベアちゃんたらぁ! 詰まんないよ、ぶー……」
 そうこう話している二人は、蒼空学園の校門に差し掛かる。と、そこで声がした。はっきりと二人の事を呼び止める声。
「あら、美羽さんにベアトリーチェさん! どうして此処に?」
「お? あっ! エリリン! やっほー!」
「あ、こんにちはー」
 声の主は茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)。彼女も何処かへ向かう途中らしく、幾らか程の大きさの箱を持っている。こちらも、綺麗に包装されている辺り、誰かにあげるものなのだろう。美羽の言葉に顔を赤らめながら、少し困った様子で二人に近付く衿栖。
「美羽さん。そのエリリンはちょっと……」
「何でさぁ! エリリンまで……。私の付けたあだ名ってば駄目なのかな……むぅ」
「私は毎回、美羽さんの付けたあだ名は好きですよ、可愛いと思いますし」
 頬を膨らます美羽と、ほのぼのと笑うベアトリーチェ。衿栖は苦笑ながらに「まぁまぁ」と言い、そしてベアトリーチェは思い出したかの様に彼女が最初に述べた質問に返事を返す。
「これからラナロック先輩の家に行こうかと。先輩、今日が誕生日らしいんですよ」
「え、そうなんだ。だったら私と目的地は同じですね」
 衿栖が笑いながら二人の横に着く。
「そうなの? って事は、その箱……」
「ええ。先輩へのプレゼントですよ」
「わぁ! 可愛いですね、中身は何が?」
「今は内緒ですっ」
 箱の中身を尋ねたベアトリーチェに向かってにこにこしながら、彼女は開いている方の手、人差し指を立てて口の前に当てがった。
「楽しみだねっ! 楽しみがいっぱいだ!」
「そうなんですか?」
「そうなの! あのね、今ベアちゃんと話してたところなんだけど、絶対先輩のお家は豪邸で、これからすっごい誕生パーティやるんだよって」
「えっ!? どうしましょう……ならもっとおめかししてくれば……良かったでしょか」
「大丈夫! きっと先輩の事だから、ドレスとか貸してくれるって!」
 完全に憶測だけで話を進める美羽に、それをまじまじと聞いて間にうける衿栖。その様子を見ながらベアトリーチェは苦笑を浮かべていた。と、三人はそこで何かを見つける。否――知った顔を見つけた。
「あれ、レキさんとカムイさん、ですね」
「ほんとだ! おーい!」
「こんにちはー」
 ベアトリーチェ、美羽、衿栖が順に声を掛けると、彼女たちの前を横切っているレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)カムイ・マギ(かむい・まぎ)が声に気付き、三人の方を向く。
「やぁ! 何々? みんなで何処行くの?」
 レキが面白そうな顔で三人に掛け寄ってくる。
「これからラナロック先輩の誕生日のお祝いに行くんです。お二人は?」
「奇遇ですね。僕たちもこれから先輩のところですよ。ただ……レキったら先輩の家の場所もわかんないのに飛び出ちゃって、結構困ってたところなんです」
 レキを追うようにして、後からカムイが苦笑を浮かべてやってくると、衿栖に返事を返した。
「そうなんですか。なら、ご一緒しましょうよ」
 ベアトリーチェの提案に対し、レキ、カムイは頷いた。
「助かるよ! ありがとっ!」
「最近、お世話になってますからね。あのお二人には」
 二人がそんな事を言いながら、三人の歩調を合わせて歩き出す。
「そうですね」
「どっちがお世話してるのか、わからない時もあるけどね……」
 カムイの言葉に、レキが笑いながら答えると三人も苦笑を浮かべる。「まぁ、確かにね」と言う意味が含まれた笑み。
「皆プレゼントはばっちりみたいだね」
「喜んでくれるといいですけど…」
 美羽と衿栖が呟くと、レキがくすくす笑ったままに言った。
「ま、あの先輩なら要らないものあげたらバッサリ切られそうだけどね。自慢の毒舌でさ」
「怖いですね……それはそれで」
 カムイが思わず身震いした。が、そこは流石に彼女と初対面ではない五人である。ラナロックならば何であれ喜んで受け取ってくれるだろう、と思えるが故の冗談だった。
「ん?君たちは……」
 突然の声に、五人が不思議そうに声の方へと目をやる。そこに立っているのは、何とも長身の男。大柄で体格がいい、何とも威圧感のある男。
「はい? なんでしょう……」
 カムイは首を傾げながら呟く。
「あぁ、突然ですまんな。俺は空大に行ってる者なんだが、君は美羽ちゃん?」
「うん、そだけど……」
「で、パートナーのベアトリーチェちゃん」
「……はい。そうですが」
「レキちゃん、カムイちゃん? だろ」
「うん」
「そうですよ(……ちゃん?)」
「それで君が、衿栖ちゃん」
「は、はぁ……」
 突然男に全員が名前を呼ばれ、一同が不審だとばかりに眉を顰める。
「あぁ、よかった。いやいや、別に何って訳でもないんだがな、良くウォウルの奴から話を聞いててよ。あいつが世話になってる後輩君たちなんだってな。ホント、良く話してるんだぜ、あいつ。嬉しそうによ」
「……ウォウル先輩の、お友達ですか」
 衿栖が恐る恐る尋ねた。その表情からは、未だに警戒の色が抜けきっていない。
「そうだよ、あいつの友達。で? みんなは学校の帰りかい?」
「………」
「おいおい、そんなに怪しむなって。ん? その荷物……あぁ、そう言えば今日、ラナの誕生日だったっけか」
「あ、ラナ先輩も知ってるんだ」
「おうよ! ま、あいつは俺の事知ってるかどうか疑問だが、一応ウォウルの友人やってっからな。俺は知ってるよ。で、今から行くんだろ」
「……」
 完全に押し黙る一同。
「っあっははは!……こいつぁ相当嫌われたか、俺」
「いや……そう言う訳じゃ……」
 慌てて美羽が彼の男に言うが、「まぁいいさ」と別段困った様子もなく、その空大生は続ける。
「で、そうそう。そうなんだよ、どうせラナんとこ行くなら、今行ったって意味ねぇぞ。今日はウォウルが学校休んでな、あいつが心配だって、ウォウルの家に行ってるよ。ラナのやつは」
「あれ、そうなんですか。じゃあ先輩の家に行っても意味が……」
 カムイの言葉を聞き終ると、男はうん、と頷いた。
「ってもま、ウォウルの家はこっから近ぇし、そっち行ってみた方が早いと思うぜ。みんな、あいつん家の場所は知ってるかい?」
「一応面識はあるんですけど……そこまで親しい間柄、という訳でもないので……」
 ベアトリーチェが返事を返すと、男はそっかと言い、五人にざっと、現在地からウォウルの家の場所を教えた。
「って事だから、まぁもし二人に会ったらよろしく言っといてくれや。んじゃな、道中気をつけろよ!」
 一方的に話を済ませた彼は、そこで一同の前から姿を消す。
「何だか……元気な方、でしたよね」
 後姿を見送る様な形で衿栖が呟いた。
「うん、でも悪い人じゃないみたい。先輩の居場所とか教えてくれたし」
「ですね」
「さっ! んじゃ気を取り直してレッツゴー!」
「わわっ! ちょっと美羽さん! いきなり走らないで下さいよぉ!」
 掛け声をあげた美羽が突然走り出した為、一緒に大きなプレゼントを持っていたベアトリーチェが若干バランスを崩しながら、慌てて彼女の後を追う。
「待ってくださーい!」
「あたしたちも行こうか、カムイ」
「ええ」
 衿栖、レキ、カムイも二人の後を追い、駆け出す。一路――ウォウルの家へと。