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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

「えっと……ヴァルさん、だよねぇ……?」
「如何にも! 俺がヴァルだが」
 にんまりと笑顔で託を見るヴァル。
「これはどういう状況なんだろうって、尋ねたら答えがわかる人なのかなぁ?」
「如何にも! 何せ俺は帝王だからな!」
「詳細よろしく頼むよ」
「赫々云々……と言う訳らしい」
「えっ? ウォウルさんが誘拐?! 嘘だぁ」
「うむ! 知らん! 俺はそのウォウルとやらとは面識もなく、生憎現場を一部始終目撃していた訳ではない! 故に知らん! 許せ! クッカカカカっ!」
 事情を聞いた託が、その場から動かないままに大きな声で言葉を発する。それはラナロックに向けての言葉。
「ラナロックさん、僕も協力していいかな! ウォウルさん探すの!」
 ラナロックは随分と面白くなさそうな顔をしながら、しかし暫くの沈黙の後ににっこりと愛想笑いとわかるそれを浮かべて返事を返した。
「えぇ、ありがとう。大丈夫よ、もう撃たないから安心なさいな」
 ふうっ、とため息をついた託はヴァルの横からひょっこりと顔を出すと、一行に手を振った。
「って事で、よろしくねぇ。みんなぁ」
 愛想笑いを浮かべていたラナロックが、そこで表情を一変させる。故に託の表情が、笑顔のままに凍りついた。
「え、嘘ぉ……」
 握られている銃の銃口が完全に託へと向いている。更には彼女、ラナロックの表情が、誰が見ても凍りつくようなそれだった。彼が硬直した理由はそれで充分だし、だからこそ彼は呆然としたままにラナロックを見やる。
と、今の今まで託の前に立っていたヴァルが、「とうっ!」なる掛け声と共に託の前から姿を消した。ラナロックは何の躊躇いもなく、その引き金を引く二発、三発、四発五発――。
だから思わず託は目を瞑る。が――いつまでたっても痛みが来ない。恐る恐る片目を開いた彼は、舌打ちをするラナロックの顔を見る。
「あれ――僕、生きてるんだねぇ」
 緊張感のない言葉を呟き、ならば何を狙ったのか、と後ろを振り返ると、そこには先程まで自分の前に立っていたヴァルの姿と、その後ろにいる藤野 夜舞(ふじの・やまい)仄倉 斎(ほのぐら・いつき)両名の姿。そこで彼は、あぁ、と納得する。
「こらこら御嬢さん、手当たり次第も大概にしてもらいたいものだ。俺がいなければ此処はもう、それはとんでもない事になっていたぞ!」
 にんまりと笑顔を浮かべるヴァルと、それを詰まらなそうに見るラナロック。当然彼女の隣、前にいた雅羅達は、慌ててラナロックの方へと目をやる。再び彼女の弾丸を切断し彼女の暴走を食い止めたヴァルは夜舞、斎の前に立ったままにそう呟いた。が、特にそこに叱責の意はなく、あくまで呆れた様な、自分の言葉が無意味である、と言いたげな声色となっている。
「あ、あの…ありがとうございます」
「っていきなり発砲とかしちゃうの!? 普通!?」
「んもぅ……今度は誰ちゃんなのよぉ…!」
 夜舞、斎の声を聞いたラナロックは更に苛立ちを露わにしながら声を荒げる。当然その言葉に彼女の近くにいた数名、と今ヴァルの陰に隠れている二人も驚き、肩を竦めた。
「えっと……その、あの……私たち、何か悪い事しちゃいましたか?……」
「んー、でも僕たち、今此処通りかかっただけで何もしてないと思うんだけど」
 二人の言葉を聞いたヴァルは「うむっ!」と力強く頷きながら、唖然としたまま後ろにいるラナロックを見ている雅羅を指さし、後ろの二人に述べる。
「あそこにいる御嬢さんに詳しい話を聞くといい。きっと教えてくれるだろう。何、俺と一緒に向かえば打たれる事もなかろう。彼女は今気が立っているらしくてな、誰彼構わず撃ってみよう、などというのだ。だがどうやら俺や、すでに面識があり事情を知る存在であるのならば撃たれる事もないらしく、だから安心して彼女のもとへと向かうがいい」
 彼は言い終わるとマントを翻し、手にしていた剣を鞘に納めながら歩みを進める。
「どうやら悪い人じゃないみたいですけど…」
「うん、まぁ雅羅もいるみたいだし、とりあえず事情を聴いてみるとしようよ」
 不安そうにもじもじとしている夜舞の手を握り、斎は元気よく、しかししっかりとヴァルからはみださない様に歩く。
「それにしても……たくさんの方たちがいらっしゃいますね。知らない人もいますけど……知ってる方もちらほらお見受けしますし…」
「雅羅が困ってるからって事、なんじゃない? ま、それだって話を聞かないとわかんないけどさ」
「そうですよね……でも、でも……私なんかお役に立てるかどうか…」
「ほら、まだ泣かないの! まだそうと決まったわけじゃないじゃんね!」
 今にも泣きだしそうになっている夜舞の肩をぽんぽんと叩き、斎が励ましながら歩みを進めた。
「待たせたな。ラナロックとやらは落ち着いたのか?」
「……何とかな。今はもうすっかりそこの二人の事は気にしてないようだぜ」
 ヴァルの質問にアキュートが答え、ラナロックの隣にいた孝高と三月で彼女を必死になだめている。それを柚と薫が不安そうに見つめていて、「こわいよねぇ……」「ですね…」などと言い、はらはらと彼らの様子を伺っていた。どうやら託は何となくの事情を理解したらしく、早くもラナロックを宥める役に回っている。
「ラナロックさん、とりあえず落ち着こうよ…ねぇ?」
「そうだぞ、まさかこんなところにいきなり犯人が現れるわけもないだろ」
「うんうん、そんなヘマをする犯人だったら、ウォウルさんだったら勝手に逃げられるだろうしね」
 ラナロックのもとまで来た託は、孝高、三月とともにラナロックに声をかけている。
「あ、あのさ…雅羅ちゃん」
「え、ああ。うん……ってあれ? 夜舞ちゃんに斎君じゃない。よかった、無事だったんだ……」
「うん……あの、男の人が助けてくれたの」
 夜舞がヴァルを指して説明すると、「あぁ、ヴァルさんね」と雅羅が呟き、更に言葉を繋げた。
「事情はね、まぁ道々説明するとして、とりあえず今の状況は、あの人。ラナロックって言う先輩が怒ってて、二人が体験した通り、視界に知らない人が入れば……まぁ知ってる人でもだったけど、いきなりバーン! …ってね。だから私たちはそれを止めながら、本来の目的も達成しなくちゃいけないの。実際今、みんなで力を合わせて彼女が暴走しない様に頑張ってはいるんだけど……ごめんね」
「そうだったんだ。んじゃ、僕たちも加勢すれば少しは力になれそうじゃんね?」
「え、私たち……足手まといとかにならないかな……」
「大丈夫! 助かるわ。それで、これからの事なんだけどね――」
「あぁ! ちょっと待って。それ僕も聞いていいかなぁ。何となくってしか事情がわからないんだよね。教えて貰えると助かるかな」
「うん、わかった。あのね――」
 ラナロックが落ち着いたのか、彼女を懸命に宥めていた託が雅羅、夜舞、斎のもとにやってきた。
一行は再び歩みを進め、雅羅は三人に事情を説明し始める。


「ねぇねぇ…なんで今、ラナロック先輩撃ったんだろ……?」
 そんな状況つゆ知らず、ただただ後ろから眺めていた一行の中、結が恐る恐る呟いた。
「……さぁ?」
「ってかあの人、あんなキャラだったっけ?何言ってるかは分かんないけど、でもなんか雰囲気やっぱ違う気がする――」
「同感ですね」
 北都が首を傾げ、セルファは”開いた口が塞がらない”とばかりに驚きながら言葉を発し、リオンが彼女の言葉に頷いている。
「まぁ何にせよ、これはちょっと危ないかもしれませんね」
「そろそろ俺たちも合流、しときますか?」
 真人、淳二がそういうが、しかし暫く全員言葉を止める。何せ近づく人物すべて、今のラナロックにしては標的である。彼女の機嫌が悪いのも知っている状況で、撃たれるとわかっていて近付こうと思う者は少なく、故にこの場の全員が返答に困り、互いの顔を見合わせる。
「……いいじゃない。もう少し様子見って事でさぁ」
 苦笑のまま、北都の出した提案に全員が賛成し、再び歩みを進める事にした。