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リアクション
第10章 不穏の予感
「……じゃあ、もう安心なんだね」
船内のある一室にて。生徒会副会長・井上 桃子からアダモフの容体について説明を受け、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)はほっと胸をなでおろした。
「ええ、軍医の方の診察も終了して、お墨付きを頂きましたわ。今は個室でお休みになっておられますが、程なく戻られる予定ですわ」
「良かったですわ」
テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)はマリカと顔を見合わせ、喜んだ。
「でも、まだ気は抜けないよマリカちゃん。事件は一つとは限らないもんね」
秋月 葵(あきづき・あおい)の発言に、葵の小さな体の葵の後ろから、ひょっこり魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)は顔をのぞかせた。校長・桜井静香のフリフリドレスとティアラが良く似合っている。彼女は弱々しい声で、
「……そんなのいやですぅ」
「大丈夫だよ、万が一の時は、の話だよ。それまでアルちゃんは今まで通りにしてくれればいいんだよ」
「警備の方は、申し出てくださっている方が大勢いらっしゃいますわ。皆さんは今まで通り、選挙の準備をしていただければ宜しいんですのよ」
「うん、百合園の為に頑張ります!」
マリカは力強く頷いた。
マリカとテレサ、葵、それにアル・アジフを加えた四人は、今回の選挙における、選挙管理委員会の委員を申し出て、任命されていた。なお、今回の選挙期間中だけの臨時職である。
選挙の選出過程を監視し、不正やうっかりミスを防ぐことが目的だ。選挙を正々堂々と行い、誰にも後ろ指を指されないようなものにすること。それが立候補者、当選者の名誉につながると、マリカは考えている。
一方葵の方も、彼女の中立の立場であり、白百合団の班長であり、ロイヤルガードである信用を選挙管理委員会の担保にしていた。
「葵さん、一応もう一度確認するよ」
マリカの手には自身で用意した資料がある。
「立候補者の届出の受付……これは終了っと。追加がない限りは大丈夫だね。立候補者への説明もOK」
「白百合団の要職とは兼任できない、という点ですわね」
「うん。白百合会の会長・副会長と、白百合団の団長・副団長との兼任は不可。……これは今のところ白百合会の選挙が先だから、これから団長・副団長には事実上立候補できなくなるってことかな。
それから、団長・副団長代理・特殊班の班長など、責任の重い役職にある人は、会長・副会長に立候補しても、当選の際には団側の役職を降りなきゃいけない……だね」
「ロイヤルガードとの兼任はどうなんですの? 校長が兼任してるので、これは気にしなくていいのかな?」
テレサの問いに桃子は頷いた。
「ええ、問題ありませんわ。これは百合園での、権限の集中を避けるためのルールですから」
マリカはロイヤルガードとの兼任は問題なし、と、資料に書き込んだ。
「あとは、選挙運動の監視……今のところは問題ないかな。ちょっとマイクの音量の調整とかあったくらいで。演説会の開催・取り仕切り……これは、これからだね。投票用紙の作成・管理。投票の運用・管理。開票、有効票・無効票の選別。そして結果発表。以上に関する記録作成」
「結構やることがあるんだね」
葵が資料を覗きこみつつ、感心して頷いた。
どちらかというと葵は、人出の足りないところのお手伝いと、今回の船で何か起きた時のために警備に力を入れるつもりでいた。武器も盾も鎧も、光条兵器とアイスフィールド、そして魔鎧のアル・アジフの装着と、目立たぬように気遣って、見た目には分からないようにして。
「あたし……用紙の作成とか、開票とかだったら……できそうですぅ」
アル・アジフが控えめに言い、葵がとりあえずまたお茶会が終わるころだねー、と同意した。
「じゃああたしたち、見回りに行ってくるね! アルちゃん宜しくね」
「わかりましたですぅ」
今日のアル・アジフは、余興として、タロットカード占いを披露していた。
彼女たちはハーララの元へと向かう。アダモフがおらず、娘のヤーナの姿も見えない。いない間、周囲はヴァイシャリーの人間ばかりでは息が詰まるかもしれない。
そう思ってのことだったが、既にそこではエレオノール・ベルドロップ(えれおのーる・べるどろっぷ)が貿易についての真面目な提案を交わしていた。
エレオノールもまた、生徒会長に立候補した生徒の一人だ。葵は受付時のことを思い返す。
(確か、“平等”な生徒会を作りたい、って言ってたよね)
エレオノールの言う“平等”とは、守旧派と革新派の双方の意見を取り入れた生徒会にすることだ。そのために、中立である自分が、と立候補した。
その代わりではないが、副会長と庶務を革新派、書記と会計を守旧派……のように、バランスを考えて生徒会メンバーを推薦するつもりでいる。
会長になった時には、「互いの文化を調和させた新しくも、親しみ深いモノを作りあげる」ことを目標とする。
もしどちらかに偏ったら、貿易が不利になるような事態になるのではないか──というのが、エレオノールには不安だった。
そのためには自分がここで頑張る必要がある、のだ。
「ハーララさん、私たちヴァイシャリーとの取引に関してですけれど……」
エレオノールはハーララに話を持ちかけた。
「もしハーララさんの部族が貿易に全面協力の姿勢を見せてもらえるようでしたら、シャンバラの都市レベルの計画が完成するまでは、お住いの島を海水に侵されないよう、ヴァイシャリー家の予算で保護し……計画が終わった後は、互いに“平等”な貿易関係を崩さないこと──という条件では如何でしょうか?」
「それは、あなた個人の提案ですかな」
「そうですけれど……」
「それは良かった。もしラズィーヤ様にそう言われていたら、返答に大変窮したでしょう」
ハーララは冷たい氷水を口にした。
「『全面協力』や『平等』の具体的な内容は分からないが、我が部族にとって、それは『計画が完成するまでずっと』ヴァイシャリー家に仕えているのと同じことになる。その間に我が部族は他の、たとえばアダモフ氏や今まで交流のあった部族との取引ができなくなる恐れがあるのですよ」
彼はイルカのイメージにはそぐわない力強さで、エレオノールに応えた。
「たとえ善意のものであっても、身に余る“ご厚意”に一方的に与る訳にはいかない。こちらは、なるべく部族としての独立性を保っていたい。もしそういった大掛かりな計画を考えられているのでしたら、事前に資金を出されるヴァイシャリー家にご相談してから、お願いしたい──ああ、大丈夫ですか」
ハーララは、席から立ち上がった。
アダモフが、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)とセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)と共に、会場に戻ってきたのだ。
「だいじょうぶです?」
「これしきのことで、いつまでも商談を休んではおれませんよ。ゆっくり寛げたのはヴァーナーさんのおかげですよ」
アダモフを始め、賓客の個室を用意し、整えたのはヴァーナーとセツカの二人だった。
調度品や小物は故郷を思い出せるように、置いてあるお菓子は食べなれたものや珍しいものを取り混ぜて、タオルの柔らかさは……というように、事前に彼らの好みを研究して、気持ちよく過ごせるようにしたのだ。
アダモフが倒れたので、軍医や他のスタッフが手当てする一方、ホテルのメイドや客室乗務員のように、こまごまとしたお使いをしていた。
「みんななかよくするのがいちばんなんです! ひしょのおにいちゃんがなんでこんなことしたか、ボクにはとってもかなしいです……」
ヴァーナーは、生徒会長に立候補している。スタンスは、中立のみんななかよく派。
(ひとがいっぱいいると、どうしてケンカしちゃうのですか? 百合園も、他のみんなのお話はりっぱな大和撫子になるのと、エリュシオンともっと仲良くです。ボクはどっちもたいせつに思うからやりたい事をなかよくやれる百合園にするのが目標なんです。なのに、なんだかなんとか派とかできょうそうしてるはなんだかさみしいです)
イカとイルカだってなかよくあそんでるんです。と、友人から貰ったメールを思い出し、余計悲しくなる。
幼いヴァーナーがめげてるのを見て、アダモフは長い溜息を吐いた。
「利害が一致しないというのはよくあることですな。よく働くと、取り立ててきたつもりだったのですがな……人を使うのも難しいものですな」
「相談があるなら、おはなししてくださいです。ボクがむずかしいおはなしなら、ラズィーヤさんとか、おはなしできる人をしょうかいするですよ」
「いや、既にこちらの不手際でラズィーヤ様にはご迷惑をおかけして申し訳ない。何かあったら話させて貰うよ」
ヴァーナーを、孫でも見るように言ってから、アダモフはハーララの席へと近づいた。セツカがそつなく椅子を引く。
そこへラズィーヤも戻ってきて席に着き、アダモフの体調を気遣った。
「もうお加減は宜しいんですの? アダモフさん」
「皆さんのおかげですよ。確認しておきますが、秘書は……」
「今はお部屋で休んでおられますわ。軍の者がついておりますのでご心配なく。お引き渡しについては、ご一緒の船で帰られるということで宜しかったかしら?」
「ええ、それでお願いします。こちらの乗組員が受け取ります。……いや、ヴァイシャリー家には借りができてしまいましたな。お返しと言ってはなんですが……」
セツカが、秘書のスーツケースを、サイドテーブルの上に置いた。そこからアダモフは幾つかの資料をテーブルの上に広げた。
新しい交渉のテーブルに、失礼します、と、候補者たちをサポートしてきたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がお茶を運んできた。
メイベルが注いだ紅茶を、ヴァーナーがそれぞれ邪魔にならない場所にサーブしていく。
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)とシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)はそろそろ小腹が空いたころだろうと、洋ナシのタルトや軽いムース、チョコレート、各種チーズ、揚げた丸いポテトなどが乗ったワゴンを運んできた。
料理が得意なセシリア・ライト(せしりあ・らいと)がキッチンで腕によりをかけて作ったものだ。メニューの選定は実はアナスタシア。エリュシオン人のアダモフをもてなすならと、事前に彼女に聞いておいたのだった。
ヴァーナーや、戻ってきたアナスタシア、桜子、それに}琴理も加わって、アダモフとハーララの要望に応えて、お菓子をお皿に乗せて提供していく。
ラズィーヤと、そのすぐ側の生徒会長は彼女たちをどこか観察するような視線で見ている。シャーロットが思うように、何かあった時にだけ手を貸すつもりのようだ。
フィリッパは逆に、候補者たちをどこか感慨深げに見ていた。
(ちょうどエリュシオン帝国との和平が成立するのに合わせるかのように、百合園の生徒会も新しく生まれ変わるわけです。「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」新約聖書の一節にはそんなことはが有りますが、新しい時代には新しい人材をもってあたるべきなのでしょうね。
いずれにしろ、今後開催される選挙の結果がどうであれ、その新しい生徒会と共に新しい時代に切り開くことがうまく行きますように)
「……では、この中から、まずは保存がきく香辛料や茶、織物などから始めるとしましょうかな。航路はこう、ここを通っていくのが安全ですかな」
アダモフは地図の上に皺の深い指を滑らせた。
「ヴァイシャリーからは美術品をお出ししましょうかしら……ガラス細工が宜しいかしら?」
「拝見させていただきましたが、なかなかのものでしたな。取引をさせていただけるなら有難いですな」
「そうですわねぇ」
「ハーララ様の部族が採られた珍しい貝がありましたね。ヴァイシャリーで加工させていただけたら……」
交渉が少しずつ進む中、突然、一人の海軍の小柄な少年が、男性を支えて現れた。
「──何の騒ぎですの?」
「どうした、何があった」
ラズィーヤより早く、ハーララが立ち上がった。男性には見覚えがあったからだ。
「刃魚の群れが襲ってきて……不覚を取り申し訳ありません」
ハーララとヤーナは、二人でここまで来たわけではなかった。護衛として数人の男性を共に連れてきている。彼らは小さな船でここまで来たが、ヤーナの恋人が近くにいるとの話を受け、辺りを回遊していたのだった。
「知らせを受け、軍と警備の生徒が対処しました。現在残りを捜索中です」
「怪我は幸い軽く、魔術で癒していただきました」
「刃魚とは何でしょうか?」
春佳に問われ、ハーララは説明した。
「刃のようなヒレと鋭い歯を持ち、時折海面を跳躍する魚の魔物ですよ。最近増え出したとはいえ、ここまで来ることはないと思っていたんだが……。異常気象と何か関係があるのかもしれない」
【後編へ続く】
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