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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第1章 芸術の都アムトーシス 1

 まだ昼間の頃――である。
 アムトーシスにやって来たシャムス一行は、街を散策していた。
 と言っても、調査にやって来た契約者やニヌアの兵士が、一斉に街へ踏み込んだわけではない。いくら悪魔や魔鎧など、ザナドゥに通ずる者がいるとしても、一斉に足を運べば怪しまれるのは必至である。アムトーシスがどのような街か分からない以上は、なるだけ地上の者だとバレないように調査を進める必要があった。
 そのため、シャムスたちはそれぞれに分かれて調査や散策を始めていた。時間差で、かついくつかの出入り口から各々がアムトーシスを直に見ようというのである。
 幸いにもアムトーシスは芸術の都だ。旅芸人や商人も多く訪れることがあるようで、少人数であればさほど怪しまれるということはなかった。今頃は、他の調査隊の者もそれぞれにアムトーシスを散策している頃だろう。
 そして、シャムスたちが歩くのは円錐の最も下。運河が通る島々の路地である。どんな力によってかは分からぬが、虹色にも似た不思議な色合いで発光する運河。そんな運河と共存する芸術的な街並みを見て、鬼院 尋人(きいん・ひろと)が感嘆していた。
「綺麗な街だね」
 愛馬のアルデバランに乗馬しながらマントを身につけて、なんのことはない街の青年を装っている彼。その隣では、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が寄り添うようにして街を眺めていた。
「本当ですね……それにどこか、タシガンにも似ている気がします」
「うん……そうだね」
 それは確かに、尋人自身も感じていたことだった。
 他国との交流がなかったせいだろうが、閉鎖的な空間と排他的な空気が、どこかタシガンの霧に包まれた浮遊島を思わせる。全くの異国とも思えないその空気に、尋人は不思議と居心地の良さを感じていた。
 ……もし戦いとなれば、そんなこの街は戦火に巻き込まれるのだろう。無論、この街に住む魔族もだ。それは当然のことかもしれない。戦いに犠牲はつきものだ。まして魔族は、地上に攻め込もうとしている。
 ただ――胸はきつく悲鳴をあげる。
(騎士としては失格なのかな、オレは…………。でも……)
 それでも譲れないものというものは、ある。
(出来る限りはやるさ。それに……オレたち契約者だって、決して清らかな生き物じゃないしな……)
 そう思って、尋人はまるで自分の意思を確かめるがごとく、剣帯の鞘を軽くなでた。やがて路地から大通りへと出たとき、街の中心にある塔がはっきりと見えた。
「シャムス……確か、この街を治めてるのは、あのアムドゥスキアスっていう魔神だったよな?」
「ああ。話によると、芸術を愛する魔神だそうだな」
「芸術を愛する……か。オレは芸術のことは全くわからないけど……だからこの街も、美しさを保ってるんだな」
 記憶にあるアムドゥスキアスという魔神の姿、そして話し方。それは尋人たちの瞼の裏にある影を映しだす。
「……ウゲンを思い出しますね」
 ぽつりと霧神が呟いた。
 ウゲンが果たして芸術系に関心を持ったかは記憶にないが、彼は何かを強く追い求めていた。少なくとも霧神たちには、そんな印象が残っている。それは人も魔族も、いや……どんな種族であっても変わらぬ意思の矛先なのかもしれない。
 そして変わらぬ意思は一行の中にもある。尋人たちの後ろで、周囲を警戒しながら街を観察する呀 雷號(が・らいごう)は思っていた。
(美しい街なのだろうが、私にもやはり芸術はわからない……)
 ただ彼は、そこに息づく者たちの気配は分かる。
 獣人にとっては、魔族も地球人も警戒の対象である。いや、あるいは――地球人の契約者のほうが、はっきりとした敵意を抱いて侵略してきた魔族よりも、性質が悪いかもしれない。
(最終的には、仲間を助けるために敵側につく者も確かに居るだろう。だが、そんな手段を選ばなくてもすむ方法を……できるだけ選びたいものだな)
 いずれにせよ――。
 彼は尋人のために尽力を尽くすことだろう。それが、雷號という男なのだから。
 そのうち、シャムスたちは魔族たちの商店街へとたどり着いた。数々の商店が立ち並ぶそこでは、魔族たちの客寄せの声が多く聞こえてきた。路地の両側はもちろん、建物の窓や、運河に浮かぶゴンドラの上。様々なところで店が構えられている。
 そこに商品として並べられる芸術作品もあるが、それこそ建物そのものを彫刻のように彫っている職人もいる。芸術の都とはよく言ったもので、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は感嘆していた。
「すごい……ですね……。芸術家さんたちがたくさん集まってるんでしょうか?」
「ふむ。なにせアムトーシスはザナドゥでも随一の美しき街じゃ。そりゃー、数多くの芸術家はこぞって集まろうて」
 レジーヌのパートナーである老兵、ベルナール・アルミュール(べるなーる・あるみゅーる)は、うんうんと頷いていた。なんでも本人いわく「ザナドゥのことなら何でもわしに聞くがよい」ということらしいが、
「ほれ、見てみい。あの狼の姿をモチーフにした橋なんかは、この街でも有名な橋じゃぞ?」
「あ、あの……ベルナールさん……?」
「ぬ?」
「鷲に…………見えるんですけど…………?」
「…………う、うむ……そう、見えなくも、ないのー。あ、あれじゃっ!? つまり、鷲のような狼なんじゃな! いや、よく出来ておる」
 先ほどから的外れなことを言っているところを見ると、恐らくは見栄でも張ったのだろう。レジーヌの前だということで良い格好をしたかったに違いない。
 とはいえ――
「そ、そうなんですかっ……!? さ……さすが……ザナドゥですね……ビックリ……です」
 レジーヌはそんなベルナールの言うことを素直に飲み込んで驚いているため、さほど問題はなさそうだ。むしろ、そんな二人を見るシャムスにとっては、ほほえましくも思える。
「シャムスさん……?」
「……いや、なんでもない」
「?」
 くすっと笑みをこぼしたシャムスに首をかしげるレジーヌ。
 思えば……レジーヌにとってはベルナールもまた未知なる種族だった。ベルナール本人の素直ではない性格もあいまって、魔鎧として生きる彼が人と分かりあうのはきっと難しかっただろう。そんな彼と心を通わせられたように、魔族たちとも交流しあえると彼女は信じていた。
「あの……これって……誰が作ったものなんですか?」
「お、お嬢ちゃん、お目が高いね。これは俺っちが作った作品だぜ」
 露店でアクセサリーを売っていた商人は、声をかけてくれたレジーヌに嬉しそうに笑みを返した。
「すごく……綺麗、ですね」
「へへっ……ありがとよ。俺っちの専門は武器と防具だからな。そいつも、綺麗だけじゃなくて獣避けの魔法を施した冒険の足しになる装備なんだぜ?」
「武器と防具が……専門なんですか?」
「おうよ。ほら、このすぐ隣の店が俺っちが友達とやってる店なんだ」
 商人はそう言って隣の店を親指で指し示した。
 騎士でもあるシャムスが、興味深そうに店を見る。
「装備品か……面白そうだな」
「ですよね。ちょっと……寄ってみませんか?」
「お、来るかい?」
 普段は引っ込み思案なレジーヌが珍しくワクワクしているのが見てとれた。鎧を着込むことの多い彼女にとっては、興味の対象なのだろう。
 商人に引き連れられるように店へとはいってゆく一行。
 と――シャムスの傍で、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が耳打ちした。
「シャムス様……焦りは禁物ですよ」
「分かってる」
 アムトーシスは芸術の都とはいえ、あの魔神アムドゥスキアスの治める街だ。一見すれば芸術的にも見える路地の構造も、観点を変えれば複雑な迷路と狭い通路で敵を混乱させるものとなる。この街は芸術と軍事的整備が共同する街なのだ。
 そして装備品は、この街のある程度の武器水準を計るものとなる。シャムスが心の隅で考えていたことは、ヴィナにとっても当然のことだった。
 特にヴィナは、シャムスが努めて冷静を装っていることを見透かしていた。
 エンヘドゥが捕えられているからだろう。心のどこかで焦りを抱く彼女。
 彼女のそれが表に出過ぎないことに気を配りつつ、ヴィナは言う。
「シャムス様、俺の好きな言葉を教えましょう。天使のように大胆に、悪魔のように細心に……。こう言えば、意味はお分かりですよね?」
「……ああ」
 自らの使命と責任の再確認。シャムスは力強く――しかしヴィナと話しているささやかな声が悟られないように、わずかな動作で頷いた。
 ヴィナの後ろで控えていたウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)も、続ける。
「まさしく……その二つは必要でしょうね。人質が取られている以上、現在不利なのは明白。
それをどう突き崩していくかが重要です」
 シャムスは、今度は言葉なく頷いた。
 一行は商人が案内した装備品の店へと入る。目の前に広がったのは無数の武器と防具だった。種類は剣から槌まで数々のものがあり、防具も鎧だけではなく手甲から兜まで個別的なものが多数、並んでいた。どうやら店は二階まであるようで、細かな装飾品や衣類は二階に並んでいるそうだ。
 商人の案内で装備品を見ていく仲間たちを見守りながら、ウィリアムは商人の友人でもある、カウンターの奥にいたもう一人の主人と話し込んでいた。いわくそれは……このアムトーシスの街がどのようにして出来たかということだ。
「元々はアムドゥスキアス様に仕える者たちの集まりさ。なんでも、最初はあの中心にある塔しかなかったって話でね。それがいつしか芸術を愛するアムドゥスキアス様の趣向に沿って街を形成するうちに、一つの芸術作品に仕上げようと考えられたってことだな」
「なるほど……」
 主人はウィリアムたちを地上から来た人だとは思っておらず、気前の良い喋り口だった。
 そのうち話は他愛のない商品の話に移ってきたが、やはりというべきか、店の商品はザナドゥらしさも反映されている気がした。
 例えば主人がお勧めしてきたのは炎が揺らめく喋る魔剣や、一閃で斬った相手の身体を瘴気で蝕んでいくいわくつきの剣。もちろん通常の装備品もあるものの、お勧め品はひと癖ふた癖もある代物だった。
 中でも――
「魂?」
 シャムスは主人の言葉を聞き返した。
「ああ、そうさ。アムドゥスキアス様がとある魂を封印した渾身の鎧でな。商品ってわけじゃねぇが、まあ見てみるだけの価値はあるぜ?」
 店の奥に飾られていた鎧は、なんてことのないフルプレートアーマーに見えた。だが、そこにある雰囲気――オーラは通常のそれとは訳が違うことがすぐにわかる。まるで玉座に座ってこちらを静かに見下ろしているがごとき視線が、鎧からは発せられている。
 不思議なもので、そこにはある種のシンプルがゆえの芸術性があるように思えた。それがアムドゥスキアスの成せる技巧だとするならば、確かに彼は芸術の魔神というにふさわしいだろう。
 と――鎧に目を向けていたそんなときだった。
「くっ……この、待て! 逃げるな!」
 店の外から騒がしい声と物音が聞こえてくる。それに混じってわずかに聞こえていた足音は、徐々に店へと近づいてきた。
 ガタン! と、店の扉を蹴り飛ばして何者かが飛び込んできた。
「はぁ、はぁ……く、くそ!」
 その男はいかにも悪人面をした醜い男だった。頭から生えた角はもちろん魔族の証の一つだが、むき出しになった牙のような羽に痩せ切った痩身。目はギラギラと凍てついた色をしており、ナイフのようにとがった視線を孕んでいる。それだけでも、男が普通でないと分かる。それに加えて男の両手をつなげているのは――無機質な鉄の手錠だ。
 続けざまに飛び込んできた数名の魔族たちが男に剣の切っ先を向けたことで、契約者たちは全てが理解できた。
 とっさに、男は店にいた小柄な女性を捕えて盾にした。
「く、来るな! 来たらこの女を殺す!」
 明らかに男は……敵だ。
 魔族の警官隊的立場にあるのであろう魔族たちの先頭――褐色肌に軽装の鎧をまとった隊長と思しき女が舌を打つ。人質を取られた。どう出ればいい……?
 考えたのは一瞬だった。
「!?」
 女の目の前で――男の背後から一人の契約者が踏み込んでいた。
「なっ……」
 男も気づくが、すでに遅い。
 男が振り返ろうとしたその瞬間。その時、その瞬きで――綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、アムドゥスキアス直属のアムトーシス兵隊長サイクスの視界の中――刀を振るい、男を断ち切る一閃を放っていた。