リアクション
● ガッシャーン! と、けたたましい音が鳴った。入れようとしていた茶葉は散々に散らばり、食器が床に転がる。 「ごごごごめんなさい! すぐに拭いて新しいお茶を入れなおさせていただきますぅ!」 「は、はあ…………」 アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)は慌てて食器を片づけて次の茶葉を取りに戻った。台所のほうでもなにやら激しい物音と悲鳴が聞こえてくる。緊張してパニックになっているのか? ひどい慌てようだった。 そんなアドラマリアにもてなされるのは、何気なくアムトーシスへとやってきた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)とベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)。 そして二人がいるのは彼女の営むブティックの奥だった。表に閉店の看板が出されているため、いまは客が一人もおらず静かなものである。 「それにしても…………本当、よく似てるわよねぇ。本当に血が繋がってるわけじゃないの?」 「本当ですよ。初めて会いましたよ、あの人とは」 ベファーナは顔をしかめて、しつこいなといった顔になった。二人が目をやるのはやはり台所のアドラマリアである。 彼女は魔族で、アムトーシスでブティックを営んでいて、そして――ベファーナと瓜二つだった。 色々と疑いはあるが、吸血鬼と悪魔では関係はないのか? ――まあ、いずれにしてもリナリエッタにとってはどうでもいいことだ。面白い人ではあるし、付き合ってみるのも悪くない。勢いに任せて契約してしまったのも、そんな簡単な性格をしているリナリエッタだからこそだった。 二人のもとにアドラマリアが戻ってくる。茶葉やお茶菓子を乗せたトレーを持つ手がプルプルと震えていたが、なんとか無事に用意することができた。 「ところで……」 お茶をぐいっと酒のように飲みながら、リナリエッタが切り出す。 「はい?」 「この街じゃあ、みんなこうしてお店を出してるの?」 「まさか。そんなわけないですよ」 アドラマリアは目の前で手を振った。 「個人の趣味で芸術品を製作してる人、お店を構えて美術品で商売してる人、工房を構えてる人…………この街はたくさんの『芸術家』さんで溢れてますよ」 「芸術が経済と社会の一体系なんだねぇ。ふぅん……面白いよ」 ベファーナは微笑を浮かべて外を見た。同じように、リナリエッタも街の様子を眺める。 確かに街には様々な『芸術家』がいるように思えた。路上で芸を披露する者もいれば、自分の作った芸術品を売買する者もいる。賑やかなその様子は、地上で見るものとさほど変わりなく思えた。 「魔族は魂を利用するのでしょう? 魂を抜いた肉体はどうされるんでしょうかねぇ。そのままにしておくのはちょっともったいないと思います」 「魂を扱える魔族なんて、私たちみたいな下級魔族にはそうそういませんよ。それに、芸術に魂を利用するのはよっぽどです。私だって……自分の服に魂を使うのは……嫌ですから」 「へぇ〜、珍しいんだね」 「そ、そんなことないです。魂は魔族にとって『名誉と階級の証』です。別に芸術に利用する必要なんて……ないんですから」 アドラマリアの目は遠いところを見ていた。 それは、地上の征服を目指す魔族たちの戦いを見ているのか? あるいはこの芸術の街か? リナリエッタには分からない。 (まぁ……どっちにしたって、私はいつでもイケメンの味方よぉ。ふふっ) ほほ笑みながら彼女はお茶菓子に手を伸ばす。口の中に広がったスコーンの香りは、豊かな乳白の甘みだった。 ● |
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