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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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第8章(2)
 
 
「先手必勝、参るぞ!」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の号令で皆が一斉に動き出す。
 グロリアーナと永倉 八重(ながくら・やえ)が接近戦を、上杉 菊(うえすぎ・きく)ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)が援護射撃を、そしてローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がその両方をサポートする形で布陣を敷いた。
 相手は三道 六黒(みどう・むくろ)。彼が体躯に似合わぬ高速機動を見せる所を、油断無く複数がかりで抑え込みにかかる。その間にエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が収蔵されている楽譜を運び出す為、気配を消して動き出した。
「うゅ、今のうち、なの」
 隠形の術で身を潜めつつ、奥にある棚の方へ。気配だけでなく姿も消すこの術なら、見通しの良い空間であっても相手が注意を払っていなければある程度は大胆に行動出来る。
(これと……これ、なの)
 欲張りはせずに持てる分だけを確保する。少しずつ、確実に、殺気を出さず。強力な相手がいた場合は奇襲で援護する作戦もあったが、幸い味方もいるので今はこちらに集中する事にした。
 順調にエリシュカが物を運び出して行く一方、対六黒の戦いを行っている者達は決め手に欠ける攻撃を行っていた。
「やはりな……崩壊を恐れるあまり小さく纏まっておるわ」
 六黒は今回、洞窟の脆さを考えて相手が広範囲に影響を及ぼす攻撃手段は取ってこないと踏んでいた。事実その通り、グロリアーナやゴーストなどは明らかに範囲攻撃を避けている。ならば若干の数的不利があるとはいえ、戦いようによっては十分相手が出来る。こちらとて自分一人だけではないのだから。
「へっ、師匠ばかりにやらせる訳にゃいかねぇ。俺が相手してやるぜ!」
「オラかかって来いよ、腰抜けが!」
 六黒を師匠と仰ぐドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)、そして旧来の知人である羽皇 冴王(うおう・さおう)。特に連携は無く個人個人が勝手にやっているだけではあるが、六黒は二人を利用してターゲットを分散しながら戦っていた。
 特に狡猾なのが冴王だ。一見粗暴なだけの男に見えるが、彼はただ銃を使うだけでなく、策略を持ってグロリアーナを引き付ける。
「さて、ちまちまやってても面白くねぇからな。ここは纏めて吹っ飛ばさせてもらおうか」
「何……? そうか、小癪な手を使う」
 冴王の手にはリモコンが。そしてある一点をチラチラ見ながら何かのタイミングを計っている。状況から何か罠を仕掛けていると判断したグロリアーナは、妨害するべく距離を詰めた。
「来やがったな。もらったぜ!」
 タカの目の如き視力でグロリアーナの動きを捉える冴王。彼の持つ銃から立て続けに三発の銃弾が放たれた。
「その手には乗らぬ。そなたの策略……妾を欺けると思うな」
 銃弾をダッシュローラーの加速で回避したグロリアーナが一気に冴王へと迫る。回避行動を取りながらも狙いをつけていた場所へ向け、疾風付きを繰り出した。狙いは当然、冴王の手にあるリモコン――!
「これで手は封じた。これまでの代償はそなたの敗北という形で払ってもらおうぞ!」
「『手は封じた』だぁ? 甘ぇんだよ!」
 冴王の狂気を感じ取り、とっさに剣を前にして防御姿勢を取る。次の瞬間、抑制している力を解放した漆黒の魔弾がグロリアーナに襲い掛かった。強力な一撃に彼女の持つ剣の片方、タイタニアが弾き飛ばされる。
「銃の名手ってのは早く抜く事でも、的の真ん中に当てる事でも無ぇ。撃つ、当てる、殺す。それだけだ。てめぇがどんなに速く動き回ろうが、エサに食いつかせりゃそんなもんは関係無ぇんだよ」
 言いながら疾風突きを受け、破片になったリモコンを放り投げる。よく見るとそれは本物のリモコンでは無く、おもちゃで出来た物だ。
「小癪な手を使うと思えば、さらに小癪な手とはな……」
「いいねぇ、その顔。その顔が見たくて俺ァこうしててめぇらの前に立ってンだよ!」
 褒め言葉だとばかりに不敵な笑みを浮かべる冴王。二人が再びにらみ合いに入った頃、ヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)が補強していた方の道から白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が現れた。彼は六黒の姿を見つけ、嬉しそうな声を上げる。
「おっと、もう始めてやがったか。それに……おっさんがいやがるとはなぁ! ガキの砂場で金剛石拾った気分だ。おっさんがいるならそれなりに楽しめるじゃねぇか」
「あ、あの……ここの人達全員を相手にする気なんですか……?」
 物陰に隠れながらアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が恐る恐る竜造に尋ねた。竜造は自分が満足出来る戦いの為ならたとえ絶望的な人数差であっても戦場に飛び込む傾向があった。今回もその悪癖が出たのか、若干考えるそぶりを見せる。
「そうだな……それも面白そうだ。愉しい殺し合いが出来そうだしな」
 実行されると怖い目に遭うのは確実なので怯えを強くするアユナ。そんな彼女の懸念は良いのか悪いのか微妙な方向で回避された。
「待たせたな皆! 俺達も戦うぞ!」
「半分は物を運び出すよ。あいつらに何かされる前に急ぐんだ! 寿、私達は入り口を死守するよ!」
「分かった、絶対護って見せるから!」
 蔵部 食人(くらべ・はみと)キルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)寿 司(ことぶき・つかさ)、その他大勢が一気に雪崩れ込む。ミソラと、彼女を護衛していた者達がようやく到着したのだ。
 戦いに加わる者、ミソラの護衛を続ける者、収蔵されている品を運び出しに向かう者、それぞれが一斉に動き出す。その光景を見て、竜造は今回取るべき方針を決めた。
「……クククッ、面白れぇ。これだけ契約者が揃うとはな。面白ついでだ、今回はあのおっさんについてやるよ」
(はぅ、結局大変なのは変わらないんですね……助けてトモちゃん……)
 思わず自分が病的なまでに探し求めている相手の名をつぶやくアユナ。残念ながらその声は届かず、竜造の気まぐれについて行かざるを得ないのだった。
 
「三道 六黒か。ようやく壁を乗り越えたオレ達の相手としてはこれ以上無い相手だな」
「マスター……」
 ミソラの護衛を行っていた援軍の四谷 大助(しや・だいすけ)と、その魔鎧である四谷 七乃(しや・ななの)が宿敵の姿を見た。
 およそ三か月前、ある遺跡での活動中に両者が対峙する事があった。その際現場に漂う闇の気配によって精神を暗黒面へと引き摺られていた大助と七乃は六黒の所持していたアイテムが切っ掛けとなって力を暴走させてしまった。同じ場所にいた味方のお陰で暴走は止められたものの、それを機に大助と七乃、二人の間にギクシャクとしたものが生まれていたのだった。
「大助さん、大丈夫? 三道 六黒、あの人は生半可な気持ちで勝てる相手じゃ無いけど……」
 暴走を止めた一人である榊 朝斗(さかき・あさと)が心配そうに聞いてくる。それに対し、大助は自信を持って答えた。
「あぁ。あの後しばらくは自分でも情けない状態だったと思うけど、もうオレは……いや、『オレ達』は大丈夫」
 暴走を誘発してしまったのは自分が魔鎧としての七乃の力を使いこなせなかったからだと思い込んだ大助と、同様に魔鎧失格だと思い込んでいた七乃。自分だけを責める二人のぎこちなさがすれ違いを生んでいたのだが、六式と呼ばれる段階まで魔鎧の力が進化した事によって互いの意思がより同調し、ようやくこの問題が相手と自分、二人の問題だと気付いたのだった。
「正直に言いますと、七乃はまだ自分の事を信じきれてません。けど、マスターの事は何があっても信じてます。そんなマスターが七乃を信じてくれるなら、七乃達は負けません!」
「そっか。『君達』も二人で一人なんだね。なら三道 六黒は君達に任せて大丈夫かな」
 大助にとっての六黒のような相手、その人物に視線を移しながら朝斗が笑みを見せる。大助が宿敵へと立ち向かうのなら、自分もそうしなければなるまい。
「僕も……『僕達』も、見過ごせない相手がいるからね」
 そう、自身の持つ『闇』の力を目覚めさせる切っ掛けとなった男、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)に。
 
「これはこれは、お客様が増えたと思ったら……あなたもいましたか」
 六黒達の戦いには加わらず、端で眺めていただけだったエッツェルが朝斗の存在に気付いた。朝斗の纏う雰囲気が変わったのを見て微笑を浮かべる。
「ほぅ……あなたの『闇』、どのような成長を見せるかと思いましたが。飲まれるでなく、混じるでもなく、認め共存するとは……中々面白い結末ですね」
「皆のお陰だよ。皆が支えてくれたから僕は『ボク』を受け止める事が出来た」
「フフ……それは興味深い。是非ともその成長した姿を見せて頂きたいものです。ネームレスさん、レッドさん」
「何……でしょう……主公……」
「ゴ命令ヲドウゾ、エッツェル様」
「あちらも三人でいらしてます。ですから一人ずつお相手して差し上げるとしましょう」
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)アーマード レッド(あーまーど・れっど)に指示を下す。目標は朝斗のパートナーであるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の二人だ。
「相手の思惑に乗るのは複雑ですけど、朝斗の事を考えるとこちらとしてもそれが得策ですね……アイビス、やりましょうか」
「分かりました、ルシェン」
 朝斗をエッツェルとの戦いに集中させる為、ルシェンとアイビスが飛び出した。ルシェンはネームレスへ、アイビスはレッドへとそれぞれ向かう。
「ククク……主公の為……参り……ますよ……」
 接近するルシェンに対し、大斧の構えた。装飾の無い、武骨な斧。全長3mはあるそれを、小柄なネームレスは楽々と持ち上げる。
「あなたの弱点は力に比べて速さは劣る事。そこを突かせてもらいます!」
 ルシェンも負けてはいない。振り下ろされた大斧を素早く回避し、力を溜めた如意棒で思い切り突く。しっかりと命中した一撃ではあったが、ネームレスは平然とした顔をしていた。
「その程度……では」
「……やはり効きませんか。以前の戦いで見ていたので相当なものだとは予想していましたけど」
 ルシェンの言った通りネームレスの弱点は機動力の低さ、そして長所は力の強さと、何より頑丈という言葉すら生ぬるいほどの防御力だ。ただでさえ堅い上に自然治癒まで行っているのだから手に負えない。
「ならば搦め手で行きましょう……!」
 今度は距離を取り、自身の周囲にアシッドミストを展開させるルシェン。防御として使われている酸の霧に対し、ネームレスはダメージを受ける事も厭わず再び大斧を振りかぶった。
「これは……」
 大斧が地面に突き刺さった。通り道にいたはずのルシェンの姿は忽然と消え、直後に同じ位置に現れる。霧隠れの衣の効果で自身を霧と化したのだが、アシッドミストがカモフラージュとしても機能していた。
「それだけではありませんっ!」
 今度は氷術がネームレスを襲う。霧に突撃した身体は普段よりも凍結し易く、一時的にとはいえ完全に行動を阻害されてしまった。
「やり……ますね…………良い……手……です……」
「光栄ですね。折角ですからしばらく大人しくして頂けると助かります」
 凍てつく炎を手にしながらルシェンが微笑む。束縛されている側のネームレスもまた、微かに笑みを浮かべていた。
 
「エッツェル様ノ、邪魔ヲスルモノハ、排除シマス」
「狙撃主体の相手……この距離なら不利は軽減されるはずですね」
 レッドとアイビス、両者は即激突はせず、相手の出方を窺っていた。機晶姫である二人は自然と、周囲の状況を考慮すべく観測を行う。
「崩壊性ノ高イ地形、レーザーキャノント、ミサイルポッドノ使用ヲ停止。中距離戦闘モードニ移行」
「広範囲に被害を与える攻撃は避けるべきですね。しかし、程度をわきまえて利用する手もありますか……」
 共に単体攻撃を選択し、同時に動き出す。攻撃を選んだレッドに対し、アイビスは最初に煙幕の展開を始めた。
「対象ヲロスト。サーチ開始」
 油断無くレーザーガトリング砲の先端を向けながら相手の位置を探るレッド。だがベルフラマントを羽織って気配を消したアイビスを捉える事は出来ない。
(射撃が来ない。という事はまだこちらを把握出来てはいないはず。ならば先制攻撃を……)
 当然その隙をアイビスは利用した。苦無型に改良した機晶爆弾、烈華刃を天井へと投げて崩落を起こし、さらに奈落の鉄鎖でレッド地面に押さえつける。おまけに魔銃を連続で撃って攻撃を一点に集中させた。
「……緊急回避モード、始動」
 間一髪、レッドがダッシュローラーの急加速で岩から逃れた。同時に煙幕が晴れ、両者が再び真正面から対峙する。
「サスガデス、アイビス・エメラルド」
「それはそちらも同じ事。今の攻撃を回避する能力の高さ――」
「イエ、ワタシノ発言ハアナタノ思考ヲ指シテイマス」
「思考?」
「柔軟ナ発想ニ基ヅク戦闘、データダケデハ選択シ得ナイ行動デス」
 データを超越した思考回路。本来であれば非効率的な、しかし時に常識を超える結果を出す考え方。それらを生み出すものは心、そして――感情だ。
「柔軟な発想……私が……?」
 感情的な行動など縁が無いと思っていたアイビスが驚く。だがレッドは、自身も感情とも呼べるものを持つ身なので『心から』の賞賛を送った。
「ハイ。良イ素質ヲオ持チノヨウデス。羨マシク思イマス」
「私の、素質……」
 戦闘中である事も忘れて会話を交わす両者。レッドは、アイビスは、気付いているだろうか?
 ――それが感情を持つ者、人間らしい行為である事に。
 
「さて……私の相手はお二人ですね。どんな戦いを見せて頂けるのか、胸が高鳴りますよ」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)と朝斗を前にエッツェルが微笑む。彼はこうして楽しみを見出す為には手段も結果も問わない男だ。盗賊に加担しているという建前を忘れてはいないが、二人を相手する事が今のエッツェルにとって一番の楽しみとなっていた。
「まったく、このゾンビは余裕綽々でムカつくわね。高鳴る以前に動いてるのかっての」
「でもそうするだけの実力はある人だよ……気を引き締めて行こう、明子さん」
 まずは朝斗が動き出した。左手に浮かんだ刻印から赤みがかった黒い矢を放つ。これはただの牽制、相手が変わった手を使ってくる人物な以上、最初は様子見だ。
「フフ……慎重ですね。以前お相手した時とは違い、今回はレイスを連れてはいませんから安心して結構ですよ。ただ……代わりにこんな手がありますけどね……!」
 エッツェルがオールドワンと呼ばれる奇剣を振るった。多数の刃が付いた連接剣であるこの武器は長く伸びて朝斗の位置まで攻撃の手を届かせる。とは言えそのくらいの事なら軽くやってのけると思っていた朝斗は油断なく動き、回避を行った。
「随分余裕ね。相手が二人だって事、忘れるくらいボケが進行したのかしら?」
 オールドワンのアーチをくぐり、明子がゴッドスピードで速められたダッシュローラーで一気に加速した。彼女の武器は手甲だが、今はそれを構える事はしない。代わりに本来は瀕死の人間を回復出来る命の息吹が息づいていた。
「あんまりヤンチャしてると、これで送還し直すわよ!」
 エッツェルは攻撃を受けても痛みを感じぬ体躯ではあるが、逆に回復魔法や治療を受けると苦しみだす。故に明子の行為はエッツェルにとって脅威的な攻撃だ。まともに受けては敵わないとばかりに空中へと退避する。
「おっとっと、それはちょっと御免こうむりたいですね。おいたをする方にはお仕置きですよ」
 反撃とばかりに呪術を唱え、古きモノの呼び声が明子を襲った。心の弱い者なら精神に異常をきたすが、虹のタリスマンに護られた彼女には効く事は無い。
「そんなものっ! 私の方が仕置きしてやるからとっとと降りてきなさい!」
「そうは行きませんねぇ。あなたの息吹を受けてはどうなるか分かったものではありませんから」
「何かムカつく言い方ね……!」
「明子さん! 僕に任せて!」
 今度は朝斗が接近戦を挑んだ。靴の推進装置で浮かび上がり、天井近くまで飛んでいるエッツェルへと肉薄する。その姿は先ほどまでと同じに見えるが、髪の一部が銀色へと変わるなど若干の変化を見せていた。
「ほぅ……この感じる力、あなたの『闇』を感じますよ。半年以上の時が経っているとは言え、まさかここまであなた自身の力とするとは思いませんでしたよ」
(速さなら負けない……短時間しか使えない力だけど、その時間で決める!)
 朝斗は自身の内に潜む力を解放する事で超人的肉体を得る事が出来る。ただし、消耗も激しくなる為時間にしておよそ五分ほどが限界だ。それまでに隙を作り、エッツェルの弱点である光の一撃を与えようとさらに加速を行う。
 そんな朝斗の行為は思わぬ結果を生み出した。回避を続けるエッツェルの体勢が崩れ、この部屋で手に入れた物――笛が懐から零れ落ちる。すぐに高度を落としてキャッチしたが、その姿をしっかりと目撃した者達がいた。蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)月音 詩歌(つきね・しいか)の二人と手を繋いでここまでやって来た今回の依頼主、ミソラだ。
「あれは、お母さんの……!」
「もしかして、あれがミソラのママの笛?」
「もう盗られてたなんて……!」
「ふぅ、危ない所でした。せっかく見つけた物ですしね――おや?」
 エッツェルの方も彼女達に気付いた。朝斗と明子、二人に狙われているにも関わらずゆっくりとミソラ達の方へ降下して行く。
「失礼、今この笛に注目されていたようですが」
「え、あの……」
 盗賊の仲間であるはずのエッツェルの行動に一瞬面食らうミソラ達。三人の中でいち早く気を取り直したのは詩歌だった。
「そ、その笛はミソラちゃんの大事な物なの! 返してあげて!」
「そうだよ! ママとの想い出を取っちゃダメ!」
「お、お願いします! 母の……母の形見なんです」
 詩歌に続いて夜魅とミソラもエッツェルを取り囲む。対するエッツェルは渋る事も拒否する事も無く、あっさりと頷いた。
「なるほど、可愛いお嬢さんの大切なモノなら仕方無いですね。よろしい、お返ししましょう」
「え、いいんですか?」
「えぇ勿論。お嬢さんを悲しませる真似はしたくないですし、私も家族を大切に思う気持ちは良く分かりますからね」
 にっこりと微笑むエッツェル。彼やミソラ達の雰囲気に、明子と朝斗もこれ以上戦いを続ける気は無かった。
「相変わらず好き勝手にやる男ね、あのゾンビは……」
「ま、まぁミソラさんの笛が無事に戻った事を喜ぶべきなんじゃない……かな? って、早くルシェンとアイビスの戦いも止めてこないと」