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リアクション
第2章「盗賊退治 その1」
中の物を持ち出すグループに先立ち、内部にいると思われる盗賊を排除する者達が先に洞窟へと進入を始めた。
「本来の道はこっちみたいですね」
「うん……他よりも地盤が安定してるから、間違い無いと思う……」
御凪 真人(みなぎ・まこと)が一つの道を指差し、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が壁に手を触れて確認を行う。彼らの行く道の先には崩落で出来た新しい通路が網の目状に広がっていた。目の前の光景を見て、本来の予定を狂わされたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)とヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が毒づく。
「ったくよ……早くカナンに行かなきゃなんねぇってのに、盗賊の奴らも空気読めよな……!」
「あいつらに期待するだけ無駄よ。弱ってる相手につけ込む事しか出来ない最低の奴らなんだから……来たわよ」
殺気を感じた方向へとヘイリーが素早く弓を構える。次の瞬間、放たれた矢が先の通路から微かに見えていた足へと突き刺さった。
「ぐっ!?」
「おっと、そこにいたとはね」
すぐさまナイン・ルーラー(ないん・るーらー)が銃で追撃を行った。この場には一人しかいないのか他からの迎撃も無く、大岡 永谷(おおおか・とと)と共に相手を取り押さえる事に成功する。
「まず一人確保……別の盗賊には気付かれていないかな。今なら脇の通路を使って回り込む事も出来るかもね」
「挟撃か、面白そうだね。やるなら乗るよ」
「よし……皆、俺達は別働隊として動くよ。背後から突くか、仮にこちらが先に見つかったら囮になるから上手く利用して欲しい」
永谷の提案に真人と篁 透矢(たかむら・とうや)が頷く。
「お願いします。出来ればもう少しそちらに戦力を回したい所ですね……」
「そうだな……エリィ、リネン、君達も別働隊に回ってくれるか?」
「あたし? 別に構わないよ」
そう言って葉月 エリィ(はづき・えりぃ)がパートナーと共に永谷の方へと向かう。同じく指名されたリネン達も素早く暗闇へと溶け込んで行った。
「……分かったわ。私達はこっちに、透矢はそちらをお願い!」
「なっ!? 明かりが!」
「くそっ、敵か!? 一体どこに……ぐあっ!」
その頃、洞窟のある地点では盗賊が一人の人物に弄ばれていた。
姿を隠して潜入していた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が盗賊の持つ明かりを破壊して闇を作ると、暗視が可能な自身のみが動き回ってナラカの蜘蛛糸を舞わせていく。
(さぁ、みしるしを頂きますね)
刃物のような切れ味を持つこの凶器に、突然視界を奪われた盗賊達は翻弄され続ける。
「おい、明かりをつけろ!」
「わ、分かった! こいつを喰らいやがれ!」
(これは光術……見た所、契約者ですか。目くらましも兼ねてでしょうけど……甘いですね)
遮光器で目を覆っていた優梨子がほほ笑む。その表情は果たして相手が認識する事が出来ただろうか。
「では……ごきげんよう」
「これで一段落でしょうか。他にもあの方々とは別の一団がいらっしゃるようですが……」
付近の盗賊達がすべて倒れた中、優梨子が周囲の音を探る。
彼女は立場的にはザクソンの協力者達に近しいのだが、自らの戦いに対する意識に差がある事を自覚している為、敢えて単独行動をとっていた。
「……近くにどなたかいるみたいですね。とりあえず様子を見ましょう」
再び気配を消し、暗闇の中を静かに歩く。明かりのある所まで行くと、そこには複数の人物が会話をしているのが見えた。奥に見える集団は外で見たザクソンの協力者達。そして手前はどうやら例の別組織の人間のようだった。
(敵対している様子は見られませんか。それなら私は無理に関わらず、この辺りでお暇する事にしましょう)
進入前にある程度の話は盗み聞きしてザクソンの協力者でも盗賊達でも無い集団がいる事は知っていたので、仮にその者達が文化財を狙っているのが判明した場合は盗賊同様に攻撃を行おうと思っていたのである。
だが、どうやら少なくとも今この場にいる男に関してはその心配は無いらしい。そう判断した優梨子は音も無くその場から離れて行く。
(あ、そうそう、忘れてはいけませんね)
最後に倒れた盗賊達の所に戻り、さくらんぼやだんごの材料としっかりと頂いて帰る。
(♪〜)
去り際の彼女は、とても良い表情をしていた。
「じゃあエルフトさん、この人は別に対立する相手では無いと?」
優梨子が見ていた集団、その中の永谷が遭遇した和泉 猛(いずみ・たける)について尋ねていた。
「うん……教授の所でよく見るから。あ、でもこの前の神殿調査だと相手側にいたって聞いたけど……」
「なるほど、お前達が教授側の協力者か。確かに今回も俺は組織側で動いてはいるが、今回は盗賊退治が主な依頼内容だ。一応中にある物の取得も頼まれてはいるがこちらは任意なのでな、そちらの陣営とやり合うつもりは無いぞ」
リネンとエリィ達は猛と何度か同じ依頼を受けた事があった。大抵の場合動く場所が別々ではあるものの、面識としては十分にある。
「ではこの場合、わたくし達と共闘という形になるのかしら?」
「そうなるな」
同じく面識のあるエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)の言葉に頷く猛。元々成り行きで組織を手伝う事になった猛にとって文化財の取得は興味が無く、あくまで研究の邪魔になる盗賊の排除が目的なのである。
「なら早い所盗賊達を抑えちゃおうか。お互い、契約分は働かないとね」
ナインが陽気に言う。彼らよりも先に洞窟の中を動き回っていた猛の情報に従い、さらに二手に分かれる事となった。
「猛の話だとこっちの方か……いた! 一気に行くぜ!」
洞窟の奥へと向かったフェイミィ達は獣人達の物が収納されている場所を目指して進んでいる盗賊達を追っていた。情報通りに敵の後背を突けた彼女達は前進を阻止すべく、すぐさま攻撃を開始する。
「あんた達、そこまでだよ」
「……これ以上進むなら、私達が相手よ」
「ちっ、邪魔が入りやがったか……やっちまえ!」
エリィとリネンの威嚇射撃にも怯まず、こちらへと向かって来る盗賊達。二人は今度は威嚇では無く、実際に命中させて相手を押し止める。
「……ま、そう簡単に引き下がるとは思わなかったけどね」
「うん……でも、そう来るなら容赦はしないわ」
「このヤロゥ、お返しだ!」
今度は盗賊側の射撃が行われる。崩落で出来た石の山をバリケード代わりにし、銃だけをこちらへと出す形だ。
「オラァ! 人の獲物を横取りしようなんざ甘ぇんだ――よ?」
突如石山の上を飛び越えてくる影。下から照りつける明かりが見せたのは黒き翼を持つ空賊の姿だった。
「甘いな、こっちは飛べるんだよ!」
「なっ……グアッ!?」
バルディッシュを振り下ろしたフェイミィの一撃を喰らい、盗賊が銃を取り落して倒れる。たとえ空の見えない洞窟の中であろうと、彼女達の高さを活かした戦い方は決して甘く見られる物では無い。
「あらあら、元気な娘だこと」
「カナンを助けに行かなきゃいけないのに邪魔されて気が立ってるのよ。まぁ、こんな奴らにっていうのはあたしも同感だけど」
「それじゃあ時間はかけられませんわね……」
ヘイリーと一緒に後方で戦いを見ていたエレナが強烈な光を発する。それによって細道から逃げ出そうとしていた盗賊の一人がその姿を曝される事となった。
「ちっ」
再び通路へと隠れるが既に一度見つかった身、逃れる事は出来ない。ましてや先ほどまでと違い、今度はこちらへと殺気を向けているのでそれを感知しているヘイリーには居場所がバレバレだ。
「それで隠れてるつもり……?」
ほんのわずかに姿が見えた瞬間、サイドワインダーが襲いかかる。強烈な勢いを持つ二本の矢は相手の服を捉え、そのまま奥の岩壁へと突き刺さった。
「凄い腕だね。それじゃ、あたし達が――」
「――もらったわ」
止めとばかりにエリィとリネンが追撃を行い、無力化する。周囲に盗賊が残っていないのを確認し、エレナが倒れている一人の首筋に目を向けた。
「ふふ……それではこの方達から血を――」
「そんな事やってる暇あるか! ほら、とっとと先行くぞ!」
「あらあら、仕方が無いですわね。残念ですけど諦めましょう」
フェイミィが先頭に立ち、他の者がそれに続く。対盗賊の最初の戦いは、上々な滑り出しを見せていた。
一方、ナイン達は本隊側に進んで行った盗賊達を追いかけていた。
「もうすぐ接敵しますねぇ。さて、迅速に目標を沈黙させる為に、どんな手段で行きましょうか〜」
「……トリニティさん?」
永谷が急に言葉遣いの変わったナインに疑問の表情を見せる。ちなみにトリニティというのはナインが名乗った名前だ。三位一体を意味するこの名を名乗っているのには意味がある。
「魔鎧、か」
猛のつぶやきの通り、間延びした口調で話しているのは魔鎧のラスト・ミリオン(らすと・みりおん)。行動の立案や交渉事を担当する『人格』だ。
『おい、戦いなら俺の出番だろ? 早くあの野郎どもを壊させろよ』
「駄目だよ、ここでいつもみたいに暴れたら壊れるのは敵じゃなくて周りだからね。今日は僕の出番って事さ」
今は身体の主導権を握っていない為他人には聞こえないが、奈落人のグリード・クエーサー(ぐりーど・くえーさー)が戦闘行為を、そして本体であるナインが探索などをそれぞれ担当している。彼ら、彼女らを総称して一人の傭兵、『トリニティ』と呼ぶ訳だ。
「異なる種族での補完、か。方法は異なるが興味のある事象ではあるな」
猛が言いながら一緒に連れて来た松川 咲(まつかわ・さき)を見る。
「? どうしました? ……あ、もしかして盗賊を倒す手段を考えてました? 任せて下さい、私も頑張ってお役に立ちますよ!」
視線を受けた咲はやる気十分だ。元々自身が強化人間となった際に猛の助力を受け、かつ今もこうしてさらなる強化をしてもらう為に研究を続けてくれている相手の力になろうという気は満々だ。とは言え――
「いや、お前にはまだ戦闘を行えるほどの力を与えていないから無理だ」
「そんなー!?」
まだパラミタ適合手術を受けて間もない咲では何が出来るという事も無く、今回は残念ながらそばで戦いを眺めているしか無いという事もまた事実なのであった。
「さて……仕掛けさせてもらおうか……!」
程なくして盗賊達と遭遇したナイン達が先手を取って攻撃を開始する。まずはショットガンによる射撃が敵全体を襲い、続けて永谷の槍が浮足立った敵陣を切り裂く。
「当初は捕えられた時の事も想定はしてたけど、この分ならその心配はいらなかったかな」
男性のような外見をしているが、永谷は立派な女性だ。自身は子供体型であると認識してはいるが、それでもどんな趣向の相手がいるかは分からない。
もっとも、予想よりも別働隊として盗賊を攪乱する人員が多かった為にその考えは杞憂であった事を悟る。であれば後は敵戦力を減らし、必要であればわざと派手に戦って注意を引き付け、本隊の行動が楽になるように囮となるだけだ。
「いい感じですねぇ〜、このまま各個撃破で数を減らしていきましょう〜」
「そうだね。幸い洞窟が崩れるのを警戒して向こうは派手な動きをためらってるみたいだ。俺達も注意しながら確実に行こう」
ラストの提案に永谷が頷く。その瞬間、視界の端で猛が動くのが見えた。が、彼が持っている物は――
『お、おい。あれって……』
「グレネードランチャー……!?」
それだけでは無い。猛の周囲には三体の戦闘用イコプラが立ち並んでいた。まさかと思う永谷達の思考を意にも介さず、盗賊達のすぐ横にある通路に向けてグレネードを放つ。
「ちょっ!? 何てもんを使いやが――ぎゃー!?」
爆発。数ある通路の中でも特に脆い場所であったその通路は一瞬にして岩石によって埋められる。さらに突撃を始めるイコプラ達。盗賊達を巻き込む事を厭わない攻撃が次々と周囲の通路を塞いで行き、彼らは状況的にも精神的にもどんどん追い詰められて行った。
「あ、あの〜、いいんですか? 敵さん、完全に涙目ですけど」
「気にする事は無いだろう。盗賊が相手だしな……ふむ、次の箇所を効果的に崩すには……」
「はぁ……」
咲の言葉にしれっと答える。正直どちらが悪役なのか分かった物では無い。
『何つーか……俺が戦ってたとしてもあんまり変わらなかったんじゃねぇか?』
「そうかもしれませんねぇ〜」
「ま、まぁ契約には洞窟の状況までは言及されてなかったからいいんじゃないの……かな?」
トリニティのつぶやきも、次なる爆風を巻き起こした猛には聞こえる事は無かった――
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